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道化師は愛を紡ぐ act1

すがすがしい朝。たっぷりと注ぎ込む気持ちの良い日差し。うん、今日もいい天気になりそうね。


宿屋の2階のこの奥の部屋は、朝はたっぷりと日差しが差し込み、夜は星空を楽しめる、とってもステキなお部屋なの。内装は木のベッドと小さなテーブルとイス、それからぎしぎしと音がする大きなチェストだけだけど、こうしてお花やテーブルクロスをかけてあげればほら、一気に雰囲気が華やぐもの! ……と、いっても部屋のあちこちに置かれた銃のパーツやら物騒な大きいナイフやらが思いっきりイメージ半減してるけどね。


そして、わたしの一日はジンをたたき起こすところから始まる。


「ジン、起きて!」

「むがっ」


ものすごい寝相で寝ているジンを遠慮なくばしばし叩いてみるけれど、ジンはいっこうに起きる気配を見せない。思い切ってわたしが彼の頭をべしっと殴ってみるものの、ジンはぼさぼさの頭を掻いてみせただけ。うう、今日も長期戦になりそうだわ。でも、わたしだって学習してるんだから!

わたしは、一旦ベッドから離れてお部屋の入り口辺りまで移動する。そして勢いよくダッシュしたわたしは、そのままのジンの体に圧し掛かる!


「おーきーてーーー!!」

「んぎゃあああ!?」


わたしがジンにダイブすると、彼は変な声を上げて思いっきり布団を跳ね除ける。当然上に乗っていたわたしは布団と一緒に弾き飛ばされて、床に尻餅をつくことになってしまったわ。いたた、とお尻のあたりを擦っていると、ようやく目を覚ましたらしいジンがわたしを見下ろして「なんだ」と声を上げた。


「驚かすなよ、嬢ちゃん……ネクロに踏み潰される夢見ちまったじゃねーか」

「だって起きなかったんだもん。それにこの時間に起こせって言ったの、ジンだよ」


手櫛でぼさぼさの頭を整えるジンに、わたしはむすっとして答えた。ジンって朝は弱いらしくて、一人じゃなかなか起きられない。まぁ夜にあれだけ酔っ払って帰ってくれば当たり前よね。昨日もお酒臭いジンをベッドまで運ぶの苦労したんだから。


あの事件が起きてからおよそ2週間が過ぎていたけれど、わたし達は元いた街に戻ってきていた。

新しい街に行っても良かったけど、目星をつけている賞金首がいるらしいからしばらく滞在することにする、とジンとネクロが語っていた。二人はお昼から夜遅くまでなにかしているみたいだけど、具体的に何をしているかは分からない。

わたしは基本的にミューラの宿屋にいて、その賞金首さんの情報収集をしているの。子供が集められる情報なんてそう多いもんじゃないけれど……少しでも何かの役に立ちたいもの。あ、ちなみにこれはジン達には内緒。だって絶対に「あぶないからやめろ」って言われるもん。


「(に、してもジンの寝起きの悪さは札付きね)」


はぁ、と大きくため息をついて見せるとジンは大きな欠伸をしてのそりと起き上がった。赤いぼさぼさの髪に、紫色の瞳。ネコみたいな雰囲気を持つ彼だけど、行動もネコみたいであちこちフラフラしているわ。っていうか、寝る時は相変わらず上半身真っ裸なのね。もう慣れたけど。


「ジン、お早う」

「あ? ……あぁ、お早うエスカ」


わたしがそう挨拶すると、ジンはやれやれといった様子で返事をしてくれて、その大きな手でわたしの頭を撫でてくれたわ。最初は髪をぐしゃぐしゃにされるのがイヤだったんだけど、その手で触れられるのはすごく心地いいからこうやって一生懸命目覚ましになってたり。ちょっと子供っぽいかしら。


「んー。ネクロはどこいった」

「もうとっくに起きてご飯食べてるわ」


朝の弱いジンと違って、ネクロはとっても早起き。大体夜はジンよりも遅く帰ってくるのに、いつもわたしより早く起きて身支度をしているわ。彼の体には正確に時を刻む時計でも埋め込まれているのかしら。そんなバカなことを考えていると、ジンがようやくベッドから降りて窓のほうをちらりと見た。


「そういや腹減ったな。俺らもメシ食うか」

「うん! ……って、そのまま外でていくつもり!? せめて上着て!!」


上に何も着ないで出て行こうとするジンに、わたしは慌てて彼の上着を差し出す。面倒くさそうにそれを羽織ったジンとともに、わたしは階段を下りて食堂を目指したわ。がやがやとにぎやかな声が次第に聞こえてきて、ここがどれだけ繁盛しているのかが分かる。


「おぉ、おはようエスカリーテ! ついでにジンも」

「へぇへぇ。どうせ俺はオマケだよ」

「お早うミューラ」


気だるそうなジンとは違い、はきはきとした声と態度で挨拶をしてくれるミューラ。よっぽど忙しいのか、彼女が持っているトレイの上には空っぽのお皿がたくさん載っている。それでもミューラは、疲れている素振りも見せずにニッコリとわたしたちに微笑んでくれた。


