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賞金稼ぎは子守唄を歌う act10

がたんごとんとリズム良く鳴り続ける車輪の音。思わずウトウトしちゃうくらいに心地よい音なんだけど、生憎座席のすわり心地が悪くてお尻が痛くなってしまい、眠れる気にはなれないわ。隣にいるジンはんごー、なんてすごいイビキをかきながら寝ているけれど。そんな彼の寝顔をちらりと見た後、わたしは薄汚れた馬車の窓に顔を寄せた。ピクニックにピッタリないいお天気で、遠くのほうにきれいなお花畑なんかも見える。


「どうした?」

「え?」


しばらくじっと外を眺めていると、正面に座っていたネクロがそうっと問いかけてきたわ。問われた意味が分からなくて首を傾げると彼はふっと鼻を鳴らしてわたしの頭を撫でた。


「暗い顔をしているな」

「……そんなふうに見える?」

「ジンなら気がつかないだろうがな」


そう言ったネクロは、靴のつま先で軽くジンの足を蹴った。完全に熟睡しているジンはまったく起きる気配を見せず、「ふごっ」とナゾの言葉を吐いただけだ。わたしはふぅ、とため息をついて視線を床に落とした。


「……3日で、村に着くのよね」

「あぁ。順調にいけばもっと早くに着くだろうが」

「………………」


淡々とそう説明するネクロが、今はちょっとだけ恨めしい。

というのも、ようやく村に帰ってもとの生活を送れるっていうのに、わたしはちっとも嬉しい気持ちになれなかったから。最初はイヤで早く帰りたかったけれど、今はこの瞬間が一秒でも長く続けばいいと思ってる。めちゃくちゃでだらしないけどお兄ちゃんみたいなジンと、冷たそうに見えて実は色々なものを見てるネクロ。彼らと過ごした3日間はいつもドキドキして楽しかった。

……ほんのすこしだけ一緒にすごしただけなのに離れたくないって思ってしまったの。

そんなことをぐるぐると考えて目の奥が熱くなったわたしは、膝の上においていた手にぎゅっと力をこめる。もしわたしがもっと大人で、ジンやネクロが認めるくらいに強かったら仲間に入れてくれるかしら。毎日ばかなことして、楽しくて仕方ないって生活を送れる? 考えても仕方が無いことなのに、わたしはそう思わずには居られない。


「あの、ネクロ…………」

「あぁ、お客さん。こりゃいけねぇや。一雨来そうですぜ」


無意識にとんでもない言葉が飛び出しそうになった瞬間、馬車を動かしているおじさんがそう話しかけてきた。雨? さっきまであんなにいいお天気だったのに。おじさんの言葉に思わず窓の外を見やればさっきまでの天気はどこへやら、厚ぼったい灰色の雲が空を覆っていたわ。一雨……どころか嵐でも来そうな雰囲気。


「この季節は天気が変わりやすいからいけねぇや。お客さん、ウチの馬車は嵐ん中突っ切れる余裕はないんですわ。一旦引き返すか、それともここで降りるか選んでくれませんかねぇ」

「え、こ、ここで?」


そりゃ、さすがに嵐のなかを突っ切れとはいわないけどここで降りてくれっていうのはヒドイんじゃないかしら。それに戻るにしたって結構な距離を走ってきたはずだし。相変わらず高いびきをかいているジンはさておいて、わたしはネクロのほうを見上げたわ。


「仕方あるまい。一旦戻って天気が回復するのを待つしかないな。オレやジンならともかく、君を雨ざらしにするわけにもいかないだろう」

「…………」


そういって、ネクロはおじさんに一旦引き返す事を告げる。

いまのは絶対、わたしに気を使ってそういってくれたんだと思う。でもなんだか遠まわしに「足手まとい」って言われたみたいで、わたしはかなり落ち込んでしまう。昨日の晩みたいに流血沙汰が珍しくない二人にとっては嵐なんかなんてことない。でもわたしは家の中でじっとしている方法しか嵐をやり過ごす方法を知らないもの。

……あぁ、いけないいけない。考えがどんどんネガティブになっているわ!

