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理解する絶望する歓喜する

ざっと私の状況を説明させてもらったわけだが、少々間を端折り過ぎていて何がなんだかわからないのではないだろうか。

だが私はこちらに転生したものの、前世の記憶を完全に所持しているわけでは無いし、いくら好きな物語と言えども一言一句違わずに思い出すことは難しいのだ。

それにこの前世の記憶というのは存外万能ではないもので。

前の『私』が物語のはじまりから終わりまでの全てを知っているのは間違いないしそのことはハッキリと覚えている。それなのに。

なぜか結末エンディングとそれまでのストーリーの全体像が思い描けない。

確かに知っているのに、すぐに思い描ける部分と靄がかかったようにぼんやりとしかわからない部分があるのだ。

恐らく思い描けていないのは今私が生きている時間がその時までまだ遠いからではないかと推測しそれ以降はわかりもしない遥か先の未来を無理に思い出そうとはしなくなった。

少なくともまだ今の私には必要のない情報であることに違いはないのだから。


よって、主人公であるデューク達一行に起きるだろう事柄は、前半部分しかわからない。

私の人生は物語のはじまりであるデューク彼女ホーリーの出会いよりも過去に既にはじまっているんだから、当然のこと。

1つの物語として読んでいた頃はその中の登場人物の時間も物語がはじまると同時に刻み始めたかのように感じていたが、いざその中の1つになってみれば。登場人物1人1人、主役から名もない脇役まで。皆それぞれの人生があり、異なる時間を生きている。

物語がはじまる前から世界は動き続けている。


そして。

主人公不在の物語の幕すら開いていない今。

私は記憶の中の彼よりも幾らか幼いゼインと共に居る。


私が『私』であった頃、物語の中では彼と白蛇との詳細な情報は描かれることはなく登場した時に既にゼインと共に在ったから、私もこの身体に生まれ落ちてすぐの時一体自分はいつ彼と出会うのかと正直不安であったが思っていたよりもあっさりとその出会いは訪れる。

深い深い森の奥にある沼のほとりの老いた大樹の上で母や兄弟にあたるだろう大蛇達と暫く暮らしたが、数日後森を訪れたハンターに狩られ母は死にその場で皮を剥がれ兄達の1匹は逃げようと抵抗し捕まえようとしたハンターに容赦なく串刺しにされていた。他の兄弟と私は比較的傷も少なく捕らえられ、生きたまま市場に出すものと加工してから出すものを大きさで仕分けられた。

私はその当時一番小さな身体をしていたから、皮を売るよりもそのまま出すことにしたらしく、兄の1匹と共に乱暴に籠に押し込められる。

籠の上に母であったソレがバサリと置かれ、私達はその光景と匂いに生きた心地がしなかったのを覚えている。

この時も私には人であった時の知恵があったのでこの後どうなるかも大体予想はついた。しかし私はまだ私のあるじに出会ってもいないのに。こんなことになるとは思わず、またその当時の私には運命に抵抗できる程の力なぞなかったのでただ揺られるままに遠ざかる生まれ故郷の緑を見つめ続けることしかできなかった。


暫くの時が経ち揺れが収まると、周囲は人のざわめきで騒がしくなっている。

上にあった母がどけられ開けた視界には人、人、人。

こちらの世界に生まれてからすっかり見ることのなくなった人間の姿に、こんな状況だというのに私は少々懐かしさを覚えていた。

久方ぶりに耳にする言語は前世の私が使っていた日本語ではないように思うが、不思議とすんなり理解することができる。面白い。

ついそんなことを考えていたので、私はすぐ側で怯えていた兄の変化に気づかなかった。


うわあああああ


突然上がる悲鳴にハッとしその声の方向に目をやると、同じ籠に居た兄蛇が籠をあけた男の隙をついて飛び出したのか、男の腕に噛み付いていた。

私より身体が大きいとはいえ成体ではない兄の歯はそこまで攻撃力が高くはなく、驚いた側に居た別のハンターの男の手によって兄の首はスパリと切り落とされ、首から下の胴体部分がぼとりと地面に落ちる。

そこでようやく私は気づいた。これまでずっとどこか人間の目線で事を傍観していたけれど、今目の前で男の腕に喰らいついたままだった頭を忌々しそうに剥がされ放り捨てられ踏みにじられたのは紛う事なき己の兄で。私は籠の中息を潜める小さな小さな蛇なのだということに。

