賞金稼ぎは子守唄を歌う act11
今回はジン視点のストーリーとなります。
「ジン、起きろ」
「うげっ」
気持ちよくスヤスヤと眠っていた俺に、冷たい声とわき腹キックがお見舞いされた。なんだなんだ? と首を傾げつつむくりと起き上がれば、非常に冷たい顔をさせたネクロが機嫌悪そうにたたずんでいる。いや、こいつが機嫌悪そうなのはいつものことだが、今は輪をかけて悪い気がする。
やつは深いため息をつきつつ、目を伏せた。
「エスカリーテがどこにもいない」
「……あ? 嬢ちゃんが??」
ぼっさぼさになってる髪をかき回しつつ周囲を見やれば、確かに嬢ちゃんの姿が見えなかった。小便でもしにいったんじゃねーの? と、そんなことを告げればネクロはピクリと眉を跳ね上げて俺の頭を叩いた。
「いってーな、ケガ人に対してその態度は何だ!」
「バカだと思っていたが、これ程までに愚かだったとはな。あそこをよく見てみろ」
そう言ってネクロが指差した方向は、洞窟の入り口だった。ここからだと特に何も変化が無いように見えるが、ネクロのどす黒いオーラに気圧されて仕方が無くそっちへ移動した。すると、明らかに俺らや嬢ちゃんのものではない足跡と、それから少量の血が点々と地面にこびりついていやがった。は? いっくら寝てたとはいえ、殺る気で来たヤツが俺のそばによってくれば嫌でも起きるぞ。それに、これはもしや嬢ちゃんの血か? 意味が分からなくてしばらく黙り込む俺に、ネクロはチッと舌打ちをして地面を蹴ってみせた。
「考えられるケースは二つ。一つは、お前にも悟られぬくらいの技量を持った者が来てエスカリーテを連れ去ったか」
あるいは、と告げたネクロは何時も折りたたんでいる槍を展開させ、俺へ切っ先を向ける。
「傷を負ったお前を守るため、彼女が犠牲になったかだ」
酷薄な青い瞳に明らかな殺気をこもらせてネクロは淡々とそう語る。ワケが、わからねぇ。前者の説なら得心が行くが、後者のエスカ嬢ちゃんが俺を守るために犠牲になったってのがイマイチ実感沸かねぇ。だってよ、ンなことする義理ねぇだろ。いや嬢ちゃんがお人好しの部類に入るのは俺にだってわかるが、いくらなんでも自分の命張ってまで俺のことを守るなん、て―――
「マジ……か?」
嫌な汗が、背中をドッと流れていきやがった。知り合いやネクロなんかにさんっざん「お前は鈍感だ」だの「デリカシーが無い」だのなんだ言われてきたが、数日一緒に過ごした嬢ちゃんの行動や性格を考えればありえない話じゃなかった。小せぇくせに、絶対泣き言を言わずに俺らにつきて来た肝っ玉の据わった嬢ちゃんだ。数時間前だって、あの兵士どもがウロついてるかもしれねぇ危ない場所に、俺のためにたった一人で飛び込んでいったんだもんな。
ようやく事態の重さを飲み込めた俺が乾いた笑いを浮かべていると、ネクロは一瞬にして構えていた槍を折りたたみ歩き出す。
「待てよ、どこへ行くつもりだ?」
「無論彼女を探しに行く」
「……分かった。俺も行く」
「そのケガで、か? 邪魔だ。お前はここで大人しく寝ていろ」
「なんっ……!?」
だと、と続けようとした時、腹に鈍い痛みが走った。力みすぎて腹に力を入れてしまったらしい。じくじくと痛みだす傷に思わず舌打ちをする俺。するとネクロは心底バカにしたような笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「安心しろ。彼女を助け出した後、お前も一応助けてやる。まぁ、その時までお前が生きていればの話だがな」
吐き捨てるようにその言葉を呟いたあと、ネクロは俺の前から消えてしまった。
なんだってんだよ! 大体こうなったのはあの兵士どものせいで俺の落ち度じゃねーだろうが。八つ当たりかなんかはしんねーけど、俺に当たるなっつーの!!