暗くなっているであろう顔色を変えるべく、わたしは自分のほっぺたをぺちぺち叩いた。その間にも、天気はどんどん悪くなる一方でついに雨が降り出したわ。最初はしとしとと、でも次第に車の窓を叩くような激しい雨になっていく。風まで吹き始めて、車がちょっと左右に揺れ始める。


「ん……っ? あんだ、やけに揺れるな」


ゴウゴウと音を立て始めた外に、ようやく目を覚ましたっぽいジンが瞼を擦りながら起き上がってきた。


「嵐が来てるみたい。一旦引き返すらしいよ」

「マジかよー……まぁしゃーないわな」

「ちょ……っ、何してるの?」

「暇つぶし」


寝ぼけ眼なまま、ジンはわたしの髪を解いて色々と遊び始めた。いや暇なのは分かるけれど、そうグチャグチャにされちゃあ後で直すの大変なんだけど。思わずジト目で彼を睨むと、ジンはいたずらっ子のような笑みを浮かべて咳払いをした。


「んんっ、お客さん今日はどんな髪型にする? 俺的には出かけに会ったねーちゃんみたいな髪型似合うと思うが」

「は?」


どうやらジンは美容師さんごっこを始めたみたい。まぁ確かに、自分で言うのもあれだけどわたしの髪は長いからいじりがいがありそうだけど。ジンの問いに答えずに黙ったままでいると、彼はヒヒッと気味の悪い笑みを浮かべてわたしの髪の毛を逆立てた。


「きゃーっ! ちょ、やめてよ!!」

「あれ? うまくいかねーもんだな。こう、頭の上で鳥の巣みてぇにまとまってるヤツどうやってセットしてるんだろうな」

「あ、あれはちゃんと櫛とか油とか使って時間をかけてやるものよ!」


ちゃんとセットした髪型を「鳥の巣」なんて言ってのけるジンも相当失礼だけど、このままだとわたし本当に髪が鳥の巣みたいになっちゃう。しばらくぎゃーぎゃー騒ぎながら攻防を繰り広げていると、目の前にいたネクロが大きなため息をついてジンのオデコをベシッと叩いた。


「いでっ」

「うるさい」

「騒いでるの俺だけじゃねーだろ!」

「発端はお前だろうが。まったく―――エスカリーテ、こっち来い」

「え、あ、うん……」


赤くなったオデコを押さえるジンの横からわたしはネクロの隣へと移動した。でも、ネクロはわたしの両脇に自分の手を差し入れて自分の膝の上にすとんと落としたわ。まるで荷物を置き換えるみたいな動作だけど……って、


「ネネネ、ネクロ!? わたし、重いよ!?」

「まぁ羽のようにとは言わんが許容範囲だ。問題ない」


熱の集まった顔で慌てふためくわたしに対し、ネクロはいつもと同じ表情でそんなことを言い、懐から銀色に輝くなにかを取り出した。一瞬刃物かと思ってドキリとしてしまったけれど、それは高価そうな櫛だった。ジンに掻き回されてグチャグチャになったわたしの髪を、ネクロは手櫛でさっと整えたあとその櫛で梳き始める。わぁ、慣れた手つき……って、ネクロも髪長いから慣れてそうだもんね。ちょっといい気分になってしまい、わたしはすっかりご機嫌になった。


「へぇ~~。うまいもんだな」

「まぁな。いつも死体でやってるし」

「…………」


そうだ。ネクロってこんな人だった。

死体と一緒にされてすこしがっかりするわたし。それでもネクロは構わずに髪を整えてくれて、すっかり元通りにしてくれた。鏡がないから確認できないけれど、手で触ってみたかんじは、自分がやったときよりもすごく丁寧に仕上がっている。すごいわ、本物の美容師さんみたい。感心して、わたしは小さくお礼を述べようとしたんだけど―――


