賞金稼ぎは子守唄を歌う act8
「う、うぅ……」
閉じてるはずの瞼に、強い光が差し込んできた。まだ眠かったけれど、この光をガマンしながら寝るのは流石にできそうにないわ。わたしは大きな欠伸をしたあとゆっくりと起き上がった。ふかふかのお布団はとても暖かくて、特に隣にいるネクロはさながら大きな抱き枕ね―――って。
「き、き、き……」
今すぐ大声をあげたかったんだけど、息が喉の奥でつっかかって声が出せなかったわ。だって、隣でお行儀よく寝ているのはネクロだったんだもの! いつも羽織っているスーツを脱ぎ捨ててたラフなシャツの姿で、こうして動かずじっとしているのを見てるとまるでお人形みたいにきれいな顔で……って違うわわたし落ち着きましょう深呼吸してすーはーすーはー……
「―――ん、起きたのか?」
「ひゃああああああ!」
ばっくんばっくんと煩く鼓動する心臓をどうにか沈めようとひとり奮闘していると、わたしの気配に気がついたのかネクロがぱちりと目を開けた。思わずヘンな声上げて後ずさってしまうわたしだけど、彼は特に反応はしなかったわ。うう、そこは反応してくれないと逆に恥ずかしいのだけど!
息を必死で整えようとするわたしに、ネクロは宝石みたいにきれいな青い瞳をわたしにむけてくる。しばらくわたしのこっけいな姿を見たのちに、彼はぼさぼさの頭を掻きながら起き上がった。
「えーっと。なんでわたし、ネクロといっしょにねてるの……?」
ようやく言葉を発せるまで落ち着いたわたしだけど、鏡なんか見なくたってわかる。ものすごく顔を赤くしてまぬけな表情を浮かべてるに違いないわ。でもネクロはいたって淡々としていて、「あぁ」と短く答えるとベッドの脇に腰掛けて人差し指を向こう側へ向けた。そこには口をぱかーっと開けて寝ているジンの姿が。ものすごく寝相が悪いみたいで、毛布がほとんどベッドの下に落ちかけているわ。
「ジンなんかと一緒に寝たら潰されてしまうぞ」
「え、えぇそうね……って、違うわ。聞きたいのはそこじゃないの」
寝起きの姿を見られるのが恥ずかしくて、わたしは毛布にくるまったままネクロに突っ込む。顔を赤くして視線を合わせようとしないわたしにようやく気がついたらしいネクロは、「そういうことか」と意地の悪い笑みを浮かべたわ。
「よっぽど疲れていたらしいな。お前はこの部屋に来る前に眠ってしまったんだ。しかし、この部屋にはベッドがふたつしかなく他に空室もない。となると、導き出される結論はひとつしかあるまい」
「あ……そういうこと」
そういえばわたし、疲れた身体を引きずってどうにか宿屋にたどり着いたことは覚えてるけど、そこからさきの記憶がすっぽり抜け落ちているわ。心配そうな顔をしていたミューラやおじさんに事情を説明して、それから……なんだかふわふわしたあたたかい感覚があったような気がするけれど。
「(そ、そうよね……仕方ないことよね! だって誰かが床で寝るなんて可哀想だし、だいいちわたしまだ子供だから許されるわよね!)」
誰に対して許しを求めているのか、自分でもさっぱり分からない。けどこうやって頭の中の誰かに謝らないと、どうにもこの心臓の音は鳴り止みそうに無いんだもの。ふぅーっと深く深呼吸しながら赤くなった顔を手で押さえていると、上着を羽織ったネクロがふと、こんな発言を残していった。
「お前はとてもあたたかいな」
「!!?」
本人にとっては何気ない一言なんだろうけど、わたしにとっては心臓を爆音のように鳴らすのに決定的な一言だったわ。当の本人は部屋を出てどこかへいってしまったけれど、わたしは毛布を頭からかぶってしばらく手足をバタバタさせた。
