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3 幼馴染と部活と厨二と転校生。③


「は、入れなくなってる……」


 入り口を遠目に見ながら、俺は受験に失敗した受験生のようにがっくしと肩を落とした。予想はしていたけど、こうも入れないと正直堪える。

 昨日の今日ということもあって、入り口には二人の警察官が配備されていた。昨日までなかったというのに、中が見えないようパネルキャスターゲートになってる徹底ぶりだ。


「諦めましょ、先輩」


 なぜか俺についてきた朝霧が、ぽんと俺の肩に手を置く。

 学校を出た時と同じマントに眼帯、沢山の指輪と不審者丸出しスタイルだ。職務質問をされなければいいが。


「もうどっかの誰かさんが拾って持ってっちゃったんですって。おとなしく帰りましょう」


 それで励ましてるつもりかよ。

 カルガモの子のようについてきた茅ヶ崎は黙って工事現場の方を見ていた。手にはパンドラが乗せられている。顔は出ていない。


「どこ探しても見つからないし、やっぱり工事現場の中なんかな。自転車も停めておいた場所になかったし、これを最悪と言わずしてなんという!」

「……自転車なら、」

「先輩騒がしいです。それじゃ警察に目を付けられますよ」

「お前が言うな! ん、茅ヶ崎なんか言ったか?」

「……自転車、」

「あっ、警察今こっち見た! 先輩、逃げましょう。三十六計逃げるに如かずです」

「逃げたら逃げたでのちのち面倒な気もするけど一応当事者だしやむを得まい」


 言うが早いか、その場で回れ右をすると全速力で駆け出す。入り組んだ路地を抜けすたれた商店街に出る。人もまばらにしかいない。


「くそ、どうして俺がこんな目に」


 まったく昨日から散々だ。つい愚痴(ぐち)の一つや二つこぼしたくもなる。


「でも藤咲先輩、まるで主人公みたいですよ」

「え?」


 思い掛けない言葉にドキッとする。


「アニメのですけど」

「あ、ああ。アニメの、ね」


 なんだ期待させんなよ。いやでも主人公みたいなんて生まれて初めて言われた。すげえ嬉しい。

 ……嬉しい? 嬉しいってなんだ。当に俺はラノベ主人公になることを諦めた人間だぞ。それなのに嬉しいっていくらなんでも矛盾を孕みすぎだろ。どっちつかずな態度でいるのこそ一番……最悪だ。


「先輩!」

「うおっ!?」


 耳元でいきなり叫ばれ、思わず狼狽(うろた)える。


「い、いきなり叫ぶんじゃないよ」

「いきなりじゃないですぅー。何回も呼びましたぁー」


 ふくれっ面でそっぽを向かれる。本当かと茅ヶ崎を見ると小さく頷く。考え事をするあまり聞こえていなかったようだ。


「なんですかその確認方法」


 今度は胡乱(うろん)な目を向けられた。


「悪かったよ」

「本当にそう思ってます?」

「無論本心だ」

「なら、いいですけど」


 くるり(きびす)を返す。


「私、これから用事があるので先帰らせてもらいます。明日いの一番に会いにいくのでとびきりの方策考えといてくださいね」


 そう言い付ける朝霧は足早にこの場から去っていった。


「そんじゃま、俺達も帰るか」

 朝霧の背中を見送ってから逆の方向に歩き出す。

 訊くと茅ヶ崎の家も同じ方向なのだそうだ。再び肩を並べて家路を辿る。

 夜行性であるパンドラは今は眠りに就いているらしく、ならば茅ヶ崎にリトスラウムについて詳しいことを訊こうとするも結局聞けずじまいに終わり、程なくして自宅付近の公園にまで差し掛かったところ、茅ヶ崎が足を止めその場にしゃがみこむ。


「……靴紐がほどけたから」


 見れば分かることを言う茅ヶ崎に、俺は思い出したことを口にする。


「そういや、さっき自転車がどうとか言ってなかったか?」

「……自転車なら恵さんのところにひゃっ!?」


 嬌声(きょうせい)が漏れる。なんかエロいぞ。


「むっ、虫。背中に虫っ」


 胸とは対照的に小ぶりなお尻を突き上げ、四つん這いのポーズになる茅ヶ崎。眉根を寄せ今にも泣きそうだ。

 虫一匹に大袈裟な。これが露乃なら振り払って握り潰していることだろう。いや、こういうところは女の子らしくていいか。

 それに無表情以外の表情もできるのか、ってさっきからそんな悠長に分析してる場合じゃないな。


「大丈夫かよおい。そんなに嫌なら俺が取ってやろうか?」

「今すぐ取ってぇ」


 そんな情けない声出すなよな。

 茅ヶ崎の背中の虫くらいこの俺が取って……ん? 背中!?

 それはつまり茅ヶ崎の背中に俺の手を滑り込ませるということか!?

