道化師は愛を紡ぐ act2
「あら?」
たまっていたお洗濯物を洗い終え、お部屋の窓に干そうと廊下を歩いているとき、そのお部屋から話し声が聞こえてきたわ。どうやらジンとネクロの声みたいだけど……珍しいわね。まだまだお日様は照っている時間帯なのに二人がいるなんて。いつもならお仕事とかでいないのに。
お洗濯ものの入ったカゴを一旦廊下に置き、扉を開けようとしたその瞬間。
「うーん。相当苦しいな。そっちはどうだ」
「オレもだ。この所ろくな仕事が入らなかったからな」
「だよなー。やっぱ雑魚狩ってるだけじゃ全っ然足りないよな」
「(……? お金の話……かしら?」
薄い扉からもれ聞こえた声になんとなく固まってしまうわたし。二人はわたしがいることに気づいていないらしく、はぁと深いため息をついたわ。
「くっそー、これでオサラバなんて勿体無さ過ぎるぜ。せっかく出会えたってのによ~」
「そうだな。残念だな」
「お前なぁ……俺がこんなに悩んでるっつーのに、相変わらず冷てぇ反応ですこと」
「(え、ちょっと待ってこの話―――)」
呆れたようなジンの声が細々と続いていくが、それが耳に入らないくらいショックを受けてしまったわたしは思わずその場から後ずさってしまった。
よ、ようするにお金がなくてわたしと別れるって話をしている……のよね?
急に現実を突きつけられた気がして、わたしは頭がクラクラしてしまったわ。
そう、よね。賞金稼ぎって前にも言ったとおり収入が物凄く不安定な職業だもの。それに、二人はわたしの衣食住すべてのお金を出してくれているわけだし。今着ているお洋服だって、ジンが買ってくれたもので、動きやすくて丈夫な生地でできたお気に入りで…………って、そうじゃない。
ど、どうしよう。ジンやネクロとお別れしたら、わたしどうすればいいの?
行くあてを一生懸命考えてみるものの、名案は思い浮かばなかった。
「(……イヤだよ。ふたりと離れるなんて)」
思わずその場に座り込んでしまったわたしは、膝をぎゅっと抱えて震えた。二人に出会ってからは、生まれ育った村での暮らしが思い出せないくらい、濃くて楽しい毎日だったから。そりゃ危険と隣合わせっていうのもあるけど、それ以上に楽しい思い出がどんどん増えていくんだもの。今さらふたりとお別れしてどこかで暮らしていくなんて、想像もつかないわ。
どうすれば……どうすればいいの??
「なんだ。いたのかエスカリーテ」
「きゃあっ!?」
いきなり目の前の扉が開き、そこからひょっこり顔を出すネクロ。あまりにびっくりしたわたしが飛び上がってしまうと、彼は不思議そうな顔をさせてわたしを見つめてきたわ。よ、良かった涙が出てなくて。
「具合でも悪いのか?」
「い、いやそうじゃないわ、うん! えと、ちょっと散歩してくる!!」
「お、おいコレ―――!」
その場に居づらくてつい駆け出してしまうけれど、わたしったら洗濯物の途中だったわよね。でも今更そうでしたー! なんて言って戻ることも出来ないし。幸いネクロは追ってこないようだし、しばらくお外で頭を冷やそうっと。
「(はぁ……どうしようかなぁ)」
宿屋を飛び出したわたしは、大通りの人ごみを掻き分けるように歩いていった。お昼の商店街はたくさんのお店が立ち並んでいて、いい匂いが鼻先をかすめていったわ。
「(あ、あのお菓子、確かジンが買ってきてくれたヤツ!)」