*** *** ***
「エスカリーテ! よく眠れたかい?」
「おはよう、ミューラ! えぇ、おかげさまで朝までぐっすりよ」
ネクロに起こされるまで、と付け加えそうになってわたしは思わず口をつぐんだわ。
ジンさんを起こして朝食を食べようと階下に行くと、心配そうな顔をさせたミューラがわたしたちを出迎えてくれた。事情はジン達が話したから説明しなくていいんだけど、ミューラったらわたしにケガがないかあちこち見るものだから思わず笑っちゃった。
「っぐぇ~……気持ちわりぃ。くそ、あの毒ガス吸いすぎたせいか二日酔いみたいに気持ちわりぃぜ……」
「だ、だいじょうぶジン?」
わたしの後をもたもたついてきたジンは、口元に手を当てながらオエッと声を漏らした。見た目はホントに二日酔いみたいだけど、毒が抜けきっていないのかしら。思わず心配そうな目を向けると、ジンは手をパタパタ振って苦笑してみせたわ。
「あ~、まぁ時間が経てば治るだろ。ミューラ、あのタヌキオヤジに薬出させてくれ」
「あいよ。エスカリーテ、あんたはどうするんだい?」
「わたしはご飯食べる!」
ジンには悪いけれどわたしはお腹ぺこぺこなの。元気よくそう返事をすれば、ミューラはとびきりの笑顔を浮かべておじさんのいるキッチンへと姿を消した。それを見届けたあと、わたしとジンは空いている席へ腰掛ける。朝といってもちょっと遅めの時間だからか、お客さんの姿はまばらだったわ。ジンは席に着くなりテーブルに置いてあったお水を一気に飲み干してブハァと息を吐き出した。
「くっそ~~~昨日は散々な一日だったな」
「まったくよね。それより、ジンはもうケガ大丈夫なの?」
「こんなのは慣れっこだよ。ひでぇ時は1ヶ月くらい病院にいたしな」
ミューラのおじさんが運んできてくれた黒い粒を水で飲み干して、ジンはちょっと自慢げにそう語りかけ腕に包帯が巻かれていてちょっと痛々しいけど、本人は至って元気そうだ。きっと2,3日安静にしていたらよくなると思う。
……しないだろうけど。
「まぁ、なんつーの? 死線を潜り抜けた分だけ男が上がるっつーの? 背中で語るみたいなオーラが出るわけよ」
「へ、へぇ~」
「お前もあと5,6年経ったら俺の魅力に気がつくって」
そん時は嫁にもらってやるぜ~、なんておじさんみたいな軽口を叩くジン。わたしは呆れながらハイハイと適当に返事をするんだけど、その時ちょうどタイミングよくわたしの朝食が運ばれてきた。ふかふかのパンに真っ白なシチュー。付け合せのサラダはとてもきれいな彩りで、デザートにプリンまでついてる!
「うわぁ~、いただきます!」
「お、うまそうだな。どれ一口……」
「ちょ、気持ち悪くて食べられなかったんじゃないの!?」
サラダについてきたプチトマトを一つ摘んで食べるジン。思わず大きな声で抗議しちゃうけど、彼は口をもごもごさせながら手のひらを上下に振る。
「いいじゃねーか。固いこと言いっこなしだぜっ」
「んもぉ~~」
ほっぺたを膨らましてしまうわたしだけど、目の前で良いにおいを放っているシチューにさそわれてスプーンをそっと伸ばした。一口食べれば、優しい味が口いっぱいに広がっていくわ。うん、すごくおいしい……! 隣にあったパンもさっそくちぎって食べる。わぁ、中がしっとりしててほのかにミルクの味がする! あまりにも美味しいものだから、わたしはしまりの無い笑みを浮かべてしまったわ。すると、隣にいたジンがまじまじとわたしを見つめていることに気がついた。
い、勢いよく食べたから呆れられてしまったのかしら?
