第25話:金竜との遭遇
フェルナンド王国での最初の朝、アルトは王宮の窓から見える美しい都市の景色に見とれていた。
水晶の塔がきらめく朝日を反射し、虹色の光が街全体を包んでいる。
しかし、その美しさの裏には、人々の竜族への根深い恐怖が隠されていることを、アルトは忘れてはいなかった。
「おはようございます、アルト様」
エリザベス王女の侍女が朝食を運んできた。
「王女殿下がお呼びです。緊急の報告があるとのことで」
「緊急の?」
『何か起こったのかしら』
セレスが心配そうに羽を震わせる。
急いで王女の執務室に向かうと、そこには王女だけでなく、フェルナンド王や重臣たちも集まっていた。
全員の表情が険しい。
「アルトさん、大変なことになりました」
エリザベス王女が慌てた様子で説明を始める。
「昨夜、北部のクリムゾン村で金竜が現れ、村の神殿を破壊しました」
「神殿を?」
アルトの表情が緊張する。
「はい。幸い人的被害はありませんでしたが、村人たちは恐怖で混乱状態です」
ロバート王が重々しい口調で続ける。
「神殿は我々の信仰の中心地の一つだ。それが破壊されたとなると、全国民の竜族への恐怖と憎悪が爆発的に高まるだろう」
「なぜ金竜は神殿を破壊したのでしょうか?」
『理由もなしに破壊するとは思えないわ』
セレスが困惑している。
「それが分からないのです」
王女が地図を広げる。
「目撃者によると、金竜は神殿の特定の場所だけを狙って破壊し、その後すぐに立ち去ったとのことです」
「特定の場所?」
「祭壇の地下部分です。何か重要なものがあったのかもしれません」
アルトは深く考え込んだ。
竜族、特に金竜が無意味な破壊を行うとは考えにくい。きっと何か重要な理由があるはずだ。
「現地に行って、直接金竜と話をする必要がありますね」
「危険すぎます」
重臣の一人が反対する。
「金竜の力は他の竜族とは比べ物になりません。一歩間違えば命に関わります」
「でも、話し合わなければ真実は分からない」
アルトの決意は固い。
「それに、これは調和者としての最初の試練でもあります」
『私も一緒に行くわ』
セレスがアルトの肩に止まる。
『竜族同士なら、何か分かることがあるかもしれない』
ロバート王が長い沈黙の後、頷いた。
「分かった。ただし、十分な護衛をつける」
「ガーディアン・マグナスとゼファーがいれば十分です」
こうして、アルト一行はクリムゾン村への緊急出発が決まった。
クリムゾン村までは馬車で半日の道のりだった。
村に近づくにつれて、破壊の痕跡が見えてくる。
神殿の尖塔が崩れ、石材が周囲に散らばっていた。
「ひどい有様ね」
村長のエドワード・クリムゾンが一行を出迎えた。
六十代の温厚そうな男性だが、その表情には深い疲労と恐怖が刻まれている。
「調和者様、よくお越しくださいました。村人たちは皆、恐怖で家に閉じこもっています」
「被害の状況を詳しく教えてください」
「はい。昨夜の午後十時頃、突然金色の巨大な竜が現れました」
村長が震え声で説明する。
「最初は村の上空を旋回していましたが、やがて神殿に降り立ち...」
破壊された神殿を見ると、確かに特定の場所だけが狙われていることが分かる。祭壇とその地下部分が完全に掘り返され、何かを探していたような痕跡がある。
「村長さん、この神殿の地下には何が安置されていましたか?」
「それが...よく分からないのです」
村長が困惑した表情を見せる。
「古い文書によると、数百年前に『聖なる封印』が施されたとありますが、詳細は不明です」
『聖なる封印?』
セレスが興味深そうに首をかしげる。
『もしかすると、竜族に関係するものかもしれないわ』
その時、村の外れから巨大な影が立ち上がった。
金色に輝く巨大な竜が、ゆっくりと村に向かって歩いてくる。
「金竜が戻ってきた!」
村人たちが慌てて建物の中に逃げ込む。
