第27話:王都の試練
古代契約書の発見から三日後、フェルナンド王都では人間と竜族の協力関係構築に向けた準備が本格的に始まった。
しかし、千年の空白を埋めることは容易ではなく、様々な問題が浮上していた。
「市民の反応が二極化しています」
エリザベス王女が王宮の会議室で報告する。
「調和に賛成する者と強硬に反対する者に分かれて、街では連日議論が続いています」
「具体的にはどのような意見が?」
アルトが資料に目を通しながら尋ねる。
「賛成派は『古代の契約が証明するように、竜族との協力は我が国の伝統だ』と主張しています」
『それは心強いわね』
セレスがアルトの肩で安堵の声を上げる。
「一方、反対派は『千年前に破綻した関係を復活させるのは危険すぎる』と警戒しています」
ロバート王が深いため息をつく。
「特に宗教指導者たちの反発が強い。彼らは竜族を『試練を与える存在』として位置付けてきたからな」
その時、王宮の庭園からゴールデンクロウの声が響いてきた。
『アルト、来てもらえるか。興味深い来訪者がある』
「来訪者?」
一行が庭園に出ると、ゴールデンクロウの前に一人の老人が立っていた。
白い髭を蓄えた七十代の男性で、質素な僧服を身に纏っている。
「こちらは?」
「大司教マティアス・ホーリーライト様です」
エリザベス王女が緊張した面持ちで紹介する。
「フェルナンド王国の最高宗教指導者でいらっしゃいます」
『この方が我に話しかけてきたのだ』
ゴールデンクロウが説明する。
『なかなか興味深い人物のようだ』
マティアス大司教がアルトに向き直る。
「調和者殿、お初にお目にかかります」
「こちらこそ、大司教様」
アルトが丁寧に礼をする。
「何かご相談がおありでしょうか?」
「実は、古代契約書の件でお話があります」
大司教の表情は複雑だった。
「我々宗教界でも、この数日間激しい議論が続いております」
「どのような議論でしょうか?」
「千年前の契約破綻の真相についてです」
大司教が重い口調で続ける。
「実は、教会の秘密文書庫に、当時の詳細な記録が残されているのです」
『秘密文書庫?』
セレスが興味深そうに首をかしげる。
「はい。一般には公開されていない、教会最高位のみが知る記録です」
ロバート王が驚く。
「そのような文書があったとは...どのような内容ですか?」
「『偽りの預言者』の正体に関する記述があります」
大司教の言葉に、一同が息を呑んだ。
「その者の名前は『ヴォイドクロウ』。暗黒魔法の使い手で、人々の心に恐怖と憎悪を植え付ける力を持っていました」
『ヴォイドクロウ...』
ゴールデンクロウが考え込む。
『その名前、どこかで聞いたことがある』
「彼は組織を率いていました」
大司教が続ける。
「『純粋主義者』と呼ばれる集団で、種族間の混合や協力を絶対に認めない思想を持っていました」
アルトの表情が険しくなる。
「ダーククロウと同じような組織ですね」
「ダーククロウ?」
「エルドラン王国で我々の調和活動を妨害していた暗黒魔法使いです」
アルトがダーククロウ事件の詳細を説明すると、大司教の顔が青ざめた。
「それは...まさか同じ組織の可能性が?」
「十分に考えられます」
その時、王宮の警備兵が慌てて駆けつけてきた。
「陛下!大変です!」
「どうした?」
「街の中央広場で暴動が発生しています!反竜派の市民が調和派と衝突して...」
ロバート王が立ち上がる。
「すぐに鎮圧部隊を」
「お待ちください、陛下」
アルトが王を制止する。
「武力で押さえつけても、根本的な解決にはなりません」
「では、どうする?」
「直接話し合いに行きましょう。僕たちが仲裁します」
『危険すぎる』
ゴールデンクロウが心配する。
『暴徒化した群衆は理性を失っている』
「だからこそ、調和者の出番です」
アルトの決意は固い。
「セレス、一緒に来てくれますか?」
『もちろん』
「私も同行します」
エリザベス王女が申し出る。
「それに、マティアス大司教様にもお願いしたいことが」
「何でしょう?」
「宗教指導者として、人々に平静を促していただけませんか?」
大司教が少し迷った後、頷いた。
「分かりました。これも神の試練かもしれません」
中央広場に到着すると、確かに騒然とした状況だった。
数百人の市民が二つの陣営に分かれて対峙し、時折小競り合いが発生している。
「竜族は危険だ!」
「古代の契約を復活させよ!」
「我々の伝統を守れ!」
「変化を恐れるな!」
双方が激しく叫び合い、もはや対話の余地がないように見える。
「どうやって割って入りましょうか?」
エリザベス王女が不安そうに呟く。
その時、アルトは決断した。
「ゴールデンクロウ、上空から注意を引いてもらえますか?」
『分かった』
金竜が空に舞い上がると、その巨大な影が広場を覆った。
人々が空を見上げて一時的に静まる。
「皆さん!」
アルトが広場の中央に立って声を上げる。
「私は調和者のアルト・ウィンドブレイカーです!」
ざわめきが起こるが、人々は耳を傾けている。
「争うことでは何も解決しません。まず、お互いの話を聞きませんか?」
反竜派のリーダー格らしい男性が前に出る。
「調和者殿、あなたは竜族の恐ろしさを知らない!」
「どのような恐ろしさでしょうか?具体的に教えてください」
「彼らの力は人間を遥かに超えている。いつ牙を剥くか分からない!」
『それは誤解だ』
ゴールデンクロウが空から声をかける。
『我らに敵意はない』
「口ではそう言っても、信用できるものか!」
調和派の女性が反論する。
「でも、古代の契約書が証明しているじゃない!昔は協力していたのよ!」
「それが破綻したのも事実だろう!」
再び口論が始まりそうになったが、マティアス大司教が前に出た。
「皆の者、静まりなさい」
宗教指導者の権威ある声に、広場が静寂に包まれる。
「我々は今、重要な選択の時を迎えている」
大司教が厳かに語り始める。
「恐れによって閉ざされた心で生きるか、理解によって開かれた未来を築くか」
『その通りです』
セレスがテレパシーで人々に語りかける。
『私たちも最初は怖かった。でも、心を開いて話し合えば、きっと分かり合える』
人々の表情が少しずつ変わっていく。
「では、実際に話し合ってみませんか?」
アルトが提案する。
「まず、反竜派の代表三名と調和派の代表三名で討論の場を設けましょう」
「討論?」
「はい。お互いの意見を聞き、疑問があれば質問し、納得いくまで話し合うのです」
エリザベス王女が補足する。
「王宮で公開討論会を開きます。全市民が見学できるようにしましょう」
この提案に、双方から賛成の声が上がった。
「それなら参加しよう」
「公正な場での議論なら異議はない」
こうして、フェルナンド王国初の「人竜調和公開討論会」の開催が決定した。
その夜、アルトは準備に追われていた。
討論会を成功させるためには、綿密な準備が必要だった。
「明日が正念場ですね」
『でも、今日の広場での反応を見る限り、希望は持てそうよ』
セレスが励ましてくれる。
「人々は本当は分かり合いたいと思っている。ただ、その方法が分からないだけです」
『ゴールデンクロウも協力的だし、きっと大丈夫』
翌日の討論会が、フェルナンド王国の未来を決める重要な分岐点になることを、アルトは強く感じていた。
人間と竜族、異なる種族が真に理解し合えるのか。その答えが明日明らかになる。
第27話 完




