賞金稼ぎは子守唄を歌う act13
「やれやれ。探したぞエスカリーテ」
涼しい顔をさせてそう言ってのけたのは、あのネクロ、だった。わたしが彼の姿を確認するのと同時に、眼前が赤く染まっていく。よくよく見るとナタ男の口にネクロがいつか使っていた槍が突き刺さっていたわ。
「え……?」
「なっ、貴様どこから!?」
わたしもすっごく驚いちゃったけれど、もっと驚いたのはおじさんの方だったみたい。冷たい光を宿した青い瞳をちらりとおじさんに向けたネクロは、ふぅと短くため息をついてみせる。
「元々オレは暗殺が得意なんでな。気配を消して近づくことくらいわけない」
「グァ……、が……!!」
ネクロがその言葉を言い終わらないうちに、ナタ男は急に苦しみだして、泡を吹いてその場を倒れてしまったわ。そしてわたしを捉えていた鎧兵士もぐにゃりと身体を折って倒れこんでしまう。重い鎧が私の身体に圧し掛かってくるけれど、そんなこと気もならなかった。
「ネクロ……? ほんとに、ネクロなの??」
「何だ。もう顔を忘れたのか」
「ち、ちがっ。そういう意味じゃなくって!」
「分かっている。そこでボケるのはジンくらいなものだからな」
にやっと意地の悪い笑みを浮かべたネクロは、呆然としている貴族のおじさんの横を通り過ぎてわたしに近づく。そして、鎧に潰されていたわたしを助け起こしてくれたわ。
「遅れてすまなかったな」
「ううん……っていうか、どうやってここまで?」
「足跡を辿っていった」
けろっとした顔でそう語ったネクロ。何でもないようにフツーに言ってのけちゃったけど……それってものすごく大変なことなんじゃないの? だって暗くて足元なんかほとんど見えないし。わたしがぽかんとしたままネクロを見上げていると、彼はわたしをかばう様に一歩おじさんの前に踏み出した。
「あんたは確か、グラシオール伯爵だったか。このバケモノの懸賞をかけたあんたがなぜここにいる?」
「グラシオール、伯爵……?」
「あの街と一帯を治める貴族だそうだ。裏で色々と人には言えないことをしていると聞く」
ネクロのズボンの端をつかんだままそう問いかけると、ネクロはこちらを見ずにそう説明してくれたわ。そうか、あのおじさんはグラシオールさんって言うのね。でも街を治めるほどのえらい人がどうしてこんなバケモノとつるんでいるのかしら。そっとおじさんのほうへ視線を向けると、彼はチッと舌打ちをしてみせたわ。
「フン、貴様もエリックの賞金が目当ての賞金稼ぎか」
「まぁそんなところだ」
ネクロがそう答えると、おじさんは心底面倒くさそうな顔をさせて、はき捨てるようにこう言ってのけた。
「あいにく今は立て込んでいる」
とりあえず前金だ、と続けたおじさんは、懐から手のひらほどの大きさの袋をネクロの前に放ったわ。袋が小石に触れると、中からジャリジャリと金属の擦れあう音が。そして、雲に隠れていた月がそこを照らすと見た事もないような量のお金が袋から溢れていた。じっとおじさんを睨みつけていたネクロも、ふとそちらに視線が流れる。
「ここで見聞きしたことを忘れ、今すぐここから立ち去ると約束するならば貴様のような賞金稼ぎが一生働いても稼ぎきれないほどの大金をやろうじゃないか」
「…………」
青い瞳をお金に向けたまま、ネクロは袋の転がったほうへと向かっていった。その様子を見たおじさんは、おかしくてたまらないといった様子で高笑いを始めたわ。
「ハハハ! 所詮はいやしい身分よ。金さえ出せば犬のように従う!!」
「ネクロ…………」
お金を懐にしまい込んでフッと微笑んで見せたネクロに、わたしは思わず彼の名前を小さく唱えてしまった。
ネクロを恨んじゃ、いけない。だってこうなってしまったのは元々はわたしが原因なんだもの。わたしがうっかりしておじさんに捕まったりするから悪い。そう考えて自分を納得させようとするわたしに、誰かの手が肩に触れた。見上げると、いつの間に移動したのか、ネクロがわたしを安心させるかのように小さく笑んでいた。
「生憎何かと入用でな」
「なんだと?」
「出来の悪い相棒を病院送りにせねばならん。お前をここで消し、金も頂く」
「なっ……!?」