ムカついて、俺は腹いせに足元に転がっていた自分の荷物を蹴り飛ばした。ガラガラと派手な音を立てて銃のパーツだの銃弾だのが飛び散っていく。もう一度蹴ろうとしたが、腹の痛みに思わず呻いて膝を折ってしまった。
「…………いや、こうなる可能性は、あったか」
よくよく考えてみりゃ、ケガをしたのだって俺が油断しまくってたせいだし。そのせいで嬢ちゃんやネクロに迷惑かけたのは事実だ。挙句、こういう事態になることも予測できただろうに、俺は自分のことしか考えていなかった。俺がネクロの立場なら、呆れてものも言えないだろう。
「ちっ、反省なんてガラじゃねぇ! 俺も嬢ちゃん探さねーと……って、このケガで何が出来るんだっつの」
まだ痛みが収まらない傷を押さえながら、俺は自嘲気味にそう呟いた。恰好悪い。だせぇ。そんな言葉が次々に脳裏をよぎっていく。今まで幾度と無くこういう事態に陥ったことはあったが、ここまで自己嫌悪したのは初めてだ。洞窟入り口の地面に落ちていた血痕を思い出すだけで、やり切れない思いが溢れかえってきやがる。
「(バカなガキだ。自分ひとりだけでも逃げ出しゃあいいのによ)」
洞窟の壁にもたれるように立ち上がった俺は、地面に散らばった自前の銃を腰に提げて歩き出す。クソ、思ったよりも腹に響くな。嫌な熱を持ち始める傷口を押さえて、俺はゆっくりと歩を進めた。外の雨はあがっているものの、嫌な湿気が充満している。
足元さえおぼつかない暗闇の中、俺は抜き身の銃身を構えながら進んでいった。さっさと先へ進みたいのは山々だが、どうしても傷口に神経が向いてしまうためゆっくりとしか進めねぇ。もしも今背後から襲われでもしたら死ぬかもな。
―――ガサリ
神経を尖らせて周囲に気を配っていると、聴覚に小さな違和感を感じた。最初は動物か何かが走っている音かと思ったが、視界の端に明らかに人影と思しきものを見つける。俺は相手に悟られねぇように木陰に身を隠した。もしかしたらただの人間かもしれねぇが、こんな時間にウロつくなんて普通のヤツじゃねぇだろう。俺は溢れ出る脂汗を乱暴に拭い、銃を乱射する!
「……!?」
ガンガンと森に木霊する激しい銃声に、流石の相手もビビったらしく慌てて逃げ出そうとする。しかし、いくらヘバっているとはいえ俺もプロの賞金稼ぎだ。相手が逃げた先にある太い木の枝を銃で打ち抜いて動きを止める。相手が怯んだ隙に俺は傷の痛みを振り払って一気に駆け寄り、相手の頭をとっ捕まえて地面に押し倒す!
「きゃああ!」
「……女?」
べしゃっ、とマヌケな音が響いたのと同時にか細い女の声が上がる。薄暗くてよく見えないが、金髪の女らしい。俺は相手の後頭部に銃口を押し当てたまま問う。
「10秒以内に答えろ。お前はヤツらの仲間か?」
「……っ、ちょっとジン! いくらなんでも昨日のことは覚えてるでしょう!? 私よ、ルーディアよ!!」
「あぁ!?」
苦しそうな声でもがく相手は、なんとつい先日俺とネクロを殺そうとした女・ルーディアだった。しかも相も変わらずきわどいレオタード姿だ。お前は露出狂かよ。おもわず俺が素っ頓狂な悲鳴を上げると、彼女は顔だけこちらに向けて睨みつけてくる。
「ただでさえ雨に濡れて気持ち悪いのに、今度は泥とハグするハメになるなんて最悪だわ!」
「ふん、お得意の能力で消えればいいじゃねーか」
「アレは使うのに色々条件がいるのよっ。ちょっ―――、痛いわよ! んもぉ分かったわ降参降参! 何でもするから殺すのだけは勘弁して頂戴!」
若干涙目になりながら命乞いをするルーディアに、俺はそっと彼女の頭を離してやり、数歩後ろへさがる。無論油断ならねぇ相手には違いないので銃口は彼女の眉間に狙いを定めたままだ。ルーディアは両手を上げたまま「最悪」と吐き捨てるように呟く。アホか。最悪なのはこっちのほうだっつーの。じくじくと熱を持つ傷口を押さえながら俺はため息をついた。
「……で。何でお前がここにいるんだ。殺し損ねた俺の首でも取りに来たのか?」
「それもあるけど、今は違うわよ。私はエスカリーテっていうお嬢さんを探しに来たの」
「ンだと……?」
「きゃっ、!」
自分でも分かるくらいに低い声で唸った俺は、ルーディアの腕をひっ掴んで睨みつける。なぜこの女が嬢ちゃんを探してるんだ。苛立ちと焦りが半々に入り混じった気持ちを押し殺すように、俺は歯をギリリと鳴らす。
「どうしてお前が嬢ちゃんを狙ってるんだ。答えろ」
「じょ、嬢ちゃん……『嬢ちゃん』ですって!?」
先ほどまでの怯えた表情を取り払い、一気に顔を怒気に染めたルーディアは俺の顔を覗き込んで「信じられない」といった瞳で手をワナワナと震わせる。
「ああっ……やっぱりあなたとエスカリーテって子は懇意だったのね! 宿屋の小生意気な娘が「ジンの連れだよ」って言ってて、そんなのウソだって思っていたのに―――っ!」
「んなこたぁ今はどうでもいいだろ!」
「よくないわよ、このロリコン!」
