黄昏の恋の行方
覆面企画用に書きました。全面的に甘ったるいのは、そのためです。
うまく正体を隠せたかは、まだこの時点では(予約投稿ですので)わかりません。
よろしくお願いします。
「僕と結婚してくれ」
腐れ縁の男に遂にプロポーズされた。
背が高くて鼻も高くて眉毛もきりり。
きっちりと七:三に分けた実直そうな髪型。
一般的な分類だと高い確率で美男子だろう。でもあたしは実にあっさりと、
「無理」
と答えた。
当然のことながら男は目が点になり茫然自失、今にもビルの屋上から飛び降り自殺しそうな顔色になった。
「どうして? 僕達はずっと付き合って来たんじゃなかったのか? あれは嘘だったのか?」
男は涙ぐんでいた。こいつは本物の馬鹿。あたしは思った。
「結婚してくれって言われてもさ、あたしらまだ中学生だし」
朝早く起きて苦労して三つ編みにした髪を指でくるくるしながら言う。
「でも、澄香……」
澄香と言うのはあたしの名前。
ついでに言うと名字は金井。
それであたしにプロポーズした馬鹿男の名は金井睦美。
名字は同じだが、親戚でも何でもない全くの赤の他人だ。
名字が同じせいであたし達はよくクラスのあほ男子どもにからかわれた。
「二人は夫婦?」
中坊辺りが思いつきそうな下らない話。
もちろんあたしはいっさい無視していたが、睦美のあほはそれにいちいち反応した。
「ち、違うよ、澄香さんとは名字が同じだけで何でもないんだよ」
だから余計からかわれた。
それがわからないあほなのだ。
小さい頃はもう少しかっこ良かったんだけどね。
どうしてあんなになってしまったのか。
「確かにあんたのことは好きだった時期もあるよ。でもそれは幼稚園の時じゃん! いつまでそんな大昔のことを引きずっているのよ、あんたは? それはもう終わったことだから」
いじいじした男は一番嫌い。
童話や昔話を読んで本気で王子様やお姫様になろうと思っていた頃から一歩も前に進んでいないの?
「澄香……」
睦美は今にも泣き出しそうな顔。
決壊寸前のダム並みに危険。でも同情はしない。
「とにかく今はまだ中学生なんだし、どっちにしても結婚はできないし!」
あたしはもう相手にするのが面倒臭くなり、歩き出した。
ついて来たら怒鳴りつけてやろうと思ったが、振り返ると睦美は姿を消していた。
(まさか本当に自殺?)
まさかね。あいつにそれほどの行動力はない。
断じてない。絶対ない。決してない。
そう思えば思うほど睦美のことが気になる。
あいつのことがこんなに心配だと思ったの生まれて初めてかも知れない。
「あたしってお人好しね」
自分に呆れながら睦美を探した。
あいつはそれほど足は速くないし、あたしが後を追って来るなんて思わないだろうから、隠れるとかの高等技術も使わないだろう。
でもあいつの姿はどこにもなかった。
「睦美?」
名前を読んでみた。しかし返事はない。
何となく腹が立って来る。
「馬鹿野郎」
誰に向かってと言うわけでもなく叫び、家に向かう。
(無駄な時間過ごした)
溜息を吐いた。
見上げると、いつの間にかすっかり秋の空で鰯雲が流れている。
西の空は茜色。もうすぐ日が暮れる。
要するに昔の言葉で言うところの「黄昏時」。
またふと睦美のことが頭をよぎる。
「考え過ぎ」
睦美の顔のイメージを頭の中から追い出して路地を曲がった。
「そこな娘」
背中の方から妙に甲高い声が聞こえる。
しかしあたしを呼んでいるとは思わずそのまま歩く。
「おぬしのことじゃ、あほう!」
いきなり何かで頭をどつかれた。
「いったああ!」
涙目になりながら振り向く。するとそこには誰もいない。
「何?」
意味がわからずにきょろきょろしていると、
「下じゃ、下」
と足元から声がする。
「は?」
足元を見ると、そこには顔も着ている麻のような素材のこげ茶色のローブもしわだらけの小さなおじいさんが木の杖を持って立っていた。
髪は白く、くしゃくしゃで肩まで伸びている。
顎の髭も白くて胸まである。
身長はどう見ても十五センチメートルくらいしかない。
その時はよく考える時間がなかったのだが、後で冷静になって思い出すと、何とも言えない恐怖体験だと気づかされる。
「何?」
思わず一歩退いて尋ねた。
その小さいおじいさんはにやっと顔のしわを倍にして笑い、
「わしの名はシカム。おぬしとは違う世界の住人じゃ」
「そう。ではごきげんよう」
関わらないのが正解と瞬時に判断してその場を立ち去ろうとした。
するとそのおじいさんは、
「おぬしの知り合いがどこにいるか知りたくはないか?」
「え?」
思わず振り向いてしまう。
もしかして睦美のこと?
