第30話:天空の皇帝
帝都バルバロッサの夜は、魔法の光で昼間のように明るく照らされていた。
アルト一行は、アリシアに案内されて皇帝の別荘へと向かっていた。
「こちらが『翠嶺の館』です」
アリシアが指差す先には、山の中腹に建つ優雅な建物が見えた。
「皇帝陛下が学問や瞑想のために使われる離宮です」
『なるほど、確かに人里から離れている』
ゴールデンクロウが上空から周囲を確認する。
『軍の警戒網の外側のようだ』
翠嶺の館は、帝国の威厳を保ちながらも、どこか温かみのある建物だった。
庭園には珍しい花々が咲き乱れ、小川のせせらぎが心地よい音を奏でている。
「素晴らしい場所ですね」
アルトが感嘆する。
「皇帝陛下はここで何をされるのですか?」
「主に古代史の研究です」
アリシアが説明する。
「陛下は、帝国の建国以前の歴史に深い関心をお持ちなのです」
『古代史...』
セレスが興味深そうに呟く。
『それなら、私たちの知識も役に立つかもしれないわね』
館の中に案内されると、そこは一面書物で埋め尽くされていた。
古代語で書かれた巻物、魔法陣が描かれた石版、謎めいた紋章が刻まれた遺物など、学術的な価値の高いものばかりが並んでいる。
「これは...まるで古代博物館のようですね」
「皇帝陛下の個人コレクションです」
アリシアが誇らしげに語る。
「中には千年以上前の貴重な文献もあります」
その時、館の奥から足音が聞こえてきた。
「アリシア、お疲れさまでした」
現れたのは、五十代半ばの威厳ある男性だった。
紫の長衣を身に纏い、知的な瞳が印象的である。
しかし、その立ち居振る舞いには皇帝らしい威厳がありながら、どこか親しみやすさも感じられた。
「陛下!」
アリシアが深々と頭を下げる。
「調和者殿をお連れいたしました」
「ありがとう、アリシア」
皇帝マクシミリアン三世がアルトに向き直る。
「初めまして、調和者殿。私がバルバロッサ帝国皇帝、マクシミリアン・フォン・ゴルトベルクです」
「お初にお目にかかります、陛下」
アルトが丁寧に礼をする。
「このような貴重な機会をいただき、光栄です」
皇帝の視線が、アルトの肩にいるセレスに向けられた。
「こちらが噂の竜族の方ですね」
『はじめまして、皇帝陛下』
セレスが緊張しながらも、きちんと挨拶する。
『セレス・サファイアウィングと申します』
「美しい竜ですね。まさに伝説に描かれた通りです」
皇帝の言葉に、一同が安堵する。敵意はないようだった。
「ゴールデンクロウ殿はどちらに?」
「庭園におります、陛下」
アリシアが答える。
「館の中では窮屈かと思いまして」
「そうですね。では、庭園でお話ししましょう」
庭園に出ると、ゴールデンクロウが月光の下で翼を休めていた。
皇帝がその巨大な姿を見上げても、まったく動じていない。
『皇帝陛下』
ゴールデンクロウが頭を下げる。
『このたびはお招きいただき、感謝いたします』
「こちらこそ、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
皇帝が庭園のベンチに腰を下ろす。
「さて、単刀直入にお聞きします。あなた方は本当に、人間と竜族の調和を実現できるとお考えですか?」
「はい、陛下」
アルトが迷いなく答える。
「僕たちは既に、エルドラン王国とフェルナンド王国でその証明をしてきました」
「具体的にはどのような成果を?」
アルトが詳細に報告すると、皇帝の表情が次第に興味深いものに変わっていった。
「なるほど...古代契約書の発見は興味深いですね」
皇帝が立ち上がり、館の方を振り返る。
「実は、この館にも関連する資料があるのです」
「関連する資料?」
「『帝国建国秘史』という文献です」
アリシアが補足する。
「一般には公開されていない、皇室の秘密文書です」
「その中に、千年前の竜族との関係について記述があります」
皇帝が説明を続ける。
「バルバロッサ帝国の初代皇帝は、実は竜族の助けを得て建国を成し遂げたのです」
一同が驚く。
「それは...歴史書には記載されていませんね」
「意図的に隠されてきました」
皇帝の表情が複雑になる。
「『人間至上主義』の台頭により、竜族との協力の歴史は封印されたのです」