「っきゃあああ!?」

「なんだ!?」


突然、馬の甲高い鳴き声が響きわたったかと思えば乗っていた車がぐるんと一回転した! お世辞にも頑丈とはいえない車はそれだけで天井が外れてしまい、わたしたちは外へ投げ出される。ざぁざぁと滝のように叩きつける雨はとても冷たくて、わたしは投げ出されたショックよりもその冷たさに身震いしてしまった。


「いったた……どうなって―――」


打ち付けてしまった腰をさすりながら倒れた馬車のほうへ視線を向けると、泥水にまじってなにか赤黒い液体が地面を流れていた。それが血だと分かったのは、さっきまで元気よく歩いていたハズの馬が倒れていたから。馬はぴくぴくとけいれんしながら前足で数回宙を掻いて、やがて動かなくなる。そして、車の陰になっていて見えなかったけれど馬を御していたおじさんの物凄い悲鳴が。グチャ、という生々しい音は激しい雨にまじってはっきりと聞こえた。


「や、だ……!」

「エスカ、走れ!!」

「ジン!?」


恐怖で固まってしまうわたしのところに、血相を変えたジンが転がるような勢いで駆けつけてきたわ。意味が分からずに首を左右に振ることしかできないでいるわたしに、ジンはわたしの腕をぐいっと引っ張って駆け出した。


「ちょっ、どうしたのジン!」

「わっかんねーよ! だがあいつら、俺とネクロの首狙ってやがったからな。殺そうとしていたのは確実だぜ!」

「あいつら?」


その言葉に、わたしはジンに手を引かれながら思わず後ろを振り返ってしまう。灰色に染まった景色の中、壊れた馬車の近くには重たそうな鎧を着た兵士が5人ほど立っていた。うそ、さっきまでは誰も居なかったはずなのに! ぎょっとして思わず声を上げてしまうと、彼らはわたし達に気がついたのか追いかけてくる。重たそうな金属音が響くのに、彼らの走るスピードはジンとほぼ変わらなかった。


「ジン、やるぞ」

「しゃーねーな! てめぇら覚悟しやがれよ!!」

「きゃああああ!!」


後方からネクロさんの叫び声が聞こえたのと同時に、わたしはジンに突き飛ばされて脇の茂みへダイブした。そして、体勢を立て直す間もなく固い金属同士がぶつかり合う音が響きだしたわ。おそるおそる見てみると、ジンとネクロがお互いの背を合わせながら鎧の兵士たちを相手にしていた。


「タダで働くのは性に合わんな」

「ハハッ、違ぇねェ!」


そう言うやいなや、二人はぱっと走り出して鎧の兵士たちに向かっていったわ。兵士たちは大きな武器を構えて彼らを迎え撃つんだけど……一人、また一人と地面に倒れていく。ネクロがすばやく手を振ったかと思えば次の瞬間一人の兵士が絶叫をあげて倒れていくし、ジンがパンチや蹴りを混ぜつつ銃を撃ち込むと兵士は次々にやられていった。正直、素人目にはナニをしているのかさっぱり分からなかったわ。

そうやってわたしが息を飲んでいる間に次々と兵士たちは倒れていき、気がつけばジン達を除いた全員が地面に倒れていた。すごい……本当にジン達って強いんだ。


「ハァ、ハァ……ったく、お陰で一張羅が台無しじゃねーかよ」


泥水まみれになった服を嫌そうに摘みながら、ジンは近くに倒れていた兵士の頭を軽く蹴った。う、と小さなうめき声が聞こえてきた瞬間、ジンは兵士の兜を取り上げてじろりと彼を睨みつける。兜の中身はつるりと禿げ上がった頭があって、遠くからだからよく見えないけど、何だかいびつに歪んでいるように見えるわ。ジンもその顔を見た瞬間表情を少し固くしたけれど、チッと舌打ちをして銃を構えた。


