第31話 天空の皇帝と演説と天空竜
朝陽が帝都中央広場を照らし、既に数千人の民衆が集まっていた。
演説台の前には帝国旗が誇らしげに翻り、その下でマクシミリアン三世皇帝が最終確認を行っている。
「陛下、準備は整いました」
側近が報告した。
「ありがとう。 今日は帝国の歴史にとって重要な日だ」
皇帝は深く息を吸い、民衆の方を見つめた。
広場の一角では、アルト・ウィンドブレイカーとセレス・サファイアウィングが警戒を続けている。 セレスの青い瞳が空を見上げた。
「何か感じるか?」
アルトが小声で尋ねた。
「ええ、強大な力の気配が近づいている。 それに...古い記憶が蘇るような」
その時、広場の向こう側で騒ぎが起こった。
グスタフ・アイゼンファウスト元帥率いる純粋主義者の一団が、対抗集会を開始したのだ。
「皆の者!」
元帥の声が響いた。
「蒼竜に頼る腐敗した帝国に終止符を打つ時が来た! 真の人間による統治を取り戻そう!」
純粋主義者たちの声援が上がり、広場は二つの勢力に分かれた。
緊張が高まる中、皇帝が演説台に立った。
「帝国の民よ」
マクシミリアン三世の声が広場全体に響いた。
「今日、私は皆に真実を語る。 この帝国の建国には、蒼竜一族の力が不可欠だった。 彼らは我々の敵ではない、守護者なのだ」
民衆がざわめく中、皇帝は続けた。
「千年前、分裂していたこの大陸を統一したのは、蒼竜の力を借りた我が先祖だった。 その時結ばれた盟約こそが、今日まで続く平和の礎なのだ。 蒼竜一族は帝国と共に歩み、共に繁栄してきた。 彼らなくして、今の帝国は存在しない」
「嘘だ!」
グスタフ元帥が叫んだ。
「人間の力こそが真の力だ! 蒼竜に頼るなど、我々への侮辱だ!」
元帥の部下たちが武器を構えた瞬間、空に巨大な影が現れた。
それは今まで見たことのない壮大な竜だった。
金色と青の鱗が陽光に輝き、翼を広げると広場全体を覆うほどの大きさだった。
「天空竜...」
セレスが息を呑んだ。
「伝説の存在が現れるなんて」
「まさか、本当に存在していたのか」アルトも驚きを隠せなかった。
天空竜がゆっくりと降下し、広場の中央に着地した。
その威厳に満ちた姿に、民衆も純粋主義者も言葉を失った。
竜の着地と共に、地面が光の輪を描いて輝いた。
『久しいな、皇帝よ』天空竜の声がすべての人の心に響いた。『そして蒼竜の継承者よ。 待ちに待った時がついに来た』
天空竜の黄金の瞳がアルトを見つめた。
『時が来た。 帝国の真の試練が始まろうとしている。 だが恐れることはない』
「あなたは...一体」アルトが前に出た。
『我は天空を司る古き竜、アイテール。 蒼竜、金竜と並ぶ三大竜の一つだ。 帝国建国の際、この地に平和をもたらすことを約束した。 そして今、その約束を果たす時が来たのだ』
皇帝が膝をついて敬礼した。
「天空竜アイテール様、お久しぶりです。 父から、そして祖父から、あなたのお話は聞いております」
『マクシミリアン、よく成長した。 お前の祖父、曽祖父たちと同じく、お前もまた真の皇帝の資質を持っている』
グスタフ元帥が剣を抜いた。
「たとえ天空竜であろうと、人間の誇りを踏みにじることは許さん! 我々は誰にも頼らず生きていける!」
元帥が突進しようとした時、天空竜の力が発動した。
空気が振動し、元帥の剣が光に包まれて消失した。
しかし元帥に害はなく、ただ武器が消えただけだった。
『暴力では何も解決しない』
天空竜が穏やかに言った。
『真の力とは、調和することだ。 グスタフよ、お前の父親、エルンスト・アイゼンファウストを知っている』
「父を...ご存知なのですか?」
元帥の声が震えた。