『なぜ今、その事実を明かすのですか?』
ゴールデンクロウが尋ねる。
「現在の帝国が直面している危機のためです」
皇帝が重い口調で続ける。
「『純粋主義者』の活動により、帝国内部が分裂しつつあります」
「どの程度の規模でしょうか?」
「軍部の一部、貴族の約三分の一、そして民衆の半数近くが彼らの思想に共感しています」
アリシアが憂鬱そうに報告する。
「特に問題なのは、彼らが『皇帝打倒』を掲げ始めていることです」
「皇帝打倒?」
「私が『軟弱すぎる』というのが理由です」
皇帝が苦笑いする。
「異種族への寛容な政策や、平和外交を推進していることが、彼らには気に入らないようです」
『それで、我らの力を借りようと?』
セレスが核心を突く質問をした。
「その通りです」
皇帝が率直に認める。
「ただし、単純な軍事力としてではありません」
「どのような形での協力をお考えですか?」
「まず、帝国の民衆に真実を知らせたい」
皇帝が立ち上がる。
「建国の歴史、竜族との協力の意義、そして調和の可能性を」
「具体的には?」
「帝都での公開演説会です」
アリシアが計画を説明する。
「皇帝陛下自らが、調和者殿と共に民衆の前に立つのです」
『それは危険すぎる』
ゴールデンクロウが心配する。
『純粋主義者の襲撃を受ける可能性がある』
「覚悟の上です」
皇帝の瞳に決意が宿る。
「このまま何もしなければ、帝国は内戦に突入してしまう」
「陛下...」
アルトが感動する。
「そこまでのリスクを負ってまで、なぜ調和を求めるのですか?」
「私には夢があるのです」
皇帝が夜空を見上げる。
「すべての種族が平等に暮らせる、真の平和な世界を築くという夢が」
『その夢、我らも共有したい』
ゴールデンクロウが感動を込めて語る。
『皇帝陛下、我らは全面的に協力いたします』
「ありがとうございます」
皇帝が深々と頭を下げる。
「では、明後日に演説会を開催しましょう」
「明後日?そんなに急に大丈夫でしょうか?」
「実は、既に準備を進めていました」
アリシアが説明する。
「『重要な政策発表』として、帝都中央広場での集会を予告してあります」
「なるほど、周到に計画されていたのですね」
「ただし、一つ問題があります」
皇帝の表情が曇る。
「純粋主義者のリーダーが、同じ日に対抗集会を開くと宣言しているのです」
「対抗集会?」
「『真の帝国の復活』を謳う集会です」
アリシアが詳細を語る。
「おそらく、我々の集会を妨害しようとするでしょう」
『そのリーダーとは何者ですか?』
セレスが尋ねる。
「元帥グスタフ・アイゼンファウスト」
皇帝が苦々しそうに名前を口にする。
「帝国軍の英雄でしたが、思想的に過激化してしまいました」
「軍の英雄が敵に回るとは...」
『危険な状況だな』
ゴールデンクロウが考え込む。
『だが、だからこそやりがいがある』
「皆さん、本当に大丈夫ですか?」
皇帝が心配そうに尋ねる。
「命の危険もあるかもしれません」
「陛下」
アルトが力強く答える。
「僕たちの使命は、どんな困難があっても調和を実現することです」
『そうです』
セレスも賛同する。
『帝国ほどの大国で成功すれば、世界中に希望を与えられます』
『我らは戦います』
ゴールデンクロウが宣言する。
『調和の敵となる者がいるなら、正面から立ち向かう』
「分かりました」
皇帝が立ち上がる。
「では、明日は準備に充てましょう。演説の内容、警備計画、そして万一の際の対応策を検討します」
こうして、バルバロッサ帝国での最大の挑戦に向けた準備が始まった。
その夜、アルトは翠嶺の館の屋上で星空を見上げていた。
『心配なの?』
セレスが寄り添ってくる。
『今度の相手は、これまでで最も強大よ』
「でも、皇帝陛下の決意を見ていたら、僕たちも負けるわけにはいかないと思ったんです」
アルトが振り返る。
「あの方は、本当に平和を愛している。だからこそ、僕たちが支えなければ」
『きっと大丈夫よ』
セレスが励ましてくれる。
『これまでも困難を乗り越えてきたもの。今度も、みんなで力を合わせれば』
遠くで、ゴールデンクロウとアリシアが明日の計画について話し合っている声が聞こえてくる。
帝国の運命を賭けた戦いが、ついに始まろうとしていた。
第30話 完




