↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

「私を君の妻にしてくれ!」シリーズ

短編版『「私を君の妻にしてくれ」――帝国最強の竜の女公爵閣下、平凡な書記官の俺の前でだけヒロインになる』

作者: カナハ
掲載日:2026/09/26

息抜きに執筆した溺愛ファンタジー短編小説です。 

興味がある方はぜひ読んでいただけると嬉しいです!

 王都の片隅に佇む、薄暗い古文書館。

そこが、純人類である俺――トア・レンバートの職場だ。

 今日も今日とて、埃っぽい羊皮紙の束を整理するだけの、退屈で平和な一日になるはずだった。

地響きのような、重々しい足音が近づいてくるまでは。


バァン! 


と、歴史ある館の重厚な扉が、勢いよく左右に撥ね退けられた。


「ひえっ!?」

同僚の老司書が短い悲鳴を上げて机の下に隠れる。


 現れたのは、一糸乱れぬ黒い軍服に身を包んだ、屈強な近衛騎士の集団。

彼らが一斉に左右に分かれ、完璧な敬礼をもって一人の女性を迎え入れた。

 プラチナブロンドの髪を高い位置でポニーテールに結い、歩く姿すら絵画のように美しい女性。

帝国最強の聖騎士にして、古竜の血を引く半竜(ハーフドラゴン)――アルテリゼ・ヴァルハイト公爵閣下その人だった。

燃えるような琥珀色の瞳。

その圧倒的な美貌と、彼女が身体から無意識に放つ「龍圧」と呼ばれる威圧感のせいで、周囲の空気がビリビリと震えている。


(うわぁ、本物のアルテリゼ閣下だ。かっこいいなぁ……。でも、なんでうちの職場に?)


トアがのんきにそんなことを考えていると、アルテリゼは真っ直ぐにトアのデスクの前へと歩みを進めてきた。


カツン、

と硬質な軍靴の音が止まる。


 その後ろでは、灰色髪の狼獣人である副官のバルトが、なぜかものすごく胃の痛そうな顔をして控えていた。


「――トア・レンバート殿だな?」

アルテリゼの声は、冷徹でありながらも、深く気品に満ちていた。


「はい、そうですが……公爵閣下、俺のような平の書記官に何か御用でしょうか?」

 

 周囲の人間なら、恐怖で息をすることすら忘れる状況だ。

しかし、トアは至って普段通りに、おっとりと小首を傾げた。

もともと人外の脅威に対して少し鈍感なところがあるのだ。

すると、アルテリゼの凛とした表情が、ほんの一瞬だけ強張った。

彼女はすっと背筋を伸ばし、大真面目な顔で、トアの目の前に――片膝を突いた。


「は?」

トアの口から、間の抜けた声が出る。

 

 帝国最高峰の貴族であり、最強の竜騎士が、下級平民のデスクの前で跪いている。

背後の騎士団が一斉にザッと直立不動になった。

アルテリゼはトアの目を見上げ、軍手(グローブ)を嵌めた手で、トアの無骨な手をそっと両手で包み込んだ。


……少し、震えている気がする。


「トア殿。突然の非礼を許してほしい。……だが、どうしても私の口から伝えたかった。」


「は、はい……?」


「私と、結婚してほしい。我がヴァルハイト公爵家は、全力を尽くして君を幸せにすると誓おう。だから――私の夫になってくれ!」


「…………はい?」

 古文書館の静寂の中に、トアの二度目のマヌケな声が響き渡った。

後ろの獣人副官バルトが、天を仰いで深くため息をついたのが見えた。












 気づけば、俺はヴァルハイト公爵邸の豪華な応接室にいた。

目の前には、白磁のカップに注がれた最高級の紅茶。そして対面に座るアルテリゼ閣下。


「口に合わなかっただろうか。……すまない、平民の好む茶葉が分からなくてな。すぐに淹れ直させよう。」


「あ、いえ! 滅相もないです、凄く美味しいです!」


 慌てて首を振ると、アルテリゼ閣下はホッとしたように端正な顔を緩めた。

軍服から私服のドレス(といってもズボンスタイルで非常にスタイリッシュ)に着替えた彼女は、どこからどう見ても完璧な美貌の騎士だ。

トアの怪我を心配して、自らお茶を注ごうと身を乗り出してくる仕草すら、王子様のように男前で様になっている。


(うーん。俺、完全にヒロインのポジションだな……)