ふらふらとあてもなく歩いていると、道の脇に赤い看板が置いてある出店があるのに気がついた。そこは薄い皮にたくさんのフルーツやクリームを詰め込んだクレープとかいうお菓子を食べさせてくれるお店だわ。
前にジンがお土産に買ってきてくれて、「今度は焼きたて食わせてやる」って言ってくれたっけ。あの時のジンの屈託のない笑顔を思い出してしまい、わたしは少し涙ぐんでしまった。
「泣いてる場合じゃないわ……何かいい方法を考えないと」
静かなところでも散歩して頭を冷やそうと思ったわたしは、大通りから少し離れた住宅街のほうへ足を進めていった。村とは違って道はレンガで舗装されているからとっても歩きやすい。お家も村のものとは比べ物にならないくらいに大きいし。それに、時々カラフルな色の壁のお家やへんな形の屋根があったりして、見ていてとっても楽しいわ。ユウウツな気分を少しだけ癒してくれるみたい。
「にしても、うーん……どうすればいいのかしら。わたしがどこか働きに―――って、こんな子供雇ってくれるお店なんてあるのかしら…………」
真っ先に思いついたのは、今滞在している宿屋さん。今でも時々お手伝いをしたりしておやつを分けてもらったりしてるんだけど―――これ以上なにかを貰ったりするのは気がひけるわ。宿代だってかなり安くしてもらっているって話だし。
「それにわたし、力持ちでもないし頭が良いわけでもないから……こんな子供でも雇ってくれる場所、あるのかしら。うぅ、自分で言っておいてすっごいへこむわ―――あれ?」
あれこれ考えながらトコトコ歩いていると、遠くのほうで男の人が何か叫んでいるような声が聞こえてきたわ。や、やだケンカ? こんな真昼間からケンカしているなんて相当ヒマな人たちよね、きっと。
巻き込まれないように、足早に元来た道を戻ろうとするんだけど…………
「あ、あれれ?」
後ろを振り返った瞬間。たくさんの折れ曲がった道がわたしの前に立ちふさがっていたわ。え、えーっとどの道から来たんだっけ? 必死になって思い出そうとするんだけど、わたしったら考え事に夢中でどの道を通ってきたか忘れちゃったみたい。あぁもう真昼間から迷子だなんて笑えない話だわ!
とにかく適当に道を選んで進むんだけど、大通りに戻るどころかますます薄暗い道になっていく。ごみなんかが足元にたくさん散らばっていて、廃墟みたいな建物が周囲にたくさん立ち並んでいたわ。
うん、絶対に言えることはこんなところ通ってないってこと。
「ど、どうしよう……もう一回この道を戻って、とにかく優しそうな人に道を聞」
「っるぁああああ!!」
「ひゃああ!」
自分を勇気付けるためにおおきな独り言を言っていたんだけど、それ以上の大きな声がわたしのすぐ横から聞こえてきたわ。もう心臓はバックンバックンで、今にも口から飛び出しそう!
おそるおそる声のしたほうを覗き込むと、3,4人ほどの大きなガラの悪い男の人たちがいて、皆して何かを取り囲んで何かを蹴り飛ばしていたわ。
「ハッハ、オラもっと鳴け!」
「い~いサンドバッグだなぁテメェはよぉ!!」
「(うわぁ……)」
どうやらさっき聞こえていた声の主はこの人たちみたい。皆興奮した様子で思いっきり何かを蹴ったり殴ったりしてるんだけど……その何かっていうのは男の子みたいだ。取り囲んでいる人が邪魔でほとんど見えないけど、彼は悲鳴も上げずにただお人形のように彼らにされるがままになっている。ま、まさか死…………!?
