表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

賞金稼ぎは子守唄を歌う エピローグ

「ほぉ~。人体実験ねぇ。世も末だぜ」

「賞金につられた賞金稼ぎが被害者というところだろうな」


ごとんごとんと音を立てて回る車輪。牧草を積んだ三輪車は気のいいおじいさんの持ち物で、わたしたちは好意でタダ乗りさせてもらっていた。お日様の光をたっぷり浴びた牧草はとてもよい香りがして、ジンはその感触が気に入ったのかクッションがわりにその牧草を背にしながら手の中の新聞を読んでいた。


「金持ってるヤツってのは妙な趣味に走るヤツが多いからな。あんなバケモノ練成して何が楽しいんだか」

「……おい。口を慎め」

「あ」


ジンが「しまった」という顔をさせてわたしの顔を見た。でもわたしは首を左右に振って微笑んでみせたわ。


「大丈夫。気にしていないわ」

「そ、そうか」


わたしがそう言っても気まずいのか、ジンはわたしの牧草だらけの頭をわしゃわしゃかき回してきた。


あの事件の後。わたし達は町に戻ってすぐに病院送りになったわ。いえ、わたしは捻挫だけで済んだんだけど、ネクロは銃で撃たれていたしジンなんかほぼ瀕死の大怪我だった。お医者様が「生きてるのが不思議なくらいだ」ととても驚いた顔をさせていたのが印象的だったけれど、わたしも本当にそう思う。だからわたしは、ジン達のお世話をしたり、パパのお墓の手入れをしたりしてすごしていた。

結局、わたしが暮らしていた村に戻るまで10日以上かかってしまったわ。といっても、本当はもっと滞在する予定だったの。でも、ジンは「これ以上大人しくベッドで寝てられるか!」とか叫び散らして、お医者様が止めるのも聞かずに病院を飛び出しちゃったんだ。彼が一番ひどい怪我だったから本当はもっと休んでいて欲しかったんだけど…………未だ腕や頭に巻かれた包帯が痛々しいし、お腹なんかミイラ男のように包帯でグルグル巻きよ。


「しっかしまぁ、お前の父ちゃんも賞金稼ぎだったとはなぁ」

「ね。わたしもビックリしたわ」


手の中で輝く銀色のペンダントを見つめながら、わたしはコクリと頷いた。先にケガが治ったネクロが、このペンダントとパパの名前だけを頼りに色々パパのことを調べてくれたの。

パパは元々あの町の住民だったみたいで、そこそこ知られた賞金稼ぎだったみたい。で、わたしの暮らす村までたまたま仕事でやってきて、そこで知り合ったママと結婚したの。二人は周りが羨むほど仲が良かったらしいわ。

でも、出稼ぎに行ったあの街で―――


「もうすぐ、村かぁ」


見慣れた小高い丘が見えてきたので、わたしは思わずしんみりとそう呟いてしまった。ほぼ2週間ぶりの帰省ってことになるけれど、2週間離れていただけでこんなにも懐かしく思ってしまう。


もうすぐ帰れる。

もうすぐ…………ネクロやジンとお別れ。


「(楽しかったなぁ)」


2週間前、馬車のなかであんなにもジン達と離れるのを惜しんでいた自分とは違い、なにか諦めに似たような気持ちが溢れかえっていた。わたしは子供で、彼らは賞金稼ぎ。わたしのような子供と一緒にいたらまた、命が危険にさらされてしまうわ。駄々をこねて無理を押し通すような子供みたいな真似、わたしにはできなかった。


「ほンら、村の近くまで来たっただよ」

「ありがとう、おじいさん!」

「あ、おいエスカリーテ!」


荷車からひょいっと飛び降りて駆け出すわたしに、ジンがあわてたような声をあげた。


「ここでいいの。今までありがとう、ジン。ネクロも……」

「あ、あぁ……」


手を宙に浮かべたまま固まるジンと、普段と変わらない表情で手を振ってくれたネクロ。わたしはそれを見届けたあと、全速力で村まで駆け出したわ。一度も荷車のほうを振り返らずに。だってそうしないと、どんどん溢れる涙を見られてしまうもの。小さな枝や草がベチベチと手足に当っても痛いと感じないくらい、わたしは必死になって村の入り口まで走ったわ。


