4
会場に足を踏み入れた瞬間。
仮面の騎士を従えた、燃えるような装いの美青年は、すべての視線を釘付けにした。
乙女たちの感嘆の溜息が上がる。
リュシアンは控えめに奏でられている旋律の出所にちらりと視線を向けた。
──気が乗らない夜会だったが、今日はアタリだ。唇がにんまりと弧を描いた。もっとよく聴こうと楽団の方に歩を進める。
「音楽、お好きですか」
ローズに問われ気づいたが、いつの間にか歩調でリズムを取っていたようだ。
「うん。好き、かな。ローズは?」
「生憎無調法者でして、芸事にはとんと縁がございません」
むくつけき鎧にはありそうなことだ。
「へえ。じゃあ、今度いい所に連れてってあげるよ。聞くだけなら才能はいらないからさ」
リュシアンたちが音楽にありつく前に、髪に花を挿した女性たちに取り囲まれた。
「デイジーちゃん、カミツレちゃん、いい夜だね。……リモネラちゃんも」
リュシアンは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻し、陽気に声をかけた。
乙女たちにはひとりひとり花の名前が与えられて、その花を身に飾った時にだけ、彼に言葉をかけてもらえるのだ。
第二王子の秘密の花園。軽蔑半分、やっかみ半分で、乙女たちはそう呼ばれている。
貴族男性たちも第二王子に御機嫌伺いをしたいが、年若い乙女たちを押しのけて近づくのも体裁が悪い。
花たちが思わぬ防壁となって、輪に入れぬ男たちは苦虫を噛み潰していた。
「──おやおや、夜に咲き誇る美しき花園とは。なんとも羨ましいことでございますね」
しかし、遂にひとりの男が、花園に土足で分け入った。
強く甘い香りがぷんとして、野花の香りを蹴散らしていく。
「──ふん、誰?」
リュシアンは興味なさげに鼻を鳴らした。
「おやおや、これは手厳しい。グラナート伯爵家当主、ヴィルヘルム・ド・グラナートでございます。──先日の議会では、どうも」
グラナートは気にする風もなく、好々爺のような笑みを見せた。
「この度は、殿下の花園に随分毛色の変わった花が咲いたようですね」
「そうだろう? 彼はローズ。美しく棘のある、僕の薔薇の騎士さ」
グラナートがちらりと目を遣ると、リュシアンが自慢げにローズの肩を抱いた。少女たちからキャアッと歓声が上がる。
「そうそう、こちらは姪のアエリアナでございます。殿下の花園にも咲いておりますので、ご存じでございましょうが」
グラナートの背後から、少女が顔を覗かせた。甘い香りが一段と強くなる。この強い香りは、彼女が髪に挿した月下香だったようだ。
「へえ、そう」
気のない返事をするリュシアンの耳元に、グラナートが身を乗り出して囁いた。
「リーンハルト殿下は優秀だが遊びがなさすぎる。良き王になるのはどちらか、我々にはわかっておりますよ」
言うだけ言うとグラナートは去って行ったが、アエリアナと呼ばれた少女だけがもじもじとその場に残った。
「リュシアン様。あの、今日のお花、どうでしょうか?」
「──君、だれ? 僕の花園には、月下香は居なかったはずだけど」
すげなくされて、アエリアナの瞳が驚愕に見開かれる。
「リュシアン様! 私、頂いたパンジーのお花も素敵ですけど、ちょっと地味で……。わたしにはもっと、艶やかな花が似合うと思うんです。それで、もっと私を見ていただきたくて。だって」
「ああ、パンジーちゃんね。僕と会うときは、パンジーの花を付けてくるって約束したよね?」
リュシアンが彼女の言葉を遮った。
「パンジーちゃんはパンジーちゃんだよ。僕の花園に居たいなら、約束は守らなくちゃ。じゃないと、僕。──君のこと、忘れちゃうかも?」
ぞっとするほど無邪気な笑顔でそう言うと、そのままリュシアンは興味を失ったように、
「なんか、踊りたくなっちゃったな。だれか、踊ってくれない? ──ああ、じゃあ、ローズ。君にしよう。おいで」
咲き乱れる花たちのたおやかな手ではなく、儀仗手袋に包まれた手を取った。
「リュシアン様、自分は芸事はあまり……」
固辞するローズの声も聞かず、リュシアンはダンスフロアに向かった。