「どうじゃ、気になるじゃろう? 好き合った者同士……」
おじいさんの言葉が終わらないうちにあたしは素早く身を屈め、おじいさんの頭を人差し指で突いた。
「何をするんじゃ、たわけ者が! 目上の者の頭を叩くとは!」
「誰が好き合った者同士だ、このぼけじじい!」
ぐんと立ち上がり、怒りに任せて怒鳴った。
おじいさんはそれでも、
「では違うと申すか? あの者のことは好きではないと?」
「うう……」
つい身じろいでしまった。
何でこのじじい、あたしにプレッシャーをかけて来るの?
さっきは睦美に向かって「もう終わったこと」と大見得を切ったのだが本当は違う。
親友の矢吹みそのが睦美のことを好きだと知ってから、何だかおかしいのだ。
睦美を好きでいてはいけないとどこかで思い始めた。
みそのとの友情を壊したくないから、自分の気持ちに嘘をつく。
何とも馬鹿馬鹿しいことだ。
するとおじいさんはそのあたしの心を見透かすかのように、
「おぬしはあの男のことが好きなのじゃろう? 自分に嘘をついて何とするのじゃ? 正直に生きよ」
「おじいちゃんに関係ないでしょ!」
またぷいと顔を背けて歩き出した。
「わかった。仕方がない。では、もう一人のおなごのところに参るとするか」
「え?」
またしても振り向いてしまう。
おじいさんはそれを読んでいたかのようににやりとした。そのどや顔が何だかむかつく。
「おぬし、そのおなごが男のことを好いておるのを存じておるのだな? だから慌てた」
「……」
本当に踏み潰してやりたくなるくらい憎らしいじじい! でもそのとおりなのだから情けない。
「どうすればいいのよ?」
口を尖らせて投げやりな態度で言い放つ。
おじいさんは優しい笑顔になって、
「わしとともに我が国に参れ。おぬしの思い人はそこにおる」
殴りそうになる衝動を何とかおさえ、あたしは尋ねた。
「おじいちゃんについて行けば、睦美に会えるのね?」
するとおじいさんは何故か首をかしげて、
「うーん、そうだと良いが」
「はあ?」
また殴りたくなる。
何なんだ、このじじいは?
