4 復讐の炎に病まれ止まない雨。④
夕陽がさす部室には四人の人間が佇んでいた。
中央の長テーブルの右から順に俺と露乃。その正面に茅ヶ崎と朝霧という並びで全員がパイプ椅子に腰掛けている。
場は時間が停止したように静寂に包まれちゃいるが、少し前までは話し声もあった。
それは茅ヶ崎の前に置かれたパンドラの話がほとんどで、俺の周りを浮遊する天使と悪魔も少しだが会話に混じっちゃいた。
パンドラの話はリトスラウムのことや自身のこと、まぁつまりは前に俺に話した内容だ。結構噛み砕いてはいたけどな。パンドラ曰くここにいる全員が何らかの力を保持しており蔑ろにできないと判断したらしい。
沈黙した空気を切り裂くが如く朝霧が口火を切った。
「なかなかどうして興が乗る話ではないか」
案に違わず中二病だった。
そういえば朝霧のやつ、昨日パンドラの名前を言い当てたり物知り顔で語ってたけど、それはどうしてなんだ?
そのことを訊くと、とっさに思い浮かんだことを口にしただけだと朝霧は言う。紛らわしいやつめ。とはいえ偶然にもピタリ言い当てたのだけは感嘆に値する。
「リトスラウム、ね。そんな非科学的なものがこの世に存在するだなんて思いもしなかったわ」
朝霧とは対照的に真面目な反応を示す露乃は細い息を吐く。
「でもまぁ、あたしの身に起きた異変の正体が知れただけよかったわ。それだけでもこのクラブに入った価値があったというものね」
「割りとすんなり受け入れるんだな」
「別に受け入れたわけじゃないわ。ただ他にやりようもないから現状維持に努めてるだけ。保留にしてると言っても過言ではないわ」
「合理主義の露乃らしいな。そういや、聞いてなかったけど露乃にはどういう能力が備わってるんだ?」
「ここで実演してみせてもいいけど……陽色、あんたなんか持ってない?」
「なんかって、これまたえらくアバウトな……あ、じゃあこれはどうだ?」
そう言って俺はポケットからキーホルダーを取り出し、露乃に手渡した。家の鍵に付けていたキーホルダーだ。
「なにこれ?」
「前に妹から貰ったやつなんだけど、俺もよくは知らないキャラクターなんだよな」
「えええっ!」
突如俺達の会話を聞いていた朝霧がすっとんきょうな声を上げる。いきなりどうした。
「先輩達それここ北碧市を代表するゆるキャラきたのくんですよ! 大きな青い瞳が特徴的で、愛くるしい容姿にイケボってギャップが堪らなくよくて今人気上昇中のゆるキャラなんですからね! 本っっ当に知らないんですか?」
「知らない」
「知らないわ」
「あんたら無知にもほどがあるぞ!」
口調まで変わり憤慨する朝霧を尻目に「それじゃあやるけどたまに不発の時もあるから」とあらかじめ予防線を張りキーホルダーを握り締める。
一体何をするんだろうとそのまま静観していたのも束の間、ミシやメキやら聞けば歪な合唱団。
まさかと思い俺が止めさせようとしたのも虚しく、無慈悲な露乃が手を開く。
「あぁぁ……」
思わず目を背けたくなるような光景を目の当たりにした朝霧が眉根を寄せて悲愴めいた声を漏らす。
露乃の手のひらにあったもの、それは見るも無惨な粉々に砕けたきたのくんだった。
この目に余る光景を一言で表すならば――
「……木っ端微塵」
誰かれなしに茅ヶ崎が呟いた。
そこで木っ端微塵の伏線回収しなくていいから。俺も言おうとしたけど。
「――とまぁ、ざっとこんなもんね」
別段悪びれる様子もなく露乃がきたのくんの残骸をゴミ箱に捨てる。一仕事終えたように一息吐く露乃には痛む良心すらなさそうだ。
「ふむ……これはパワー操作系だな。階級はリトスといったところか」
「リトスって階級的には一番下だろ? 前にリトスラウムの中でも力の強い者にしか見えないって言ってなかったか?」
「どうやら記憶力だけはいいようだな。おそらく力ある者がひしめく環境下に身を置くことで潜在能力を高めているのだろう」
「パンドラ、だっけ。また今度個別に詳しいことを訊いてもいいかしら」
「む……構わんぞ」
「ありがと」
「気にするな」
……なんだ? 俺の時と違ってやけに聞き分けがいいな。箱の分際で人間の女に何か特別な感情を抱いてるんじゃないだろうな。
「じゃあ次私、未来予知」
きたのくんの死から立ち直った朝霧がハイハイと手を上げる。
朝霧の未来予知については俺が身をもって体験したと事前に説明しておいた。
リトスラウムの中でも稀有な存在だとパンドラは言う。どちらかというと神話保有者よりの能力だと。
それを聞いた朝霧は、
「それじゃあ私は本当に選ばれた存在なんじゃ……」
頬に手を当て恍惚と独りごつ。既に自分が選ばれた存在だと思ってる言い方だな。
茅ヶ崎はパンドラの話した神話シリーズってことで割愛。俺にスポットライトが当たった。
「ようやく私達の番が回ってきましたね」
天使と悪魔が俺の前――机へと降り立つ。
「なにお前が仕切ってんだ。てかお前らは前にも出てきただろ。今度は俺からお前らに質問させろ」
逃げるなよと天使と悪魔を鋭い視線で縫い付ける。
「大体の予想は付いてるけど、お前らの出現条件を教えろ」
「オーサーの考えている通りですよ。疑問を言語化した時のみ私達が出現しオーサーに答えを示します。前に困っている時に良い方向へ導くのが役目と伝えましたよね。言葉通りの意味です。但し私達の言ってることのどちらかが真実であり、どちらかが嘘なのです。なのでそのまま鵜呑みにせずしっかり吟味しないと駄目ですよ」