そして踏みにじられた兄だった亡骸は、少し先の未来の自分の姿かもしれないことを。

漸く全身を駆け巡る蛇としての己の身への恐怖混乱に塗れ浮かぶ疑問。


なぜ。どうして。

私達はただ大人しく森の奥暮らしていただけなのに。人を傷つけることなぞしていないじゃないか。

それなのに。

母も兄も他の兄弟達も。私も。

理不尽に命を奪われねばならないのか。


私の知る物語にこんな描写は無かったじゃないかーーー。


ぐちゃぐちゃの思考の最後にそう頭に過り、震える。

たしかに前世の『私』の知る話の中にこんなことは描かれてはいなかった。しかしそれは描かれないから無いのではなく描く必要もなかっただけに過ぎないのではないだろうか。

それとも物語の中でももしかしたら、世界の中の1つの町で開かれた市場の一角で蛇が商品として並んでいたのかもしれない。ただそれはあまりに普通の光景で。別段取り上げることもない背景の1つで。『私』が気にもとめなかったのかもしれない。

だって『私』は人間だったから、店で売られる蛇の気持ちになど誰がなるだろうーーー。

そうか。この世界での今の私はまさにそうなのだ。

そう思われているから道行く人々は誰も足を止めなければ見向きもしない。

それがあまりにも普通のことだから。


この世界に来てはじめて『怖い』と思った。


ここには誰も居ない。

母もいない。

兄もいない。

兄弟達もきっと既に母と同じ末路を辿っただろう。

もう私には誰も残っていない。

誰も私を見ない。

誰も私が何を見てどう感じるのかなんて考えやしない。

誰も。




「なあ、そこの商人。ひとつ聞いてもいいか。」




絶望で目の前が真っ暗に染まりかけたその時頭上で声がした。

なぜだろう。

別に特別高くもなければ低くもない。それでも。

とても、綺麗な声だと思った。


「へえ、なんでしょうか」


その声の後にすぐ兄を殺した男の声がした。

先程の声を聞いた後だからか、男の声は酷く汚らしく私の鼓膜に響いた。


「お前が今殺めた蛇と、その籠の奥の。どこで捕った?」


「は…?あ、ああ、こいつらは東の森で今朝方捕ったばかりの獲物なんです。まだ小せえから皮が取れずにこのまま売ろうとしていたんですが、さっき仲間がヘマしちまいましてね」


「東の森…?もしかして、沼の側で捕まえたんじゃないのか。」


「!なんでそれを…」


ふん、彼は小さく鼻を鳴らした。


「愚かだね。どうせ見慣れない鱗の輝きに欲をかいたんだろうが、あの森の沼のほとりには太古の血を引く獣が棲むと言われているのを知らなかったのか?」


「太古の…?」


「まあ、古の血を継いでいるからといって、その程度の種なら特に特殊な能力や魔力を持っているわけじゃないけど。」


彼の言葉に不安を見せたハンターの男は、続いた言葉に安堵の息を吐く。

どうやらこのハンター達は旅をしながら獲物を狩り寄った町や村で売り日銭を稼いでいるのだろう。この地域の慣習に引っかかるようなミスをしたのかと顔色を悪くしていたのが私にもわかった。

しかし、私は生まれてからこの世界で自分と同じ種族か餌となる小動物しか目にしていなかったので物語に関与しない部分の世界の常識は全く知らなかったから自分達が普通の蛇ではないというのも今はじめて知った。

そこまで貴重な種ではないようだけど、少なくともそこらに居る蛇よりは珍しいらしい。

たしかに前世の世界でも真っ白な蛇はそうそうお目にかからなかったように思う。


「けど、だからといって狩っていいわけでもなければ、いくらでも替えのきくお前達とは違って雑に殺めていいものでもないんだよなあ…」


そう先程よりも少し低い声で彼が呟くと。

一瞬の間をおいて、それまで立っていたはずの男とその仲間達がドサリドサリと倒れ伏していく。


何が起きたのか全くわからなかったがしかし。

私には1つだけハッキリとわかっていることがあった。


「…おいで」


彼だ。

彼こそが私が待ちわびた唯一のあるじ


ゼインーーーかなしいひと。


その瞬間なぜ私は彼を悲しいと表現したのかはわからない。

ただ『私』がそう感じたのだ。

そうしてようやく私とゼインは出会う。

そっと差し出された腕にするりと巻き付くように身を滑らせ掌に乗り見上げた先には顔半分を仮面で隠し薄く微笑む彼。


「綺麗な瞳だ。ーーーアナスタシア、今日からお前は俺のアナスタシアだ。」

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