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賞金稼ぎは子守唄を歌う act3

「ん、ぅう……」


明るい日差しが容赦なく閉じているはずの瞼に差し込んできて、わたしはうめきながらゆっくりと目を開けた。直に床で眠ったせいか、身体がとっても痛い。それでもよく眠れたようで、昨日の疲れは残っていなかった。

瞼をこすりながら上体を起こすと、壁に背を預けて眠っているネクロさんと、なぜか子羊を抱え込んで床に眠っているジンさんの姿があった。昨日は食べちゃうだのなんだの言っていたけど、羊を抱きまくらみたいにしているジンさんはちょっと間抜けで可愛い。わたしは彼らを起こさないように、そっと部屋の出口に向かった。なるべく音をたてないように扉をそうっと開けると、同じような扉が左右にずらりと並んでいた。

どうやらこの列車は家畜を運ぶためのものらしく、車掌さんが始終見張っているということはないみたい。昨日は何がなんだか分からないうちに列車に乗せられたからちょっと不安だったの。わたしはほっと息をつき、きょろきょろと辺りを見回して外へ出てみた。


「わぁ……」


車両同士をつなぐ境目に出てみたわたしは、次の瞬間目に飛び込んできた風景に思わず大きな声をあげた。どこまでも広がっている草原には馬や羊たちが放牧されていて、列車のすぐ横にある林からは木漏れ日が溢れてキラキラと輝いていた。あ、遠くには大きなお城がある! 絵本で見たようなお姫様や王子様が、ぜいたくなドレスを身にまとって毎日夢のようなときをすごしているのかしら。考えただけで胸がドキドキ高鳴って、わたしは時間も忘れてその風景を眺めていた。

でも、列車が大きな大きな橋を渡ろうとした瞬間、向こうの車両からガラリという扉の開く音が聞こえてきた。しまった、車掌さんかしら!? わたしは慌てて元の場所へ戻ろうとするけれど、間に合わないことに気づいた。だから身をかがめてやり過ごそうとしたんだけど、何もない場所に座り込んだって見つかるに決まってるわ。案の定、音を立てた張本人はまもなくわたしを見つけて肩をトンッと叩いてきた。


「あわわわわ、ごめんなさい! 悪気は無かったんです!!」

「あら、子供?」

「へ?」


頭をかばいながらわたしが必死に叫ぶと、頭上からきれいな女の人の声が響いた。うっすら浮かんだ涙をそのままにわたしが振り返ると、そこには……なんというか、ものすごくいやらしい恰好をした女の人がいたわ。

赤い革でできたレオタードのような服―――たしか、ボンテージって言うのよね―――を着込んでいて、むちっとした胸やお尻が強調されるデザインだった。よっぽどスタイルに自信があるのね。それに腰まで伸びた金色の巻き毛はサラサラとしていてさわり心地もよさそうだし、顔も小さくて目も大きい。ただ、お化粧が濃いのが欠点ね。それに、香水のニオイがきつすぎるかも……

彼女はわたしがぽかんとしたままなのがおかしかったのか、真っ赤な口紅が塗られた唇を吊り上げて微笑んだ。こういう人を魔性の女、っていうのよね。わたしはなんとなくその笑みに恐怖を覚え、目をそらしてしまう。


「安心して。別に私はあなたをどうこうしようって考えてないから」

「は、はぁ……」

「でも、子供がいたなんて想定外だわ。まぁ仕方が無い、か」


すらりと伸びた指先をわたしの髪に絡ませた彼女は、わたしと目線が合うようにかがんでニコリと笑って見せた。


「い~い、お嬢ちゃん? 男なんて信用しちゃダメよ。ちょっと従順なフリをするとすぐに付け上がって浮気するんだから!」

「……はぁ?」

「じゃあね、お嬢ちゃん。生きてたらまた会いましょ!」


よく分からないことを告げたお姉さんは、「そろそろね」と呟いて自分が元いた車両へと帰っていった。な、なんだったんだろう今の。しばらくぽかんと口を開けたまま彼女が消えていった車両を見つめていると、今度はわたしの後ろにあった扉がガラリと開いた。