「おぬしが下らぬことを申しているうちに、あやつの気配を追えなくなってしもうた。今はどこにおるのかわからん」
「あんたねえ!」
襟首をねじあげたいところだが、小さ過ぎて無理だ。
「とにかくわしと一緒に参れ。我が国の女王陛下であれば、おぬしの思い人がどこにおるかおわかりになるであろう」
おじいさんは危険を察知したのか、あたしから離れてから言った。
「信用できない」
あたしは拒否した。
初対面の怪しいじいさんにはいそうですかとのこのこついて行くほどお人好しではない。
「ほう。なるほどな。見た目よりは頭が切れるおなごよ」
「うるさいな!」
いちいち癪に障ることを言うじいさん。
「では、どうすればわしを信じてくれるかの?」
じいさんはあたしをにやにやしながら見上げる。
一瞬その顔にぞっとしたが、
「あ、あたしの服をお姫様みたいなドレスにしてくれたら信じてあげる」
我ながらあほくさいことを言ったと思ったが、いずれにしてもじいさんにそんなことができるはずがないので、それでこの馬鹿馬鹿しい会話に終止符を打てる。
別にかまわない。
「何じゃ、そんなことで良いのか?」
「え?」
あたしはそんな答えが返ってくるとは思わなかったので、じいさんに背を向けていた。
「本当に?」
またまた振り向いてしまうあたし。
その時自分の服がきらきらしているのに気づいた。
「うわ!」
よく見ると私はきらびやかな純白のドレスを着ていた。
全体的にスパンコールが入っていて目が眩みそうなもの。ついでに髪にはティアラが載っている。
本当にお姫様のような格好に変わっていた。
だが、客観的に自分の姿を想像してみると、かなり危ない人。テレビカメラもないし。
「それで良いか?」
おじいさんはにやりとして得意そう。
で、何者? 魔法使い? 妖精? 妖怪?
「これでわしを信用してくれるかな?」
「え、ええ」
条件をクリアしたからには信用せざるを得ない。
もっと難しいことを言えば良かったな。
「では参ろうか、金井澄香よ」
「は、はい」
どうしてあたしの名前を知ってるの?
そう尋ねたかったが、何故かあたしは気を失ってしまった。
どれほどの時が経ったのだろう?
あたしは目を覚ました。
ふと気づくと、服は中学の制服に戻っていた。
周囲を見るとそこは大広間。
遥か彼方に金ぴかの椅子があり、そこに女性が座っているのが見えた。
多分、じいさんが言っていた女王様だろう。
遠目でわかりにくいが、顔に比して大きな目をしている。奇麗な人のようだ。
それに長いブロンドの巻き毛に首が折れそうなくらい大きな冠を戴いている。
さっき私が着せてもらったドレスの何倍も豪華なお召し物。さすが女王様ということか。
「目が覚めましたか、澄香。わらわがこの黄昏の国の女王レガソタです」
ずっと遠くにいるのに声がやけに近くで聞こえる。
随分大きな声の人だと思い、起き上がる。
「気をつけなさい、澄香。天井にぶつかりますよ」
レガソタ女王が言った。
「いやいや、あたしはそれほど大きくないですから」
あたしは苦笑いをしながら、立ち上がった。
ごきっと何かが当たる。
「え?」
ふとそちらに目をやると、あたしは天井すれすれまで背が伸びていた。
「何?どういう事?」
すると女王様が、
「だから申したではないか! そなたはこの国の住人ではないのだ! 動く時は気をつけよ」
と怒鳴る。
下を見ると、女王様はあたしのすぐそばに座っているのがわかった。
てことは?
「ここは別の世界。そなたのからだはわが国の人間の十倍ほどあるのです」
「えええ?」
驚いて大声を出した。
すると城全体が揺れてしまった。
女王様は耳を塞いで、
「大きな声を出すでない! そなたはわが国ではモンスターと同じ。静かにしてほしい」
「モンスター……」
その言葉は中学生女子にはきつい。
ブスとか言われるよりへこむ。
「わかりました、女王様」
あたしは周囲の物を壊さないように慎重に動き、正座した。
「思い人を探しに参ったそうですね?」
女王様が微笑んで尋ねる。
もうどうでもよくなったあたしは、
「はい」
と答えた。
「その思い人は真昼の国におります」
「真昼の国ですか?」
ここは黄昏の国。
睦美がいるのは真昼の国。
ファンタジー全開なネーミングだ。
「はい」
女王様はにこにこしている。
何だか嫌な予感がする。
もしかして、その国はもの凄く遠かったりとかするのかな?
「その国はどこにあるのですか?」
私は恐る恐る尋ねた。
「わが国のとなりです。ここからであれば、馬車で半時ほどです」
「馬車で半時?」
よくわからない。
どれくらいかかるのだろう?
