第35話 煉獄の影
雷鳴を思わせる轟音が消える間もなく、窓ガラスが震え──次の瞬間、会議室の扉が乱暴に開かれた。急報を携えた魔法警備隊の隊長、リアン・フェルドが息を切らしながら駆け込む。
「閣下! 中央広場に多数の黒竜群が襲来中です! 民衆避難を始動しましたが、被害が拡大するおそれがあります!」
マクシミリアン皇帝の顔が引き締まった。
「分かった。直ちに合同委員会は中断──全員、行動態勢に移る!アルト、セレス、ゴールデンクロウ、君たちも来てくれ!」
委員たちが慌ただしく席を立ち、書類を抱えたまま廊下へ飛び出す。だがアルトは議長席に立ったまま、一度だけ会議室の床を見据えた。
「一度だけ言わせてください。今日の議題は――」
セレスがそっと手を触れ、テレパシーで諭す。
『今は言葉より、行動の時よ。私たちが盾になる』
アルトはすっと頷き、立ち上がった。
「皆、ついて来てくれ!人も竜も、今こそ調和の力を示すんだ!」
――中庭を駆け抜けると、待機していた騎士たちがすでに軍馬に飛び乗っている。アリシアは緊急連絡装置を手に、帝都防衛本部と無線交信を交わしていた。
「皇帝陛下、魔法警備隊と連携しつつ、竜族部隊を展開します。南門、東門に分散配置を──」彼女の声が指示とともに響く。
空を見上げたアルトは、低く唸る黒い影を捉えた。稲光に浮かぶ群竜は、牙と鱗が闇色に染まり、まるで煉獄の使者のようだ。
セレスが翼を開く。
「行きましょう、アルト。先手を打たなければ被害が拡大するわ」
ゴールデンクロウも咆哮一つ、空へ跳び上がる。彼の背に乗ったグスタフ元帥は、剣に手をかけなおしながら厳しい表情を向けた。
『燃え盛る憎悪の力……しかし封印の光が交錯すれば必ず退けられる』ゴールデンクロウが告げる。
アルトは胸に手を当て、心を落ち着ける。
「調和の光よ、僕たちを導いてくれ──!」
――二つ、三つと青い裂け目が周囲の空間に現れ、混じり合った光が竜たちを取り囲む。やがて一斉に拡散し、人間の城壁のすぐ彼方で四頭の群竜と激突した。
響き渡る咆哮、振動する衝撃波。騎士たちの魔法陣が閃き、地上からも炎と氷の術式が飛び交う。だが数では黒竜群が優勢だ。
「増援を──!」リアン隊長の声が響くが、群竜の編隊が隊列を乱し、次々と城壁へ突進してくる。
その時、上空から金と蒼の閃光。二大竜が滑空し、合流した。
『我らが力を示す時だ!』アイテールの声が空を揺らす。続いてゴールデンクロウが咆哮し、龍気の波動が黒竜を遠ざけた。黒い群れは固まっていた襲撃隊形を崩され、各々が逃げ惑う。
「隙を見つけて反撃せよ!」アルトの号令で、騎士と魔法警備隊が一斉に前進。剣と魔法の手掛かりを失った黒竜は、地上部隊が近づくと同時に闇の力を爆発させるように地面を割った。
「下がって!」セレスがアルトを抱え、急上昇。彼女の蒼光の軌跡が、突如として集まった闇を切り裂き、青年たちの盾となった。
「ありがとう、セレス!」アルトは降下して一頭の黒竜に斬り込む。だがその闇は容易には浄化されず、逆に彼を押し戻さんとする。黒い爪がアルトの剣をかすめる。
「痛っ……負けない!」アルトは胸の調和の紋章を輝かせる。刹那、蒼と金の光が合わさり、ひび割れた地面から天へと高く燃え上がった。
──その光柱は周囲の竜たちを包み込み、黒竜群を一瞬立ち止まらせる。やがて黒い闇は崩れ、元の大気へと還った。
「状況、改善!」阿修羅のように舞い降りたゴールデンクロウが、群れの残党を一喝して空へ蹴散らす。
黒竜のうち数頭が、遠く北西へ退却していった。彼らを追う白銀の月光のような蒼光が、帝都の果てへと消えゆく。
地上には散乱した硝煙と、ひび割れた石畳。市民は遠巻きにそれを見守り、やがて控えめな拍手が広場にこだました。騎士たちは剣を鞘に収め、魔法警備隊員は防護結界の解除に取り掛かる。
アルトはその中心で息を整え、深呼吸を一つ。
「──この程度で喜んではいられない。あれは序章に過ぎない」
セレスがそっと肩に笑みを浮かべ、心強い声を届ける。
『大丈夫よ、アルト。みんなの絆がある。次に備えましょう』
ゴールデンクロウが地上へ舞い降り、四者を見渡した。
『闇の竜は一度退いた。だが次はもっと深い闇が来るだろう。心して備えるのだ』
皇帝マクシミリアンがぽつりと呟く。
「本当の試練は、まだ始まったばかりだ……」
その言葉通り、帝都の大空にはまだ、不穏な気配が重く漂っていた。
深淵の門を開こうとする者たちの足音は、遠ざかったようでいて──確実に近づいている。