「あ、ここにいたのか。あぶねーから部屋に戻れ―――って、なんかあったのか?」


寝ぼけまなこのジンさんが、わたしの顔を覗き込んだあと首をかしげた。


「女の人がいて、その人と話してたんだけど……なんか、変なひとだったわ」

「オンナだぁ? こんな家畜しか乗ってねぇ列車にぃ??」

「そうなの。ものすごくきれいな人だったけど、香水のニオイと化粧がキツくて」

「なんだとっ!? そんな美人が乗ってるのかよ! いや~、街に着くまでヒマだし、ナンパでもしてみようかね」


きれいな、という言葉に反応したっぽいジンさんが、目をキラキラ輝かせて一気に上機嫌になった。ぐへへ、なんて下品な笑いを浮かべて、彼は今にも彼女がいる列車に行こうとしちゃうんだけど、わたしはジンさんの服の裾を引っ張って頬を膨らませる。


「確かにきれいな人だったけど! なんかおかしかったわよ!? その、ものすごくいやらしい恰好してたし」

「やらしい恰好だと!? それを聞いてますます見逃せなくなったね。ほら、さっさと離せ! お前はネクロと遊んでな」

「あなたは美人なら誰でもいいの!? すこしは疑ってよ!」


わたしの村の銀行で出会ったときはあんなにもスゴイ活躍してたのに、今のジンさんの顔ときたら、酒場で飲んだくれてるオヤジと瓜二つだわ! だらしなく鼻の下をのばして声もうわずってるし。こんな状態のジンさん放っておいたら、きっとロクでもないことになるに違いないわ。そうわたしのカンが告げているもの!


服の裾がびよ~んと伸びてしまうくらいに強く引っ張るわたしと、そんなわたしを鬱陶しそうに払いのけようとするジンさん。しばらくぎゃあぎゃあと騒いでいたけれど、突然、おなかにずしんと響き渡るような爆音が列車全体を包み込んだ! ドォン、という耳の鼓膜が破れちゃうくらいに大きな音だったから、わたしはびっくりして尻餅をついてしまう。けど、ジンさんはぴくりともその場を動かずに、表情だけを真剣なものに変えていた。さっきまでいやらしくヘラヘラと笑っていた人とは大違いだ。


「(……あれ? わたしが心配する必要なんて、なかったのかな)」


そりゃあ、あの時の銀行でも余裕の顔で強盗たちをあしらっていたけどさ。

なぜかムスッとしてしまうわたしだけど、とにかくさっきの音の出た場所を探ってみると、列車の前のほうから煙があがっていたじゃない! な、なに爆発の次は火事!? ワケが分からなくて動けずにいると、ジンさんはわたしをぐいっと引っ張りあげて自分の背に隠す。そしてすばやい動作で腰に提げてあった銃を取り出した。


「ジ、ジンさん一体何が」

「頭抱えてしゃがめ!」

「ひゃああああああ!!?」


わたしの頭をひっ掴んで床に押し付けたジンさんは、前の車両の扉に向かって発砲した! さっきの爆発音とは違う、おなかにずしんと来る音にわたしは必死に耳をふさいで耐える。からんからんと音を立てて中身が空っぽになった銃弾―――えと、空薬莢っていうのかしら―――がジンさんの足元で跳ねて、数秒後蝶番の外れた扉から、大柄の男の人が倒れこんできた。手にはジンさんが持つものよりも大きな銃を持っていて、顔には村で見たときと同じ覆面を被っている。


「チッ、しっつけー野郎どもだな!」

「どうしてこんなところにあいつらが……」


この覆面男たちとは列車に乗る前に振り切ったはずだし、この列車は一度も止まることなくここまで来たはずだわ。なのにこいつらがここに乗っているなんてありえない話!

