第24話:新たなる旅立ち
フェルナンド王国への出発の朝、王都アルデンは早朝から活気に満ちていた。
調和事務局の前には、アルトを見送りに来た多くの人々と竜族が集まっている。
グリーンヴァレー村からはトーマス村長とレッドクロー、ストーンブリッジ町からはマーカス町長とロックハンマー、そして王都で共に働く仲間たちが皆、アルトの新たな門出を祝福しに来ていた。
「アルト様、フェルナンドでも頑張ってください」
エミリーが涙を浮かべながら、厚い資料の束を手渡した。
「これまでの協力事例と解決策をまとめました。きっとお役に立つはずです」
「ありがとうございます、エミリー。君がいてくれたおかげで、ここまで来ることができました」
アルトが感謝を込めて資料を受け取る。
『レッドクロー、村のことをお願いします』
セレスが火竜に向かって頭を下げる。
『任せておけ、小さな蒼竜よ』
レッドクローが誇らしげに胸を張る。
『我がいる限り、グリーンヴァレーは安泰だ。それに、人間どもも随分と成長した』
「そうですね。もう僕たちがいなくても、みんなで協力してやっていけるでしょう」
アルトが村人たちを見回すと、確かに以前とは別人のような自信に満ちた表情を浮かべている。
『ロックハンマーも、町の発展に尽力してくれてありがとうございます』
『当然のことだ』
地竜が重々しく頷く。
『我らは既に家族のようなものだからな』
マーカス院長が馬車の準備状況を確認しながら近づいてきた。
「出発の準備が整いました。フェルナンド王国までは五日の道のりです」
「分かりました」
アルトが仲間たちに最後の挨拶をしていると、王宮からアルバート王自らが見送りにやってきた。
「アルト君」
王が厳粛な表情で近づく。
「君は我が国の誇りだ。そして今、世界に調和の理念を広める使者となる」
「陛下...」
「この任務は決して容易ではないだろう。しかし、君ならばきっと成し遂げられる」
王がアルトの肩に手を置く。
「エルドラン王国の名に恥じぬよう、そして何より、君自身の信念に従って行動してくれ」
「はい、陛下。必ずや調和の輪を広げて参ります」
ガルムが孫の前に立った。
年老いた祖父の目には、誇りと心配が混じり合っている。
「アルト...お前はもう立派な大人じゃ。わしが教えられることは何もない」
「じいちゃん...」
「ただ一つだけ覚えておいてくれ。どんなに遠くへ行っても、風の谷がお前の故郷じゃ。必ず帰ってくるのじゃぞ」
「はい、必ず」
アルトがガルムを抱きしめると、老人の目から涙がこぼれた。
『さあ、出発の時間です』
ガーディアン・マグナスが魔法馬車の前に立つ。今回の旅では、彼も重要な護衛役を務める。
『主君、準備はよろしいですか?』
「はい、行きましょう」
アルト、セレス、ガーディアン・マグナスが馬車に乗り込む。
御者台にはエリザベス王女の護衛騎士が座り、ゼファーは上空からの護衛を担当する予定だった。
エリザベス王女も既に馬車に乗車しており、出発を待っている。
「アルトさん、準備はいかがですか?」
「はい、いつでも」
『みんな、いってきます』
セレスが窓から身を乗り出して、見送りの人々に挨拶する。
「いってらっしゃい!」
「頑張って!」
「必ず成功させてください!」
人々の声援に送られて、馬車がゆっくりと動き出した。
王都の門をくぐり、街道に出ると、アルトは改めて任務の重大さを実感した。
今度は一つの村や町ではなく、国全体の人々と竜族の関係を調和させなければならないのだ。
「緊張されていますか?」
エリザベス王女がアルトの表情を見て尋ねた。
「少し。これまでとは規模が違いますから」
「でも、あなたなら大丈夫です」
王女の声には確信が込められている。
「グリーンヴァレー村やストーンブリッジ町での成功を見れば、あなたの能力は明らかです」
『そうよ、アルト』
セレスが励ますように鳴く。
『私たちは今まで多くの困難を乗り越えてきた。フェルナンドでも大丈夫』
道中、エリザベス王女はフェルナンド王国の詳しい状況を説明してくれた。
「我が国は山がちな地形で、各地域が独立性の強い文化を持っています」