この発言には流石に驚いたのか、おじさんは素っ頓狂な声を上げて口をポカーンと開けたまま固まる。まるで物語に登場する悪役のような邪悪な顔をさせたネクロは、クックックと低い声でうなる様な笑い声を上げたわ。……なんとなくジンの笑い方に似ているなぁと思ったり。
「捨てられるかと思ったか?」
こちらを見ずにそう問いかけるネクロに、わたしは正直に「少しだけ」と答えた。するとネクロはわたしの頭を軽くぽこっと叩いてきたわ。
「そこまで恩知らずではない。安心しろ」
「…………うん!」
叩かれた頭はちょっぴり痛かったけれど、心強いネクロの言葉のおかげで不安は一気に吹き飛んでしまった。我ながら単純だなぁと思いつつ、わたしはネクロに見られないようににやけた。
「クソ、下民風情が舐めた真似を…………! 身の程を弁えぬと命を落とすぞ賞金稼ぎ!」
「きゃあっ!?」
ネクロにバカにされてしまったおじさんは、額に青筋を浮かべてそう叫ぶ。すると、背後から大きな影が覆いかぶさってきて、さっきまでぴくりとも動かなかったナタ男が腕を振り下ろしてきたじゃない! 思わず短い悲鳴をあげてしまうわたしだけど、ネクロがとっさにわたしを小脇に抱えて避けてくれた。わたし一人だったら真っ二つにされていたところよ。
「あ、ありがとうネクロ……」
「礼はこいつらを何とかした後だな」
ドキドキと早く鼓動する心臓の辺りを押さえるわたしに、ネクロは固い表情のまま周囲を見回す。すると、ガサガサという草同士がこすれあう音が聞こえてきてあっという間に周りはあの鎧兵士だらけになったわ。一体いつの間に集まっていたのかしら。まるでお人形のように佇む兵士たちを見て、わたしはゾクリとしてしまう。
「殺せ!」
「グルォ……!」
おじさんの言葉に応じるように、ナタ男と鎧たちがこちらに突進してきた!
「ネネネ、ネクロどうしたら……!!?」
迫りくる兵士たちを見ても大して動じていない彼を見て慌てるわたし。だって彼の武器はナタ男が倒れてた場所に転がったままなのよ!? 武器もないのにどうやって応戦するつもりなのかしら。
「エスカリーテ。舌を噛むかもしれんからしばらく口を塞いでいろ」
「え?」
「いいか。行くぞ」
「え、ちょ、ま…………っ、ひゃああ!!」
ネクタイをちょっぴり緩めたネクロは、わたしを抱えたままナタ男たちに突っ込んだ! 一番近くにいたナタ男がネクロを迎え撃つかたちになり、当然その大きなナタが振り下ろされるんだけど……ネクロはひょいっと身をよじってその一撃をかわし、ナタが地面にめり込んだ瞬間彼は何とそのナタにのっかり、思いっきりナタ男の首を蹴りつけたわ。
「グ、ギ……!?」
ただ蹴っただけなのにぐちゅ、とイヤな音が響いてナタ男の体がよろめく。そこを狙ったのかはわからないけれど、ネクロは素早くどこかに隠し持っていた鋭利なナイフをナタ男の腹に突き刺す。突き刺す、って言ってもナイフの柄の部分もお腹にめり込むくらいよ。思わず目を覆ってしまうけれど、目を閉じたら閉じたで聞こえてくる生々しい音がコワイ。
「しばらく大人しくしていろ」
「グ、ガ……!」
ナイフの一撃を受けたナタ男が、その大きな体を横たえる。何をしたかはぜんぜん分からないけれど……ナタ男の体が小刻みに震えていることから、たぶん毒か何かかがナイフに塗られていたのかしら? でも、ナタ男が倒れるのと同時にあの鎧たちがネクロに襲い掛かってきた!
「ネクロ、後ろ……!」
「鬱陶しいヤツらだ」
面倒くさそうに短くため息をついたネクロだけど、素早く後ろを振り返って鎧兵士の槍を、なんと右腕だけで止めてみせた! 血しぶきがあがると思って思わず身構えてしまうけれど、聞こえてきたのは固い金属音だった。おそるおそるわたしが目を開けたら、彼はいつの間にか柄の短い大振りなナイフを構えていた。い、いくつ服の中に武器を隠し持っているのかしらネクロって。
「何をしている! 早く殺してその娘を連れて来い!!」
イライラした様子のおじさんがそう叫び散らすと、鎧兵士たちは一斉にネクロめがけてそれぞれの武器を振り下ろしたわ。チッ、と舌打ちをしたネクロはわたしを抱えたまま体を低くして、転がるように鎧兵士たちの間をすり抜けて脱出する。それでもわたしを抱えたままじゃあ動きが制限されている。なんとか鎧兵士たちの武器をかわすけれど、いつの間にか復活していたナタ男がネクロさんのお腹辺りを思いっきり殴り飛ばす!
