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4 復讐の炎に病まれ止まない雨。③

 校長室の隣に隔離された一室。そこが教師専用の喫煙所になっている。

 一説によると近衛先生が校長に頼んで用意してもらったとかなんとか。真相は定かではないけど、俺はそれが真実だと思ってる。

 四人揃ってドアの前。教室ドアには漏れなく透明のガラス窓が備わっているが、向こうからは布でも貼り付けてあるのかまるで見えやしない。女子が中で着替えでもしてんのかよ。


「失礼します」


 ノックをしてから入るとやっぱりいた。

 うちの担任、近衛先生だ。

 奥の革張りソファに腰掛けタバコを吸う近衛先生。

 先生は俺達が入ってきたことを認めるとタバコを持ってない方の手を上げ、


「何だ藤崎。お前も一服しにきたのか?」


 それは間違っても教師の言う台詞じゃない。


「他の子もいるんで冗談はそれくらいにしてください。完全に悪い見本ですよそれ」

「ならば私を反面教師にするといい。それで万事解決だ」


 それは教育者としてどうなんだ。


「教育者もお前達と同じ人間だ。不出来なところもあるだろう。だがそこは広い心で目を瞑って(しか)るべきだ」


 いや腐っても教師だろあんた。

 近衛先生は女子の面々をしげしげと眺めるやほーうと顎に触れ、


「ハーレムじゃないか」と指摘。「藤咲もえらく出世したもんだ」

「別にそんなんじゃないですよ」


 ……いや? 言うほど違わなくもないか、この状況。


「それに見慣れない顔もあるようだ」


 そう言って棒立ちする朝霧に目を向ける。その視線に気付いた朝霧は腕を組みほんの少し思案してから、


「1ーBの朝霧です」


 中二病か普通の対応するかで悩んでやがったなこいつ。

 俺は目に染む煙を思いっきり手で振り払う。服に臭いがついてあとで教師にしょっぴかれないか心配だ。


「先生に折り入ってお願いしたいことがあります」

「なんだ? 面倒事であれば断固拒否するぞ私は」

「面倒かどうかは聞いてから判断してください。単刀直入に言います。新しく作る部活の顧問になってください」

「断る」

「そんなご無体な」


 せめて考えるフリくらいしてほしい。


「お前はそう言って去年も私に頼んできただろう。忘れたとは言わせんぞ」

「忘れてませんよ。忘れるわけないじゃないですか。それに去年お願いしたのと違って今回はすこぶる真面目です」

「ならば余計に駄目だな」

「どうして」

「訊くまでもなく面倒だからに決まっているだろう」


 ……そうだった。

 極度のめんどくさがりであるこの人に頼んでも今みたいに断られるのがオチだ。去年の俺はどう頼み込んだっけ。土下座まではしてないけど、とことん頭を下げ尽くした覚えがある。でも同じことをしたところで了承してくれるとも思えないし、それなら今回はやり方を変えてみるか。


「いやー先生ってよく見なくても美人ですよね。砂漠に咲く一輪の花のように美しい」

「ほう?」


 切れ長の目がギラリ光る。まるで獲物に狙いを定める猛獣のそれだ。


「そこまで言うからには当然藤咲は私と付き合えるのだろうな」

「え?」


 寝耳に水。思い掛けない一言に思わず耳を疑った。


「先生と俺が付き合う?」

「そうだ。アラサーに足を突っ込みかけ三十路が差し迫る私と付き合えるのかと訊いている」

「そ、それは……」


 紛うこと無き女の顔を向けられ、視線を逸らして口ごもる。臆病者と後ろ指さされてもいい。こればかりは一朝一夕で決められるもんじゃない。先生ルートに入ろうものなら、それこそ普通の日常とは縁遠いものとなる。