すると女王様は、
「ですが、そなたであれば数十歩でたどり着けましょう」
その言い方も何だか嫌だ。
自分が化け物みたいで落ち込む。
「但し」
「え?」
女王様の微笑みが顔から消えた。
「今は我が国と真昼の国は往来ができないのです。魔王が築きし壁によって」
「魔王?壁?」
さらにファンタジー。
どういうことだろう?
「神に追放された神官が邪な術を覚え、魔王を名乗りました。その者は天を操る術を使い、我が国と真昼の国の間に巨大な壁を築いてしまったのです」
女王様は深刻な顔で語ってくれているが、どうにも意味がよくわからない。
「その壁のせいで真昼の国は一日中真昼、黄昏の国は一日中黄昏になってしまったのです」
「なるほど」
想像しにくいが、とても困ったことになっているのは理解できた。
「城の外に出てごらんなさい、澄香。我が国の空は一日中茜色なのです」
女王様に言われて、私は身をかがめると大広間から廊下に出て、そのままほふく前進の要領で城の外に出た。
「本当だ」
空は夕焼けで赤くなっている。
しかし反対の空を見ると、真っ黒になっていた。
夜ではない。星は見えないから。ただ黒い。
とても不気味。その壁はずっと上まで続いていて、果てが見えない。
「あれが魔王の壁です。あの壁のせいで我が国は……」
女王様が声をつまらせた。
「我が国はまだ良い。真昼の国は一日中照りつける日差しのせいで作物が枯れ、水は干上がり、人々は飢え苦しんでおります」
女王様は涙を拭って語る。あたしも何だかうるっと来た。
「お隣の様子がわかるのはどうしてなんですか?」
疑問をぶつけてみた。すると女王様は、
「壁のそばまで行けば話はできるのです。中には真昼の国と黄昏の国で離れ離れになってしまった親子、夫婦や兄弟もおります」
何だかどこかで聞いたことがあるような状況。
「あの壁の向こうに睦美が……」
もう会えないような気がして来て、すごく悲しくなった。
「澄香、頼みがあります」
あたしは膝を着いて女王様に顔を近づけた。女王様は少しぎょっとしたよう。
「何でしょうか?」
答えは想像がつくが、一応聞いてみた。
「そなたのその力であの魔王の壁を破り、二つの国を救ってくれまいか?」
女王様は悲しそうな目であたしを見る。以前ペットショップで見たチワワの目に似ているなんて、絶対に言えないけど。
「わかりました。あたしも睦美に会いたいので、やってみます」
「そうですか。そなた達に祝福のあらんことを」
女王様は不思議な動作をした。
もしかすると、それは宗教的な意味があったのかも知れない。
こうして、あたしは魔王の壁を壊すために出かけることになった。
「そなたにシカムを遣わします。わからぬことがあれば、何でもお聞きなさい」
女王様は言った。さっきの小憎らしいじいさんがまたあたしの前に現れた。
「では参ろうかの、澄香」
「はい、おじいちゃん」
まるで巨大ロボットにでもなった気分。
たくさんの兵士と市民の見守る中、城を出て魔王の壁を目指す。
あたしはそっと歩いているつもりなのだが、足を下ろすたびにそばにいる人達が倒れるのは、コントを見せられているようで切なかった。
「澄香」
城からしばらく進んだ辺りで、小さな馬に乗ったシカムじいさんが話しかけて来た。
「何?」
前を向いたままで尋ねる。
するとじいさんは、
「おぬしの世界のおなごは皆そのような服を着ておるのか?」
「みんなじゃないけど、あたし達は学校に行ってるからね。これは制服なの」
あたしはちらっとじいさんを見た。
「そうか。しかし不思議な服じゃのう。尻に何かの顔が書かれておるぞ」
光速で反応した。
「どこ見てんのよ、すけべじじい!」
スカートを押さえ、じいさんを睨みつける。