「じ、自警団の人! こっちで人殺しが!!」
早く助けなきゃ! と思ったわたしは思わず大声でそんなことを叫んだ。もちろん回りに自警団の人なんていないわ。でも相手は素直に引っかかってくれたらしく、チッという盛大な舌打ちが聞こえてきた。
「ちっ、なんでンな所に自警団なんかいやがんだ!」
「ズラかれ!!」
バタバタと足音荒くその場を立ち去るガラの悪い男たち。あぁ、良かった引っかかってくれて。ほっと胸をなでおろしたわたしは、そいつらの気配が完全に消えたことを確認してゆっくりと被害者さんのもとへ近づいていったわ。
切りそろえられた黒い髪に、黒いパーカー。濃紺のジーパンに皮のロングブーツとごくありふれた服装をした細身の男のひとだった。男って言ってもまだ10代の少年、ってかんじかしら。目が閉じられているから詳しくは分からないけれど、なかなかかっこいい。ただ、なぜか首には犬のような首輪と鎖がついている。ファッションなのかしら。でも痛々しく腫れた頬や腕は、見ているこっちが痛くなってくるほどだわ。
も、もしかして死―――!? 嫌でもあふれる冷や汗を握り締めながら、わたしはそっと彼に声をかけた。
「あ、あのぉ~」
「ン~?」
「わぁ喋った!!」
声をかけると同時に、彼はパカッと目を開けてこちらを見つめてきた。うん、黒い瞳が印象的な人だわ。でも、てっきり死んでいると思っていたわたしは、思い切り失礼なことを叫んで尻餅をついてしまったわ。
そんなわたしの姿を見て面白かったのか、彼はあははっと屈託なく笑ってみせた。
「死んでるかと思った~?」
「は、はい」
「残念~、外れちゃったネェ。アハハ、驚かせてゴメンネ~」
よいしょ、と呟いた彼はその場で立ち上がって服についたホコリなんかをぽんぽんと叩いた。
「あ~、またカボチャに怒られるなぁ」
「カボチャ?」
「そそ。怒るととってもコワイんだよぉ~」
怒られる、といっても楽しげな彼はけらけらと笑っていた。それにしてもカボチャって……あのお野菜のカボチャのことかしら。彼はお洋服を汚しちゃうとカボチャに怒られるの?? ワケが分からず混乱するわたしだけど、彼はおかまいなしだ。
「助けてくれて、アリガト~。ボクはクリトファー。キミは?」
「わたしはエスカリーテです」
「そっか、エスカリーテちゃんかぁ。可愛い名前だネェ」
「あ、ありがとうございます……」
にこにこ顔のまま、クリストファーさんはわたしの頭をぽんぽんっと叩いた。あれ、この人物凄いケガをしているけれど大丈夫なのかしら。今でも額から血がダラダラ垂れてるし。思わずそこをじっと見つめていると、彼は「あぁ」と言って服の袖で顔を拭ったわ。これでよしとか言ってるけど、絶対いいわけない。
「ボクそろそろ帰らないと。おっかな~い団長からお仕置きされちゃうヨ」
「え、でもケガ……」
「ちょっとフラフラするけど、だいじょうぶ~。んじゃエスカリーテちゃん、残りもので悪いけどこれあげるね」
「え?」
足元に散らばっていたクシャクシャの紙切れをわたしに渡すクリストファーさん。そこには「ふしぎなサーカス団!」っていう文字と特別割引券という文字が躍っていたわ。楽しそうに芸をするゾウやライオンのイラストも書かれていてる。
サーカスって、確か曲芸をしたり動物に芸をさせるのよね。わたしは一回も見たことはないけれど、まるで夢のように楽しくて興奮しちゃうのよね~、と以前リサが語っていた気がする。わたしも一度見てみたいなぁと思ったけれど……
「明日からやるからネ。ご家族やお友達とお誘い合わせのうえお越しクダサーイ」
「え、えぇ?」
「んじゃ待ってるネ~」
そう言った後、クリストファーさんはひらひらと手を振ってどこかへ走り去っていってしまった。わたしは彼の後姿を見た後、手の中の紙を見つめる。サーカス団の割引券をくれたってことは、彼はそのサーカス団の団員さんなのかしら。とてもそう風には見えなかったけれど。
っていうか、周囲にビラが落ちているってことは彼はここでビラ配りをしていたってコトよね。なんだってこんな人気の無い場所で配っていたのかしら。こんな治安の悪そうな場所でそんなことをしていたら絡まれるに決まっているのに。そんなことを考えながら、わたしは貰った紙を丁寧に折り畳んでポケットにしまいこんで立ち上がる。
―――と。そこでわたしは思い出す。
「……あ」
わたし迷子だったんだっけ?