ジンさんが苛立った様子で銃に弾をこめていると、後ろの扉がガラリと開いて、直後にドサリと何か重いものが倒れる音がした。ハッとして後ろを振り返るとジンさんが撃った覆面男とはまた違う覆面さんがうつぶせになっている。そのままついっと視線をあげると、涼しい顔をしているネクロさんがため息をついていた。


「間抜けな話だ」

「はァ?」

「この列車は、表向きは家畜を運ぶ列車だ。しかし裏でこっそりと現金を輸送していたらしい。それを狙ったこいつらが、オレたちが眠りこけている間に占領したらしいぞ。コイツがぺらぺら喋ってくれた」


黒い革靴で覆面さんのおなかを蹴ったネクロさんは、珍しくイライラした様子だった。そりゃあそうか。昨日あれだけ走り回ってようやく振り切ったと思ったらコレだもの。当然、ジンさんも例外じゃないらしく額に青筋浮かべて覆面さんの背中を蹴り上げた。


「せけぇ村の銀行強盗の次は列車強盗かよ!

……ん? 待てよ、現金輸送してるっつーことは俺らがそれ頂いても文句でねぇよな」

「いや、無理だな。その金の持ち主は相当ガメついことで有名だ。輸送している貨幣にはすべてナンバーを刻んで管理している。盗もうものならあっという間に足がついて豚箱行きだ」

「って、そりゃあこいつらにも同じこと言えるだろ!? 頭悪すぎるだろこいつら!」

「頭悪いから強盗なんてしてるんじゃないの?」


憤慨して地団駄を踏むジンさんに、不機嫌さがどんどん上昇していくネクロさん。わたしも思わず悪口言っちゃったけど、本当のことだからしょうがないじゃない。


「…………で、これからどーなるんだ?」

「あらかた現金を盗み取ったら、先頭車両以外を残してすべて爆破するそうだ。あと10分とかなんとか言ってたな」

「おいっ、それ先に言え! 時間ねーじゃんか! くそっ、ここから先頭車両走っていって間に合うのか?」


ギリギリと歯を鳴らして前の車両を睨みつけるジンさん。ここは先頭車両から結構離れた車両で、普通に走っていっても5分はかかる距離だそうだ。おまけに頭の悪い強盗犯たちが車両の中でひしめきあっていて、それをぜんぶ蹴散らしながら進んだら絶対に間に合わないであろうことは、素人のわたしでも分かる。

って、冷静に解説なんかしてるけど、わたしここで死ぬの!? いくらなんでもここで死ぬのはイヤよ!


「どっ、どうするの!? わたしまだ死にたくない!!」

「うーむ、困ったな。まぁイザとなったら飛び降りれば大丈夫じゃね? ほら、俺とネクロって悪運強いし」

「あなたたちが良くてもわたしは死んじゃうわよ!!」


人差し指をおっ立て、さわやかな笑顔でコワイことを言うジンさんにわたしは彼の腿あたりをゲシッと蹴り上げた。


「いってぇな! 蹴るこたぁねーだろうよ、冗談だって」

「絶対ホンキだった! っていうか、ジンさん強いんだから一人で特攻してくれない? 安全になったらわたしその後ついていくから!」

「アホか、いくら俺でも死ぬわ!」

「さっき悪運強いから死なないっていったじゃないっ」

「ぐっ、人の揚げ足取りやがって―――って、なんだネクロその不気味な笑顔」


わたしとジンさんがぎゃーぎゃー騒ぎながら取っ組み合いのケンカをしていると、ネクロさんが珍しくニヤリと笑ってジンさんを見つめた。知らない人から見たら見惚れるほどの王子様スマイルだったけれど、ネクロさんは心底面白そうにジンの肩を叩いた。


「ジン、お前は彼女の言うとおり車両に突っ込んでくれ」

「ハァ!? お前までバカなこと言い出すのかよ!」

「最後まで聞け。お前がオトリになっているその間、オレが列車の天井を走って一気に先頭車両まで走る。列車を止めるなり爆弾を取り除くなりしてやろう」

「(そ、それって結構危ないことなんじゃあ……)」


ごくごく冷静な口調でムチャを言ってのけるネクロさん。しかし彼の言うとおりジンさんがオトリになってネクロさんがその間一気に先頭車両まで行ってしまえば話は簡単でしょうね。でも、何人いるか分からない列車のなかをたった一人で突っ込んでいくなんて無理にもほどがある。だって相手は銃を持っているのよ? 不安に駆られて思わずわたしがジンさんを見上げると、彼はハァと面倒くさそうにため息をついてわたしの頭をぽんっと叩いた。