「オイ、誰の差し金だ? いわねーとちょいとばかり風通しのいい頭になるぜ」


そういうや否や、ジンは自分の銃を兵士の頭に突きつける。怖くなってしまったわたしは、思わずネクロの後ろへ走りよって隠れてしまうけれどジンはかまわず兵士に詰め寄った。


「今時流行りもしねぇ古風な鎧着込んでるところを見ると、頭の固い金持ちが雇い主ってとこか? しかもこんな足場サイアクな場所を選んで戦うとか、自爆するにもホドがあるだろーが」

「………………」

「あ? なんとか言えよオラ」


何も言おうとしない兵士にカチンときたのか、ジンの語気が荒くなる。ともすれば本当に兵士の頭を撃ちぬいてしまいそうな雰囲気にわたしまで緊張してしまうけど、「大丈夫だ」とネクロの声が聞こえたからちょっと安心する。

でも、あの兵士大丈夫なのかしら……こういう状態だからもっと慌ててもいいはずなのに、さっきからずっと無表情でこちらを見ている。冷静……とはちょっと違うみたい。まるで、最初から感情が無かったような感じさえするもの。


「おい、聞いてんのか! ったく、マジでブチ抜くぞ……」


何も答えようとしない兵士を乱暴に突き放すジン。ぐしゃ、と重たい音が響き兵士の身体が力なく横たわった。それだけ―――のはずだったわ。


「!?」


音も、気配も、なにもなかった。

それでも、ジンのお腹には異様に伸びた兵士の腕が突き刺さっていた。


「ぐぅっ!!?」

「ジン!」


なおもジンのお腹のなかへもぐりこもうとする腕を、ジンは強引に引き剥がして距離をとった。その直後ネクロが槍で兵士の腕を切り裂き、とどめをさしたわ。生生しい音が兵士の身体から聞こえてきたけれど、そんなのが気にならないくらい、わたしは動揺してしまう。


「ジン、ジン!!」

「ぐ、ぁ……ンの野郎…………」


強がったままその場で蹲ってしまうジンに、わたしは急いで駆け寄ってジンのお腹を見た。赤黒い血がどくどくと溢れ出し、雨に混じって地面に落ちていく。急いで持っていたハンカチでジンのお腹の傷に当てるんだけど、ハンカチは一瞬で血に染まってしまう。


「ネクロ、どうしようジンが―――!」

「油断してるからそうなるんだ、バカめ」


ひどく冷たい声でそう言い放つネクロだけど、彼は着ていた上着を急いで脱ぎ捨ててジンの傷口を縛ったわ。いでで、なんてこの場に似つかわしくないジンの声が聞こえたけど、その声は強がりにしか聞こえない。ネクロはものすごく面倒くさそうにため息をつき、彼を支え起こした。


「……歩けるか?」

「まぁな……あー痛ぇ、マジ痛い。なんだよあの兵士。いきなり腕伸びるとか卑怯だろーがよ……」

「ケガをしても煩い男だな、本当に。とにかく、兵士どもがまたいつ襲ってくるかも分からん。移動するぞ、エスカリーテ」

「は、はいっ」


あまりの事態に思わず上ずった声で返事をしてしまうわたし。苦しそうな息遣いでネクロにもたれるジンを、わたしもどうにか支えてあげたいと思い横に並んで彼の手を掴んだ。皮手袋をはめた手はじっとりと血と汗でにじんでいた。


「(ジン……)」


泣きそうになるのをどうにか堪えながらしばらく歩くと、色々な種類の木が生えた森へたどり着いたわ。雨が降っているせいもあるけれど、とても暗くて不気味な場所。足場もぬかるんでいて歩きにくいし。なんとか転ばないようについていくと、大きな崖に突き当たった。崖はたくさんの岩が折り重なるように出来ていて、ちょうど目の前には岩の隙間が見える。大人が5,6人入っても大丈夫そうな広い場所よ。