 俺がこれ以上ないくらい苦悶に満ちた表情を浮かべていると、それみたことかと先生がソファにふんぞり返る。


「付き合う度胸もないくせに簡単に讃するな」


 ……返す言葉もございません。


「全く、先輩は役に立ちませんね。おとなしく後ろに下がっていてください」


 すげないことを言う朝霧が俺の前に出る。


「お前には先生を言い包める秘策があるって言うのかよ」

「まぁ見ててくださいよ」


 自信たっぷりの朝霧が懐から取り出した物、それは一本の黒い剣だった。それほど大きくない、ドライバーくらいの大きさ。多分何かのレプリカだろう。そんなのどこに隠し持ってやがった。

「クックック。近衛教諭と契りを結ぶ者が現れないのは暗黒神が取り付いているからだ。今こそ闇の適合者である私がこの《不滅黒刀(エターナルブラックソード)》で切り刻んでみせ――ああっ!」

「これは没収する。それと余計なお世話だ」


 中二病で対応するも華麗に一蹴(いっしゅう)されていた。その場にうずくまり涙目になっていじける朝霧。

 この人誰にでも容赦ないなー……


「さぁ次の相手は誰だ」


 乗りに乗ってきたのか、生徒の前だというのに紫煙をくゆらせながら先生が手ぐすねを引く。なんだかんだ言ってこの人楽しんでないか?


「不本意だけどあたしがいくわ」


 真打登場と言わんばかりに、髪を撫で付けながら露乃が一歩前へ。

 美人同士の対峙。空気が変わる。お互い様子見でもしているのか動こうとしない。

 しばしお見合いの後、先に動いたのは先生。タバコを灰皿に捨て露乃の目を見据えると、


「陸上はもういいのか?」

「ええ。これ以上悔いはないですから」

「そうか」


 露乃がくるり踵を返し、俺に向き合う。


「駄目だったわ」


 手をひらひらさせる露乃はすまし顔だ。


「部活という単語が一言も出なかったように思うんだが、俺の気のせいか?」

「気のせいってことにしてくれると助かるわね」


 そう言ってあっさり引き下がる。もう少し頑張ってくれよ。身体を張った俺と朝霧がバカみたいじゃないか。


 嘆息し俺は残る一人を見る。

 棒立ちアンド無表情。先生を説得するなんていくらなんでも茅ヶ崎には荷が勝つ仕事だ。これはもう最後の手段、土下座を解放するしかないか……

 お通夜みたいな空気の中、茅ヶ崎が前に歩み出る。

 無言のまま茅ヶ崎を見る先生は何を言うでもなく彼女の言葉を待ってるかのよう。


 僅かな沈黙が生じたのち、


「……わたし、みんなとやりたい」

「やりたいって、部活をか?」


 言葉足らずな茅ヶ崎に変わって先生が促すと、やおら茅ヶ崎が頷いた。それを見取り、ふむと近衛先生が口元を押さえる。これは悩んでいるのか?

