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賞金稼ぎは子守唄を歌う act12

「…………あ、」


頬になにか冷たいものが落ちてきたのを感じると同時に、わたしは目を覚ました。重い瞼を擦りながら起き上がると、体中にひどい痛みを感じたわ。なにこれ……? 疑問に思いながら自分の身体を眺めると、全身ひどい擦り傷だらけだった。しかも足を挫いてしまったみたいでちょっと動かしただけでも鈍い痛みが走る。


「(そう、か……わたし、あいつに追われてここに落ちてしまったのね)」


泣きそうになるのをぐっとこらえながら、ようやく何が起こったのかを思い出した。あのナタ男が現れて、ジンから引き離そうとしてわたしは森中駆け回ってあいつをおびき出したんだっけ。そしたら足を滑らせて、崖から落ちて―――


「死ぬ、かと思った……」


自分が落ちた遥か上の崖を眺めながら、わたしはもうこらえ切れない涙を手で乱暴に拭う。怖かった。もう駄目かと思ったもの。でも、運よく落ちている途中木の枝か何かに引っかかったみたい。周囲に折れた木の枝や葉っぱが散らばっているし、雨で濡れた地面はやわらかい。これがなかったらわたし、絶対に死んでいたわ。

あらためてその体験を思い返し、どくどく鳴り続ける心臓とは裏腹に、わたしの手足はものすごく冷えていった。


「ジン……ネクロ…………」


痛む身体を押さえながらわたしは小さな声でそう呼びかける。当たり前だけど返事なんて無い。不気味なほど静まり返った真っ暗な森の中、頼りない私の声が響くだけ。


「ジン、ネクロ……! お願いだから、いたら返事をして!」


もう一度、もう一度と繰り返しながらわたしは声を張り上げる。喉が枯れてしまうほどに叫び終えたあと、わたしはハッとしてしまう。


「や、やだ。大声出したらあいつに勘付かれるかも……静かにしていないと」


今は姿が見えないけれど、壁を這い回って動くような化け物だもの。このくらいの崖降りようと思えば降りられるに違いない。わたしは身体を小さく丸めてゆっくりと後ずさる。とんっと背中に固い岩の感触が伝わったところまで後退したわたしは、ほぅっと息をついた。


「(じっとしてて、明るくなるのを待ったほうがいいわ。きっと二人が、わたしがいなくなってるのに気がついて探しに―――)」


痛む足首を撫でながらそう考えるわたしだけど、ハッとしてしまう。


「(わたしあの二人が探してくれるの、当たり前だと思ってる?)」


なりゆきで行動を一緒にしているはずだった二人に、いつの間にかかなり依存してしまっていることに気がついたわたしはぎょっとしてしまった。これじゃあ、迷子の子供が親を待つのと同じじゃないの。

それは、村にいたときわたしには許されない行為だった。当たり前だけど皆には家族がいて、片親がいない子もいたけれど、本当に独りぼっちなのはわたしだけだった。たとえケガをしても「大丈夫」って優しく笑いかけてくれる人も、迷子になって森をさ迷っても探してくれる人もいない。友達は勿論いたけど、リサを除いて皆どこか壁があった。わたしの親がよそ者だったっていうのが理由らしいけどね。だからわたしは同じ歳の子供とくらべてよく大人びてるとか冷たいとか言われて育ったわ。当たり前よ、なんでも一人でできなきゃいけなかったんだから。


だから、今こんな状態になってもわたしは泣いたりなんかしない。

冷静になって、どうすれば一番いいのか考えて―――


「………………」


でも今なら、迷子になった子供がお母さんやお父さんを恋しがる気持ちが分かるかもしれない。

勿論ジンとネクロは私の親じゃないわ。家族でも、親戚でもない。

それでも縋らずにはいられなかった。

だって、二人は初めてわたしと対等に話してくれた人たちだから。


わたしを、初めてまもってくれた人だから―――


「うっ、ひく……っ、」


わたしってこんなに弱かったのかしら。村にいたころはもっと冷静だった気がする。ケガをしても周りに誰もいなかったのなんて、慣れっこだったもの。ひとりで立って、家に帰って包帯を巻いた。痛くても泣くのを我慢したわ。

だってそうしないと、どうにかなってしまいそうだったから。


「泣いたって……しょうがない。せめて、身を隠せそうな場所まで移動しなきゃ……」


無理やり涙を止めたわたしは、痛む身体を引きずるようにして歩き始める。雨上がりの空にはたくさんの星と、いつもより強く輝く月があるお陰で目先のものが見えないほどの暗闇じゃないのがラッキーだったわ。なるべくケガをした足に負担をかけないように、崖にそって歩くことにした。

しんと静まり返った森に、わたしの消え入りそう足音だけが響く。ドロと雨水にまみれた身体は、それはもう汚くってどこの乞食よ、って自分で突っ込む。そうでもして笑っておかないと、歩みを進める足が止まってしまいそうだったから。


どれほど進んだのか分からなくなった頃。

鬱蒼と覆い茂った草むらから、川の流れているひらけた場所に出たわ。今は泥水の混じった水がゴウゴウと音を立てて流れている川だけど、普段はきっと穏やかに月明かりを照り返す静かなところなんだと思う。


「え―――」


川の大きな音に混じって私の声が小さく響く。全身から血の気が引いて、今にも逃げ出したくなる衝動に駆られたわ。だって、だって川べりの大きな岩の上にあのナタ男が座り込んでいたんだもの!