 傍から見たら犯罪にしか見えないだろうが茅ヶ崎がいいと言ってる以上これは合法、いやしかしだな。


「藤咲君早く!」


 茅ヶ崎の声にハッとする。

 何こんなところで葛藤なんかしてんだ俺は。一刻を争うほどの危機的状況でもないが、茅ヶ崎が困ってる。それ以上の理由が必要かってんだ。


「よ、よし、今取ってやるからな」


 言うが早いか茅ヶ崎のカッターシャツに手を滑り込ませる。うお、なんかすげえスベスベしてるし、これが茅ヶ崎の温もり……! とかは絶対口が裂けても言えないな。ええと虫、虫はどこに……ん、これか?


「っ!?」


 何かが外れる音と同時に声にならない声を上げ、電流が走った時のように茅ヶ崎の身体が跳ねる。まさかとは思うけど。


「……今外したの、わたしの、ブラのホック」


 やっぱりかー!


「ち、違うんだ茅ヶ崎。わざとじゃない。俺はただ虫を取ろうとしただけでごっふぅ!」


 慌てて手を抜いた瞬間、横から何かが衝突し俺の身体が吹っ飛んだ。


「私の大事な廻になんてことしてくれとんじゃああああぁぁーーっ!!」


 窓を割らんとするほどの怒鳴り声。

 頭を押さえながら上体を起こすと、白のワイシャツに身を包んだセミロングの女性がいた。美人だろうに目を吊り上げ口をへの字に頬をぴくぴく。

 言うまでもなくその女性は怒っていた。それも大変ご立腹のようだ。


「あの、どちら様で……?」

「私が何者かなどは詮無(せんな)いこと。問題は廻に暴行を働かんとする暴漢魔が私の目の前に現れたことだ」

「は、はぁ」


 暴漢魔って、俺のことを言ってんだよな。現にこうして吹っ飛ばされてるし。

 それに下の名前で呼んでるってことは、少なくともかなり親しい間柄ということになる。

 見た感じだけでいえば少し歳の離れたお姉さん、か?


「待ってください。あなたは何かすごく重要な勘違いをしている!」

「なるほど。警察に突き出されれる前に抗弁を垂れたいと申し出るか。悪あがきにしかすぎんだろうが、いいだろう。言え」

「ええとですね。俺はそこにいる茅ヶ崎に背中に虫が入ったから取ってほしいとお願いされたんです、はい」

「なに、そうなのか?」


 女性の言葉にこくんと頷く茅ヶ崎。おとなしくなったところを見ると、虫は無事取れたようだな。


「ふむ……どうやら私の心得違いだったようだ。心から詫びよう。すまないことをした」


 頭を下げられる。胸を打つような真摯(しんし)な謝罪だ。


「いえ、元はと言えばこんな誤解を招くようなことをしていた俺が悪いので」

「むう、なんと出来た少年か。良心の呵責(かしゃく)(さいな)まれてならない」

「そんなお気になさらず」

「しかし()に落ちないこともある。あまり感情を露にしない廻がなぜあんなにも露骨に嫌がっていたのだろう」

「それは単純に恥ずかしかったからじゃないですか? 男の俺に手なんか突っ込まれて」

「君の言うことにも一理あるが二理はない。どうなんだ廻?」


 やましいことは何一つしてないから別に堂々としてりゃいいさ。悠々自適でいる俺に茅ヶ崎が、


「……ブラのホックを外された」

「ふんっ!」

「ぐえぇ!」


 一瞬にしてヘッドロックをかけられた。

 口より先に手が出るタイプだこの人ー!


「くっ、苦しいです!」

「黙れ変態! 虫を取るのに託けて変態行為に(のぞ)もうとしたのだろうがそうはいかんぞ。たとえお天道様が許しても、私の目の黒いうちは許さん」


 く、苦しいのに、この人の豊満な胸が背中に当たって天国と地獄を同時に味わってる気分だ……っ!

 俺の本気のタップと茅ヶ崎の口下手な説明でどうにかこうにか和解することができた。正確には向こうの一方的な勘違いによるものだが。


「――そうか藤咲陽色君というのか。勝手に陽色君と呼ばせてもらおう」


 茅ヶ崎の隣に立ちしなを作って微笑む。

 こうして美人が二人並んでるだけで実に絵になる。それにどことなく茅ヶ崎と雰囲気も似ている。見た目においても特に胸とか。これはもう姉妹とみて間違いないだろう。というか本人が目の前にいるんだし訊くのが一番手っ取り早い。