しまった、今日はくまさんパンツはいてた、とか思っている場合ではない。
「何を言っておる? すけべとは何じゃ?」
じいさんはきょとんとしている。
ああ、そうか、この世界には「パンチラ」とか「スカートめくり」とかは存在しないのか。
市民の中に女性もいたけど、誰もスカートはいてなかったしな。
「何でもない。気にしないで」
苦笑いして前を見た。
そんなつもりはないと言っても、あの背丈だとどうしても丸見えなわけだから……。
あきらめるしかないか。でも何となく手でスカートを押さえてしまう。
そんなことをしているうちに、あたし達は壁の前に着いた。
遠くで見るのより圧迫感がある。
こりゃ、ベルリンの何とかよりすごいわ。何せ果てが見えないんだもん。
「伝令兵が先発して、壁の近くにいないように伝えてある。思う存分叩き壊してくれ」
じいさんの言葉にかちんと来たあたしは、
「おりゃああ!」
と黒い壁を殴った。
痛くはないがじんじん痺れる。
ぐおおおんと振動が伝わり、壁が大揺れする。
空全体が動いたような錯覚に囚われる。しかし崩れる様子はない。
「もっと強く叩くのだ、澄香」
「わかった!」
さらに殴る。
しかし壁は崩れない。手の痺れが強くなった。
「澄香、おぬし、本当に思い人に会いたいと思っておるのか?」
じいさんが嫌なことを思い出させてくれた。
睦美の間抜け面がイメージされるのを必死に消す。
「本当に思い人に会いたいと思わぬと、決してその壁は突き破れんぞ」
じいさんの嫌味な言葉は続く。
「うるさいなあ!」
いらついたあたしは今度は壁を蹴った。
しかし、壁は揺れることはあっても崩れはしない。
「無駄じゃ。やめよ、澄香。おぬしから本気を感じぬ。それ以上続けても仕方がない」
むかついてじいさんを睨んだ。するとじいさんは悲しそうな目をしていた。
「わしのたった一人の孫娘が真昼の国におるのだ。死ぬ前に一目会いたかったが、あきらめるしかない」
「……」
そんなことを言われてやめられるほどあたしは腐っていない。
要するに単純なのだろう。そして壁を見る。
(睦美)
あいつがこの向こうにいる。
この壁を破ればまた会える。あたしは拳を握りしめた。
「おお!」
じいさんが叫ぶ。あたしの本気が伝わったようだ。
「ふうううう!」
映画で観たワンシーンを思い出す。
自分は空手を習っているわけではない。
でも、この一撃にすべてをかける。集中。とにかく集中する。
「睦美ーっ!」
ありったけの声であいつの名を叫び、ありったけの力で魔王の壁を殴った。
壁は今までより激しく揺れ、大きな音を立てた。
拳が当たったところから亀裂が幾筋も走る。
「やったぞい!」
じいさんが叫んだ。あたしもつい口元が緩む。
世界が崩壊するような大きな音がして、がらがらと壁が崩れ始めた。
「澄香、離れよ。上から壁が落ちて来るぞ!」
じいさんの声がした。
「危ない!」
馬ごとじいさんを抱きかかえ、その場を離れた。
壁の崩壊は随分長い間続いた。それはそうだろう。
二つの国を完全に遮断していたのだから。
しばらく想像を絶するような土煙が巻き起こり、何も見えなくなった。
やがて土煙が収まり、真昼の国が見えて来た。
それとともに日差しが降り注ぎ始め、黄昏の国に昼が訪れた。
二分されていた国の天が一つに戻ったのだ。
「澄香?」
真昼の国の向こうから、やはり巨大ロボットのような存在の睦美が現れた。
「睦美!」
顔を見てもそんな気持ちは絶対に湧き起こらないと思っていたのに、気がつくとあたしは駆け出していた。
「睦美!」
恥も外聞もなく、睦美に抱きついていた。
「す、澄香……」
あたしは泣いていた。
