第29話:帝国への出発
公開討論会から一週間が経過し、フェルナンド王国では人竜協力体制の構築が急ピッチで進められていた。
王宮の一室では、アルトとゴールデンクロウ、そしてエリザベス王女が今後の計画について話し合っていた。
「人竜合同委員会の設立準備は順調に進んでいます」
エリザベス王女が報告書に目を通しながら説明する。
「各ギルドからの代表者選出も完了し、来月には正式な発足式を行えそうです」
『それは素晴らしい』
ゴールデンクロウが満足そうに頷く。
『この国は必ず調和の模範となるだろう』
「問題は次の目的地ですね」
アルトが地図を広げる。
「バルバロッサ帝国は、これまでで最も困難な相手になりそうです」
地図上のバルバロッサ帝国は巨大な領土を誇り、フェルナンド王国の十倍以上の規模を持っていた。
「帝国の情報はどの程度把握できていますか?」
「外交ルートで得られる範囲では限られています」
エリザベス王女が困った表情を見せる。
「皇帝マクシミリアン三世は絶対君主制を敷いており、外国人との接触を極めて制限しています」
『軍事力も圧倒的だな』
ゴールデンクロウが記憶を辿る。
『帝国軍は五十万の兵力を誇り、魔法技術も高度に発達している』
「それに加えて、帝国は伝統的に『人間至上主義』の思想が強いのです」
アルトの表情が険しくなる。
「つまり、竜族との協力どころか、接触すら拒否される可能性が高いということですね」
『だからこそ、慎重にアプローチする必要がある』
セレスがアルトの肩で心配そうに囁く。
『いきなり帝都に向かうのは危険すぎるわ』
その時、王宮の執事が部屋に入ってきた。
「失礼いたします。調和者様にお客様がいらしています」
「お客様?」
「バルバロッサ帝国からの使者だそうです」
一同が驚く。
まさにタイミングよく現れた来訪者だった。
「すぐにお通しください」
応接室に現れたのは、三十代半ばの優雅な女性だった。
深紅のドレスを身に纏い、金髪を上品にまとめている。
その立ち居振る舞いからは、高い地位の人物であることが窺えた。
「初めまして、調和者殿。私はバルバロッサ帝国の宮廷魔導師、アリシア・クリムゾンローズと申します」
「宮廷魔導師...」
アルトが驚く。
帝国の宮廷魔導師は、皇帝直属の最高位魔法使いの地位だった。
「このような高位の方が、なぜここに?」
「実は、皇帝陛下の密命を帯びて参りました」
アリシアの表情が真剣になる。
「帝国にも、あなた方の噂は届いております」
『噂?』
ゴールデンクロウが警戒する。
『どのような噂だ?』
「人間と竜族の調和を実現し、各国で奇跡を起こしているという話です」
アリシアがゴールデンクロウを恐れることなく見上げる。
「そして、その力で暗黒勢力に対抗しているとも」
「暗黒勢力をご存知なのですか?」
「はい。実は、我が帝国でも『純粋主義者』の活動が活発化しています」
アルトとセレスが顔を見合わせる。
「やはり、あの組織は各地に根を張っているようですね」
「皇帝陛下は、この脅威を深刻に受け止めておられます」
アリシアが声を潜める。
「そこで、調和者殿に帝都への来訪をお願いしたいのです」
「帝国が竜族との協力を検討しているということですか?」
「それは...正直申し上げて、まだ分かりません」
アリシアが困惑した表情を見せる。
「皇帝陛下のお考えは、私にも測りかねる部分があります。ただ、現在の状況を変える必要があるという認識は持っておられるようです」
『罠の可能性はないか?』
ゴールデンクロウが慎重に尋ねる。
「それは当然考慮すべき点です」
アリシアが率直に答える。
「しかし、私がここにいること自体が、皇帝陛下の本気度を示していると思います」
「どういう意味でしょう?」
「宮廷魔導師が国を離れることは、通常あり得ません。それだけ重要な案件だということです」
エリザベス王女が質問する。
「もし帝都に向かうとして、どのような身分で迎えていただけるのでしょうか?」
「公式には『学術調査団』として招待します」
アリシアが詳細を説明する。
「帝国には古代魔法の研究施設があり、そこでの共同研究という名目です」
「なるほど、それなら自然ですね」
「ただし、ゴールデンクロウ殿については...」
『問題があるのか?』
「帝都上空に竜が現れれば、必ず軍が出動します。事前の調整が必要でしょう」
アルトが考え込む。
「では、僕とセレスだけが先に帝都に向かい、ゴールデンクロウには後から合流してもらうというのはどうでしょう?」
『それは危険だ』
ゴールデンクロウが反対する。
『お前たち二人だけでは心配だ』
「でも、帝国軍と衝突するリスクを考えれば...」
『待ってください』
アリシアが提案する。
