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第3話:ガルムの古い日記

その夜、アルトは眠れずにいた。

 マリアから聞いた話が頭の中でぐるぐると回り続けている。

 竜と人間が共に暮らしていた時代、そして失われた古い絆。

 セレスは安らかに眠っているが、時折小さく鳴き声を上げて、まるで夢を見ているようだった。


『アルト...大丈夫?眠れないの?』


「ちょっと考え事をしていて。君は大丈夫?」


『私も少し...故郷の夢を見ていたの。とても美しい場所だった』


「どんなところなの?」


『雲の上にある島々。そこには私たちの仲間がたくさんいて、人間の友達もいた。でも...』


 セレスの声が急に途切れた。


『何かが起こったの。みんながいなくなって...私一人だけが残された』


 アルトはセレスを優しく撫でた。


「もう一人じゃないよ。僕がいる」


『ありがとう。でも、もしかすると私は何か大切なことを忘れているのかもしれない』


 その時、階下からかすかに物音が聞こえてきた。

 ガルムが起きているようだった。

 時計を見ると、もう夜中の二時を過ぎている。


「じいちゃん、どうしたんだろう?」


 アルトはそっとベッドから起き上がり、セレスを肩に乗せて階下へ向かった。

 居間では、ガルムがランプの明かりの下で、古い革製の日記帳を開いて読んでいた。


「じいちゃん?夜中にどうしたんですか?」


 ガルムは振り返ると、少し驚いたような表情を見せた。


「アルト...起こしてしまったか。すまんな」


「眠れなくて。その日記は?」


 ガルムは日記を胸に抱いて、深いため息をついた。


「昔の...とても昔の記録じゃ。最近、どうも気になることがあってな」


「気になること?」


「王都からの情報や、村の周辺で起きている不思議な現象...そして、お前の様子じゃ」


アルトはドキッとした。もしかすると、ガルムはセレスの存在に気づいているのかもしれない。


「僕の様子?」


「ここ数日、お前からは今まで感じたことのない...特別な気配を感じるのじゃ。まるで昔の...」


 ガルムは言いかけて口を閉じた。

 しかし、その瞬間、セレスがアルトの肩から顔を出した。


「!」


 ガルムの目が大きく見開かれた。

 しかし、驚きよりも、深い理解のような光がその瞳に宿った。


「竜の子...まさか、本当に時が来たのか」


「じいちゃん、ご存知なんですか?」


 ガルムはゆっくりと頷いた。


「知っている。いや、知らなければならなかった。お前の血筋を考えれば」


「血筋?」


「座れ、アルト。話さなければならないことがある」


 ガルムは日記を机の上に置いて、アルトに椅子を勧めた。セレスもアルトの膝の上で、興味深そうに聞き耳を立てている。


「この日記は、お前の父親が書いたものじゃ」


「父さんの?」


 アルトは息を呑んだ。

 父の記録など、これまで見たことがなかった。


「トーマス・ウィンドブレイカー...お前の父親は、ただの羊飼いではなかった」


 ガルムは日記を開きながら続けた。


「彼は『竜語り』と呼ばれる特別な能力を持っていた。竜族との心の交流ができる、古い血筋の継承者だったのじゃ」


『竜語り...』


 セレスが小さく呟いた。


「竜語りとは何ですか?」


「古代において、人間と竜族の橋渡しをしていた特別な人々のことじゃ。彼らは竜の心を理解し、人間の想いを竜に伝えることができた。お前の一族は、代々その能力を受け継いでいる」


 ガルムは日記のページをめくりながら、父の記録を読み上げ始めた。


「『今日、蒼い鱗を持つ竜の夢を見た。彼女は遠い空の島から呼びかけている。何かが始まろうとしているのかもしれない』」


 アルトは胸がドキドキした。父も竜の夢を見ていたのだ。


「『息子のアルトが三歳になった。最近、彼の周りに小鳥たちが集まってくることが多い。もしかすると、彼にも竜語りの血が流れているかもしれない』」


『あなたのお父さんも竜語りだったのね』


 セレスがテレパシーで話しかけてきた。


「でも、なぜ今まで教えてくれなかったんですか?」


 ガルムは悲しそうな表情を浮かべた。


「お前の両親が亡くなった後、わしは迷ったのじゃ。竜語りの能力は素晴らしいものじゃが、同時に大きな責任も伴う。普通の人間として、平穏に暮らしてほしいと思ったのじゃ」


「責任?」


「竜語りは、人間と竜族の平和を守る使命を負っている。しかし、それは時として危険な道でもある」


 ガルムはさらにページをめくった。


「『古い予言について調べている。蒼き竜の継承者が現れる時、失われた絆が再び結ばれるという。もしそれが真実なら、我が息子の代で、運命の時が訪れるかもしれない』」


 アルトは言葉を失った。

 父は自分の将来について、すでに予感していたのだ。


「予言とは何ですか?」


「古代竜族に伝わる預言じゃ。『人間と竜族の絆が完全に失われた時、蒼き竜の血を引く者と竜語りの血を引く者が出会い、新たなる時代の扉を開く』というものじゃ」


『それって...』


 セレスがアルトを見上げた。


「僕とセレスのことですか?」


「そうかもしれんな。セレスは蒼竜の血を引いているじゃろう?」


『はい。私の一族は代々、蒼い鱗を持つ竜族です』


 ガルムはセレスが話したことを理解したように頷いた。


「やはりそうか。わしにも少しだけ、竜の心を感じ取る力がある。血は薄いがな」


「じいちゃんも?」


「ウィンドブレイカーの血族じゃからな。ただし、お前ほど強くはない。お前の父親の記録を読み続けよう」


 ガルムは日記の後半のページを開いた。


「『最近、禁足の森から不思議な光が見えることがある。まるで竜族の魔法のようだ。調査してみたいが、アルトがまだ小さく、マリアも妊娠している。今は家族を優先すべきだろう』」