「それしか方法ねぇか。つか、オレが爆弾解除したほうが早いんじゃね?」

「馬鹿を抜かせ。お前が爆弾をいじったら爆発するに決まっている」

「まぁな! 俺爆破させるのは得意だがいじるのは苦手だし?」


ギャハハ! と何が面白いのか大笑いをしたジンさんは、腰から下げている大きなバッグから部品を取り出し、それを凄い速さで組み立てた。組みあがったものはジンさんが今まで持っていたものよりも大きな銃で、それを構えたジンさんは空いたもう片方の手から細長いワイヤーのようなものをネクロさんに手渡す。ネクロさんがそれを列車の天井にひっかけ、なめらかな動作で天井へと躍り出た。それを確認したジンさんは、ニヤッと極悪人のような顔をさせて空へ向かって銃弾を発射した!


「きゃっ、うるさいわよ!」

「うっし、派手におっぱじめよーぜ! おいガキ、命が惜しかったらそこに隠れて待ってろよ!」

「ちょ、ちょっと待ってぇえええ!!」


わたしが呼び止めるまもなく、ネクロさんは天井を音を立てずに進み、ジンさんがド派手な銃声を響かせながら列車を進んでいった。列車の窓がバリバリと音を立てて割れ落ち、びっくりしたような男の声が小さく聞こえてきた。


「(ちょっ、こんなところに置いていかれても困るんですけどっ……)」


ジンさんがド派手な音を立てて戦い出しちゃったから、きっと後ろの車両にいるであろう強盗犯たちもわたしたちの存在に気がついたはず。後ろの車両に戻って羊さんの部屋に隠れているべき……? それともジンさんの後をこっそりつけるべきなのかしら? どうしたらいいか分からずパニックに陥ってその場で足踏みしていると、後ろから大きな斧を構えた大男がのっそりと現れたじゃない! わたしの頭なんか片手に納まってしまいそうなほどの大きな人で、覆面で隠しきれないほどに巨大な顔をしていた。く、熊じゃないわよね?


「あンだぁ、おめえ? なんでこんなところにガキがいやがるんだァ?」

「あ、いや、その……」


頭をぼりぼり掻きながら小首を傾げ、わたしをじいっと見下ろす大男。なんというか、あまり頭が良さそうな雰囲気じゃない。わたしはとっさに泣く真似をして「お母さんとはぐれちゃったの」と訴えた。でも、彼に告げたあとこの列車が旅客用の列車じゃなくてタダの家畜を運搬するための列車だということを思い出したわ。あぁっ、パニックに陥るとウソもロクなものが出てこないわ! 顔を真っ青にしながら大男を見上げると、彼は「そーかそーか」なんて言って顎をしゃくった。


「おれたちぁ、この列車のカネが目的だからよぉ、人間にはキョウミねぇわけよ。んじゃぁな、ガキ」

「え、えぇ……さようなら」


良かった。この人もバカみたいだった。ほっと胸をなでおろすわたしの横を大男が通り過ぎていく。が、何を思ったのかクルリとその場で方向転換した彼は、わたしをじっと見つめてにやりと笑った。


「と、思ったがぁ、人質がいりゃ何かと役に立つだろォな。おめぇ小さいから持ち運び易そうだ」

「きゃっ、ちょ、触らないでよ!!」


大きな腕がニュッと伸びてきたのをかろうじて避けたわたしは、転がるような勢いで大男との間合いをとった。大男はチッと舌打ちをして、覆面からのぞく大きな目をらんらんと輝かせる。まるで、新しいオモチャをもらった子供のように。


「大人しくしておいたほうがいいぞぉ。いてぇ思いはしたくねーだろ?」

「そのセリフは昨日散々聞いたからもう飽きたわよっ!」


じりじりと近づいてくる大男に啖呵をきったものの、わたしの分が悪いことは確かだわ。どこか隠れられそうな場所があればいいんだけど、そんなものこの列車のなかにあるはずがない。おまけにわたしの背後ではジンさん達がハデに暴れているから突っ込むわけにもいかないし……


