第37話 調和の使命と試練
遺跡の光が静まると、峡谷には一瞬の安らぎが訪れた。だが――岩壁の亀裂から、非対称の体躯をした魔獣がにじり寄ってくる。炎と氷が混じった瘴気がその身体を覆い、ひび割れた祭壇の残滓すら腐食しようとしていた。
「くっ……!」セレスが剣を抜き放ち、凍てつく蒼光を刃先に宿す。「アルト、増援を要請する暇はないわ。ここで食い止めるしかない!」
アルトは胸の《調和の紋章》を撫でて、深く息を吸い込んだ。その視線は祭壇を見下ろす渦の残響ではなく、目の前の魔獣に向けられている。
「わかった。セレス、ゴールデンクロウ、アイテール、全力で龍気を注ぎ込むんだ!」
上空で咆哮したゴールデンクロウの鱗が金色に輝き、背後からアイテールの冷風吹雪が襲いかかる。それを縫うように、セレスの蒼光が魔獣の瘴気を切り裂く。
魔獣は裂け目を背負いながらも、二頭の大竜の力を拒絶するように吼え、巨大な鋏のような前脚を振り下ろした。振動が地面を揺らし、騎士団の隊列が一歩後退する。
「皆、後退しろ!」マルクス騎士団長の号令が響く。だが、アルトはその声を振り切って駆け出した。
「僕たち継承者は、後ろに下がらない!」アルトは剣を構え直し、胸の紋章を強く輝かせる。そこへ、ゴールデンクロウとアイテール、セレスの龍気が次々と重なり合った。
一瞬、峡谷の空気が白銀と黄金、深蒼の三色に染まり、その光は魔獣の瘴気を真紅の閃光へと焼き尽くしていく。
「今だ、アルト!」セレスの呼び声とともに、アルトは全身の力を剣に込めた。
──轟。
刹那の光音とともに、魔獣は裂け散るように消滅した。瘴気の渦は吹き飛び、峡谷には再び静寂が落ちた。
「封印、完全再確立……成功だ!」リカルドが遺跡の破片を調べながら叫ぶ。祭壇の石板は今やぴたりと安定し、深淵の門は完全に閉じられていた。
皇帝マクシミリアンは剣を鞘に納め、隊を見回した。「全員無事か?」
「はい、異常ありません」騎士たちが声を揃え、アリシアは微笑みながら頷く。
グスタフ元帥は剣を払い、地面の砂埃をはらった。「かつて父上が築いた封印を、我が手で再び守ることができた。贖罪にしては、値打ちのある戦いだったな」
セレスは戦いの後もなお蒼光を纏い、アルトの隣で息を整えている。「アルト、本当に大丈夫?」
アルトは剣の柄に手をかけながら、深い安堵を含んだ笑みを浮かべた。「うん。みんながいてくれたおかげで乗り越えられた。だけど……」
彼は遠く峡谷の奥へ視線を向ける。封印の光が消えた跡に――わずかな亀裂が残っていた。まるで、大きな試練の序章だけを終えたかのように。
「これで終わりじゃない。もっと深い“闇の根源”がどこかに残っているはずだ」
ゴールデンクロウがアルトたちを包み込むように翼を広げる。「よかろう。次はどこへでも導いてやろう。蒼き継承者よ、その胸に燃える光が消えぬ限り、我らの使命は続くのだ」
アイテールも低く唸り声を上げた。「ヴォルガリムの封印を完全に結び直すまでは、我が加護も惜しまぬ。旅路はまだ遠いぞ」
帝都へ帰還の途上、隊列は静かな誓いを新たにしていた。太陽が西へ傾くころ、翠嶺の館に戻った一行を迎えたのは、星の瞬きにも似た静かな安堵であった。
セレスがアルトの腕に寄り添い、小声で囁く。「次の目的地は――闇竜ヴォルガリムの封印された古の山岳かしら」
「うん。でも、もう怖くない。僕たちには仲間がいるから」アルトは迷いなく答える。
帝都の夕暮れが、深い藍色へと移ろいゆく。遠く空に浮かぶ竜影が、再び新たな旅立ちを告げているかのようだった。
──こうして、蒼き竜の継承者と仲間たちの戦いは、新たな章へと歩みを進める。真の試練は、まだその先に待ち受けているのだ