「藪から棒にすみません。もしかして茅ヶ崎のお姉さんですか?」


 俺の質問に変わりに答えようとした茅ヶ崎を制し、女性が俺にずいと顔を近付ける。


「ち、近いです」

「何歳に見える?」

「え?」

「正確には私と廻ではいくつ歳の差があるように見える? 釘をさしておくと、私にお世辞は不要だからな」


 それを言う女性の目は真剣そのものだ。ならば俺も真剣に答えて然るべきだろう。


「二歳、いや、三歳くらいでしょうか?」

「……」


 俺の言葉に何も表情に出さぬまま顔を離した女性は、やにわに茅ヶ崎の肩に手を回す。


「廻聞いたか。陽色君は私と廻が三歳差に見えるらしい。彼は中々に見る目がある」

「……わたし、そこまで老けてない」

「いやそうではない。私が若く見られたんだ。ん、待て廻。その発言は私が老いているとでも言いたいのか!?」


 仲睦まじく談笑に浸るのはいいけど、俺を蚊帳(かや)の外にするのだけは止めてほしい。

「紹介が遅れたな。私は古賀恵だ。下の名前で呼んでもらって構わない。実を言うと私はこの子の姉ではなく従姉妹(いとこ)だ。それも十歳違いのな」

「十歳!?」


 まさかそこまで歳の差があったなんて。いいとこ大学生くらいにしか見えない。


「陽色君は実にいい子だな。一瞬でも暴漢魔と疑い手をあげたのは私の不明の致すところ。君が望むのであれば意趣返しでもなんでもするといい」

「そんなやり返すような真似しませんよ。それに恨んでもないですし」

「それが真実であれば私がこれ以上望むものはない。感謝するよ」


 力強く手を握られる。この人も何だかんだ言って大袈裟だな。ここまでとは言わないが、茅ヶ崎も少しは恵さんの行動力を見習った方がいい。自分のためにもさ。

 くいっ。と赤子くらいの力で恵さんの袖を引く茅ヶ崎。


「……仕事、大丈夫?」

「大丈夫か大丈夫でないかと訊かれれば、大丈夫とは言い難いな」


 ……それはつまり急いだ方がいいのでは?


「というわけで私はお(いとま)することにしよう。ではまた」


 脇に停めていた自転車に(またが)る恵さんは俺達が来た道を行こうとし、って。


「ちょっと待ったぁーっ!」


 俺の声に反応したのか、恵さんが急ブレーキをかける。


「いきなりどうしたというのだ」

「どうしたじゃありませんよ! それ俺の自転車じゃないですか!」

「むっ、それは本当か?」


 自転車から降りる恵さんにほらこことダウンチューブの辺りを指差し、


「名前シールに俺の名前書かれてますよね」

「ううむ確かに。しかし高校生にもなって自転車に名前はいささかどうかとは思うが」

「ただ剥がしてないだけなんでほっといてください。それよりどうして恵さんが俺の自転車を?」

「あにはからんや、事の顛末はこうだ。私が仕事に行こうとすると見事に自転車がパンクしていた。ほとほと困り果てていると、なんとその横に別の自転車があるではないか。そしてそれを偶然の一言で片付けるのをおこがましいと思った私は神に感謝しながら自転車を借り受け、こうして今に至るというわけだ」


 神妙に語る恵さん。色々突っ込みたいところはあるけど、一番の疑問点はどうして恵さんの家に俺の自転車が置いてあったかに帰結する。と同時に心当たりも一つしかないけど。


「……茅ヶ崎か」


 茅ヶ崎は否定しない。


「あのあとにでも自転車を回収して恵さんの家に届けといたんだな。放置自転車として撤去されてないだけマシだけど、どうしてすぐ教えてくれなかったんだ?」

「……何回も伝えようとはした」


 伝えようとは。その発言をトリガーに俺の頭を巡る茅ヶ崎の言葉。


 自転車なら恵さんの家に――


 その言葉の意味するところを確かに理解した俺は茅ヶ崎になんと言って謝罪しようか悩みあぐね、


「……わたし、最善を尽くしたよ。藤咲君に伝えようと」

「本っっっ当にすまんかった!」


 (なか)ば食い気味に茅ヶ崎に頭を下げる。悩むことなんてない。どう考えても今回ばかりは俺に非がある。これじゃあミーハーな女子達と何ら変わりない。


「……頭を上げて」


 ぽんと肩に手を置かれ頭を上げると、茅ヶ崎の天使のような顔が――無表情にも関わらず今の俺にはそう見えた――心に俺に向けられていた。

 きっと今茅ヶ崎が天使の生まれ変わりと言われたら間違いなく信じてしまうことだろう。


「あーコホン。おおよその流れは今ので把握したつもりだが、差し支えなければ私に自転車を貸したままにしておいてはもらえないだろうか」

「え? あ、はい。別に構わないですけど」

「いやすまないな。藤咲君には本当に頭が上がらない。誠私の要望に応えてもらい感謝する」


 まぁ丸々一年間自転車に乗らず通学していたからな。今更不便に感じることはない。それに元はといえばすぐに戻ってくるだろうと鍵をさしたままにした俺が悪いんだし。管理不行き届きによる自業自得ってやつだ。


「陽色君」


 再度自転車に跨り顔だけこちらに向けながら、


「このお礼は必ず果たす。陽色君さえよければ是非私の家に招待しよう。自転車も返却したいことだしな。詳しいことは廻を通して聞いてくれ」


 そう言い残すと今度こそ恵さんはこの場をあとにした。お礼なんて別にいいのに。中々義理人情に厚い人だ。無碍(むげ)にするのも決まりが悪いからここは素直に恵さんのご好意に甘えることにしよう。


誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ!

次回土曜日に投稿予定。

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