賞金稼ぎは子守唄を歌う act2
ゴトゴトと規則正しく鳴る車輪に、めぇめぇと鳴く羊さんたち。安っぽい木の壁で作られた室内は夜の冷えた風を容赦なくわたしに吹き付けてきた。今、何時くらいなのかしら。そっと窓から外をのぞくと、まだまだぴっかぴかに光るお月様が空に浮かんでいる。空は明けそうにないわ。
わたしはふぅとため息をついてその場にぺたんと座り込んだ。目の前には先ほどの賞金稼ぎの二人組がいる。ジンさんは銃を細かく分解してちまちまと手を動かしていて、ネクロさんは壁に背中をぴったりくっつけて目を閉じている。ネクロさんの横には小さな子羊がいて、彼の髪が気に入ったのかご機嫌な顔をさせて髪をカミカミしている。確かに触ったらサラサラして触り心地はよさそうだけどね。
わたしはしばらくその様子を眺めたあと、寝ているネクロさんの前をそっと通り過ぎてジンさんの前にかがみ込んだ。
「あの……」
「あ?」
銃をいじる手はとめず、ジンさんはわたしを見上げた。ジンさんの髪はくせっ毛であちこち好き勝手に毛先が伸びている。彼の髪の色といい目の色といい、村の広場にいた野良猫そっくりだ。そのことを思い出してわたしがちょっと黙ってしまうと、彼は不思議そうな顔をさせて首を傾げる。わたしは視線を床に落とし、ゆっくりと彼に問いかけた。
「わたし、売られちゃうんでしょうか?」
「ハァ?」
間が抜けたような声を出して、ジンさんはわたしをまじまじと覗き込んだ。
「だって、その辺にわたしを置いていってもよかったのにここまで連れてきたじゃないですか。このご時勢ですし、人が人を売るなんて珍しくないって行商人のおじさんがよく言ってました」
そうなのだ。しつこくしつこく追っかけてくる銀行強盗犯をまいて、ジンさんとネクロさんはここまでわたしを引っ張ってきたの。「ここまで来れば追っ手も簡単についてこれねーだろ」って言って。彼らとわたしは赤の他人なのに、わたしを逃がすために足手まといになるのは必須のわたしをここまで連れてきてくれた。逃げる途中偶然止まっていた列車に忍び込めたお陰で犯人たちからは遠ざかれたんだけど、わたしは暗い気持ちを隠せないでいた。
だって、普通だったらわたしは置き去りにされてそのまま犯人たちに捕まり、殺されるか売られるかして人生終わっていたハズなのに。確かに、わたしとしても犯人たちの目に付かないところにいければ嬉しいけれど、よく考えてみたら、彼らが純粋な善意だけでわたしにここまで肩入れするなんておかしいわ。と、すればわたしをどこか知らない街まで連れて行って売るという考えのほうが正しいもの。わたしも簡単に村に戻れないでしょうし、賞金稼ぎなんて収入が安定しない職業だもの、臨時収入は嬉しいに決まっている。
そんなことを伝えると、ジンさんは心底嫌そうな顔をさせてわたしのおでこを指でビシッとはたいた。
「いたっ!」
「気持ち悪いガキだな、お前! 俺らがそんなことするよーな連中に見えるのか?」
「見えます―――っ、いたい!」
きっぱりとそう伝えると、ますます眉間にシワを寄せたジンさんがわたしのおでこをさっきより強めに叩いた。
「第一人身売買が目的だったら、てめぇみたいなガキじゃなくて美女か働き盛りの男を狙うっつーの! それにこの辺は紛争続きで余分な金使う力がないからな、即戦力にならねーガキなんぞよっぽどの変態貴族しか買わないぞ」
「……じゃあ、なんでですか?」
「別に理由なんてねーよ。あのまま置き去りにしたらお前殺されるの目に見えてたし、だったらほとぼり冷めるまで逃がしてやるかと思っただけだ。あと、敬語やめろ寒気がする」
手をパタパタと上下に振って鬱陶しそうにそう告げたジンさんは、「近頃のガキは可愛げもねぇのか」と舌打ちをしてみせる。