「(って、そんなこと言ってる場合じゃない! こうなったらヤケだわ!)」


汗ばむ手を握り締めたわたしは、急いで立ち上がって背後の扉をガラリと開け放った。その車両は空っぽで誰も居なかったけれど、その次の車両まで全力で走り抜けてドアをあければ、鼻先を掠めていく銃弾らしきものが飛んでいった。一瞬怯んでしまうわたしだけど、視界の隅にジンさんの背中を捉えたわたしは出来るだけ身をかがめて走り出した! 視界の端々に点々とする赤いシミや銃弾の痕にゾッとしたものを感じたけれど、足を止めたら確実に殺されちゃうもの。


「なんだ、あのガキは!」

「っ、おい、嬢ちゃんあぶねーだろ! あにしてんだ!?」


突然現れたあたしに騒然とする車内。「邪魔だ、殺せ!」なんて怖い声が飛び交うけれど、ジンさんはわたしの背後にいる大男の存在に気がつき、すっ飛んできてくれた。だけど、その間にも銃声は鳴り止まず、ジンさんの腕を銃弾が掠めていくのをわたしは見てしまった。痛みに顔をゆがめるジンさんだけど、怯むことなくわたしの傍にきて助けてくれた。


「ジンさん!?」

「心配すんな、かすり傷だ! 死ね、この変態野郎!」


わたしを抱えたままジンさんは転がるようにしてイスの陰に身を潜め、そのまま手にしていた銃で大男の額を撃ちぬいた! 思わずひっと悲鳴をあげてしまうけれど、わたしは一生懸命口に手を押さえて嗚咽を抑える。ここで泣き出したりしたら、きっとジンさんの迷惑になるから。

ジンさんはそのまま大男のお腹を蹴りあげ、わたしが入ってきた入り口までぶっ飛ばした。仲間がやられてどよめく車内に、ジンさんはすかさずバッグから何か取り出して覆面男たちに投げつける! と、同時にジンさんの手のひらがわたしの視界を覆ってしまう。なんだか分からず困惑するわたしだけど、カッと何か強い光が放たれたのは分かった。


「今のは……?」

「あぁ、閃光弾。ちょいと弾切れしててな。くそっ、しぶとい奴らだな」


わたしの顔から手のひらをはずしたジンさんは、目にも留まらぬ速さで銃に弾をこめた。その間にも撃たれてしまった腕からダラダラと血が溢れて服を赤く染めていくが、彼は痛がる様子も見せず平気な顔をしている。これ、痛くないはずがないのに。


「ネクロのヤツ、まだ爆弾解除できねーのかよ……いい加減飽きてきたぜ」

「ジンさん……だいじょうぶ?」

「ンな顔すんなって、死線なんざ今までも数えきれねぇくらい潜り抜けてきた。それより、このままだと弾切れすんな。肉弾戦で相手をボコるっつーのも、結構骨が折れる」


銃に弾をこめ終えたジンさんが、隠れていたイス越しに強盗たちを撃ちまくる。けど、数が数だ。銃声に紛れてあたらしい足音がバタバラと聞こえてくる。相当な人数が乗っていたみたいね。こんなに数がいたのに、朝までグースカ眠りこけていたわたしたちって相当マヌケだわ。まぁ、気づかなかった強盗たちも同じくらいマヌケだけど。


「(なんとか、この場を切り抜けられる方法は無いのかしら……)」


一生懸命考えてはみるものの、今までこんな戦場とは無縁の生活を送ってきたんだもの。考えなんて浮かぶはず無いわ。でも、ジンさんにばかり負担をかけているというのも何だか心苦しかった。何の力も持たない自分がこんなにも腹立たしく感じるなんて、これが初めてかもしれない。


「何か、何か手は―――あれ?」


ジンさんと強盗たちが激しく攻防戦を繰り広げている中、ちらりと視界の端に何かが映った。よくよく目を凝らしてみると、割れた車窓の外に金色の糸のようなものがはためいている。糸? なんであんなところに糸があるのかしら。じっとそこを見つめていると、やがてその糸が人の髪の毛だということが分かった。なぜなら、さっき出会ったあの美女さんが逆さまになってこちらを覗き込んだからだ。