悔しいけど、こいつのことがどうしようもなく好きなんだと思い知らされた。
「助けに来たよ」
「助けに?」
不思議そうな顔であたしを見る睦美。
「へ?」
涙を拭って睦美を見た。
そして真相がわかった。
真昼の国と黄昏の国。全部茶番だったのだ。
魔王なんて存在しない。
あの壁は、両国の先々代の王が争いの挙句、技師達に造らせたものだったのだ。
やがていがみ合っていた王達は死に、両国は和平を望んだ。
しかし壁を造った技師達もすでに他界し、解除方法がわからなくなってしまった。
それで、苦慮の末、異世界の住人に壁を壊してもらうことにしたのだという。
あまりにも身勝手な考えに腹が立つより呆れてしまい、何も言う気がしない。
「それで、たまたま最初に出会ったのがおぬしなのじゃ、澄香」
シカムじいさんは悪びれもせずに言った。
「そして、同じ時におぬしの思い人である睦美が真昼の国に呼び込まれたというわけじゃよ」
じいさんは英雄譚でも語っているつもりなのか、豪快に笑う。
「……」
あたしと睦美は顔を見合わせる。
「すまなかったな、澄香。許してくれ」
じいさんはぺこりと頭を下げた。それを見てどうでもよくなった。
「もういいよ、おじいちゃん。許してあげる」
「そうか」
じいさんは嬉しそうに頭を上げた。そして、
「わしらの話は全部作り話じゃが、一つだけ真実があるぞ」
「え? 何?」
あたしは睦美とともにじいさんを見る。じいさんはにやりとして、
「好きな者への思いはどれほどの壁も突き破るということじゃよ」
その言葉に顔を赤くした。睦美は何のことかわからず、きょとんとしていた。
あたし達は女王様の待つ城に帰り、あたし達の世界に戻してもらうことになった。
「また会いたいわ、澄香」
女王様は何故か涙ぐんでいる。あたしまで泣けて来た。睦美はすでに泣いていたし。
「はい、女王様」
「元気でね」
「女王様も」
涙を拭って答えた。女王様は睦美とあたしを交互に見て、
「次に会う時はもう一人一緒に連れて参るが良い」
また顔が熱くなる。鈍感な睦美は、
「誰を連れて来ればいいのかな?」
と真剣に悩んでいる。馬鹿過ぎて悲しい。
「では参ろうか」
シカムじいさんの声が聞こえ、あたしと睦美は気を失った。
「うん……」
目を覚ますと、そこはじいさんに最初に会った路地だった。
空はまだ茜色のまま。
はっとして携帯を取り出すと、あれから五分も経っていなかった。どういうこと?
「あ、澄香……」
となりで目を覚ました睦美が呟いた。お互い顔を見合わせ、思わず吹き出す。
「帰ろうか」
あたし達は立ち上がり、家路に着いた。
「それでさ」
と言ってみる。睦美があたしを見る。
「何?」
あたしはにこっとして、
「さっきの話、つつしんでお受けします」
と言うと、走り出す。睦美はきょとんとして、
「何のことだよ、澄香?」
限りなく鈍感な奴。
もう面倒見切れない。
間にいろいろあったけど、こっちの世界のさっきの話はあれしかないじゃん、睦美。
「教えなーい」
あたしは笑いながら走った。
睦美が追いかけて来る。
「待ってよ、澄香」
そのまま家まで走り続けた。
そうそう。
シカムじいさんや女王様がどうしてあたし達の名前を知っていたのか、こっちに戻って来てわかった。あの人達とは遠い昔に出会っていた。
睦美とあたしがまだ幼稚園に行っていた時、お母さんが買って来てくれた童話の絵本。
その中に同じ名の登場人物がいた。
あの当時、あれほど仲が良かった睦美とあたしの今の関係を見かねて、本の世界から飛び出して来たのだろうか。
そんな風に思えた。
ありがとう、シカムじいさん、女王様。
あたし達また仲良しに戻るよ。これからもずっと見守っててね。
お粗末様でございました。