「安心しろ、この列車はどうやら俺たちが拠点にしてる街のすぐそばまで通るらしいからな。着いたら親に連絡してやるから、それまでおとなしくしとけ」
「…………」
「あ? どうした?」
「わたし、親はいないんです。知り合いって呼べるような人も村にはいないし……あ、友達はいるけど、迷惑かけられないわ……」
わたしは着ているワンピースの裾をぎゅっと掴んで俯いた。親が物心ついたころからいないっていうのは言ったと思うんだけど、さすがに10歳の子どもが一人っきりで暮らせるほど世の中甘くない。だから、リサの家の叔父さんがよく面倒を見てくれたけれど、あの人はわたしをよく思っていない。理由はよく分からないけど、わたしを見るときの目がいつも凍えそうなほど冷え切っているのをわたしは知っている。
自分の境遇を改めて思いしって少し泣きそうになっていると、私の背後からぼそりと声が聞こえてきた。
「では、責任を持ってジンが君を村まで送ろう」
「あァ?」
今まで目を閉じていたネクロさんが、ククッと面白そうに笑いながら目を開け、こちらに視線をむけた。
「元々はお前が彼女を巻き込んだんだ。ジンが責任を取るのは当然の流れだろう」
「まぁ、そーだけどよォ……めんどうくせえな」
「………………」
「だぁっ、そんな暗い顔すんな! わぁーったよ。でも、しばらくは俺たちと一緒に行動してもらうからな。適当に頃合見つけて、んでお前を送ってやる」
自分の頭をぐしゃぐしゃとかき回したあと、ジンさんは俯いたまま黙り込むわたしの頭をぽんぽんと軽く叩いた。ちらりとわたしがジンさんの顔を覗き込むと、真っ直ぐな紫の瞳と視線がかち合った。リサの叔父さんがわたしを見ている時のような冷たい目じゃなくて、子どもみたいにきれいで素直な目だわ。思わずわたしがコクリと頷くと、ジンさんはニカッと笑ってさらにわたしの頭を撫でた。
「(へんなひと)」
村にいたときも、わたし一人で暮らしていることからまわりの大人たちがあれこれ世話をしてくれたけれど、ジンさんほど首を突っ込んでくる人はいなかった。わたしの親は村のそとからやってきた人たちみたいで、もともとあの村にずっといたわけじゃないの。そのことが原因なのか、どことなく皆わたしから一歩引いたような態度だったし、リサの叔父さんも多分それが原因でわたしに冷たかった。だから、縁もゆかりもない人に親切にされたことなんか今までなくて、わたしは疑うことをやめられないの。自分でも可愛げのない子どもだって思う。
でも、それでもこの人たちがわたしに何か危害を加えるつもりで連れてきたんじゃないっていうのは本当みたい。それを実感したわたしは、ほっと息をついて胸をなでおろした。とたん、クゥとまぬけな音がわたしのおなかから響き渡る。車輪の音や羊さんの声が響いている室内とはいえ、近くにいた二人にはばっちり聞こえるくらいの音量だったわ。ちらりと二人の様子を伺うと、彼らは顔を見合わせた後クククッて気持ちの悪い笑みを浮かべた。本当は大笑いしたいんでしょうけど、そうはいかない状況だから、二人はおなかを押さえてぷるぷる震えていた。
「笑うことないじゃない……!」
「ハハッ! よーやくガキらしい顔したな。まぁあれだけ色々あったら腹も減るだろーよ。おい、ネクロ。出番」
「ん」
ひとしきり笑ったあと、ジンさんがおもむろにネクロさんに声をかけると、彼はひょいっと立ち上がってポケットから何かを取り出した。明るい月の光に照らされたソレはギラリと鋭い光を放っている。なんだろうとネクロさんの手元をよくよく見てみると、大振りのナイフだと分かった。包丁よりも大きめのナイフは曇りひとつなくてよく切れそう―――って、