「はぁ、はぁ…………」


そうやって十分ほど走っていくと、見慣れた村の入り口の看板が見えてきた。ぼろぼろになった木の板には下手な字で村の名前が書かれていて、脇には居眠りをしている牛さんたちの姿。黄色い屋根の煙突からは、まぁるい煙がぽっぽっと噴出している。


「やっと、帰ってきたんだ…………」


額から流れた汗を拭って、わたしはそっと村のなかへと入っていく。この時間帯なら、村の人たちは田畑を耕しているはずだわ。ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、わたしは村の入り口に近い家に住んでいるおばさんのところへ顔を出す事にした。なんていわれるかしら。きっと死んだってことになるから、幽霊をみたような顔をさせて驚くんじゃないかしら。そう考えると少しだけ楽しくなって、わたしは畑を耕していたおばさんの姿を見つけ、大きな声で話しかける。


「マージおばさん! ただいま!!」

「ヒッ!!」


クワを担いでいたおばさんの動きがとまって、おばさんが驚いたように鋭い悲鳴をあげた。そして、わたしの姿を見るなり持っていたクワをポトリと落として肩をワナワナと震わせたわ。あ、あれ。驚かしすぎたかしら。そんなに驚かすつもりじゃなかったのと謝ろうとしたその時。


「おばさ…………」

「きゃあああああああああああ!!!」


まるで人殺しの現場でも見たんじゃないかってくらいに大きな悲鳴をあげたおばさんは、そのままその場にへたり込んでしまった。え、えっといくら何でも驚きすぎじゃないかしら。わたしがどうしたら良いか分からずオロオロしていると、おばさんの悲鳴を聞いたらしい村の人たちが次々と顔を出してきたわ。


「お、お前は……!」

「エスカリーテ! お前よくも顔を出せたものだな!!」

「え…………」


斧を担いだマルクおじさんが、ものすごい顔をさせてわたしににじり寄ってきたわ。ど、どういうこと? わたしが何かしたの?? あまりの威圧につい後ずさるわたしに、マルクおじさんはこんなことを叫び散らす。


「聞いたぞ……! お前の仲間のせいでオレの父が死んだこと…………!」

「自分だけ生き残って、よくもおめおめと姿を現せたもんだよ!」

「ど、どういうこと?」

「しらばっくれるな! あの覆面強盗どもと、赤い髪と金髪の男…………あいつらのせいで、村のもんが死んだんじゃねぇか!!」

「な…………っ!」


違う、そんなこと……それに、ジンとネクロはただの賞金稼ぎで、仕事で来ていただけよ!

そう叫びたかったけれど、村の人たちのあまりの形相にわたしの言葉は喉につっかえてしまった。

そう、冷静になって考えてみれば……あの現場に居合わせた人たちは皆死んじゃって、生き残ったのはわたしとネクロ、そしてジンだけ。村に残された人たちがあの銀行の惨状を目の当たりにしたら、そう言われても仕方が無い…………のかもしれない。

だけど、わたしはあの時ほんとうにたまたま居合わせただけで、仲間のはずがない。村に住んでいる人だって、わたしにそんな仲間がいるはずないって分かるはずよ!?

パニックになりそうな頭をなんとか冷やしながらそう言葉を発しようとした、その時。視界の端っこで一人の男の人がニヤリと笑ったのを見てしまった。あれは……リサのパパ? わたしの面倒を見てくれながらも、いつも厄介扱いしていたおじさんだ。


不意に、おじさんの唇が少しだけ動いた。

それは「死ね」という言葉に形どられていたような気がした。


「父と、殺されちまった村のもんの痛みを思い知るがいい!」

「いやあああああああ!!」


鈍い光を放つ斧が、ゴオッと音を立ててわたしに振り下ろされた。わたしはあわてて横に転がって避けるものの、おじさんは見たこともないような怒った顔をさせて再び斧を振り上げる。

なんで、わたし殺されないといけないの。村を出る前、このおじさんに優しくしてもらっていたことを思い出してしまい、わたしの目から勝手に涙が溢れ出した。やっと村に帰れて……ようやく元通りの平穏な暮らしが出来ると、そう思っていたのに―――!