「(怖っ! じゃ、なくて……何をしているのかしら)」


ジンさんと強盗たちはまったく気づいていないようだけど、美女さんは大きな胸の谷間から何か小さな筒のようなものを取り出していた。そして、ずっと見ていたわたしにようやく気がついたらしく、ウッフンといわんばかりにウィンクと投げキッスを送ってきたの。んで、さっき取り出した筒とはまた別の筒を取りだした彼女は、窓に真っ赤な文字で『眠くなるからしばらく息しちゃダメよ★』と書き出す。意味が分からず混乱するけど、とりあえず言われたとおり口と鼻を両手で塞いだ。

すると―――


「っわああああ!? なな、何だ……」

「眠く、なる……」


彼女が割れた車窓の隙間から筒を投げ込むと同時に、白いもやのようなものが車内いっぱいに充満したの。そしたら、さっきまであんなに暴れていた強盗たちがゼンマイの切れた人形のようにバタバタとその場に倒れていった。それはジンさんも例外じゃなく、短く唸り声を上げた後わたしの足元に転がって眠ってしまったわ。


「(これ、催眠ガスってやつかしら……)」


ぴくりとも動かなくなってしまったジンさんを見て、わたしはそう思った。リサが言ってたの。『この間都会で見た歌劇では、恋人を催眠ガスで眠らせたあとに殺害するっていうトリックが使われていたの!』って。実際に見るのは初めてだけど、本当に眠っちゃうのね。さっきまであんなに乱闘を繰り広げていたのがウソのように、車内が静まりかえっちゃった。

ふと、さっきあの人がいた車窓を見やるとそこにはもう彼女の姿は無かった。助けてくれた、のかしら? それにしてはずいぶんと乱暴じゃない? わたしが気づかなかったら車内の人全員眠っちゃって、そのまま爆弾でドカンよ。


「ん……気配が消えたと思ったら、この状況は……」

「あ、ネクロさん」


別れる前とはまったく変わらない姿で登場したのは、ネクロさんだった。彼は自分の足元に転がっている強盗たち、それからわたしのそばで寝てるジンさんを見やってふむ、と頷いてみせる。


「君がやった……わけではなさそうだな」

「当たり前じゃない。あのね、さっき会った女の人が―――」

「いや、話は後で聞こう。それより、大変なことになった」


全然大変そうじゃない口調で、ネクロさんはわたしに近づいてきた。大変なことって何かしら。まさか、爆弾が解除できなかったとか!? 焦ったわたしが縋るような視線を彼に向ければ、ネクロさんは察して首を左右に振った。


「爆弾は解除できた」

「なに、その『爆弾は』っていうセリフ……」

「問題があってな。実はこの列車の止め方が分からん」

「え」


まるで買い物に来たけど買うものを忘れた、という感じで軽く語る彼。いや、列車がとまらないってどういうこと? 運転手さんがいるはずだから聞けばいいじゃないとネクロさんに尋ねれば、『もう死んでいた』とのこと。そ、そうよね。列車をジャックするんなら運転手さんはジャマだもんね。


「えと、このままだとまずい?」

「動力炉にかなりの燃料が積まれていた。とめ方が分からなければこのまま街に突っ込んで死ぬな」

「ちょっ、それ本当なの!?」


相変わらずまったく大変そうじゃない口調で語るネクロさんに若干の苛立ちを覚えつつも、わたしは割れた車窓から見える風景を見やった。さっき起きた時はのどかな風景が広がっていたんだけど、今は整備された舗道が広がっていて、遠くのほうに街が見える。わたしのいた村とでは比較にならないほどに大きな街のようだけど、もしかしたら本来の列車の目的地はあそこなのかしら。

と、すると―――いくら爆弾を解除したとはいえ、列車がこのままスピード落ちずに街に突っ込んだりしたらショックで爆弾が爆発して大惨事? というか、そこに乗ってるわたしたちも木っ端微塵ってコトよね!?


