15
「それで、兄上の新しい婚約者は決まったの?」
リーンハルトの執務室に押し掛けたリュシアンは、開口一番兄に迫った。
「なんだお前は。母上のように喧しいな。もう少し待て」
リーンハルトは嫌そうに眉を上げた。
「近いうちになんとかする。今策を講じているところだ。まあ、駄目だったらお前の子に継がせればいい」
リーンハルトは当たり前のように言うと、書類に目を落とした。
しかしそれは無理な話だ。悩みに悩んで決めた答えだ。
「僕は男が好きみたいだから、子は望めないよ。だからリーンハルト兄上には、早急に次の婚約者を見つけてもらわないと」
「えっ」
謁見中はいつも壁に徹しているローズが、驚いたような声を漏らした。
「ローズ? なんで驚くの。だって昨夜……」
問い詰めようとするリュシアンをリーンハルトが咳払いで止めた。
「お前はローゼンステイン辺境伯の御息女と恋仲だと聞いていたが、違うのか?」
「は?!」
今度はリュシアンが呆けたような声を出した。
「ローゼンステイン辺境伯の第一息女、ロゼッタ・ローゼンステイン嬢と恋仲なんだろう? 最初に言っておいたじゃないか、辺境伯の掌中の珠だと」
「ローズ……ロゼッタ?」
「はい」
初めて聞く名を声に乗せると、ローズが返事を返してきた。
「──ローズが女の子だったなんて、聞いてないよ! ……お陰で僕が、どれだけ悩んだか」
思わず責めるような口調になる。
「──自分も、鎧の時に間違えられたのは知っていましたが……まさか、まだ男と思われていたとは」
ローズも困ったように苦笑いをした。
「なにをやってたんだ、お前らは」
リーンハルトは呆れたように頬杖をついた。
「この茶番のあとに言うのもなんだが……王の素質は、確かに私にあるかもしれない。
しかし、アスランには商才がある。心の内を表に出せる健やかさがある。
リュシアン、お前には芸事の才がある。見えなくても、真実を見抜く賢しさがある。 どちらも、私にはないものだ。どれが優れているというものではない」
その言葉に背中を押されて、リュシアンはローズに歩み寄ると、そっと仮面を外した。
淡い薔薇色の髪がさらりと流れ、目元から頬にかけて引き攣れたような傷跡のある、しかし確かに女性の貌が現れた。
「……変なの。好きになった後に、初めて顔を知るなんて」
滑らかで硬い、陶器のような頬に触れる。
「自分は、リュシアン様のように美しくもなく、花たちのように可憐でもありません」
仮面を剥がれたひとりの女性が、気後れしたように目を逸らした。
「関係ないよ。僕の庭には、この薔薇が一輪あればいい。……ねえ、魔法越しじゃないローズに触れたい」
ふたりを隔てる魔力の膜がもどかしい。 リュシアンがねだると、薔薇色のまつげが震えた。触れていた陶器のような肌が、剣士らしく荒れた、しかし温かな人間のそれに変わる。
「はじめからこの手に触れてたら、間違えたりなんかしなかったのに。ねえ、ちょっとかがんでよ」
「──おい、いちゃつくなら余所でやってくれ。執務の邪魔だ」
背の高いローズの袖を引いて、ふたりの顔がまさに触れようとしたとき、長い銀髪を指先で遊ばせながら、不本意な観客が水を差した。
真っ赤な顔で執務室を追い出されたローズは結局、部屋まで待ちきれないリュシアンに柱の陰に引っ張り込まれた。
薔薇の騎士は初めて会った時から、この奔放な主には弱いのだ。
<La fin de la pièce, et le début de l'amour...>