「それは調和を進める上で困難になりそうですね」
「そうなのです。中央の政策が地方に浸透するのに時間がかかります」
王女が地図を広げて見せる。
「特に北部山岳地帯では、古い慣習が根強く残っています」
『どんな慣習ですか?』
「竜族を災いの象徴として恐れる信仰です。代々語り継がれてきた伝説では、竜が現れると災害が起こるとされています」
アルトは考え込んだ。
単純な偏見ではなく、宗教的・文化的な背景がある問題は複雑だ。
「まず、その地域の文化や伝説を詳しく学ぶ必要がありますね」
「賢明な判断です」
王女が頷く。
「押し付けではなく、理解から始めるということですね」
二日目の宿場町で、一行は興味深い情報を得た。
「フェルナンドで竜が現れているという話ですが...」
宿屋の主人に尋ねると、彼は困った顔をした。
「ああ、それは困ったことになっているようで。北の山で金竜が目撃されているらしいですが、地元の人々は大騒ぎです」
「金竜?」
エリザベス王女が驚く。
「金竜は竜族の中でも特に希少で、強大な力を持つとされています」
『金竜...』
セレスが記憶を探る表情を見せる。
『確か、古代では最も賢明な竜族とされていたわ。でも、とても誇り高くて人間を軽視する傾向があった』
「それは厄介ですね」
アルトが眉をひそめる。
「誇り高い竜族との交渉は、これまでで最も困難になるかもしれません」
三日目、山岳地帯に差し掛かると、確かに空気が変わった。
人々の表情に緊張があり、竜に関する話題を避けるような雰囲気がある。
「恐怖が深く根づいているようですね」
『上空から見ても、警戒している人が多いわ』
ゼファーが報告する。
『家の扉や窓に、竜除けのお守りらしきものがたくさん付いているの』
四日目の夕方、ついにフェルナンド王国の首都クリスタルハートが見えてきた。
美しい水晶の塔がそびえる幻想的な都市で、魔法の技術が高度に発達していることが一目で分かる。
「美しい都市ですね」
アルトが感嘆の声を上げる。
「我が国の誇りです」
エリザベス王女が微笑む。
「魔法学院は世界でも有数の規模を誇ります」
しかし、都市に近づくにつれて、問題の深刻さも見えてきた。
城壁には魔法的な防御結界が張られ、空中を警戒する魔法使いたちの姿も見える。
「竜族への警戒が相当に強いようですね」
「残念ながら。最近の金竜出現騒動で、さらに警戒が強化されました」
王宮に到着すると、フェルナンド王のロバート二世が出迎えてくれた。
五十代の威厳ある王で、魔法使いとしても高名な人物だった。
「ようこそ、調和者殿。娘から多くのことを聞いております」
「お招きいただき、光栄です、陛下」
「早速ですが、明日から本格的な協議を始めましょう。我が国の未来がかかっています」
その夜、王宮で開かれた歓迎の晩餐会では、多くの貴族や学者たちがアルトに質問を投げかけた。
「本当に竜族と共存できるのですか?」
「彼らの力は制御できるのでしょうか?」
「我々の文化や伝統は守られるのですか?」
アルトは一つ一つ丁寧に答えながら、人々の心の奥にある不安と期待を感じ取っていた。
「調和とは、どちらか一方が犠牲になることではありません」
アルトが静かに説明する。
「お互いの良いところを活かし合い、共に成長することです」
晩餐会の最後、エリザベス王女がアルトに近づいてきた。
「明日からが本当の挑戦ですね」
「はい。でも、必ず成功させます」
アルトが決意を込めて答える。
『私たちがついているもの』
セレスも心強く鳴く。
その夜、王宮の客室でアルトは明日からの計画を練った。
まずは金竜との接触を試み、その後で段階的に人々の理解を深めていく。
『アルト』
セレスが窓辺で外を見ながら呟く。
『この国の空気...とても複雑ね。恐怖と期待が混じり合っている』
「そうですね。だからこそ、慎重に進めなければ」
竜心石を握りしめながら、アルトは新たな挑戦への決意を新たにした。
エルドラン王国で築いた調和の基盤を、今度はより大きな舞台で実現する。
それがアルトに課せられた使命だった。
夜空に輝く星々が、遠い故郷の仲間たちからの応援を送っているように見えた。
第24話 完