「母さんが妊娠?」


「そうじゃ。お前に弟か妹ができる予定だった。しかし...」


 ガルムの声が震えた。


「病気が両親を奪っていった。そして、生まれる予定だった子供も...」


 アルトは初めて知る事実に衝撃を受けた。

 自分に兄弟がいたかもしれないのだ。


「『もし私に何かあった時のために、この日記を残す。アルトが成人した時、もし竜語りの能力に目覚めたなら、この記録を読ませてほしい。そして、禁足の森の奥にある古い祭壇を調べさせてほしい。そこに、すべての答えがあるはずだ』」


「古い祭壇...セレスを見つけた場所ですね」


『そうね。あの場所には特別な力がある。私も何となく感じていたの』


 ガルムは日記を閉じて、深いため息をついた。


「お前の父親は、この日が来ることを予見していたのじゃろう。そして、お前が正しい道を歩めるよう、すべてを準備していたのじゃ」


「でも僕は...まだよく分からないんです。竜語りって具体的に何ができるんですか?」


「それは徐々に分かってくるじゃろう。セレスとの絆が深まるにつれて、新たな能力も開花するはずじゃ」


『アルト、私もあなたの成長を感じているわ。テレパシーだけでなく、もっと深いつながりを感じる』


「深いつながり?」


『竜語りと竜族が完全に心を通わせた時、お互いの能力を共有できるようになるの。治癒の力、空を飛ぶ力、そして...古い記憶を呼び覚ます力』


 ガルムは興味深そうに聞いていた。


「セレス、お前の一族について教えてくれるか?」


『私たちは天空の島々に住んでいました。人間たちとも仲良く暮らしていて、知識や技術を分かち合っていました』


「何が起こったのじゃ?」


『ある日、暗い雲がやってきました。それは魔法の雲で、触れるものすべてを石に変えてしまう。みんなが逃げましたが、私は幼すぎて一人では飛べなくて...』


 セレスの声が震えている。


『気がついた時には、みんながいなくなっていました。島も、雲に覆われて見えなくなって...』


 アルトはセレスを優しく撫でた。


「もう大丈夫。僕たちがいるから」


「暗い雲...」


 ガルムが何かを思い出したような表情を見せた。


「それは『忘却の霧』と呼ばれるものかもしれんな」


「忘却の霧?」


「古い伝説にある邪悪な魔法じゃ。記憶と存在そのものを消し去ってしまうという」


『それです!その名前を聞いたことがあります』


「もしそうなら...セレス、お前の一族は消されたのではなく、どこかに隠されているのかもしれん」


『本当ですか?』


「可能性はある。忘却の霧は完全な破壊ではなく、一時的な封印の効果もあるからじゃ」


 アルトは希望の光を感じた。


「それなら、セレスの家族を見つけることができるかもしれませんね」


「ただし、それは簡単なことではない。古い魔法を解くには、相当な力と知識が必要じゃ」


ガルムは立ち上がって、古い木箱を持ってきた。


「お前の父親が残したものが、もう一つある」


 箱を開けると、中には美しい青い石がはめ込まれたペンダントが入っていた。


「これは『竜心石』と呼ばれる特別な石じゃ。竜語りの証でもあり、竜族との絆を深める力がある」


 アルトがペンダントを手に取ると、石が温かく光り始めた。


『すごい...この石から、とても優しい力を感じる』


「お前の父親も、このペンダントを身につけていた。今度はお前が受け継ぐ番じゃ」


 アルトは首にペンダントをかけた。

 すると、セレスとの間により強いつながりを感じるようになった。


『アルト、私たちの心がもっと近くなったみたい』


「本当だ。セレスの気持ちがより鮮明に分かる」


 ガルムは満足そうに頷いた。


「明日から、お前の本当の修行が始まる。竜語りとしての力を開花させ、セレスとの絆を深めるのじゃ」


「修行?」


「古い知識を学び、心を鍛え、そして失われた歴史の真実を探る。それが竜語りの道じゃ」


 窓の外を見ると、空が白み始めていた。夜通し話していたのだ。


「今日は休め。明日の夕方、禁足の森に一緒に行こう。お前の父親が残した手がかりを調べるのじゃ」


「分かりました」


 アルトは部屋に戻りながら、胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 自分の出自、父の秘密、そしてセレスとの運命的な絆。すべてがつながり始めている。


『アルト、怖い?』


「少し。でも同時にワクワクしてる。君と一緒なら、どんなことでも乗り越えられる気がするよ」


『私も同じ気持ち。あなたがいれば、家族を見つけられるかもしれない』


 ベッドに横になりながら、アルトは竜心石を握りしめた。

 石は温かく脈動していて、まるで生きているようだった。

 そして、ついに眠りについた時、アルトは鮮明な夢を見た。

 青い空に浮かぶ美しい島々、そこで暮らす人々と竜たち、そして迫り来る暗い雲。しかし、夢の最後には希望の光が差していた。

 それは、新しい冒険の始まりを告げる、運命の夢だった。


第3話 完


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