ナタ男はわたしが声を上げるのと同時に、こちらを振り返ったわ。わたしはあの大きなナタが飛んでくることを予想し、頭を抱えて座り込んだ。でも、いくら待ってもナタは飛んでこない。恐る恐る男のほうへ視線をやると、彼はこちらをじっと見つめたまま動かないでいた。その表情はどことなく寂しげで、裂けた真っ赤な口をぴったりと閉じたまま、ふと視線を元の水面に戻した。


そして、彼はくぐもった声で何かを歌いだしたわ。

いえ、歌……といっていいのか分からないけれど。不器用に紡ぐ音には確かに旋律があった。ゆっくりとしたメロディはまるで子守唄のようだ。


「(バケモノでも、歌を歌うのかしら……)」


大きな体をうな垂れさせて縮こまっている彼を見ていると、昨夜の出来事がウソのように見える。でも、わたしは忘れはしない。自分と同じくらいの子供が、こいつに無残に殺されてしまったことを。


「(歌なんて歌っちゃって―――わたしに、興味をなくしたのかしら。でも、さっきはどうして追ってきたの?)」


考えれば考えるほど、ナタ男の行動はわからない。でも、わたしがいても追ってこないということは、今が逃げ出す絶好のチャンスってことよね。

私はなるべく音を立てずにその場を去ろうと踵を返した。ところが―――


「なんだ。誰かいたのかエリック?」

「(ひとの声……!?)」


わたしの位置からは見えなかったんだけど、どうやらナタ男の他に誰かいたみたい。見つかったのかと思ったけれど、声の主はわたしのことに気がついていないみたい。ほっと胸を撫で下ろしちゃった。でも……エリックってあのナタ男の名前なのかしら? 言い方は悪いかもしれないけれど、あんな化け物みたいな人にもちゃんとした名前があったことに驚いちゃったわ。


「しかしまぁ、こうもうまく行くとは思ってもみなかったなぁ、エリックよ。お前の影で成果は上々だ。お前のようなマヌケな賞金稼ぎどもが群れをなしてやってくるからな。ひとつ欲を言うならば、殺す時はもうすこし材料を傷つけんようにして欲しいことかね」

「(この声、どこかで聞いたことがあるような)」


一体なんの話をしているのかさっぱり分からないけれど、この声には少し聞き覚えがあったの。わたしは話のする方向へ首を伸ばしてみたわ。すると、そこには高そうな服を着た白髪混じりのおじさんが立っていた。


「(あの人、赤い屋根のお屋敷に住んでいた貴族さんだわ!)」


本物の貴族なんて見たことが無いから、ちゃんと印象に残っていたの。あの人街に住んでいた大きなお屋敷の人だわ。でも、おじさんはどうしてナタ男と知り合いなのかしら。でも、あの男に言葉なんて通じるの?

わけが分からず頭をひねる私に、おじさんはニヤリと笑いながら口元の薄いひげを撫でた。


「喜べ。もうすぐ感動の再会としゃれ込めるだろう。出来損ないだが、我が配下どもも探しものくらいは出来るものだな」

「……、…………」

「くくく、喜んでいるのか? それとも悲しんでいるのか? どちらにしろ、今のお前の顔では判別できんが」


奇妙に歪んだナタ男―――エリックの顔を眺めながらおじさんは満足そうに笑った。何がおかしいのかしら。ちっとも意味が分からない。


「(ともかく、ここにこれ以上いたら危ないわ。こっそり逃げないと)」


あんな化け物と関わっている以上、おじさんもまともな人じゃないわ。関わらないほうがいいと、わたしのなかの何かが叫んでいる。それに素直に従ったわたしはなるべく音を立てず、四つんばいになって後ろへさがった。

むずかしい話ばかりで会話の内容は分からなかったけれど、ジン達と無事に再会したらこのことを伝えておかなきゃ。賞金とか賞金稼ぎが、とか言っていたからきっと二人にとって重要なお話に違いないわ。うぅ、それにしても泥のぬかるみに手足を突っ込んだままっていうのは何とも気持ちが悪いわ! 足さえケガしていなかったらもっと上手に歩けるんでしょうけど―――


「ひゃっ」


どんっとお尻に何か固いものがぶつかった。やだ、後ろを全然見ていなかったからきっと木の根っこにでも当たったんだわ。ちょっぴり気恥ずかしさを感じつつゆっくりと後ろを振り返ると、そこには鈍色に輝く鎧があった。


「え―――」


カタンと音を立てて私を見下ろした鎧は、わたしが事態を把握するよりも早く、荷物を担ぎ上げるみたいにわたしを抱えた。ちょ、なにこれ! 手足をばたばたさせて暴れまくるわたしだけど、鎧はびくりともせずに元いた場所へと戻っていく。


「(こいつ、ジン達を襲ったあの鎧兵士たち!?)」


暗くてよく見えなかったから分かるのが遅れちゃったけれど、こいつあの時の鎧兵士にそっくりだわ! って、掴まっちゃった今になって分かったって全然意味ないじゃない!!


