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それからは何事も起こらなかった。
リュシアンが当面の間、お忍びを封印したこともあるだろう。
ローズは仮面は外さなかったが、鉄の鎧を身に纏うのを辞め、彼の五感を邪魔せぬような軽装に変わった。
きっちりとした服装の護衛がリュシアンの側に侍り、軽装のローズは周辺警護を担うことが多くなった。
新しい護衛たちも優秀だった。
最低限の社交は熟すが、不自然にならない程度に切り上げてしまうので、リュシアンは花園と戯れる間もなくなった。
その日も、義理は果たしたと抜け出そうとするリュシアンに、ひとりの少女が声をかけてきた。
「リュシアン様。よろしければ私にも、花の名前を付けてくださいませんか?」
デビュタントを済ませたかどうかも危ぶまれるほど小柄な少女は、緊張のあまり小刻みに震えている。
リュシアンは少女の手を取り、優しく、しかしきっぱりと言った。
「ありがとう。でも、それはできない。……花園はもう、いらないんだ」
少女と別れた後、ローズは他の護衛に聞かれるのも構わず、リュシアンに問いたださずにはいられなかった。
しかし、返ってきた答えは同じだった。
「僕にはもう、名札はいらない。だろう?」
リュシアンは仮面の奥を見透かすような目で、静かに答えた。
ローズはそれ以上何も言えず、他の護衛たちと同じようにただリュシアンに付き従った。
入れ替わり立ち代わり護衛がつく状況では、今までのように気安い会話をすることは難しい。
周辺警護を担う冒険者姿のローズは、馬車に乗る時も御者台かフットボードだ。
口をきく機会すら減っていって、リュシアンの漠然とした不安が焦燥感に変わるころ。
大掃除が、終わった。