「…………、……」

「なんだァ?」

「ジン……、ネクロ…………!」


無意識のうちに、わたしは二人の名前を呼んでしまった。でも、二人はもうここにはいない。おじさんはハハハハッと高笑いをしてわたしのすぐ横の壁に斧を打ち下ろす。ガラッと音を立てて崩れた壁の破片が、わたしの腕をかすっていく。


「仲間の名前か? でもなぁ今更助けを呼んだって無駄なんだよ! お前にはたっぷりと痛みを与えてから殺してやらぁ。まずは、その足をちょん斬ってやる!!」


ブン、と鋭い音を立てて振り下ろされる斧。

もうだめだと目を閉じたとき…………


「ぎゃああああ!!!」


野太い悲鳴が聞こえてきたかと思えば、斧を振りかざしていたおじさんが自分の手を押さえながら地面を転がった。その手には鋭利なナイフが刺さっていて、おじさんが抜こうともがくほどに深く食い込んでいったわ。

あれ、このナイフどこかで見覚えが…………


「おー怖い怖い。自分の村守れもしなかった大人が、揃いも揃ってガキ一人に罪をおっ被せやがって」

「全くだ。胸糞悪い」

「あ…………」


呆然とするわたしの目の前に、明るい赤い頭と、ひときわ目立つ容姿を持った男の人が現れた。赤い髪の人は緊張感の無い声でそう呟くと鼻の頭をぼりぼり掻き、金髪さんの方は持っていたナイフを一瞬でどこかに仕舞い込んで…………って、ジンとネクロがどうしてここにいるのよ!? わたしも驚いたけれどもっと驚いたのは村の人たちみたいで、皆視線を彼らに注いだまま動けないでいた。


「大体こんな子供が俺らやあの頭の悪い強盗どもと結託して、どんな得があるってんだよ」

「大方エスカリーテを事件の首謀者にし、彼女を殺すことで復讐をなし得たつもりになるんだろう。弱者の常套手段だな」

「なるほど~。あの強盗どもに復讐すんのが怖いから、ガキに責任なすりつけるってことか」

「なっ…………!」


言いたい放題言われてかちんときている様子の村人たちを搔き分けて、ジンとネクロは悠々とした様子でこちらに近づいてきた。そしてジンはわたしに手を差し伸べてニカッと笑って見せたわ。


「エスカ。俺ら仲間だってよ?」

「え?」

「らしいな。では、凶悪犯は凶悪犯らしくするとするか」

「きゃああああ!?」


ククッと機嫌よさそうに鼻で笑ったネクロは、突然まわりにいた大人たちを足で蹴り倒しはじめたわ。そしてわたしは、ジンに小脇に抱えられる。まるで、彼らとであったあの日と同じように。


「おいネクロ、ほどほどにしとけよ!」

「心得ている」

「ちょ、ネクロ! 乱暴しないで……!」

「乱暴などしていない。これはただの制裁だ」


物凄い形相で追いかけてくる村人たちを蹴散らしながら、ジンとネクロは優しく微笑む。そして……


「エスカ」

「なぁに……?」

「一緒に行くか」


まるであらかじめその言葉を用意していたみたいに、二人はそう言ってくれた。

あぁ、こんなにも嬉しい日って今まであったかしら。

もう涙を止めることなんかできなくなったわたしは、ジンに抱えられながらわんわん泣いてしまった。


「ほんとうに、いいの……?」

「あん?」

「わたし、何もできないわ。二人のように強くもないし、美人でもない。足手まといになるだけよ」


嗚咽まじりにそう呟くわたし。

だって、わたしには本当に何もないから。いざというときに彼らを助けることもできないし、お金も持っていない。わたしのワガママで二人に迷惑をかけるのは耐えられそうになかった。

でもジンとネクロは、「なんだそんなこと」と言わんばかりにわたしの悩みを鼻で笑い飛ばしてみせる。


「お前は俺らと一緒にいたいんだろう?」

「……うん」

「なら問題あるまい。オレもジンも、お前と一緒にいるのは悪くないと思ったのだから」

「ネクロ…………」


めったに見せないような優しい顔をさせて微笑むネクロ。一瞬追っ手に追われているという事実を忘れそうになるくらいに嬉しくなってしまったわたしは、またボロボロと涙をこぼしてしまう。最初に彼らと出会った時には考えられないくらいの出来事だわ。嬉しくて胸が張り裂けそうっていうのは、こういうことなのね。


