再会
◯
思わず目を疑った。
幻ではないかと思った。
いや、彼女が本当に幽霊だとしたら、その存在自体がすでに幻と言えるのかもしれない。
狭野は祭り会場の真ん中で、視線の先の少女に心を奪われていた。
水色の浴衣。
ゆるく結い上げられた黒髪。
赤く熟れた唇。
この一年ものあいだ、毎日ノートに描き続けた少女の姿が、そこにあった。
彼女は去年と同じように、ベビーカステラの屋台の列に並んでいる。横を向いているため、こちらの視線にはまだ気づいていない。
「ちょ、ちょっと笙悟。どうしたのよ。もしかして……また、見えてるの?」
隣から高原の声が届く。けれど、構っている余裕はなかった。
狭野はほとんど無意識のうちに足を踏み出して、まるで吸い寄せられるかのように、少女の元へと歩み寄った。
やがてすぐ目の前、手を伸ばせば届く位置まで近づくと、おずおずと口を開く。
「あ、あのっ……」
緊張のあまり、喉が震えた。
「キミ……幽霊だよね?」
少女の注意を引くのと同時に、周囲の人間の視線まで集めてしまった。
何か変なことを言っている奴がいる、という警戒の目だったが、狭野は気にしなかった。
少女はゆっくりとこちらへ顔を向けると、その垂れ目がちな瞳をほんのりと丸くして狭野を見た。去年よりも少しだけ、目線の高さが近くなった気がする。
「幽霊?」
彼女はきょとん、とした顔でしばらく狭野を見つめていたが、やがて、ぷっと吹き出すようにして笑った。
「幽霊……。うふふ。そうね、そういう設定もアリかもね」
「……へ?」
設定? と、予想外のワードに狭野は戸惑った。
一体どういう意味なのかと問いただすと、少女はクスクスと可笑しそうに笑いながら答える。
「だって、ここって夢の中でしょう? なら、私が幽霊の設定でもおかしくないなって。ふふっ。……あ、でも夢の中の人に言っても通じないか」
「ゆ、夢? なに言ってるの。これは夢なんかじゃ……」
「いいわ。私は幽霊。確かに、あなた以外の人には私の姿が見えていないみたいだし、そう言われた方が自然かも。それで、幽霊のお姉さんに何か用?」
話が噛み合わない。
どうやら彼女は、ここが夢の中であると思い込んでいるらしい。
(もしかして、自分がすでに死んでいることに気づいてないのか?)
似たような話を、どこかで聞いたことがある。
自分が死んだことを理解できない霊の魂は成仏もできず、いつまでもこの世を彷徨い続けるのだと。
なら彼女は、もし自分が幽霊だと自覚したら、その瞬間に成仏して消えてしまうのだろうか。
(それは……)
本来なら成仏をさせてあげるのが道理なのだろう。
けれど狭野は、そうすることに気が進まなかった。
彼女に、消えてほしくない。
できるならこのまま、ずっとそばにいてほしい。
およそ許されることではない身勝手な願いだとは思う。
それでも、彼女のことを諦めることはできなかった。
だから、
「あの……。僕のこと、覚えてない?」
できるだけ刺激しないよう、彼女が生前のことを思い出さないように、狭野は細心の注意を払って言葉を選ぶ。
「あなたのこと? ……うーん、誰かしら。どこかで見たことがあるような気もするけれど。夢の中って、色んな記憶が混ざり合っていたりするものね」
どうやら去年のことは覚えていないらしい。
「あっ、でも。どことなく小学校のときの先生に似てるかも?」
そう言って、彼女はまた無邪気に笑った。
彼女が楽しそうにしている姿を見られたのは良かったけれど、こちらのことを忘れてしまったという事実は素直にショックだった。




