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今はただこの揺れに身を任せて

どうやら物語がはじまるよりも随分早い時期に、私と彼は出会ったらしい。


なぜそれがわかったかと言うとあのあと市場で一度に男達が突然死んだ光景を見ていた人間達がパニックになり疫病かもしれないと逃げ惑い混乱に陥った際に、そのうちの1人が主に向かって言ったのだ。

坊や、貴方も早く逃げた方がいいわ。と。


おかしい。


私の主である『ゼイン』という登場人物キャラクターは物語がはじまる1、2年程前から既にザイクス側の核を担う人物としてそれなりに知れ渡っていたはずだ。

その特徴的な容貌と残虐で快楽主義かつ気分屋な悪の幹部は、情報に疎い田舎ならまだしもこの町のような程々の規模のコミュニティには多少情報に誤差はあれど知らない者などまず居ない程に有名で、彼の姿を見たならば機嫌を損ねず穏便に済ませねば数刻先の未来に己の身はないと思えと。悪の首領ザイクスとその仲間への恐怖の感情が人々の心にはびっしりと染み込んでいる。それが私の知る物語の中の実情だった。

今私が彼と出会えたということは、彼は間違いなくもう既にある事情を経てザイクス側の人間となっており、だからこそその顔には怪しげに微笑む道化を模した仮面が彼の顔の半分を覆い尽くしている。

けれどまだ現時点での彼は私の知る悪名高い『ゼイン』ではないらしい。


ならば、今はきっとまだザイクスの元に行ってからそう経ってはいないーーー?


もしそうなら今が物語のはじまりまでどのくらい過去にあたるのかがわかるかもしれない。

私の知る限りゼインがザイクスと知り合ったのは物語の7年前。

彼はザイクスに出会う以前にはまずこのような町で出会える相手ではないし仮面のこともあるので、ザイクスに出会ってしまっているのは確定と言える。

しかし名が知れていないつまり物語のはじまった年を基準とするなら少なく見積もってもそれよりも2年以上は前だろう。

7年前の時点から5年以内のどこか。それが今。


そう考えてから、私を肩に乗せ行き交う人々の波をなんともないように滑らかに歩く彼の横顔を見つめる。

外見から推察するなら16、7歳という所だろうか。

7年前の時点で彼の年齢は14になったばかりだったことからザイクスとの邂逅から2年程度でこれから3年ののちにゼインは人々から畏怖されるような存在になりその2年後物語から暫くの後主人公デューク達と敵対し、そしてーーー。

その先が靄がかかったように意識の底から消えていて、わからない。

が、しかし。

おおよそ今私が整理した道順で未来は訪れる。

それがこの世界この物語においての脚本シナリオだから、未来が変わることはないだろう。


ましてや私のような端役には、僅かな歪みすら与えることは許されない。

物語は私以外の誰もそれがシナリオに沿ったものだと認識されることなく滞りなく行われるのだ。

なぜ。

なんで私にだけ、こんな知恵きおくを与えたのか。


わからないことばかりだ。

わからないことばかりだけれど。

それもいいだろう。


サラリと風で揺れる彼の髪が、私の鱗の表面をくすぐる。

その心地よい感覚に私はゆるりと瞼を瞬かせた。


だって、ゼインの側は酷く居心地がよい。


それは本来この身体の持ち主であり物語の中で最も近く彼に寄り添い続けていた彼女アナスタシアの魂が本能的にそう感じていたのかもしれない。

しかしそれを知る術を私は持ちはしないのだから。

ただその心地よさに身を任せることにして、そっとその肩に頭を埋めた。


「…本当は大型獣の個体を試験用に手に入れるつもりだったんだけど…まあ、沼の長だった白亜大蛇の子なら、魔力耐性もあるだろうしもう少し育てれば丁度いい実験体サンプルになるかもしれないな。」


そう彼が呟いた言葉を、意図してはいなくとも1日気を張り続けて疲れており緊張の糸が途切れると同時に意識を飛ばしていた私が知るはずもなかったのだ。

まあもし知っていたとしてもか弱い蛇の身となった私には行く場所もないのだから結果は同じだっただろうとは思う。

思うがしかし、ここまで安穏と惰眠を貪ることはなかったかもしれない。


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