『実は、帝都から少し離れた場所に、皇帝陛下の別荘があります』
「別荘?」
「そこでなら、ゴールデンクロウ殿も安全に滞在できるでしょう。人里から離れており、軍の監視も届きません」
『それは良い案だな』
セレスが賛成する。
『まずはそこで様子を見て、安全を確認してから帝都に向かいましょう』
「分かりました。では、その方向で進めさせていただきます」
アルトがアリシアに向き直る。
「ただし、一つ条件があります」
「何でしょう?」
「もし危険を感じた場合、いつでも撤退できる保証をいただきたい」
「もちろんです。それは当然の権利です」
こうして、バルバロッサ帝国への訪問が決定した。
出発の準備が始まると、フェルナンド王国の人々からも多くの支援が寄せられた。
「これは護身用の魔法の腕輪です」
フィリップ学者が貴重なアイテムを差し出す。
「危険な魔法を感知すると光るようになっています」
農民代表のアンナからは、保存の利く食料が贈られた。
「帝国の食べ物が口に合わない時のために」
「皆さん、ありがとうございます」
アルトが深く頭を下げる。
「必ず成功させて、報告に戻ってきます」
『フェルナンドの皆、本当にありがとう』
ゴールデンクロウも感謝の気持ちを伝える。
『この国との絆は、我が宝物だ』
出発の前夜、ロバート王とエリザベス王女が送別会を開いてくれた。
「調和者殿、帝国は我々とは比較にならない大国です」
ロバート王が心配そうに語る。
「無理は禁物ですぞ」
「ありがとうございます、陛下。でも、この使命は僕の運命です」
アルトの瞳に決意の炎が宿る。
「どんな困難が待っていても、調和の道を諦めるつもりはありません」
『私たちがついているもの』
セレスが励ましてくれる。
『三人一緒なら、どんな試練も乗り越えられるわ』
翌朝、アルト一行はアリシアと共にバルバロッサ帝国へ向けて出発した。
『次の舞台は帝国か』
ゴールデンクロウが空を見上げる。
『今度はどのような試練が待っているのだろうな』
「きっと、これまでで最も困難な挑戦になるでしょう」
アルトが馬車の中で地図を確認する。
「でも、フェルナンドでの成功が僕たちに自信を与えてくれました」
『そうね。一歩一歩、確実に前進しているもの』
三日間の旅路を経て、一行はバルバロッサ帝国の国境に到達した。
巨大な城壁と威圧的な城門が、帝国の威厳を物語っている。
「いよいよですね」
アリシアが緊張した面持ちで呟く。
「皇帝陛下がどのような判断を下すか、私にも予想がつきません」
「大丈夫です」
アルトが振り返る。
「僕たちは今まで多くの困難を乗り越えてきました。帝国でも、必ず道は開けると信じています」
『調和の力を信じましょう』
セレスが勇気づけるように言う。
『心からの願いは、必ず相手の心に届くはず』
城門をくぐると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
帝都バルバロッサの規模は、これまで見てきたどの都市をも上回る巨大さだった。
高層建築群が立ち並び、空中に浮かぶ魔法の乗り物が行き交っている。
「すごい...これが帝国の首都ですか」
「まだ入り口に過ぎません」
アリシアが苦笑いする。
「帝都の中心部はさらに壮大ですよ」
しかし、街の人々の表情には何か重いものがあった。
活気はあるものの、どこか緊張した雰囲気が漂っている。
「何か気になることがあります」
アルトがアリシアに尋ねる。
「街の人々の様子が...」
「気づかれましたか」
アリシアの表情が曇る。
「実は、最近帝都でも不穏な動きがあるのです」
「不穏な動き?」
「反政府活動や、異種族に対する排斥運動が活発化しています」
『純粋主義者の影響か』
ゴールデンクロウが上空から警戒する。
『この街には、確かに暗い気配がある』
「皇帝陛下も頭を悩ませておられます」
アリシアが声を潜める。
「だからこそ、調和者殿の力が必要なのかもしれません」
馬車は帝都の中心部へと向かっていく。
そこには、雲を突くほど高い皇宮の塔が聳え立っていた。
「あれが皇帝の居住する宮殿ですか?」
「はい。『天空の玉座』と呼ばれています」
その壮大さに圧倒されながらも、アルトは新たな決意を固めていた。
この巨大な帝国で調和を実現することは、確かに困難を極めるだろう。
しかし、それだけに成功した時の影響は計り知れない。
『バルバロッサ帝国での戦いが、僕たちの運命を決めるかもしれませんね』
セレスにテレパシーで語りかける。
『でも、僕たちには希望がある。これまでの経験と、仲間たちの絆があるんです』
帝都の夕日が、皇宮の塔を黄金色に染めていた。
新たな試練の場で、調和者アルト・ウィンドブレイカーの真価が問われようとしていた。
第29話 完