トアは内心で苦笑した。


 周囲のメイドや、壁際に控える狼獣人のバルト副官からの「なんだあの男は」という視線が痛い。

身分も実力も違いすぎる。


「あの、アルテリゼ閣下。一つお伺いしても?」


「リゼ、でいい。……いや、リゼと呼んでほしい。トア。」


「……リゼさん。なぜ、俺なんですか? 俺はただの冴えない人間の書記官です。あなたなら、高貴な貴族や強大な竜族の殿方だって選び放題のはずなのに?」


トアの問いに、アルテリゼ――リゼは、琥珀色の瞳を一瞬だけ揺らした。

そして、愛おしそうに自分の左手をそっと見つめる。


「君は、覚えていないかもしれないな。……三年前の、あの大雨の夜のことを。」


リゼは静かに語り始めた。

それは、彼女が辺境の戦場で、敵国の呪いを受け、命からがら王都へ帰還した夜のことだった。

呪いによって古代竜の血が暴走し、彼女の身体は半分、醜い竜の姿へ変わりかけていた。

全身を激痛が襲い、強大な「竜圧」を敵味方関係なく撒き散らす彼女を、周囲の者は「化け物」と恐れて誰も近づかなかった。

激しい乾きと孤独で、リゼの理性は限界を迎えていた。

王都の裏路地で泥にまみれ、うずくまっていた彼女の前に、一人の青年が通りかかった。

――それが、トアだった。


『う、うう……来るな……! 私に触れれば、噛み殺すぞ……!』

鋭い牙を生やし、頬に硬い鱗を浮かび上がらせたリゼは、トアを威嚇した。

普通の人間なら、恐怖で腰を抜かして逃げ出すか、悲鳴を上げるはずの光景。

だが、トアの反応は違った。


『うわぁ、凄い熱だ。……痛いですか? 熱いなら冷たいお水、飲みますか?』

トアは怯えるどころか、心配そうに眉を下げ、リゼの鱗だらけの手を、両手で優しく包み込んだのだ。


 人間の体温の、なんと温かかったことか。

トアは持っていた傘をリゼに差し掛け、自分の上着を羽織らせ、ただの『困っている傷病者』として、不器用ながらも必死に看病してくれた。


『大丈夫ですよ。ここにいますからね。』

その言葉と、自分を怪物扱いしない温かい掌が、暴走しかけていたリゼの心を完全に救った。

「竜の生態において……自分の『逆鱗』を恐れず、無条件で触れてくれた者は、一生に一人だけの『伴侶(つがい)』となる。あの日、私の心は君のものになったんだ。……トア。」

リゼは少し頬を赤らめ、はにかむように微笑んだ。


 その表情は、先ほどまでの凛々しい女公爵のものではなく、恋する一人の少女のそれだった。


(……ずるいなぁ)


そんな顔で昔の思い出を語られたら、いくら鈍感なトアでも、胸がドクンと跳ねてしまう。

彼女が周囲から怖がられ、どれほど孤独だったのか。そして、自分をどれほど一途に想ってくれていたのかが、真っ直ぐに伝わってきた。


「閣下! 大変失礼いたします!」


二人の甘やかな空気を破るように、応接室の扉が乱暴に開かれた。

現れたのは、苦り切った顔のバルト副官。

その後ろから、いかにもプライドの高そうな、きらびやかな衣装を纏った人間の貴族の青年が、大股で押し入ってきた。


「アルテリゼ閣下! 平民の男を屋敷に連れ込んだというのは本当ですか!?」

二人のハッピーエンドを邪魔するライバル、ジュリアン公爵令息の登場だった。


「アルテリゼ閣下! 平民の男を屋敷に連れ込んだというのは本当ですか!?」

不躾に怒鳴り込んできたのは、人間の大貴族の息子、ジュリアン公爵令息だった。

 