「そして訊いたからには絶対にどっちかを答えないと駄目だぜ。大体五分以内にな。でないとその身に天罰がくだる。嘘じゃないぜ。その天罰の内容は質問によってまちまちだ。言うなれば重さだな。しゃっくりが止まらなくなるものから死に至るものまで」
「死に至るもの!?」
「先輩声が大きいです。静かにしてください」
淡白すぎる口調で朝霧が俺を諌める。いやそれくらい突っ込ませてくれよ。ここで突っ込まないでいつ突っ込むんだって話だ。普通の意味で。
悪魔の話を天使が継ぐ。
「ただ休息を取っていたり体調が悪く出てこられない場合もあるので、あらかじめご了承ください」
フリーダムな天使と悪魔だな。別にいいけど。
話は終わったと言わんばかりに天使が口を閉じる。悪魔に至っては羽ではなくのんきに足を伸ばし寛いでいる。ここはお前の自宅かなんかか。
……まぁとにかくだ。
ようやく様々な疑問が氷解した。
言語化した時……だから俺が独りごちた時には現れ、胸中で呟いた時には現れなかったのか。
それにどちらかが嘘でもう片方が真実という情報アドバンテージはでかい。要は二分の一で必ず当たるってことだろ。考え方によっては物凄い有利に事を運べるぞ。ただ先の通り出てこない時もあるらしいからそういう時はお手上げだ。
俺はこれ以外にも天使達から細かい話を聞いた。質問を投げ掛ける対象としてる時には発動しないこと。質問がなくても呼べば出てくるなど。案外その辺はいい加減なようだ。
まだいくつか不明点はあるが、ここで全てを聞き出す必要はない。また情報をまとめてからじっくりと聞くことにしよう。
俺と天使らが話す傍ら、露乃がパンドラと話をしている。
「パンドラってこの手の情報にめっぽう詳しいけど、それってやっぱり神話シリーズの一つだから?」
「一概に関係ないとは言えんが、それとは別に信用に足る情報源があるからに他ならん」
「そうなの? それって私とかにも教えられるもの?」
「ん、まぁ、今更啓蒙したところでとりわけ問題あるまい。廻」
名前を呼ばれ、茅ヶ崎が一台のスマホを取り出す。それからどうにも慣れない手付きで操作を始め、奮闘努力するも途中で力尽きたようだ。スマホを机の上に置き俺に向き直る。
「……どう文字を打ち込めばいいの?」
操作する以前の問題だった。
どこでじゃなくてどうって訊く辺りが茅ヶ崎らしいというか。
「打ち込むってサイトでも調べるつもりか?」
席を立ち茅ヶ崎の横に移動すると俺をチラ見、頷きで返してきた。そのままレッドカラーのスマホを手渡される。代わりに調べろってか。
「どの検索エンジンを利用してもいいから、リトスラウムで検索かけてみろ」
茅ヶ崎よりも遥かに文明の利器に富んだパンドラの相変わらず高圧的な物言い。断る理由もないため言われるがままリトスラウムで検索をかけると、うおっ千近くヒットしたぞ。こんなにも浸透してやがったのか。
「その一番上に神の部屋という名前のサイトがあるだろう。そこを開け」
「ああ」
「神の部屋……管理人に脱帽するくらいのセンスを感じる。是非とも賛辞を呈したい」
俺は朝霧の見る目のなさを痛感したよ。
サイトを開くと一面真っ黒なページへと飛んだ。何も映ってない。一瞬電源が落ちたかと思ったくらいだ。
それから十秒くらいの僅かな間。少しづつだが文字が浮かび上がってきた。紙を火であぶると文字が浮き出る感覚に近いか。
間もなくしてサイトの全貌が現れた。サイトの上段には自己主張の激しくない文字で『神の部屋』と書かれていた。
「どういう仕組みかは分からんが、このサイト自体リトスラウムを自覚している人間、または神話シリーズ保有者にしか視覚できんものらしい」
ますますファンタジー色が色濃くなったな。今更何言ってんだって話だけど。
みんな自分のスマホを開くかと思いきやなぜか俺の回りに集まってきた。
「面倒だから」と露乃は言う。それくらいの手間目を瞑れよ。
「記載された内容は論説した通りのものだ。リトスラウムについての詳細。神話シリーズのことも載っている」
上から読み込んでいくと確かにパンドラが説明したものと一致する。他にめぼしい情報もなさそうだ。
パンドラが続ける。
「俺の記憶にこのサイト名が刻まれていた。誰が開設したものか、いつから存在しているのか定かではないが、たまさか神が現存し創り上げた可能性も否定できん。それこそ神のみぞ知ると言ったところか」
誰がうまいこと言えと。いやこいつにはそんなつもり毛頭ないか。
「……む」
「……どうしたの、パンドラ」
「こちらに正確に向かってくる者がいる」
とパンドラは言うが、俺にはそんな音微塵も聞こえない――いや、きっと警察が来るのを予見したように感知する能力に長けているに違いない。
少しして俺にも足音が聞こえるまでになった。足音から推察するに歩幅が短い。急いでいるのか。そう思った矢先、ドアノブを回す音。ガチャリと扉が開き近衛先生が踏み込んできた。
「――遅いぞお前ら。見るのにどれだけ時間を掛けるつもりだ。提出する用紙を書いたらいい加減今日は帰れ」
そうしないと私が帰れないだろうと言っているように俺には聞こえた。他の連中にもそう聞こえたようで、これ以上お叱りを受けまいとすぐに帰り支度を始め、これにて解散と相成った。
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次回一週間~二週間以内の予定。