恥ずかしくなった思わずスプーンをテーブルに置いてしまうと、彼はニヤッと笑いながらわたしの頭を撫で回す。
「昨日も思ったが、エスカってホントうまそうにメシ食うよな~」
「え?」
「いやぁさっきまで食欲なんてまったく無かったんだが、お前があまりにもウマそうにメシ食うからさ、俺まで腹減ってきたわ。おい、オヤジ! いつもの大盛りで!」
どうやらわたしの食べ方を悪く思ったわけじゃないみたい。子供みたいな笑顔を浮かべながら、ジンは厨房にいたおじさんに声をかけた。おじさんは「そう言うと思ってたよ」なんて言いながら、すぐにジンの分のご飯を持ってきてくれたわ。お盆に載せられたお料理は―――うわ、すごい。わたしの顔くらいあるお肉に、これでもかと盛られたご飯。それにわたしと同じシチューがあったけれど、量は比べ物にならないくらいに多い。村にいた時でも、こんな量を一度に食べる人なんか見たこと無いわ。
ジンは両手を胸の前に合わせて「頂きます」とお辞儀をしたあと、がつがつとそりゃもう犬みたいに食べ始めた。さっきまで気持ち悪いと言っていた人の食欲じゃないわ。思わずジンの食べっぷりに見惚れてしまうと、何か勘違いしたみたいでジンが自分のぶんのお肉を一切れわたしのお皿に乗せてくれた。
「ほら食え」
「え、っとそういう意味で見てたんじゃないんだけど……」
「ガキは遠慮なんかするもんじゃねーぞ。お前は小さいんだから、もっと食ってでかくなれ」
口の端についたソースを舐め取りつつ、ジンはそう言ってくれた。欲しかったわけじゃないけど、せっかくくれたんだしとわたしはお肉を一口食べた。うん、ソースがとっても爽やかな味がして美味しい! さすが食いしん坊のジンが指定するだけのお料理だわ。昨日勧められたサンドイッチも美味しかったし。
「―――なんだ。へばってまだ寝ていると思ったが、元気そうだなジン」
「おぉネクロ。先に食ってるぜー」
大きな黒い布袋を抱えてやってきたのは、朝部屋を出て行ったはずのネクロだった。彼はわたしたちのテーブルに近づくと空いている席に腰掛け、近くに居たミューラに何かを注文する。その後、彼は袋を空けて中身を取り出した。ごとん、と重たげな音を立てたソレは銃だったわ。ジンはそれを見て「おぉ、俺のじゃん!」と嬉しそうな声を上げた。もしかしてこれ、昨日盗られちゃったっていう武器かしら。
「確認しておけ」
「サンキュー。お前やっぱ娼館いってたのか。いやぁお前の顔ってホントこういう時便利だよな!」
「ショウカン? あ、昨日言っていた所ね」
「そうそう。昨日クソ女に騙されて武器盗られたんだがな、このネクロ様が取り戻してくれたっつーわけよ。金持ちやら貴族やらしか入れないはずだが、一体どんな手を使ったんだかねぇ」
口の周りにご飯粒をつけたまま、ジンが感心したような視線をネクロに送った。ショウカン、ってところがどういうところか分からないけれど、ネクロは盗られちゃった武器を簡単に取り戻してきたってことみたい。
「それと面白い情報を手に入れたんだが―――」
「ん? どうしたネクロ」
スーツの内ポケットに手を突っ込んだまま動かなくなってしまったネクロを、ジンが不思議そうな顔をさせて見つめた。ネクロはふっと一瞬だけ笑って「この話は後だ」と話をさえぎって丁度やってきた自分の食事をミューラから受け取ったわ。でも、ネクロのぶんの食事ってば量がほんとうに控えめ。サラダと小さなパン、それに紅茶といったもので、言ったら怒られるかもしれないけれどダイエットしている女の子みたいなメニューだった。
「先に食事をしよう。マズイ話はお前との仕事だけで十分だ」
「ほぼお前が原因だろうが、ボケッ!」
「まぁいいじゃないジン。食べましょ! ほらプリンあげるから」
そろそろ周囲の視線が痛くなってきたわたしは、大声を上げるジンを落ち着かせるために自分のぶんのプリンをジンに渡した。彼はぴくりと頬を動かしてプリンに視線を送った後「いらねーよ!」なんてわたしに突っ返すんだけど、わたしは怯まずに彼のトレイにプリンを置いておく。こんなこと言っちゃってるけど、さっきからわたしのプリンをチラチラ見ていたんだもの、欲しかったに違いないわ。
「えーっと、結構シチューの量が多いから食べられそうにないの。あげるわ」
「……ちっ、しょうがねーな。食ってやらあ。んじゃその代わりコレやる」
口は悪いけどご機嫌な様子のジンは、自分のズボンのポケットをあさって飴玉をくれた。きれいな青いビニールに包まれた大きめの飴。こんなものをポケットに入れておくなんて、やっぱりジンは甘党なのね。思わずクスクス笑ってしまうと、ジンが顔を赤くしながらわたしの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回した。
「いっ、いたいわジン!」
「勘違いすんなよ! 買ったわけじゃなくて、知り合いがくれて偶然持ってただけだからなっ」
「分かった分かった、そういうことにしておくからっ」
「……くく、ジン。お前いいように遊ばれてるな」
「んだとコラァ!」
こうして、騒がしくも楽しい食事の時間は流れていった。
こんなに賑やかに誰かとご飯を食べたのなんて生まれて初めてで、わたしはずっと笑いっぱなし。この時間が過ぎてしまうのが勿体無くなって、ちょっぴり冷めたシチューをゆっくりと口へ運んだ。