「ぐっ!?」
「きゃあああ!!」
みしり、と嫌な音が耳に響いた瞬間。わたしはネクロの手から離れて地面を転がっていったわ。と、その時何かキラキラしたものがネクロの懐から飛び出していったような気がしたけれど…………そんなのを探している余裕なんて無かった。
「ネクロ!」
わたしは地面を転がっただけで済んだけれど、蹴り飛ばされたネクロは固くて大きな岩に衝突していた。ネクロが苦しそうな顔で何かつぶやいたあと、彼は口から真っ赤な血を吐き出した。それでも彼はわたしの姿をちらりと見やると、いつものように何でもないような顔をさせて、笑ってすらみせたの。
「問題ない。すまんがそこで待っていてくれ。すぐに行く」
「ネクロ……」
乱暴に口元を拭ったネクロは、迫り来る鎧兵士たちに向かっていった。わたしの目なんかじゃ捉えられないくらいの速度で突き出された鎧兵士の槍を見事に避け、彼は敵の槍の柄の部分を握っていたわ。そのままグイッと自分のもとへ兵士を引き寄せ、ネクロはそのナイフを思い切り相手の首辺りに突き刺してしまう。数度ビクビクと震えたあと、鎧兵士はガクッとその場に崩れ落ちたわ。
「(すごい……)」
あのナタ男にお腹を蹴られて物凄く痛いはずなのに、ネクロは次々と鎧兵士たちを倒していったわ。でも、いくらネクロがすごくても相手が多すぎる。敵の最後の一人を倒した後、彼は荒く息をつきながら片膝を折ってしまう。彼の目の前にはあのナタ男が立ちはだかっており、今にもナタを振り下ろしそうな雰囲気だった。
「ほぅ、素晴らしい強さではないか。そこいらの『なり損ない』よりはいい研究材料になりそうだ!」
自分の手下がやられてしまったのに、なぜか嬉しそうに声を張り上げるおじさん。
「エリック以後、ロクな材料が無くて困っていたところだ。くくく、お前を<竜骸>と繋げたら、どんなバケモノになるのか楽しみだ」
「材料……? りゅう、がい?? おじさんは何を言っているの?」
「この私のような物を最高の功労者と言うべきだろう。国のためにわが手を汚しても尽くす、私こそが本当の愛国者なのだ!!」
わたしの疑問の言葉を無視して、自分の言葉に酔ったような言い方をするおじさん。何を言っているのかさっぱり分からないけれど、もしかしてこのおじさんは、このナタ男をこんな風にしちゃった張本人……なのかしら。そんなことって出来ることなの? わけが分からなくて、でも恐怖だけは確かにわたしの背筋を上っていったわ。
そしておじさんはわたしに向き直り、一気にわたしに詰め寄ってきた。
「だからお前はエリックのために死ぬべきであろう」
その太い手をわたしの首に絡ませたおじさんは、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「家族なのだから」
わたしを押し倒し、おじさんはわたしの首をぎゅうぎゅうと締め付けてきた! あわてたようなネクロの声が聞こえてきたけれど、直後にナタ男の野太い声が辺り一面に木霊してわたしの耳を震わせた。
「毎夜毎夜、エリックが泣くのだ。置いてきてしまった子を思ってな―――そしてエリックは子供を求めて街を徘徊して食らう。いつの間にかエリックは大量殺人犯だ。そして、腕に覚えがある正義漢どもが大勢集ってきたわ。懸賞金につられたバカな者達…………まぁ、そのお陰で材料には事欠かなかったがな」
「いっ―――ッ!」
何とかおじさんから逃げ出そうと手足をバタつかせるわたし。
何を、言っているの。家族? あのナタ男が? 冗談じゃないわ。わたしには家族なんていないもの。いたとしても……覚えていない。顔も、声すらもわたしは知らないのだから。悔しさで溢れた涙で滲む目をおじさんに向けても、彼はいびつな笑みを浮かべてくるだけだった。
「なぁ、私は優しい男だろう? エリックのためにお前をこうやって探してやったんだ。それにお前を食わせれば、妻を食ったときのように大人しく私の言うことを聞くエリックに戻るに違いない!」
「や、め…………!」
息が出来ずに苦しくてもがくわたしの手に、何かが触れた。冷たい感触を伝えるそれは、あのナタ男が首から提げていたペンダントに似ていたわ。これは、さっきネクロが落としたもの……? 何か、写真のようなものが埋め込まれていたような気がしたけれど―――涙でグチャグチャになった目では、何も見えなかったわ。
「死ね!」
