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「──もう、気付いてるんでしょ」
長い沈黙の後、口火を切ったのはリュシアンだった。
ローズはそれに答えなかったが、思い当たることがいくつもあった。
赤色過多の華美な装い。
粗末な照明の下に並んだ赤と緑の扉。
「そういえば、君もピンク髪だって言ってたよね」目の前に見えているのに、伝聞のような話し方。
大きな音と鉄の臭いのする鎧を過剰なまでに忌避したこと。
「女の子の顔なんて、いちいち覚えちゃいられないよ」突き放したような言い方と、花を飾る乙女たち──。
「僕の見えてる世界は、ほかの人とは違うみたいだ。僕にはあの扉が同じに見えていた」
ローズは頷いた。リュシアンは恐怖に竦んでいたのではない。どちらが赤い扉なのか判らなかったのだ。
「視力も弱い代わりに、鼻と耳だけは鋭くてね。あの花は、僕にとっては名札代わりだった」
ローズはまた頷いた。頷くしかできなかった。
「君の傷も、君の髪色も、僕にとっては何の意味もない。……分かるだろう? 王統を繋ぐのは、僕の血であってはならない」
「──医者に、掛かったりなどは」
堪らず問うたローズにリュシアンは首を横に振った。
「下手な者に王家の弱みを握られる訳にはいかないよ。……でも」
泣き出しそうな笑顔が一瞬だけ雲間月に照らされ、またすぐに見えなくなった。
「学園時代に、なんでも治すって噂の女の子がいてね。何度か通ってみたことがあったよ。
本当のことなんて言えるわけもないから、ただ手を握ってみただけだけど。
……でも、だめだった。生まれつきの特徴は病気じゃないから、治癒魔法では治らないみたい」
「……リュシアン様」
言葉を失ったローズの陶器のように硬質な指先を、リュシアンはぎゅっと握った。
「でも、見る力と引き換えに"リュート"を手に入れたと思えば、悪くはないって思ってるよ」
月が雲間から顔を出す度、ちらちら照らされるその姿は、太陽神のような美貌の王子とはまるで別人のようだった。
ローズは力を入れたら壊れてしまいそうな華奢な青年の手を、いつまでもそっと包んでいた。




