プロローグ 俺は主人公になりたかった。
MF文庫Jに投稿予定の作品です。
感想や評価もらえるとバク転しながら喜びます。
街角アンケート以上世論調査以下の、つまるところみんなにとってそれほど需要のないことを訊くと、ヒーローに憧れた。あるいはヒーローになりたいと一度でも思ったことはないだろうか。
俺はない。ヒーローになりたかったこと。
『ある』じゃないぞ。『ない』だ。
そりゃヒーローだって格好いいし憧れなかったと言えば嘘になるけど、でも進んでなりたいとまでは思わないな。宇宙飛行士よろしくなろうとしてなれるような生易しいもんでもないだろうし、それこそ自己満足もいいところだ。現実的なことを言うようで悪いが、そもそもヒーローなんて職業は存在しないから飯だって食ってけないしな。養ってくれるやつがいるならともかく、せいぜい趣味でやるくらいが関の山だろう。
しかしながら、類するものには切望通り越しなろうとはしている。
一言で言うと、それは『主人公』だ。
一口に主人公と言っても様々なものが想起されることだろう。
漫画の主人子。アニメの主人公。それからゲームの主人公とかな。
さらにはそこから派生し挙げていけばきりがない主人公という括りだが、俺が高校に上がり志した主人公。それはライトノベルの主人公だ。
記憶を辿るに、俺がラノベと初めて出会ったのは確か中学三年に上がって三ヶ月が経過した時のことだ。
受験勉強を強いられやむなく問題集を買いに近所の本屋へと足を運んだ際に、何の気なしに横切ろうとしたライトノベルのコーナーを見て驚いた。
横一列にずらりラノベが陳列されたそこは正しく萌えの見本市。可愛い女の子とポップなロゴが踊る表紙の数々に俺は雷を打たれたような衝撃を受けた覚えがある。
周りで迷惑がる客すら顧みずそろそろ店員に声を掛けられてもおかしくない時間その場で読み耽った俺は、問題集の代わりにラノベをまとめ買いして自分への手土産とした。
後日、問題集を買うための軍資金まで使ったのがバレて母さんからこっぴどく叱られたけどな。まぁ百歩譲ってそれもいいとしよう。
そこから俺がラノベの虜になるのにそう時間は掛からなかった。
可愛い女の子が鳴き物入りで描かれているのもさることながら、漫画とは異なりそのほとんどを文字で読む小説は綴られたストーリーに沿って自由に妄想することが可能であり、俺が今以上にラノベにはまる要因になったことに関してはもはや否定のしようがない。
こうして俺がラノベに陶酔すること早半年。
当初予定していた志望校のランクを二つほど落とした代わりに俺が手にしたものはといえば、天井の高さまである本棚をラノベで埋め尽くしたという既成事実だけで、しかし今後の命運を分けるほどの十分な成果を俺は得たつもりだ。
紐解いた先に見えたのは、俺が物語りの、ラノベ主人公になりたいという強固な意思だ。
何をするでもなく可愛いヒロイン達に囲まれちやほやされるイケメン主人公。
異世界に飛ばされた挙げ句勇者と崇められ何だかんだ言ってその世界を満喫する主人公。
殺されかけるもその命を救われその後能力に目覚め渦中の人となる主人公。
――羨ましい! 羨ましい上妬ましい!
読めば読むほど主人公になりたいという気持ちがむくむくと頭を擡げ、無事受験にも合格し入学する直前でついにその想いがメーターを振り切った俺は遅ればせながら行動にまで移した。
といってもそれは高校に入学した時で、より正確に言えば、行動に移したというよりかは俺自身の立ち居振る舞いを変えたというのが正しい。
実際俺の身にどういう変化があったのかというと、好意で話し掛けてくる女子にわざと「え? なんだって?」と聞き返したり、騒がしい連中を前に「やれやれ」と首を横に振ったり、日がな一日意味もなく溜め息を吐いたりと枚挙にいとまがない。
要はラノベの主人公になるべく主人公の癖やその傾向で多いものを統計し、それら全てを完璧にトレースしたわけだ。
何か根本的に間違っていると一考はしたものの、主人公を演じてるうちに可愛い女の子がふらり俺の前に現れ、あたしのクラブづくりを手伝いなさいと言ってきてそれをキッカケにヒロインも増えてあわよくばハーレムエンドを迎えられたらなんてちょいと下心を抱いたりもしたさ。自分で言うのもなんだけど、立っ端もそれなりにあって容姿だって悪くないと思ってるからな。実際に起こる可能性はゼロじゃない!
そりゃ欲を言うと、異世界に飛ばされたり異能力に目覚めたりなんかして巻き込まれ型主人公になりたいというのが本音だが、実際物理法則が闊歩してるようなこの世界ではまず有り得ない事象だろうから、シンプルな日常系ないし絵に描いたような主人公を望んでるわけだ。
しかし何が間違っていたというのだろう。
俺のやることなすこと全て失敗に終わってしまった。
一体何が駄目だった。難聴か? 溜め息か? それとも延々と続けていた一人語りか? 確かに俺は悲惨な過去を抱えてもなければ葛藤だってしたこともないし、ついでに言うと敗北や挫折の経験もゼロだ。一応ラノベ主人公にお決まりの妹と幼馴染みはいるが、なぜか嫌われてるからあってないようなもんだし。
いやそれにしたってあんまりだろ。俺のこの一年間は何だったんだ。
これじゃラノベ主人公になるどころか友達の一人もいないボッチに成り下がっただけだ。今じゃ後悔の念しかない。
しかし時間の流れというのは残酷だ。
季節は移ろい高校二年目となる麗らかな春が訪れた。
ラノベに対しての熱は未だ冷めることはないものの、しかし主人公になる夢は俺が自責の念に駆られること二週間、俺の中では完全に消滅を遂げた。
時既に遅しと思いたくはないが、二年生になってようやく現実と向き合い平凡な学校生活を送っていくことを決意した。
一年という時間はあまりに高い勉強代、いやあまりに永い人生代となったが、こればかりは割り切る他ないだろう。むしろそうしなければ俺が生きていけないからな。
だが運命の歯車というのは本当に存在しているらしい。
俺が主人公を志すのを止めた瞬間、まるで狙ったようなタイミングで俺を事件に巻き込んでいくんだからな。
ほんと、やれやれだぜ。
すぐに投稿するのでお気に召しましたらどうぞ。