ヘイローの影
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
輪に何かを通す、というのは古典的な儀式的行為と思わないかい?
指輪、首輪、足輪……身体の各所へ身に着けるそれらは、古今東西に様々な意味合いを持ってきた。
ひと目で所属、立ち位置を示すことができ、自分自身もアピールをしようと思えば容易だ。
けれど、何かが何かに包まれる、囲われることは特別なものを呼び込む準備ともいえる。凡百なものが広がる景色の中、異なる何かがあるというのは、それだけで目にとまるものだ。たとえ人間でなかったとしてもね……。
ちょっと前に僕がおじさんから聞いた話なんだけど、耳へ入れてみないかい?
君はヘイローを知っているか?
太陽や月の周りに見える光の輪のことを指すが、単純に光の輪を指す使い方も指す。
フィクションだと天使や死人であることを示す、頭の上へ浮かんだ輪をあらわすときにも使われるな。キャラの特徴や状態が一目瞭然だ。
その頭上に浮かぶ輪なのだけど、一時期おじさんのまわりではちょくちょく見かけることがあったというんだ。まだ10代半ばのころにね。
はじめのうちは、影の中でのみ見られた、とおじさんは話している。
一緒にいる友達や、道ですれ違う通行人の影を見ると、そこにはあるはずのないヘイローが浮かんでいる。顔をあげて確かめても、実物はない。
当初は見間違いかと思って、気にしていなかったとのことだけど、じょじょにその頻度が高まってくる。
ヘタに話を振って、自分の方が頭がおかしいと思われるのもシャクだ。どうにか遠回しに周囲の人へ確認してみたものの、なかなか同じように認識してくれる人が出てこない。
そうこうしているうち、影のヘイローは新しい動きを見せてきた。
降りてくるんだ。
影のヘイローは、いずれもその人の頭がすっぽり入るくらいにはゆとりのあるサイズの輪だ。
それがすっと頭の影と重なっていく。目にはっきり見えるほど、早く動く機会は多くない。たいていは何十秒もかけたゆったりしたもので、満足に結果を見届けられないことが多い。
けれど、一度完全に見たことがあって、そのときは後悔したそうだ。
四十がらみの男性だった、とおじさんは話していた。
当時はまだ多かった田んぼ道の途中。車がかろうじて通ることのできそうな、あぜ道を歩いていた時だったという。
太陽の関係で、男性の背後から陽が差すかたちだ。影はこちらへ伸びている。
すれ違いかけるそのとき、おじさんがこれまで観測した中ではっきりと、早くヘイローの影が首へかかった。
そして次の瞬間。
おじさんの首が落ちたと思いきや、元へ戻った。
厳密には外れて、左の田の中へ落ちたと思ったら、右から飛んできた首が即座に入れ替わった。落ちた首も見当たらない。
おじさんはそれから、ヘイローの影を見ないかとどきどきしているようだ。