「ふむ、とりあえずここでいいだろう。おい死に損ない、手当てしてやるから今のうちに気合入れとけ」

「へ~い……」

「エスカリーテ、手伝ってくれるか?」

「勿論よ! なんでも言って頂戴!」


自分の胸をどんと叩いて元気よく返事をすると、ネクロはふっとやわらかく微笑んで岩の隙間……洞窟のなかへと進んでいった。自分もゆっくり着いていくけど、中は意外に乾燥していたわ。外はひどい雨だというのに中は快適だし。ネクロは手頃な場所にジンを寝かせ、自分の腰の辺りにくくり付けていた薄っぺらい黒い革でできた袋? を取り出して地面に置いた。じゃら、と音を立ててそこから現れたのは、お医者様が手術なんかで使っていそうな刃物たち。


「うっわ、もしかしてお前コレで死体解剖とかしてんの?」


自分の真横に置かれたその刃物たちを見て、ジンは若干引いた感じでそう呟く。


「お前の前で披露することになるとは夢にも思わなかったがな。エスカリーテ、こいつの荷物探って火を熾してくれ」

「うん! ……でも、火を熾しても大丈夫?」

「まぁバレたらバレたで、返り討ちにすればいい」

「わ、わかったわ」


いつもと変わらない調子でそう言ってのけるネクロ。うん、本当にあの鎧兵士たちが襲ってきてもネクロなら全員返り討ちにしちゃいそうね。

わたしは額からこぼれる雨水を手の甲で拭い、ジンの荷物を探って火を熾すものを探したわ。大抵が銃関係のもので、なぜか隙間にお菓子なんかが隠されていたけど。しばらくごそごそと漁っていると、マッチを発見! 内側のほうのポケットにあったからしけっていないし、これなら使えそうだわ。薪は―――洞窟のなかに落ちていた枯れ木が使えそうね。急いで火を熾す準備をしていると、後ろでネクロがぽつりと呟いた言葉が耳に入ったわ。


「湯や清潔な布なんかもあればいいんだが……それは無理か」

「お湯……?」

「一応殺菌してやらないと、破傷風にでもなりかねんからな」

「火は大丈夫だとして……お湯は溜めるものが必要よね。あ、そうだ! あの馬車!!」


ぴんと閃いたわたしは思わず自分の手を叩いたわ。あの馬車のおじさん、車に旅用の大きなカバンを積んでいたの。あの中には絶対役に立ちそうなものが入っているはず。もしかしたら包帯なんかもかもしれないわ。

わたしは急いで立ち上がり、外に向かって走り出したわ。


「待て、どこへいく?」

「あの馬車、役に立ちそうな荷物を積んでいたはずよ! 亡くなった人のものを漁るのは気が引けるけど―――そんなこといってる場合じゃないし」

「しかし、いつあの兵士どもが襲ってくるかも分からん。死にたくなければ、オレたちのそばを離れるな」

「死にたくないけど、ジンが死んじゃうのはもっとイヤよ!」


我ながら勇ましい声で思わず怒鳴ってしまったけれど、本当は身体が寒さとは違う意味で震えている。でも、ここで怖気づいている時間はないもの。そんなわたしの態度を見てか、ネクロは珍しく真剣な顔で「しかし……」と呟く。

その時。ネクロさんの言葉を待たず飛び出そうとするわたしの腕に、弱弱しい力で縋りつく手が見えたわ。


「エスカ、これ持っていけ」

「ジン……?」


額から脂汗を流しながら、ジンは自分の懐から小さな銃を出してわたしに渡してきたわ。いつもジンが使う大きなものじゃなくて、わたしの手のひらにも納まってしまうような小さな銃。でも、見た目とは違ってすごく重かった。