 しばらくして先生が息を吹き上げる。髪をくしゃくしゃと掻き乱し乱暴に膝に手を置くと、


「分かった分かった。ったく、しょうがないな」


 根負けしたのか、ついに折れた様子の先生。

 うおっマジか。一体何がキッカケで認める気になったのか皆目検討も付かないけど、この際余計なことは考えないようにしよう。


「ありがとうございます、先生」

「本当にな。面倒事を持ってくるのは今回限りにしてくれよ」

「はい、もちろんです」


 と、二つ返事したのはいいものの、クラブの内容がそのまま面倒事に直結しそうなのは言わない方がいいよな。

 後ろで万歳する朝霧を尻目に、俺は次なる問題について考えていた。そんな俺の様子に気付いたのか露乃が声を掛ける。


「あんたは喜ばないのね」

「いやまぁ喜ばしいのは確かなんだけど、まだ最難関である部室の問題が残ってるしな」


 諸手を挙げて喜んでいた朝霧がピタッと動きを止める。そしてロボットのようなぎこちなさで顔を俺に向ける。


「そんなこと言いつつ、先輩にはワッと驚くようなサプライズ的良案があったりするんですよね?」

「そんな都合よくあったりしねーよ」


 俺の言葉に劇画的なショックで石化する朝霧。部室棟は全部埋まってるぞという追い討ちはかけない方がいいよな。

 くいっと茅ヶ崎が俺の袖を引く。


「……人数の少ないクラブを狙って殴り込みを仕掛けて占拠するのはどう?」


 だから過激派的発言やめーや。


「なんだお前ら、部室の確保もせずに私のところに来たのか」

「ええ、まぁ」

「ったく、最後まで世話が焼ける教え子だ。受け取れ」

「おっとと」


 先生が投げた手のひらサイズの何かを片手でキャッチする。握り拳を開くとそこにあったのは一本の鍵。


「四階の屋上へ行く階段の突き当たりにある部屋の鍵だ。今は空き教室になっている。本当は私専用にするつもりだったがお前達にくれてやる。今回だけの大サービスだからな」

「あ、ありがとうございます!」


 頭を下げるも疑問は残る。喫煙所といいこの部屋といい、やはり校長はこの人に弱味でも握られてるんじゃないのか。

 ただまぁ、それを差し引いても至れり尽くせりなことには変わりない。何だかんだ言っても、やっぱり生徒思いのいい先生だよ。


「もうここに用はないだろう。なんだったら今から見に行ってこい。それから今日中に部活申請の用紙を書いておけよ」


 面倒見がよすぎてこの人のことだから何か裏があるんじゃないかとつい勘繰ってしまうな。

 タバコ臭い室内から脱出した俺達一行は最上階である四階までやってきた。そこから少し歩いて目的地。プレートには何も書かれていない。一応代表として解錠をしドアノブを握る。


「開けるぞ」


 みんなが見守る中ドアを開け足を踏み入れると、


「――おお」


 想像していたよりも広い。ちゃんとした部室だ。

 何を定義してちゃんとしたというのかはともかく、ゆうに通常教室の半分以上の広さはある。

 何もないかと思ったら長テーブルにパイプ椅子と最低限のものは揃ってるし。殺風景なことには変わりないが、初めから備品があるのとないのとではこれまた雲泥の差がある。

 テーブルを指でなぞると埃すらない。きちんと管理されてる証拠だ。実に気分がいい。


「陽色細かいところまで気にしすぎ」

「別にいいだろこれくらい」

「……綺麗」

「おっ、茅ヶ崎もそう思うか」

「……景色が」

「ああ、景色の方ね」


 俺は窓際に立つと換気も兼ねて窓を開ける。そして見た。

 のどかな風景。海を望むことは適わないが、山の上にあるということもあり遠くの方まで街が一望できる。今が夕方というのも相俟って街が夕陽に染まり俺の瞳には、なんつうかノスタルジックに映ってみえた。

 こんな美しい景色の中で通り魔事件がいくつも起きてると思うと何か悲しいな。

 そういえば真っ先に騒ぎそうなやつが静かだが、一体どうしたんだろう。

 気になりドアの方を見ると朝霧が顔を伏せ泣いていた。えっなに、どしたの。


「きゅ、急にどうした?」

「こんなにも早く夢が実現するとは思わなくって……」

「夢って、大袈裟だな。なら一番クラブ作りに貢献した俺に感謝しろよ」


 そう冗談交じりに言ってやると、朝霧は今までに一度も見せたことのないような弾ける笑顔を浮かべた。


「はいっ。本当にありがとうございます。先輩」

「……っ!」


 身体に電流が走ったような感覚。ついと俺は朝霧から顔を逸らした。

 うわ、やっべえ。今のはキタ。なかなかどうしてこいつも破壊力のある顔を持ってるじゃないか。


「なに後輩泣かせてんのよ」

「ちょっ、俺のせい? これ俺のせいなの?」

「誰がどう見たってそうでしょ」

「ええー……」


 嬉し泣きなんだから別にいいだろ。これくらいノーカウントにしてくれよな。それと朝霧もここで中二病発動して誤魔化せよ。今以上に使うタイミングはないぞ。

 朝霧の傍らに立つ茅ヶ崎がハンカチを差し出す。ハンカチ持ってたんかい。


 涙を拭き取り笑顔を浮かべる朝霧を見ながら俺は思案する。

 この状況、正しくラノベオサケンと合致する。ハーレム特有の男一人は俺だけだし、クラブ結成の言い出しっぺでもあり中二病のヒロイン結城(ゆうき)芹奈(せりな)は朝霧のポジションだ。ただ一つ相違点があるとすれば幼馴染みの肩書きとプロポーションだが、こっちは露乃だな。


「やれやれ、第二の結城芹奈にでもなるつもりかよ」


 バン、とドアにもたれかかる音。朝霧だった。突然なんだ?