「ネクロならあそこにいるよ」

「あれ、随分と奥まった所にいるのね」

「はは。目立つトコにいると絡まれるって言ってたからね!」

「けっ」

「ま、まぁまぁ」


悪態づくジンの背中を押して、わたしとジンはネクロの座っている場所へ向かったわ。もう朝ごはんは食べ終わったらしく、優雅にお茶を飲んでいた。絹糸みたいにきれいな金髪に、宝石みたいな青い瞳を持つ彼は、まるで絵本の中に登場する王子様のよう。ウェイターさんみたいな服装もとってもよく似合うし。うーん、何をしても本当に絵になるわよねネクロって。中身は……アレだけど。

近づいてくるわたし達の気配に気がついたのか、彼はこちらに視線を向けてくる。


「ほう。今日は早いほうだな」

「うっせーな。仕方ねーだろ、昨日の女がすげー激しかったんだよ」


ふわぁ、と大きな欠伸をしたあと、ジンはニヤリと下品な笑いを浮かべて隣のネクロをじろりと見つめた。


「まぁ死体相手じゃあ味わえねぇ事だがな? なぁネクロさんよ」

「何が言いたい。喧嘩を売っているつもりなら幾らでも買うが」

「ちょ、ちょっと朝っぱらから喧嘩は……」


額に青筋浮かべて殺気立つネクロに、わたしは急いでフォローを入れた。ネクロってこう見えてジンよりも短気なのよね。ジンがちょこっとネクロをからかっただけで、一瞬で辺りが戦場になるんだもの。お陰でわたしがどれだけ肝を冷やしたことか。そんな思いが伝わったのか、ネクロはわたしをジロリと睨みつけたあと、ふんと鼻を鳴らしてお茶に口を付けた。ふぅ。とりあえずは大丈夫かしら。


「ちょっと、ネクロをからかうのいい加減にしてよ」


ネクロに聞こえないよう、わたしは隣に座るジンに話しかけた。でもジンは悪びれた様子は微塵も見せずにテヘッと笑ってみせる。


「だって面白いんだもーん☆」

「気持ち悪いわよ、それ……」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。例えネクロがブチ切れてケンカになっても、お前にゃ危害を加えねーよ」


口角を吊り上げて微笑んだジンは、わたしの頭をわしゃわしゃと撫で回した。うん、そうなのよね。ジンとネクロがケンカをしたとき、わたしが近くにいたら絶対にわたしがケガをしないように気を使ってくれるの。そんな気遣いをしてくれるんなら最初からケンカしないで欲しいんだけど、最近このケンカは彼らなりのコミュニケーションのひとつなのだと知ったわ。だって、二人ともケンカしてる時ものすごーく楽しそうだし(死ねとかくたばれとかは言ってたけど)。


「さーメシだメシー」

「流石に腹が減ったな」


さっきまでの険悪なムードはどこへやら。二人はミューラに何かを注文していく。


「あれ、ネクロまだ食べていなかったの?」


ネクロはお茶を飲んでいたらから、もうとっくに食べ終わっていたのかと思っていたけれど。わたしが首をかしげながら問いかけると、ネクロは少しだけ笑ってみせた。な、なにかしらそのあいまいな笑顔は。するとジンが、ふぅんと鼻を鳴らしてテーブルの上にひじをつく。


「へぇー、随分とお優しいこったなぁ」

「何が?」

「ほれ、昨日お前言ってただろ? たまには3人でメシ食いたいってさ。しっかし、あのネクロ様がな~。人は変わるもんだな~~」

「な…………!」


き、聞かれていたの!?

ぎょっとしたわたしが思わず勢いよくネクロのほうへ振り向けば、彼はいつもと変わらない顔でわたしをじっと見つめていた。さっきとまるで表情は変わってなかったけれど、少しだけ、ほんのすこーしだけ口元を吊り上げていた。

確かに昨日、お部屋で一人いるときにそんなことを呟いた気はするけれど……だ、だってジンを起こしてから食堂に行くともうネクロは食べ終わっているし、夜は二人とも出かけていないから…………で、でもその時は二人とも出かけてていなかったはずよ? まさかあんなことを聞かれているとは思わず、わたしは聞かれた気恥ずかしさと、自分の子供じみた要求に赤面してしまったわ。


「ご、ごめんなさい……わたし、そんなつもりじゃ……」

「別に謝ることでもあるまい、このくらい」

「でも……」

「気にするな。ほら、食うぞ」


テーブルに運ばれてきた料理を、次々に小皿に取り分けてわたしの前においてくれるネクロ。それを見て、わたしのお腹はぐぅ~とマヌケな音を立てたわ。ううっ、恥ずかしさで死ねそう。縮こまってイスの上でもじもじしてしまうけれど、隣のジンはお構いもせず次々にお料理を口の中へ放り込んでいく。


「そうそう、一緒にメシ食うくらい大した労力じゃねーしな」

「そもそもお前が早く起きればいい話だろうが」

「むしろお前がもっと遅く起きろ!」

「ちょ、ジンわたしのぶんも食べないでっ!」


さっきクギを刺したばっかりなのに、さっそく口げんかを始める二人。こんな食事風景はいつものことだけど、毎度ながらワンパターンだなぁ。でもこんなに楽しい朝ごはんがあることを、わたしはつい最近まで知らなかった。


「(ずっと、こんな毎日が続けばいいのになぁ)」


ジンから死守したパンをほお張りながら、わたしは心底そう思ったわ。


でも、現実はそこまで甘くは無い。

そのことをわたしはこの後、いやでも思い知ることになる。


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