*** *** *** ***
「はぁ……ようやく帰ってこれた」
深くため息をついたわたしは、目の前の大きなベッドにそのまま倒れこむ。
まるで鉛を引きずったあとみたいに体が重いわ。そりゃそうよね、あの入り組んだ道を昼から夕方までず~っと歩き詰めだったんだもの。で、やっと知ってる場所まで出たと思ったら、そこは宿屋からかなり離れた場所で、そこからここまで移動したらもうとっくに夜になってしまったわ。シンと静まり返ったお部屋に、星の光だけが弱弱しく差し込んでいるもの。
「(ジンとネクロはまだお仕事かしら?)」
重たい体を起こしてベッドに腰掛けたわたしは、空っぽのふたつのベッドを見やった。正直な話、今二人には会いたくなかったから少しだけほっとしているわ。だって、あんな話を聞いてしまった以上どんな顔をさせればいいのか分からなかったから。わたしはふぅとため息をついて自分の足元を見つめる。昼から放置しっぱなしの洗濯物が入ったカゴがそこに置かれていたわ。あぁ、生乾きになっちゃってるから明日もう一度洗わないと。
わたしは身を屈めてカゴの中から洗濯物を取り出していく。すると―――
「あんだ、エスカ。随分と遅かったな」
「きゃあああああ!!?」
もそもそと洗濯物を取り出していたら、なんどお部屋の窓からジンの生首が現れたじゃない! そりゃあもう驚いたわたしは持っていた洗濯物を全部落として、本日何回目ともしれない尻餅をついちゃったわ。
「な、な、……お、おばけ!?」
「っははは、残念だが本物だ。ほら、足もあんだろ?」
そう言ったジンは、慣れた動作で窓を足でこじ開けてお部屋の中に入ってきたわ。ほ、本当だちゃんと足もあるし影もある―――って、そうじゃない。
「なんでこんなところから入ってきたの?」
「いやー、ちっとばかりイザコザに巻き込まれてなー。そいつらがしつこいのなんのって。面倒くせぇから逃げてきたんだが、あいつらここまで追ってくるもんだからちょいと巻いてやったわ」
「それで、ここから……すごいね」
恐る恐る窓の下を覗き込むけれど、地面からここまでは結構高い。確かに壁には飛び出したレンガとかがあるから登れそうではあるけれど……わたしには絶対に無理だ。
と、そこへ見るからにガラの悪そうな男たちが走ってきたわ。誰かを探しているみたいだけど、この人たちがジンのケンカ相手みたい。暗くて見えにくいけれど、リーダーっぽい大きな男の人の頭に大きなタンコブがあった。
「で?」
「はい?」
こちらには目もくれず、どこかに走り去っていく男の人たちを見送っていると、背後からジンの声が聞こえてきた。思わず素っ頓狂な声を上げちゃうわたしに、ジンはわたしのおでこをびしっと強めに叩いてきた。
「いたい!」
「ったく、この放蕩娘め。どこに行ってやがったんだよ、結構探したんだぜ」
「え?」
細められた紫色の瞳が、じいっとわたしを睨みつけてくる。言われた意味が分からなくてじんじん痛むおでこを手で押さえたままの体勢で固まっているわたしに、ジンは大きなため息をついてひょいっと屈みこむ。
「夜はあぶねーから一人で出かけんなって、あれほど言っただろうが。どこぞの野郎に殺されても文句言えねーんだぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「ネクロも相当怒ってたからなー。ありゃあ後が怖ぇからな、覚悟しとけよ」
普段のおちゃらけた態度と違って、真剣にわたしを叱るジン。仕事に出かけたとばかり思っていたけれど、どうやら彼らはわたしを探していてくれたみたい。そう感じるのと同時に、なぜか鼻の奥がツンとしてきた。なんだろうと思う間もなく、わたしの両目からぼろぼろと涙が溢れてきたの。あわてて手の甲で瞼をごしごし擦るんだけど、涙はぜんぜん止まってくれない。すると、ジンはばつの悪そうな顔をさせてわたしの頭を撫でてきた。
「……悪ィ。怖かったか?」
「ち、ちがうの。分かんない……勝手に出てきちゃった」
「勝手に? って、あー泣くなって。なんか悪ィことした気分になるじゃねーか」
困った顔をさせたジンが、頭をがしがし掻いた後自分の服の袖でわたしの目元を拭ってくれた。ちょっと痛くて思わず引き腰になってしまうんだけど、ジンはお構いなしだ。そしてわたしを安心させるかのように背中をぽんぽんとさすってくれる。ジンは怒るかもしれないけれど、まるでお父さんみたいだわ。