 金髪をきらつかせ、上質な夜会服を着た彼は、俺を見るなり汚物を見るかのように鼻を鳴らした。


「おい、そこをどけ平民。そこは私が座るべき席だ。身の程を知れ、この無能な蛆虫が! 閣下の美貌とヴァルハイト公爵家の権力に目が眩んだか!」

 ジュリアンはトアの胸ぐらを掴もうと、激しく手を伸ばす。


しかし、その手がトアに触れるより早く、部屋の空気が凍りついた。


――ピキ、と。


アルテリゼの美しい頬に、夜色に輝く「竜の鱗」が浮かび上がる。

その背後には、怒りによって実体化した漆黒の翼が、陽光を遮るように大きく広がった。


「――ジュリアン。今、我が最愛の伴侶を何と呼んだ?」

 

 部屋全体を激しく揺るがすような、凄まじい「竜圧(オーラ)」が放たれた。

本物の古代竜の怒りだ。壁際にいた副官のバルトすら、その圧に冷や汗を流して身構えている。


「ひっ、あ、あ、アルテリゼ閣下……!?」


「トアを侮辱することは、この私への宣戦布告とみ出す。二度とその不潔な口で彼の名を呼ぶな。この場で消し炭になりたいか?」

 アルテリゼの琥珀色の瞳が、獲物を狙う猛獣のように細くなる。

その圧倒的な恐怖の前に、ジュリアンは完全に腰を抜かし、ガチガチと歯を鳴らして床にへたり込んだ。あまりの恐怖に失禁寸前だ。


「バルト、この不届き者を外へ。我が家の敷地に二度と入れるな!」


「はっ! 直ちに!」

 バルトは待ってましたと言わんばかりの引き締まった顔で、腰の抜けたジュリアンを冷酷に引きずり出していった。


静寂が戻った応接室。


アルテリゼはまだ怒りが収まらない様子で、肩を荒く上下させていた。頬の鱗も消えていない。

そんな彼女の前に、トアはすっと歩み寄った。

そして、誰もが恐れるその頬の鱗に、そっと素手で触れた。


「アルテリゼさん。怒ると血圧に悪いですよ。……でも、俺のために怒ってくれて、ありがとうございます。鱗、すごく綺麗ですね。」

 

 トアがいつも通りのおっとりした笑顔で頭を撫でると、アルテリゼの身体から一瞬でトゲトゲしさが消えた。

「あ……」と声を漏らし、背中の翼が瞬時に霧散する。


「怖く、なかったのか……? 私は、こんな化け物のような姿を……」


「化け物なんてとんでもない。俺を守ってくれる、最高にカッコいいお嬢さんです。……さっきのプロポーズ、俺でよければ、喜んでお受けします。」

トアが微笑みながらそう告げると、アルテリゼの瞳がパッと輝いた。


「本当か!? トア、本当に私の夫になってくれるのか!?」

「はい。今度は俺が、あなたの隣で支えます。」

「――っ! トア、大好きだ!」

次の瞬間、アルテリゼは満面の笑みを浮かべ、トアの身体を軽々と両腕で抱き上げた。


いわゆる、逆お姫様抱っこである。


「うわっ、ちょっとリゼさん!? 高い、高いです!」

「ふふ、これから生涯をかけて、君を全力で幸せにしよう!」

照れてバタバタと動く彼女の(隠しきれていない)竜の尻尾を見ながら、トアは苦笑しつつも、彼女の温かい胸に身体を預けた。

 

 最強で、誰よりも男前で、そして俺の前でだけ世界一可愛くなる竜の女公爵。

そんな彼女と過ごす、賑やかで少し規格外な結婚生活は、今ここから始まるのだった。





本話を最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 読者の皆様の応援のおかげで、日々執筆を続けられています。

もし本作を気に入っていただけましたら、下部にある【ブックマーク】や【星(☆☆☆☆☆)】で感想代わりにポチッと応援していただけると本当に嬉しいです!

今回の短編小説が好評でしたので、続きが読める連載版も投稿中です!→https://ncode.syosetu.com/n7623mu/

他連載中の長編作品も楽しんでいただけるよう頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。