『彼は勇敢な騎士だった。 そして最後まで、人間と竜の共存を信じていた。 お前もまた、父の息子だ。 その心の奥底には、同じ信念が眠っているはずだ』
皇帝が演説台から降り、天空竜の前に歩いた。
「天空竜アイテール様、我々は正しい道を歩んでいるでしょうか?」
『皇帝よ、そして継承者よ。 お前たちは既に答えを知っている。 蒼竜と人間が手を取り合った時、真の帝国が生まれるのだ。 それこそが千年前の約束であり、今日まで守られてきた盟約なのだ』
セレスがアルトの隣に並んだ。
二人の絆が光となって空に昇り、天空竜の力と共鳴した。
その光は美しい虹色を放ち、広場全体を包み込んだ。
「私たちは争うために存在するのではない」
アルトが民衆に向かって言った。
「共に歩むために存在するのです。 人間も竜も、同じ空の下で生きている」
「蒼竜の力は破壊のためではなく、守護のためにあります」
セレスが続けた。
「それこそが千年前の約束なのです。 私たちは皆さんを守り、皆さんと共に歩みたいのです」
天空竜が翼を広げ、その下で皇帝、アルト、セレスが並んだ。
その光景を見た民衆たちから、感嘆の声が上がった。
光の中で、三人の姿が神々しく輝いて見えた。
グスタフ元帥も、その荘厳な光景に心を動かされていた。
剣を失った右手を握りしめながら、複雑な表情を浮かべている。
「これが...真の力なのか。 父が信じていたものは...」
元帥が小声でつぶやいた。
『そうだ、グスタフ』
天空竜が元帥に向かって言った。
『力とは制圧することではない。 共に高め合うことだ。 お前の父、エルンストもそれを理解していた。 お前にもそれが理解できるはずだ』
元帥は膝をついた。
長い沈黙の後、彼は顔を上げた。
「私は...間違っていたのかもしれない。 父の教えを忘れ、憎しみに囚われていた」
皇帝が元帥に手を差し伸べた。
「グスタフ、君の帝国への愛は本物だ。 君の父上と同じく、君もまた帝国を愛している。 その情熱を、真の統一のために使ってもらえないだろうか」
元帥は迷いながらも、皇帝の手を取った。
その瞬間、広場全体が歓声に包まれた。
純粋主義者たちも、その光景に心を打たれ、武器を下ろしていた。
天空竜が空に舞い上がりながら言った。
『新たな時代の始まりだ。 蒼竜、金竜、そして我が力を合わせ、真の平和を築くのだ。 しかし、これはまだ序章に過ぎない。 真の試練は、これから始まるのだ』
空高く舞い上がった天空竜の姿が、夕陽に染まって美しく輝いていた。
広場では、皇帝、アルト、セレス、そして改心したグスタフ元帥が、新しい帝国の未来について語り合っていた。
その夜、翠嶺の館では祝宴が開かれ、長い対立に終止符が打たれたことを祝った。
アルトとセレスは館の屋上で星空を見上げながら、静かに語り合っていた。
「今日は歴史的な日になったね」
セレスが微笑んだ。
「ああ、でもこれはまだ始まりに過ぎない」
アルトが答えた。
「天空竜アイテールが言っていた真の試練とは、きっとこれから始まるんだ」
「でも、私たちには仲間がいる。 皇帝陛下も、グスタフ元帥も、きっと力になってくれる」
星空の向こうから、天空竜の穏やかな声が聞こえてきた。
『その通りだ、継承者よ。 明日からが本当の物語の始まりなのだ。 だが恐れることはない。 お前たちには、真の絆がある』
二人は手を取り合い、新しい冒険への決意を胸に、静かに夜空を見つめ続けた。
星々が輝く中、遠くから天空竜の美しい鳴き声が響いてきた。
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第31話 完