「ど、どうするの!?」

「非常に不本意だが、ジンが当初発案した「列車から飛び降りる作戦」とやらを決行するしかない。幸い、あと少し進めば大きな湖を渡る橋がかかっているはずだ。そこから飛び降りれば、まぁ命だけは助かるだろう」

「わ、わたしたちだけ? 爆弾積んだ列車が街に突っ込んだりしたら―――!」

「たくさんの人間が死ぬだろうな」

「…………!!」


冷たい光を宿すアイスブルーの瞳は、わたしに過酷な現実を突きつける。

あの街に、わたしの知り合いはいない。犠牲になるのはまったく知らない赤の他人だわ。でも、フツーの感覚からしたら後味が悪すぎる。


「なんとかならないの!? ネクロさんなら……」

「無理だな。オレはこの列車の運転手でも何でもない。ただの賞金稼ぎだ」

「でも、このまま列車を置き去りにししまうなんて―――!」

「なら好きにするといい。君の考えを通すのなら、自分の力だけで解決しろ。他人をアテにすること自体が間違っている」

「あ…………」


見透かされたようなネクロさんの言葉に、わたしは言葉に詰まってしまった。

そうだ。わたしだって今まで一人で頑張ってきたじゃない。自分だけで何とかなるように必死に頑張って、おじさんからやっかみを受けても耐えてここまできた。

ネクロさんやジンさんがあまりにも常識からかけ離れていて「この人たちなら何とかできる」と思い込んじゃって、わたしは無意識のうちに彼らに頼りきってしまったんだわ。だって、そうじゃなかったら今頃私は3回くらい殺されているもの。


「(わたしって、何て無力なんだろう……)」


ぺたり、とその場でへたり込んでしまう私に構わず、ネクロさんはイビキをかいて眠りこけるジンさんの足を引っつかみ、わたしの前を通り過ぎていった。コツコツといやに大きく響く革靴の音を聞きながら、わたしはぶるぶると震える肩を両手でしっかりと押さえた。


「(しにたく、ない……)」


ジンさんやネクロさんと一緒だったときは気にならなかったのに、周りに散乱する強盗たちの死体を見て、列車が爆発するとか、町の人が犠牲になるとか、そんな考えは吹っ飛んでしまった。

ただただ、ひたすらに自分が死んでしまう恐怖にかられた。だって、生まれ育った街からずっと離れたわけのわかんない場所でたった一人きりで死んでいくなんて、耐えられそうに無かった。涙が勝手に溢れて、寒くも無いのに歯がガチガチと鳴っていく。生きたい。生きてあの村に帰って、また元の生活をおくりたい。脳裏に昨日までの生活の記憶があふれていって、心がぎゅっと締め付けられたわ。

と、その時。列車が大きくガタン! と縦に揺れた。ミシミシ、といういやな軋み音さえも聞こえてくる。多分、ジンさんや強盗たちが暴れまわったせいで列車にガタがきているのかしら。この列車、偽装のためかはしらないけれど嫌に古めかしくてオンボロだったもの。

わたしが列車のイスに掴まりながら周囲をキョロキョロしていると、振動のせいで眠っている強盗の身体や死体がズルズルと音を立てて私のほうによってきた。さらに、わたしを捕まえようとしてたあの大男の顔が足元にまで転がってきて、そのぎょろりとした目玉がわたしのことを恨めしそうに見つめていたじゃない! 


「ヒッ……!」


居ても立ってもいられなくなり、わたしはネクロさんたちが消えた車両のほうへと駆け足で移動した。銃弾がこれでもかと打ち込まれた扉を開けると、そこにはまだネクロさんが立っていた。さっき彼が話していた湖の上の橋にはもう着いていて、終わりも近いというのに、どうして?


「こちらへ来い。オレが抱えてやるから、お前は耳と鼻を塞いでおくといい」

「…………あの、」

「ジンについては心配するな。湖に叩き落せばさすがに目を覚ますだろう」


そう言うと、ネクロさんはジンさんを担ぎあげてそのまま湖へ叩き落した。「へぶっ!?」なんてマヌケな悲鳴が聞こえたような気がしたけれど。

そうか―――ネクロさんはわたしが来るのをギリギリで待っていたんだわ。彼はわたしを荷物のように小脇に抱えると、「いくぞ」と一言呟いて湖へと飛び込んだ!


「きゃああああああーーー!」


今までで一番の絶叫を上げたわたしは、そのまま水中へダイブ!

ネクロさんがついてくれているから、その点は安心だったんだけど―――やっぱり怖いものは怖かった。

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