「使わねぇに越したことはねーけど……もしもの場合は躊躇するな」

「……うん」


いつものおちゃらけた顔じゃなく、真剣な光を湛えた紫色の目がわたしをじっと見つめていた。わたしは重く頷いて貸してもらった銃を抱きしめる。オモチャみたいな見た目の銃だけど、簡単に人の命を奪えるものだということは痛いほど分かった。


「いいか。使うのはあくまでも相手を牽制するためだけだ。その歳で人殺しになんぞならなくていい。だが、もしもの時は―――じっくり狙いを定めて、ここを降ろす。あとは引き金を引くだけだ。狙うなら目の辺りにしとけ。分かったか」

「うん」


荒い息をつきながら、簡単に銃の使い方を説明するジン。わたしはジンに言われたことをしっかりと頭に焼付け、こくりと小さく頷く。


「上等だ…………いいか、何度も言うがそれを使う時は最悪のパターンの時だけだ。だが、使っちまっても重く考えるな。それはもう人じゃねぇ。ただの『モノ』だ」

「―――分かったわ」


たぶん、ジンはわたしを気遣ってそんなふうに厳しい物言いをしているんだろう。いくら命を守るものとはいえ、撃つ時に躊躇していたら何の意味もないんだから。

覚悟を決めて、わたしはすぐに洞窟を出て走り出した。雨足はさっきよりも収まってきたけれど、走りながらだと目に雨粒がたくさん入って見えにくい。でも、立ち止まっている時間はないわ。


「(ジン……!)」


幸い洞窟から馬車のあるところまではそんなに距離はなく、すぐに見つけることができた。でも、馬車のまわりの地面には真新しい足跡がいくつも刻まれていたわ。ネクロの思ったとおり、新しい追っ手がわたし達を探しているのかもしれない。油断をせず、わたしはおじさんの荷物を漁って必要なものを探した。保存食に、金属製のボウルのようなもの。それから雨に濡れて湿っているきれいな布を見つけた。これだけあれば十分だわ。わたしはそれを抱えて、再び森に向かって走り出す。


「…………?」


森へ入る途中、何かの気配を感じて思わず振り返るわたし。追っ手の兵士かとも思ったけれど、何の音もしない。きっと動物か何かだわ。これだけ大きな森だもの、大小さまざまな動物がいたっておかしくない。わたしは布に巻いてある銃をぎゅっと抱きしめなおし、なるべく静かにその場を後にした。



*** *** ***



どのくらいの時間が経っただろう。

雨はもうすっかり止んでいて、空にはきれいな月が浮かんでいた。洞窟の中はオレンジ色の光に照らされて明るいけれど、森は目の前さえ見えないくらいに暗い。わたしはその光を絶やさないように、乾かした枝を焚き火の根元においていく。と、そこへジャリジャリという足音が聞こえてきた。


「……疲れた」

「ネクロ、お疲れ様。ジンの具合はどう?」


深く重いため息をつきながら焚き火の傍に腰を下ろしたネクロは、血のにじんだ白い手袋を脱ぎ捨ててわたしのほうへ向きなおった。言葉の割に、彼の青色の瞳は決して暗くなくて、むしろ面白そうな目をさせてたわ。


「麻酔なしの縫合はさぞ辛かっただろうな。まぁしばらく大人しくしていれば問題ないだろう」

「うわぁ……聞いただけで痛くなってくる」

「途中で意識を失う程度には痛いだろうな。しかし―――くくっ、あの怯えきった表情はいいな。もっと傷口を広げてやろうと思ったくらいだ」

「…………」


まるでお話のなかの悪役みたいな悪い笑みを浮かべたネクロ。うん、実際何度もジンのうめき声……というか悲鳴が聞こえてきたけど、ネクロったら不機嫌になるどころかどんどん機嫌よくなっていったしね。確かリサがこういう人を「ドS」って言ってた気がする。外見は絵本の王子様みたいなのに、中身はとことん真っ黒だわ。