見当違いの方向に勘違いしまくったこのバカ女は、一通り怒鳴り終えると今度はワンワンと泣き出した。おい誰がロリコンだ! 一発ぶん殴って静かにさせたいところだがそんな力すら今は沸かない。俺はぐらりと歪む視界によろめいてしまい、ついに地面に片膝をつくことになる。そんな俺の様子にようやく冷静になったのか、ルーディアは屈みこんで俺の肩をそっと掴む。
「ジン―――酷い怪我じゃない! 誰がこんなこと……」
「そんなことより、質問に答えろ。何故お前が嬢ちゃんを狙ってるんだ。事と次第によっちゃお前を殺さなきゃいけねーぞ」
「……うぅ、そこまでそのエスカリーテちゃんのこと……って、分かったわよ。言えばいいんでしょ」
流石に言い争う状況じゃないことに気づいたらしいルーディアは、ふぅと深いため息をついた。そして腰から提げていた小さな革製のバッグから一枚の写真を取り出した。俺が乱暴にそいつをひったくって確認すると、そこには一人の少女が映し出されていた。今より幾分幼く見えるが、ったくどこから盗撮したんだか。
「ある人物から、エスカリーテっていう娘を探せと依頼されたのよ」
「誰だ」
「……街を治めている貴族様よ。あなたもよく知ってるでしょう」
「まぁな」
知ってるも何も、あのナタ野郎の賞金のスポンサーだしな。直接の面識はねーけど。
「で、なんでそのお貴族様が嬢ちゃんを狙ってるんだ?」
「そこまでは知らないわよ。でも金持ち貴族の倒錯趣味……ってわけじゃなさそうだけど」
「なるほどな。で、お前は何で人里離れたこんなとこにいるんだ? つか、お前嬢ちゃんの知り合いだったのか」
「まぁ話せば長くなるけど、実はあの列車でお嬢ちゃんに会ったことあるのよ。列車事故で人が死んだっていう記事はなかったし、あの街に辿りついてるだろうと思ってね。で、色々探してたらジン達と知り合いだってことが分かったの。それで私、あなた達の後をつけてきたんだけど―――」
「まさかお前もあの奇妙な鎧兵士に襲われたとか?」
「そう、その通りよ! まったく忌々しいったらないわ!! 逃げ回ってたらこんな森についちゃうし、サイアク!」
顔やら腕やらについた泥を手で叩き落としながらルーディアはキーキー怒鳴り散らす。まぁ大体のことは分かったわ。つっても、あの嬢ちゃんを早いとこ探してやんねーとめちゃくちゃマズいってことぐらいだがな。こういうよくわかんねーこと考えるのはネクロの役割だったし……畜生あいつどこ行きやがったんだ。
「うっし、今回はお前見逃してやるからとっとと失せろ。それで俺の目の前に二度と姿を現すな」
「ちょ、ちょっと……そのケガでお嬢ちゃん探す気? 死ぬわよ!?」
「まぁ気合でどうにかするわ」
ひらひらと手を振って気丈に振舞ってはみるものの、傷口が妙な熱を持ち始めてマジでやばくなってきたのを自分でも感じた。とっととどこかで横になってたほうがいいんだろうが、脳裏にエスカの顔が過ぎるだけで知らずに自分の足が動いた。あんなちっこい子供がこんな暗い森を一人さ迷っていると考えただけで、どうにかしてやりたいと気が急くのだ。うっわ、俺ってこんなに優しかったか? 記憶の限りじゃ、もうちっと他人にゃ無関心だった気がするけどな。
よろよろと数歩歩き出したとき、俺の腕をルーディアが掴み隣を歩き出した。思わず怪訝な声を上げてしまうと、彼女はやれやれといった様子でため息をつく。
「あなたは覚えてないでしょーけど、ジンと出会ったときも、こんな風にケガしてたわ。まったくいくつになってもやんちゃなんだから……」
「そうだったか?」
「そーよ。人ん家の畑のど真ん中で血流して倒れてて……もうびっくりしたんだから」
呆れ半分、懐かしさ半分といった表情でルーディアはため息をついて笑う。いつもの高慢ちきな笑みじゃなくて、素の笑みだ。その表情は俺の中である記憶を思い覚ます。ど田舎の片隅、そばかすの浮いた冴えない田舎娘が、屈託の無い無邪気な笑顔をさせて俺を見つめていたのだ。
…………あぁ。そうか、お前だったのか。
「……整形と豊胸手術でもしたか、ルー?」
「しっ、失礼ねこの美貌は生まれついてからの―――って、ジン思い出したの!?」
「どうりで思い出せないハズだぜ! 名前以外まるっと変えやがって!!」
俺の覚えているルーディアという女は黒い髪を三つ編みにさせて、貧弱な身体と胸をした小娘だ。目の前にいる金髪巨乳女とはまるで違う。そのことを非難するとルーは「だってこれがジンの好みでしょ?」と、しれっとした態度で鼻を鳴らしやがった。確かに好みっちゃあ好みだが、やりすぎだっつーの。あとその変態的な衣装はヤメロ。
「―――まぁいい。今は嬢ちゃん探すほうが先だ」
「そうそう、さっきも探すって言ってたわね。でも今まで一緒にいたんでしょ? 逃げられでもしたわけ?」
「うっせぇな。色々事情があんだよ」
含みを持たせた言い方でフンと鼻を鳴らす俺だが、ルーのやつは深いため息をついてこう言いやがった。
「大体あなたのせいでしょ」
「うっせー!!!」