そうやって数分が経過すると、ようやくわたしの涙も引っ込んでくれた。ジンの袖はわたしの涙ですっかり濡れていたけれど、ジンは嫌がる素振りも見せずに「よーやく泣き止んだな」と笑ってくれる。
「ありがとう、ジン。それと、心配かけてごめんなさい……」
「ああ、わかりゃいいんだ、気にすんな。惚れるなよ」
「惚れない、惚れない」
冗談めかしてそんなことを言うジンにつられ、わたしは思わず笑ってしまう。でもジンはふと表情を変えて首を傾げてきたわ。
「それにしても、昼間はなんであんなに慌てふためいてたんだよ」
「えっ」
「洗濯物ほっぽって急に外に飛び出すなんて、お前らしくねーだろ。なんかあったのか?」
こ、このタイミングでそれを問いかけられると思わなかった。
ジンは純粋にわたしを心配して言ってくれてるんだと分かる。でも、今その質問に答えられるほどの覚悟は出来ていなかったの。
わたしが思わずたじろぐと、ジンは疑うような眼差しをぶつけてくるわ。
「隠し事かぁ? まぁ女にゃひとつふたつ隠し事があったほうが魅力的だがよ、お前にゃまだ早いだろ。遠慮せずに言え」
「え、っと……」
「どーせまた酔っ払いのオヤジに絡まれたとか、ガラの悪い連中に因縁つけられたとかだろ。俺がボコってやるぞ」
指をボキボキ言わせながらいたずらっ子みたいな笑みを浮かべるジン。そういえば、まえに一度だけガラの悪い人に絡まれたときもこんな顔してたっけ。わたしのためとはいえ、自分が暴れたいだけなんじゃ……ってひそかに思ったんだよね―――って、そうじゃないそうじゃない。わたしはジンから数歩後ずさって両手をパタパタと横に振ってみせる。
「え、えと、その……別になんでもなくて…………っひゃあ!」
我ながらおかしいくらいにオドオドしながら必死に言葉を探していると、後ろにあった洗濯カゴに気がつかずにつまづいてしまい、思い切りこけてしまった。いたた、と痛むお尻をさすっていると、なにやら宙にヒラヒラと舞う一枚の紙。なんだろうと思って手を伸ばすより先に、ジンがそれをパッと奪い取ってしまった。
「サーカスの割引券?」
「あ」
いぶかしげにそれを見つめるジンに、わたしは間の抜けた声をあげてしまった。そういえば、昼間へんなお兄さんから割引券を貰ったんだっけ。その後色々あったからすっかり忘れてしまったけれど。
そうやって昼間の出来事を思い返していると、ジンがなにやら「なるほどなぁ」とニヤニヤしながら頷いた。
「これが見たかったわけか」
「え?」
「お前、何かしたいってあんまり言わねぇしな。言いにくかったんだろ、これに行きたいって」
「…………」
どうやらジンは、わたしがサーカスに行きたいと言えずに昼間の奇行に走ったと勘違いしたみたい。ぜんぜん違うのだけれど、わたしはとりあえずコクンと頷いてみる。するとジンは「やっぱりな~」と納得した様子でその割引券をひらひらと振って見せた。
「明日の夜にでも行ってみっか」
「あ…………でも、その、結構お金かかるんじゃない?」
割引券があるとはいえ、サーカスのチケットは結構高かった。言葉に詰まりながらそう告げると、ジンはウッシッシと下品に笑いながらわたしの頭を撫でた。
「そのことについては心配すんな。ちょいとアテがあんだよ」
「アテ?」
「そそ。お前はな~んにも心配しなくていい。んじゃ、俺は出かけてくっからお前は早く寝ろよ」
イタズラを思いついた子供のような顔をさせて、ジンはそそくさと部屋を出て行ってしまった。残されたわたしは呆然としてしばらく扉を見つめていたけれど、ジンやネクロと一緒にサーカスへ行くという事実に、今更ながら喜びがこみ上げてきた。
「(サーカス……!)」
思いがけない幸運に、わたしは飛び上がってひとり怪しい笑みを浮かべた。だって、サーカスよ? 絵本から飛び出したような衣装を身にまとった劇団たちが、見たことも無い芸を見せてくれて、可愛い動物たちがさまざまなすごい技を見せてくれるんだから!
「(しかも、ジンとネクロも一緒!)」
すっかり興奮してしまったわたしは、その嬉しい気持ちを閉じ込めるように急いでベッドの中に潜り込んだ。さっきまで大泣きしていたのがウソみたいに心臓がドキドキしている。
「(早く明日が来ないかなぁ)」
上気した頬を押さえながら、わたしは目を閉じる。頭のなかでサーカスのことをどんなに楽しいかと色々考えていると、わたしはいつの間にか眠ってしまった。