ひとしきり黒い笑みを浮かべたあと、ネクロは脱ぎ捨ててあった上着(ジンの血だらけだけど)を羽織って立ち上がった。


「少し周りの様子を見てくる」

「え……もう少し休んだほうがいいんじゃ? 見回りくらいならわたしが」


立ち上がったネクロの服の裾を掴んでそう告げるわたし。でもネクロはハァと深いため息をついた。


「はっきり言うと足手まといだ」

「うっ」


そう告げられ、言葉に詰まったわたしを面白そうに眺めたあとネクロはすたすたと洞窟の外へいってしまったわ。そう、よね。今外なんか不用意にウロウロしてたら襲ってくださいと言っているようなものだもの。


「(つくづくわたしってお荷物ね……)」


ネクロが言ってしまった洞窟の出口を眺めながら、わたしはさっきのネクロよりも大きなため息をついたわ。

そもそも、こうなってしまったのもわたしを村まで送り届けてくれることが原因だし。わたしさえいなければ、ジンが大怪我をすることもネクロが無理をして見張りをすることもなかった。

―――せめてわたしに戦えるだけの力があったなら。今はあのマヌケな強盗たちでさえ羨ましく思えるわ。

暗い考えに陥ってどんどんネガティブになるわたし。情けないやら悔しいやらで、何度目か分からないため息をつこうとした、その時。


「う、ぅわああああああ!!?」

「ひゃあああ!?」


突然、わたしの背後から物凄い声量の悲鳴が響いたわ! ビックリして心臓が止まるかと思ったくらいよ!

ドキドキと鼓動を繰り返す心臓を押さえながら、声を張り上げた張本人を見やるわたし。彼―――ジンは、顔中に汗をびっしょりとかきながら肩で息を切らしていた。


「だ、だいじょぶジン……?」

「あ―――あぁ、なんだエスカか。クソッ、ネクロに生きたまま解剖される悪夢を見ちまったぜ。あー気持ち悪ィ」

「………………」


盛大に舌打ちをして自分の頭をがしがし掻き回すジン。よっぽどイヤな夢だったらしく、しばらく「うぇ~」だの「キモイ」だの唱え続けていた。ここでわたしが「ネクロが本気でジンを解剖しようとしていた」なんて言ったら、きっと傷のことも忘れて暴れまわるに違いないわ。


「……ネクロはどこいった?」

「見回りに行ったわ。さ、ジンはもう少し横になって。あんなに大声出したら傷に障るわよ?」


放っておくとそのまま歩き出しそうなジンの肩を掴み、無理やりその場に横たえるわたし。子供でも、ケガ人のジンを寝かせる力くらいはあるわ。ジンは不満そうな顔をさせたけれど、大人しくその場に寝転んだ。


「お前はケガとかしてねーか?」

「え? あぁへっちゃらよ。戻ってくる時にちょっぴり草で切ったけどね」


手足がむき出しになるワンピースが災いして、擦り傷や切り傷が結構できちゃったけれど、ジンに比べたら無傷に等しいわ。そう告げると、ジンはどことなくほっとした様子で「そうか」と頷いた。


「……お前には2度も助けられたな。はっ、情けないことこの上ない賞金稼ぎだぜ……」

「気にしないでよ。困った時はお互い様だし、わたしもジン達に何度も助けられたわ」


珍しく気弱なセリフを吐くジンに、わたしは首を左右に振って否定する。だけどジンは納得してない様子で「重みが違ェよ」なんて不貞腐れちゃったわ。この様子じゃわたしがいくら否定してもダメっぽい。わたしはジンの横に移動して、話題を変えるべく質問をすることにした。


「そもそも、どうしてジンは賞金稼ぎなんかしてるの?」

「あぁ……? なんだ、そんなことか。俺は一つのところに留まってるの苦手だったからブラブラとあちこち行っていたら、いつのまにかなっちまっただけだよ。でも、暴れられるし、そこそこいい金が入るからな。なりたくてなったわけじゃねーけど、俺にはこの職業が性に合ってる」