「な、なにをするつもりなの……?」
「腹減ったんだろ? 今用意してやるからちょっと待ってな」
「きゃー! ちょ、ちょっとネクロさん羊さんに手を出すのはやめて!」
まったくの無表情で羊さんに近づくネクロさんの背広をぎゅっと掴んだわたしは、不思議そうに首をかしげている彼に向かって首をぶんぶんと横に振った。いくらおなかが減っているとはいえ、目の前の羊さんを殺してまで食べたいとは思えないわ! 必死に訴えるわたしに折れたのか、ネクロさんはちらりとジンさんへ視線を移した。
「こう言っているが」
「あー、そうか。血がドバドバ出たりゴキゴキ音がするから嫌なんじゃね? よぉーしお兄さんがガッチリ耳と目を塞いどいてやるからコッチ来いよ」
「そういう問題じゃなーい!」
ネクロさんの刃物を見てすっかり怯えて震えている羊さんをかばうように、わたしは彼らの前に立ちふさがった。そりゃ、賞金稼ぎなんて危ない仕事をしているひとたちにとっては流血沙汰なんて日常茶飯事なんでしょうけど、わたしのようなごく普通の子供は非常事態に他ならない。ただでさえこの状況はフツーじゃないのに、これ以上変なものを見たりするのは嫌だわ。
わたしの必死の様子が伝わったのか、ネクロさんは軽くため息をついて刃物をようやくポケットにしまってくれた。よ、良かった、思いとどまってくれたみたい。わたしに危害を加えようとしていないのは分かっているけれど、そう刃物をチラつかされちゃあ自然と背筋がぞくっとするもの。ぺたり、とその場にお尻をつくわたしに、ジンさんは困ったような顔をさせて腕を組んだ。
「せっかくネクロの『羊解体ショー』が見られると思ったんだけどなぁ。俺、こいつのことは大嫌いだけど、バラすとこを見るのは好きなんだよ。そこいらにある肉屋よりも手際いいし、ネクロのそん時のツラが殺人鬼みてぇで、普段のボケーッとした顔とのギャップがおもしれぇんだ。まず毛皮を剥ぐとこなんか」
「……モウイイデス」
詳しく解説に入ろうとするジンさんに、わたしは頭を押さえながら視線をそらした。「おもしろくねーガキ」なんてスネたような声が聞こえてくるけれど、子供に解体の素晴らしさを解く大人がどこにいるのよ。いや、ここにいるんだけどさ。とにかくわたしはこれ以上彼らと喋っている元気さえなくなって、部屋のすみっこに移動して身体を丸めた。冷たい風が吹き込んできてちょっと寒いけれど、がまんできないこともないし、疲れているから数分で眠れると思うわ。
「眠るのか?」
「うん……あ、ありがとう」
抑揚のないネクロさんの声が頭上から響いたかと思えば、ふわりとなにかあたたかなものが身体にかけられた。そっと目を開けて確認すると、ネクロさんの背広だった。大きくてわたしの身体がすっぽりおさまってしまう。ちょっとだけ血の匂いがしたけれど、それくらいで跳ね除けたりしないわ。きちんとお礼を言って、わたしは背広の中に顔を突っ込んだ。
「……おやすみ」
「ん? あぁ、よく眠れよ」
背広の中から小さく声をかけると、ジンさんの声が返ってきた。この人たちすごーく変だけどこういうところは優しいわよね。村にはいないタイプだからちょっと緊張するけど、嫌な気分じゃない。村にいてギスギスしていた時より、ずっとずっと気分が楽だった。
「(変なの。今って、ものすごーく大変な目にあってるはずなのに)」
ごとんごとんと規則正しく鳴る車輪の音と、羊さんたちの小さな鳴き声。それを子守唄にしながら、わたしは次第におとずれる眠気に身をゆだねてそのまま夢のなかへ。
よっぽど疲れていたのか、わたしは夢を見ないほどに深い眠りに落ちていった。