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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

右手が落ち着かない

作者: ナモ
掲載日:2026/05/16

「赤井隼人さん」

「はい」

「遠藤綾さん」

「はーい」

いつも通りの朝の出欠確認。そのいつもの流れは、1人の生徒の名前を呼んだところで止まった。

「藤野沙耶さん……は、休みですか?」

先生のため息混じりの言葉に、教室がざわつく。

「サボりでしょ」

「朝はいましたー」

「また変なことやってんじゃない?」

「藤野だしなぁ……」

好き勝手に飛び交う声。

その中に、ちらちらとこちらを見る視線が混ざっているのには気づいていた。

私はそれを無視して、黙って先生の続きを待つ。

「はぁ……何か知っている人がいたら後で教えてください」

先生はそこで一度言葉を切って、こちらを見る。

「それと波多野さん。この後、職員室に――」

「分かってますよ。言われずとも行きます」

先生が言い終わる前に答える。

沙耶が何か問題を起こすたび、まず話を聞かれるのはだいたい私だった。

というより、暴走した沙耶を回収して職員室に連れて行く役が私だった。

もう慣れきっていることだ。

先生は少し申し訳なさそうに頷いた。

「よろしくお願いします」

HRが終わる。

椅子を引いて立ち上がり、教室を出ていく先生の背中を追いかける。

「はあ、面倒くさい……ほら、沙耶も」

そう言いながら、いつもの癖で右手を横に伸ばした。

しかしいくら待っても、指先に温かい感触は触れない。

「……あ」

なんでだろうと考え、ようやく思い出す。

「いないんだった」

右手だけが、行き場をなくしたみたいに宙に浮いていた。


沙耶は変なやつだった。

頭が良く、怖いもの知らずで、思いついたことをすぐ実行する。

突然校舎裏に行ったかと思えば「なにか埋まってそう!」と言って急に穴を掘り出すし、授業中でも気づいたらいなくなってるし、この前なんてカエルを持って追いかけ回された。

だからクラスでも少し浮いていた。

……まあ、私も人のことは言えないけど。

別に、仲良しだったつもりはない。

沙耶が勝手に隣に来て、勝手に絡んできただけだ。

いなくなったところで、困ることなんて何もない。

「って思ってたんだけど……」

帰り道、意味もなく手をいじりながら小さくため息をつく。

今日の私はずっとおかしかった。

廊下を歩けば、後ろから足音を探してしまう。

購買に行けば、パンを半分取られる気がする。

曲がり角を曲がるたび、当然みたいに沙耶がいる気がした。

朝に空を切った右手も、ずっと落ち着かない。

もう誤魔化しは効かなかった。

「思ってたより、だなあ」

話すのも、隣にいるのも、手を引っ張られるのも、全部、思っていたより好きだった。

元々嫌いだったわけでもないけれど。

「……このまま帰ってこなかったらどうしよう」

そう呟いてから、軽く笑う。

そんなことはありえない。今までだって、急にいなくなるなんてことはザラにあった。

だから今回だって当たり前に、なんなら今すぐにだって私の目の前にひょっこりと現れてもおかしくない。だから、そんなことを心配する必要は無い。

そうは思っているのに、1度芽生えた不安はなかなか消えてくれなかった。

スマホを開いて、沙耶に送ったメッセージを確認する。

何も返信はない。

スマホを閉じて、またすぐに開く。

やっぱり何も返ってきていない。

「……何やってんだろ、私」

スマホを乱暴にポケットに入れる。

1日だけだ。

たった1日、沙耶に会えてないだけ。

「……調子が狂う」

私がこんなことになっていることを知ったら、沙耶は調子に乗るだろう。

『はっちゃん重ーい』

そう言いながら笑う顔まで目に浮かぶ。

「重くないし」

「はっちゃんは軽いよ?」

背後から声がした瞬間、ふわっと身体が浮いた。

「っ!?」

そのまま後ろから抱き抱えられる。

聞き慣れた声。

知ってる体温。

肩口に擦り寄ってくる感触に、私はゆっくり息を吐いた。

「……何してたの」

「山登り。デジタルデトックスってやつしたくなって」

「なんでいきなりそういうことを……」

「?だって天気が良かったから」

沙耶は心底不思議そうに、コテンと頭を傾げた。

意味が分からないのはこっちだ。


でも、右手の落ち着かなさだけは、綺麗になくなっていた。

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