●ん世界へようこそ
【しばらく姿を消す。世界の終わりを見たいのなら、4時44分に屋上で街でも眺めていろ。いーか、16時の方じゃない。明け方の4時だ】
言語学者をしている悪友からメールが届いた。
そういえばこの前、酒の席で、酔っ払った勢いでこんな事を言った記憶がある。
『核ミサイル発射ボタンがあったら、僕は遠慮なく押すよ。世界が終わる瞬間に立ち会えるなんて、わくわくする』
『いいねぇ。だったら、俺が今やっている研究で成果が出たら教えてやるよ。世界が終わる瞬間をライブで見せてやる』
『ふーん。どんな?』
『一、二、三、四…。なぁ、どうして三のあとの漢数字が□の形体で『し』って、わざわざ『死』に通じる一文字読みを当てられているか、考えた事あるか?』
『えー。大昔の人の考えなんて分からないよ。僕の知っている範囲だと甲骨文字の時点では『三』にプラス一本の四本の横棒だ。『四』の字は開いた『くち(口)』と『吐息』を現しているって』
…ぶっちゃけ。ここまで知っているのは、この悪友の影響なのだが。
『――表向きには。大昔だからこじつけはいくらでもできる』
知り合いは得意げに笑って、酒を傾ける。
『俺は4が甲骨文字から漢数字が成立した時代の間に、別の形が使われていたと考えている。仮に●とする』
これはまた、ぶっとんだ理論だ。
悪友はグラスの水滴を指先で拭い、テーブルに●の字を書く。
『だが、それがもの凄くヤバイものだった。だからこそ封じる為の『施錠した箱』として『四』の字が成立した。『し』という読みを与えて、●の字のヤバさを忘れさせないように』
『ふーん、じゃあ。五とか六はなんなんだよ。それだって、甲骨文字時代と形体がちがうじゃねぇか』
『ふふん。施錠した箱とはいえ『四』は、四忌避として単体としても効力を発揮する。日本だと平安時代から避けられている程だ。だが、それが抑えられている状態だとしたら』
『つまりなにか? 五からの漢数字は四の力を抑える為に存在すると?』
『あぁ。五、六、七は口箱の解体を意味し、『八』は口箱から完全に取り除かれた施錠部だ。『十』は力を四方へ拡散させる意味を現している。九は八と九のプロセスだと考えれば良い。百も千も隠された意味があるはずだ』
トンデモもここまで来ると凄いな。
『そこでだ。五から十の漢数字を使って四の力は拡散させたわけだが、完全に消えたわけではないとしたら? 漢数字が成立して千年以上経過した時間、消えずに堆積し続けたとしたら…。その力をうまく利用すれば、施錠された四の箱から●を解放できるかもしれない』
『…つまり、それがお前にとっての核ミサイル発射ボタンなわけね』
『あぁ。日本は四季の理で時間が流れ、言霊という言語の力を増大させる概念が根付いている。四時四十四分に解放すれば、●の力は一気に広がり世界を覆うだろうな』
「…………」
思い出して頭が痛くなってきた。
酒に酔っていたとはいえ、四を「し」と発音するのは日本だけだ。
冷静に振り返れば、悪友の理論は矛盾と妄想で溢れている。
とはいえ、4時44分…。いや、四時四十四分に間に合うよう、マンションの屋上へ向かう自分も自分だが。
ふぅ。とため息をついて、空を仰ぐ。
デジタルの腕時計から聞こえるアラーム音。四時四十四分になったのだ。
眼前に広がる、朝靄がかかった静かな街。
結局何も起きなかったと苦笑し、白み始めた空をぼんやりと眺めて、このまま夜明けの太陽を眺めるのも一興だよなと考える。
「まったく、姿を消すって大袈裟なんだよ」
自分はまんまと悪友に担がれたのか、それとも己の理論の破たんに気付いて、きまりが悪くなって逃げたのか。
馬鹿だな。その程度で友達を辞めるわけないのに。
東の方角から光が溢れて、世界があまねく照らしだされる。
昇る太陽が顔を出して、僕は驚愕した。
「な…なんで」
顔を出したのは、太陽ではなく燦然と輝く●。
●が空を覆い、●が世界を覆った瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪んでいく。
馬鹿な。悪友の理論は妄想の産物だったはずだ。
『俺達は三次元に生きている。そして●の力を解放させて、さらに上、四次元へと世界を押し上げるっ!』
高笑いが混じった悪友の声が聞こえた気がした。
「は…ははは、世界の終りだけじゃなくて、世界の始まりまで見せてくれるってのか? サービス良すぎじゃね…?」
そう言って僕は笑うしかなかった。
【了】