でも……今まで暮らしていた村のことを思うと、手放しで喜ぶことはできなかった。


「うっし、もう振り切ったか?」

「なんだ張り合いが無い」

「お前がやりすぎなんだっつーの」


数分ほど走り続け、林の中に入るとジンはわたしを降ろしてフゥとため息をついた。そして、暗い顔になっているだろうわたしの頭をぽんっと優しくたたいてくれる。


「まぁ、なんだ。気にすんな……っつっても無理だよな」

「……うん」


ジンたちが助けに来てくれて本当に嬉しかったけれど、ついこの間までずっと一緒にいた人たちに殺されかけた、という事実はとてもつらかった。だって少し前までは皆と一緒に普通の暮らしを送っていたんだもの。あの強盗たちにそれを壊されてしまったけれど、唯一生き残ったわたしを恨むのは仕方ないことなのかもしれない。だって家族を殺されてしまったのよ? 誰かを恨んでいないといられないという気持ちは、今のわたしなら少しだけ分かるような気がした。

二人にこんな顔を見せるのが嫌で、わたしは胸に下げているペンダントをぎゅっと抱きしめて耐えた。


「ジン」

「ん? まだ骨のあるヤツがいたか」


不意に、耳元でガサリと何かが動く音がしたわ。それに気づいた二人が銃と槍をそれぞれ構えるけれど―――


「リ、サ……?」

「エスカリーテ!!」


茂みから顔を出したのは、なんと友達のリサだった。そばかすのついた顔をめちゃくちゃに歪ませたリサは、「ごめんなさい!」と叫びながらわたしにしがみつてきたわ。


「ごめんね、エスカ……! わたしのお父さんが、エスカリーテのことを犯人だって、言いふらして…………そんなの、間違ってるのに!」

「リサ……」

「手紙、読んだよ。あんたがこんなにも楽しそうにしてるって知って、わたし驚いちゃった。だって、エスカリーテいつもさびしそうにしてたから……」


ポケットから手紙を取り出してわたしに見せてくれたリサ。あぁ、すっかり忘れてしまったけれど、これはミューラのいた宿屋で書いた手紙だわ。きっとミューラが気を利かせてくれたに違いない。


「何だ、エスカの知り合いか?」

「の、ようだが」

「キャーッ! ホントエスカリーテが言ってた通りね! この人超イケメンじゃない!!」


ネクロを見てうさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねるリサ。無視されたジンはなんだか微妙な顔をさせて隣のネクロを睨んでいたけれど。でも、その後かすかに聞こえてきた声にピタリと動きを止めたわ。


「大人たちが追ってきたわ」

「あ? 全員病院送りにでもすっか?」

「そんなことしたら、あなた達全員牢屋行きよ! さ、急いでここから逃げて。私が何とか誤魔化してあげるから!」


どんっと自分の胸を叩いたリサ。頼もしい彼女の姿に、わたしは思わずウッと呻いて目元を擦った。


「バカね。泣く事無いじゃない、今生の別れってワケじゃないんだし」

「でも…………でも……」

「ほら、さっさと行く! それじゃあネクロさん、ジンさん。エスカリーテのことをお願いします。エスカリーテ、たまには手紙出しなさいね!」


あとネクロさんの生写真も! とノリノリな声でそう言い放つリサ。その姿を見届けたあと、わたしたちはその場を後にした。

たぶん、もうあの村には戻れないだろう。

でも、わたしにはリサっていう理解者がいてくれたわ。それだけで、わたしは救われたような気がした。






「さぁ~て。まずは西か? 東か? ずっと病院送りだったからたまには観光すんのもいいなぁ」

「その前に、たまった病院代のツケを稼ぐのが先決だな」

「………………」

「あ、あれ? 確かネクロはあのお金……むぐっ」

「さぁ、どんどん稼ぐぞ」




賞金稼ぎは子守唄を歌う -fin-

次回から続編に繋がりますが、一旦ここでおしまいとなります。

長らくお付き合いいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