「なぜ極限零度(インフィニティフラッド)が創設者の名を……!」


 なんだその反応、と口にしようとして気付く。そういや俺がオサケン読んでる話はしてなかったか。


「結城芹奈? インフィニティフラッド? 今からクラブを作るのに創設者……?」


 露乃は俺達の会話についていけてないようだ。一般人の模範的回答をどうも。


「真面目な話、ラノベオサケン面白いよな。朝霧が部活作ろうとした理由もなんとなく分かるよ」

「面白いのは同感ですけど、私が読んでるのはラノベじゃなくて漫画ですよ」

「……何だって?」


 耳を疑う。漫画というとオサケンをコミカライズしたものか。


「じゃあなんだ。原作であるラノベは一度も読んでないのかよ?」

「私を甘くみないでもらえますか。流石に読んだことくらいあります。……五ページくらい」

「たった五ページかよ! ってちょっと待て。まさかとは思うけど、それって挿し絵のオチだったりしないよな?」

「ギクッ。……そんなわけないじゃないですか」


 俺から露骨に顔を逸らし明後日の方を向いた。どうやら図星のようだ。


「それ読んでるとは言わないからな! 見てるだけだぞ、見てるだけ。イラスト見ただけで満足して読んだ気になってんじゃねえ」

「しょうがないじゃないですか、読むの苦手なんだから。あんなに字がびっしりともみっちりともつまった文章読んでて頭が痛くなります。読む人の気が知れません。ラノベなんて読まなくても漫画やアニメで十分です!」

「こっこの、好き放題言いやがって。へっ、上等だ。なんとしてでもお前にラノベを読ませてその良さを叩き込んでやる」

「やれるものなら」


 売り言葉に買い言葉で柄にもなく熱くなったが、まぁたまにはこういうのもいいさ。


 さてどうするべきかと独りごちる。その時の俺にはうっかりだとかついだとかそういった諸々の感情は一切なく、目の前に天使と悪魔が出現してようやく「あー」と一言。

 これじゃおちおち考えるのもままならねえ。まぁ声に出して言う俺が悪いんだけどね。

 例に漏れず天使と悪魔が出現し俺の問いに答えてくれる。それを適当に流し、半ば呆然とした面持ちの朝霧がこっちを見た。虚空を指差しナニコレと目で訴えかけているのが分かる。

 腕を組み正直に言っていいものか悩んでいると聞き覚えのある重低音。


「ええい騒がしい。騒ぐのならよそでやれ」

「わぁ!? な、なに今の地の底から響くような声は?!」



 ――場は一瞬にして混沌(カオス)な空間と化した。



 正にないまぜ状態だ。今が新歓期間中でよかった。二年の教室からはそこそこ距離があるしここは四階、この騒ぎを聞き付け駆け付けられることもないだろう。

 パンドラはどうしたと茅ヶ崎を見ると、ブレザーのポケットが不自然に膨らんでいた。そこに入れてんのか。

 すぐ傍の露乃にも目を向けると、同じように茅ヶ崎のことを見ていた。いや正確には茅ヶ崎のポケットを思いっきり凝視。透視でもせんばかりの勢いだが、それに対し俺はある種の確信を抱く。


「露乃、お前ひょっとして今の声聞こえてたのか?」

「……さぁ、どうかしらね」


 そっぽを向き適当にはぐらかす露乃の前に悪魔が飛んできた。


「この女、ばっちり俺達のことが見えてるぜ」


 露乃は何も言わなかった。


誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ!

次回一週間から二週間以内。

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