第38話 封印の山嶺への道
翌朝、翠嶺の館の大門は静かな活気に満ちていた。皇帝マクシミリアン三世は軍装を整え、アルト・ウィンドブレイカーとセレス・サファイアウィングを見送るために門前へと現れた。ゴールデンクロウと天空竜アイテールはそれぞれ翼を広げ、蒼き継承者たちの加護を誓うかのように低く唸っている。
「皆、準備はいいか?」皇帝が声を掛ける。
「はい、陛下」アルトが背筋を伸ばし答えた。「あとは、闇竜ヴォルガリムが眠る古の山嶺に向かうのみです」
「我らも同行する」ゴールデンクロウが咆哮まじりに告げる。アイテールも大きく翼をはためかせた。
侍従アリシア、調和顧問リカルド、騎士団長マルクス、グスタフ元帥を含む精鋭騎士団十数騎。彼らは重装備を馬に積み込み、隊列を整えていく。やがて、隊列は翠嶺の館を後に、砕ける朝霧の中を南へと進み出した。
――道中、バルバロッサ帝国の農村地帯を抜ける頃には太陽も高く昇り、目指す山脈が遠く銀灰色の峰を連ねているのが見えた。そこは氷河と溶岩流が交錯する過酷な地。古代の竜族と人間が初めて封印術を施した場所であり、今もなお魔力の渦動が空気を震わせていた。
「空気が重いわね」セレスがつぶやく。
「瘴気交じりだ。注意して進もう」アルトが剣の柄に手をかける。
騎士たちが周囲を警戒する中、リカルドが腕の魔導具を操作して魔力量を測る。
「まだ封印は安定していますが、裂け目の気配は消えていません。恐らく地中深く、小さな亀裂が残っているのでしょう」
「ではこまめに結界を張りつつ進むぞ」マルクスが号令をかける。
――隊列が峡谷の細い山道へ差し掛かったとき、突然、視界の先で轟音が響いた。大地が微かに震え、黒い岩屑が崖下に転がり落ちる。騎士の馬が驚いていななき、騎士たちは咄嗟に剣を抜いた。
「何者だ!」アルトが先頭で叫ぶ。
岩陰から現れたのは、黒と紫の混じった竜影。体高はゴールデンクロウに迫り、瞳には憎悪の炎が宿っている。
「――闇竜の眷属だ!」セレスが指先を輝かせる。周囲に凍風吹雪を放ち、黒竜の動きを封じかけた。
ゴールデンクロウとアイテールが合流し、咆哮の波動を叩きつける。一瞬、黒竜の胴体がよろめいたが、やがて瘴気を激しく迸らせて跳躍。岩壁へと身を投げた。
「連中も、ヴォルガリム復活の前哨戦か……!」グスタフ元帥が剣を構え、駆け出す。騎士たちも後に続き、山道はたちまち戦闘の場となった。
アルトは一歩前へ踏み込み、剣を閃かせる。だが黒竜の瘴気が刃先にまとわりつき、容易には浄化されない。そこへセレスの蒼光が追い討ちをかけ、岩板を凍らせて黒竜の足場を崩した。
「今だ!」アルトは渾身の一撃を繰り出し、瘴気の瘤を断ち割った。裂け目から漏れ出した闇が一瞬ざわめき、黒竜は咆哮とともに崖下へ転げ落ちていく。
――戦闘が終わると、峡谷に再び静寂が戻った。地面に散らばった瘴気の残滓は、アイテールの冷風とゴールデンクロウの龍気によって一掃される。
「問題ないか?」皇帝が後方から駆け寄った。
「はい」アリシアが部下を励ましつつ頷く。「小競り合いにしては、計画的ですね。おそらく更に上流に魔物の巣があるのでしょう」
「峰の向こうの古代遺跡まで慎重に進みましょう」アルトが言い、隊列を再び行軍態勢に戻す。
太陽が西へ傾きはじめたころ、隊はついに古の山嶺の入口に到達した。そこには、巨大な石造の鳥居のような門が建ち、無数の龍紋が刻まれている。長い年月に風化しながらも、その威圧感は色褪せていなかった。
「これが……千年前の封印門か」セレスが息を呑む。門の奥には淡い紫の靄が漂い、その中心で揺れる闇の渦がちらりと顔を覗かせている。
「ここまで辿り着けるとは思わなかった。さあ、いよいよ本当の試練だ」アルトが剣を抜き、陣形を整えた。ゴールデンクロウとアイテールが翼を広げて待機し、騎士たちは結界石を掲げる。
「闇竜ヴォルガリム――我らはお前を永遠に封じる!」アルトは胸の調和の紋章を輝かせ、蹴りを入れて門の中心へと踏み込んだ。その一歩が、世界の命運を賭けた最後の戦いの始まりを告げていた