「っぐ、うぅ……!」
次第に遠くなり始める意識に負けないように、わたしは精一杯抵抗したわ。でも、子供の力じゃあこのおじさんの手を払いのけることさえ出来ない。悔しい。死にたくない……! 無意識のうちに手繰り寄せたペンダントをギュッと握り締めると、何かがパキッと割れるような音がしたわ。
すると―――私の手の中から消え入りそうなメロディが流れ出した。
それはナタ男が歌っていた子守唄と同じ旋律、だった。
消え入りそうな、途切れ途切れに鳴り響く音は、わたしの心のずっとずっと奥にあった記憶を呼び覚ます。
そ れ は 、 わ た し の 、 パ パ が 、 う た っ て い た う た だ っ た 。
「オ、」
「な、なんだ!?」
「ウォオオオオオオオオ!!!」
突然、ネクロと戦っていたナタ男が苦しむような雄たけびをあげる。そのあまりの声の大きさに驚いたらしいおじさんの手が、わずかに緩んだ。
「エスカリーテ!」
切羽詰ったネクロの声が聞こえてきたかと思うと、わたしの上からおじさんの体が消えてしまったわ。急に胸に飛び込んできた酸素に思わず咳き込んでしまうと、埃だらけの服になってしまったネクロがわたしを抱え上げてくれた。
「無事か!?」
「ゲホッ、ゲホッ……!!」
「あぁ、無理に息をするな。気管を傷つけるぞ」
ハァハァと犬のように荒く息をつくわたしに、ネクロはわたしの背中を優しくさすりながらそう言ってくれた。涙でぬれた目を擦って周囲を見回すと、おじさんは体をくの字に曲げて嗚咽を漏らしていたわ。すごい……ナタ男と戦ってたはずなのに、ネクロは一瞬の隙をついてこっちに来てくれたんだ。
感謝と同時に、心のなかから溢れてきた嵐のような気持ちに耐え切れず、わたしは手のひらの中で鳴り響くペンダントをぎゅっと握り締めた。
「ううっ、ひっく……うぅ」
「どうした? どこか痛むのか」
「パパ…………、パパ!!」
少しほつれたネクロの上着にしがみつきながら、わたしは赤ちゃんみたいに泣きじゃくった。きっとネクロはすごく困った顔をしているに違いないわ。それでも、わたしは涙を止めることはできなかった。
だって、忘れてしまっていた記憶があふれ出したんだもの。
わたしにはなかったと思っていた、パパの記憶。白い光の中で、わたしを見下ろしながら少しだけ外れた調子の歌を男の人が歌っていたわ。強い光のせいで、顔を見ることはできないけれど、それでもパパって分かる。だってとっても優しい声で、このペンダントから流れるメロディを口ずさんでいんだもの。
「えず、がりーで…………」
ズルリと音を立ててナタを引きずり、こちらを振り返るナタ男。赤く腫れてしまった目を擦りながら彼を見つめれば、彼は悲しそうな声でわたしの名を呼んだ。
真っ赤に裂けた口。
大きな体はところどころいびつになっていて、腕から生やしたナタは血だらけ。
とても人間とは呼べないバケモノ。
だけどそんな彼は、確かに嬉しそうな声でこう呟く。
「大ぎく、なった、ナ―――」
「…………あ……」
とてもゆっくりとした動作でこちらに近づくナタ男。次々と押し寄せる本当の事にめまいが起こりそうだったけれど、わたしはしっかりと目を擦ってネクロを見上げた。彼は一瞬だけふっと笑ってわたしを降ろしてくれたわ。そして、わたしからナタ男―――いいえ、エリックに近づいていった。
「パパ……」
「ア、アァ…………」
わたしにそう呼ばれ、体を大きく震わせたエリックがわたしを強く抱きしめた。その腕から生えた刃物でわたしを傷つけないように。
やっと分かったわ。このヒトはわたしの家族。
あなたがさっき歌っていたのは子守唄だったのね。わたしをあの夜殺せなかったのも、森でわたしを追いかけてきた理由もすべてそこにあったんだわ。
「パパ……! パパ……!」
ごめんなさいパパ。もっと早く気づいてあげられなくて。
わたしがぎゅっと強く抱きしめても、パパの赤い目からは涙は流れなかった。きっと、泣きたくても泣けないのね。だってもんなにも震えているもの。でも、パパが泣けないかわりにわたしがたくさん泣くわ。会いたくて会いたくて仕方が無いヒトに出会えたんですもの。
「パパ、わたし―――」
言いたい事がたくさんあった。聞きたい事も、たくさん、たくさん。
でも、それはもう、本当に永遠に叶わないものになってしまった。
次回、最終話とエピローグになります。