まぁ、大体そんなところだろうとは思ったわ。だって賞金稼ぎって収入は不安定だし強くないとなれないし、おまけに常に命の危険にさらされてるわけだし。

わたしが納得してウンウン頷いていると、ジンがちょっぴり真剣な顔をさせて「でも」と呟いた。


「アイツを拾ってからは、ちったぁ楽しくなったな」

「拾った……? もしかして、ネクロのこと?」

「あぁ、そうだ。だがよー、もうかれこれ3年はコンビ組んでやってるけど、自分の素性や名前すら明かさないんだぜアイツ。冷たいっつーか、なんつーか」

「え、じゃあネクロっていう名前は……」

「俺が勝手につけた。屍姦癖<ネクロフィリア>のネクロ。イイ名前だろう、分かりやすくて」


そういってイタズラっこみたいに微笑むジン。いや、そりゃ分かりやすいといえば分かりやすいでしょうけど、いい意味じゃないわよねそれ。

もっと素敵な名前を考えてあげれば良かったのに、と告げればジンはあくどい笑みを浮かべて「ヤだね」と答えたわ。まぁ……呼ばれている本人がイヤがっていないんならそれでいいのかもしれないけれど。


「出てくる言葉が棘だらけなのが気にくわねーけど、自分のことペラペラ喋り倒すヤツよりかはよっぽど気楽でいい」

「ふーん……なんだか、ちょっと羨ましいかも。何だかんだ言って貴方たちすごく仲いいじゃない」

「うぇ、やめてくれ気色悪い。あんな倒錯趣味を持ったヤツと友達になんかなりたかねーや」


思いっきり顔を顰めて嫌がるジンだけど、わたしから見れば二人は十分に気の合った仲間だと思うな。二人とも、普段は言いたい放題言ってケンカばっかしているけど、いざって時はさっきみたいに息の合った戦い方をするし。いつも周りに気を使いながら暮らしていたわたしにとって、二人はとてもまぶしい存在だったわ。


「……喋りすぎたな。俺ぁもう一回寝る。ネクロが帰ってきたら起こしてくれ」

「分かったわ。おやすみジン」

「あぁ。お休み」


わたしの頭をぽんっと軽く叩いたあと、ジンは数秒で寝入ってしまったわ。またネクロに解剖されちゃうような悪夢を見なきゃいいんだけど。

わたしは近くに置いてあったジンの上着を彼の胸の辺りにかけておく。冷やしたら大変だものね。それにしても、ジンったら本当に寝入りが良いのね。

まるで子供のようなあどけない顔で眠るジンをしばらく見つめたあと、わたしは焚き火に使う枯れ枝を捜したわ。でも、洞窟の中にはもう使えそうなものが見当たらない。だったら、ちょっとだけ外に出て枝を捜してこよう。濡れていてすぐには使えないだろうけど、焚き火の近くに置いて乾かしておけばいいし……


「―――!?」


なるべく物音を立てずに洞窟の入り口へ移動した、その時。

わたしの目の前にはあのナタ男が立ちはだかっていた。いつからそこにいたのか、夜露に濡れたナタが鈍い銀色の光を放っており、表情のない顔はじっとわたしを見つめていた。昨日出会ったときのように、身体にはいくつもの血が点々とこびりついていて、口の周りも血でべとべとになっていたわ。


「(逃げなきゃ……でも、中に入ったらジンが……!)」


恐怖で真っ白になっていく頭に、傷を負ったジンの姿が浮かんだ。今この男を中に入れるわけにはいかない。ネクロもいないいま、ジンを守れるのはわたしだけなんだから。


ずっとずっと守られっぱなしじゃ、いけない……!


わたしを見下ろしたまま動かないナタ男に、わたしはゆっくりと右へ動いて、そして洞窟から遠ざかるように走り出す! ナタ男はゆっくりとこちらのほうへ振り向くと、あの夜と同じようにわたしを追いかけてきた。


そして、わたしは―――

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