金竜は他の竜族とは明らかに異なる威厳を持っていた。
体長は二十メートルを超え、その鱗は純金のように輝いている。瞳は深い知性を湛え、長い年月を生きた古老の風格を感じさせる。
『人間よ』
金竜が重厚な声でテレパシーを送ってくる。
『我の名はゴールデンクロウ。我は何も奪うために来たのではない』
「ゴールデンクロウ」
アルトが勇気を振り絞って前に出る。
「私は調和者のアルト・ウィンドブレイカーです。なぜ神殿を破壊されたのですか?」
『調和者?』
ゴールデンクロウの瞳に興味の光が宿る。
『噂に聞く竜語りか。ならば話そう』
金竜がゆっくりと地面に身を横たえる。
『我が探していたものは、この神殿の地下に封印されていた古代の契約書だ』
「契約書?」
『そうだ。千年前、我が一族と人間との間で交わされた重要な約束が記された石板』
ゴールデンクロウの説明に、アルトは驚いた。
『人間どもは我らとの約束を忘れ、一方的に封印してしまった。それを取り戻すため、我は神殿を掘ったのだ』
「どのような約束だったのですか?」
『金竜族は人間の守護者として、災害から守る代わりに、人間は我らに敬意と感謝を示す。そして困った時は互いに助け合うという契約だった』
セレスが驚いて羽をばたつかせる。
『それって、今アルトがやっていることと同じじゃない』
『その通りだ、小さな蒼竜よ』
ゴールデンクロウがセレスを見つめる。
『汝らのような存在が現れることを、我は長い間待っていたのだ』
村長が恐る恐る近づいてきた。
「あの...その契約書は見つかったのでしょうか?」
『見つからなかった』
ゴールデンクロウの声に失望が混じる。
『おそらく他の場所に移されたのだろう』
アルトは考えた。
もし古代の契約書が存在するなら、それは人間と竜族の調和を進める上で重要な手がかりになるかもしれない。
「ゴールデンクロウ、その契約書を一緒に探しませんか?」
『何?』
「僕たちも、人間と竜族の古い絆について知りたいのです。力を合わせれば、きっと見つかるでしょう」
金竜が長い間アルトを見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。
『面白い提案だ。調和者よ、汝の誠意を信じてみよう』
『でも、契約書はどこにあるの?』
セレスが疑問を投げかける。
『古い記録を調べる必要がありそうね』
「フェルナンド王国の魔法学院なら、古代文書の収蔵庫があります」
エリザベス王女が提案する。
「そこに手がかりがあるかもしれません」
ゴールデンクロウが立ち上がる。
『ならば、都に向かおう。我も同行する』
「本当ですか?」
『汝らの調和への意志を見極めたい。それに、契約書は我にとっても重要なものだ』
村長が不安そうに見上げる。
「神殿の修復は...」
『心配するな』
ゴールデンクロウが魔法を唱えると、破壊された神殿が見る見るうちに修復されていく。
金の魔法によって、以前よりも美しい姿で再建された。
『これで我が行った破壊の償いとしよう』
村人たちが恐る恐る建物から出てきて、修復された神殿を見て驚嘆の声を上げる。
「すごい...魔法で一瞬のうちに」
「金竜様は敵ではなかったのですね」
人々の表情から恐怖が消え、代わりに畏敬の念が宿っている。
『アルト』
セレスが嬉しそうに鳴く。
『またひとつ、理解が生まれたわね』
「そうですね。これからもっと多くの理解が生まれるでしょう」
アルトがゴールデンクロウを見上げる。
「一緒に新しい未来を作りましょう」
『うむ。期待しているぞ、若き調和者よ』
こうして、アルトは強力な新しい仲間を得ることになった。金竜族という最も誇り高い竜族との協力は、フェルナンド王国での調和活動に大きな影響を与えるだろう。
古代の契約書を探す旅が、新たな冒険の始まりを告げていた。
第25話 完