「きゃー! ちょっと離してよ!」


完全にパニックに陥ってしまったわたしは、大きな声を上げて叫び散らす。けど鎧兵士は声も上げずにただわたしを運んでいく。こ、この方向はもしかしてナタ男たちの所!? 悪い予感というものは的中するもので、わたしの身体は一旦宙を舞ってさっきの二人の前に投げ出される。いたた……頭、打ったかも!


「これはこれは―――泥ネズミのお嬢さん、初めましてかな?」

「なっ」


歯茎が見えるくらいに歪んだ笑みを見せたのは、あの貴族のおじさんだった。嫌味ったらしく帽子を取ってみせて優雅に会釈をしてみせたけど……背筋を何か冷たいものが這っていくのを感じた。早く逃げないと危ないって、わたしのなかの何かが警告している。足を怪我しているのも忘れてわたしが全力で逃げ出そうとすれば、おじさんが素早くわたしの腕を掴みあげてきたわ!


「は、離して……!」

「そういうわけにもいかないんだよ、お嬢さん。ほぅらエリック喜べ。感動の再会としゃれ込もうじゃないか」

「きゃっ!」


暴れるわたしの背中を思い切り蹴り飛ばしたおじさんは、ナタ男に向かってそんなことを言い放つ。冗談じゃないわ! わたしにはこんな化け物みたいな知り合いいないもの。地面に転がったままわたしがおじさんを睨みつけると、彼は愉快でたまらないといった様子でまた笑い出した。


「ははは! 分からぬのも無理もない話だ!! このようにおぞましい化け物なぞ知らん、という顔をしているな」

「当たり前じゃない……! こんな人、知らない!!」

「しかし君に見覚えがなくとも、そこの化け物は君に会えて嬉しそうにしているぞ。よぉく見てみるがいい」


おじさんに言われるがまま、ナタ男へと視線を向ければ……彼は声のような音を発しながらわたしに近づいてきていた。どう見たって、嬉しそうになんか見えないわ。わたしを食べようと近づいている風にしか見えないもの!

震える足をどうにか立ち上がらせるわたし。もう全身あっちこち痛いけどそんなこと気にしている場合じゃなかった。一歩、また一歩とこちらに近づいているナタ男に、わたしは彼を睨みつけながら少しずつ後ずさる。

逃げなきゃ。絶対にここから逃げ出さなきゃ。

その言葉だけが頭の中をグルグル回っていくけれど、目の前にはあのナタ男、背後にはおじさんがいて、わたしを捕まえた鎧兵士がさっきまでわたしがいた林のなかで控えている。唯一逃げ出せそうな場所は、轟音を立てる川だけだけど、あんなところに飛び込んだりしたら間違いなくわたしは死ぬ。


「いやはや何とも! その小さな頭で一生懸命逃げ出す方法を考えているのかね! それとも助けが来ることを期待しておいでかな?」


おかしくてたまらないといった様子のおじさんが、顎ヒゲを撫でながらにんまりと笑う。


「知っているよ。君があのろくでもない賞金稼ぎコンビと行動を共にしていたことを。しかし金で動くきゃつらに助けなど期待しても無駄なことだ。意地汚く、ずる賢く生きるのが賞金稼ぎというものだ」

「ジンとネクロは、そんな人達じゃないわ―――!」


そりゃ、最初はわたしを厄介払いしたくてたまらないって感じだったけど……でも、昨日の夜ナタ男に襲われた時力を合わせて撃退して、そこからちょっとだけ変わった。じゃなかったら二人してわたしを村まで送ってくれるなんて言わないもの! 今朝みたいに、仲良くいっしょにご飯食べたりしないもん……!!

勝手にぼろぼろ零れる涙に濡れた目で、わたしはおじさんを睨みつけたわ。そんなわたしの態度が気に入らなかったのか、おじさんはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らしてナタ男へ視線を移した。


「餓鬼はどうにも好かん。全てが目障りで耳障りだ。エリック、待ちかねた『食事』だ、腹いっぱい食うがいい」

「グ、ゲ―――」

「や、やだ! ―――っあ!?」


眼前にまで迫ってきたナタ男に、わたしは思わず逃げ出してしまう。けれど傍に控えていた鎧兵士がわたしの両腕をきつく拘束したわ。死に物狂いで何とか振りほどこうとするんだけど、子供の力ではどうすることもできなかった。


「嫌……、やだやだ!!」


ヌラヌラと輝くナタ男のキバがすぐそこまで来ていて、わたしは恐怖のあまりとうとうわんわん泣き出してしまう。それが面白くてたまらないのか、あの悪魔のようなおじさんはいやに冷静な声で呟き始めた。


「惨めな肉片になる前に、一つだけ教えてやろうか。そいつは―――」


おじさんの言葉が終わらないうちに、真っ赤な血しぶきがあたりに飛び散った。

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