第15話:王都アルデン到着
翌朝、一行は夜明けと共にミドルタウンを出発した。
町の人々が見送りに集まり、感謝の言葉と共に旅の無事を祈ってくれる。
特に昨夜魔物から救われた住民たちの顔には、希望の光が宿っていた。
「竜語りさま、王都でも頑張ってください!」
「必ずや平和を取り戻してくださるでしょう!」
人々の声援に背中を押されながら、魔法馬車は最後の道程へと向かった。
しかし、王都に近づくにつれて、空の様子が明らかにおかしくなってきた。
「あれを見ろ」
ガルムが前方を指差す。
王都の方角に、巨大な魔法のオーロラが立ち上っている。
緑、青、紫の光が空中で激しく渦巻き、時折稲妻のような閃光が走る。
「魔力の大暴走だ」
マーカス院長の顔が青ざめた。
「これほどの規模とは...予想を遥かに超えている」
『上空の魔力の流れが完全に狂っているわ』
セレスが心配そうに空を見上げる。
『こんなの見たことがない』
ゼファーも同じように困惑していた。
『風の魔法さえ、まともに制御できない状態だ』
道中では、王都から避難してくる人々の列とすれ違った。
馬車、荷車、徒歩の人々が、不安そうな表情で南へ向かっている。
「王都で何が起きているんですか?」
アルトが避難民の一人に尋ねた。
「それはもう大変なことで...古い塔が空中を飛び回ったり、石像が勝手に歩き回ったり...」
中年の商人が震え声で答える。
「王宮の魔法学院は封鎖されて、魔法使いたちも手に負えない状態だそうです」
『これは急がなければならないな』
ガーディアン・マグナスが馬車と併走しながら言う。
『古代の装置が連鎖反応を起こしている可能性がある』
正午頃、ついに王都アルデンが見えてきた。
しかし、それは平時の美しい都市とは全く違う光景だった。
王都は高い城壁に囲まれた巨大な都市で、中央には壮麗な王宮がそびえている。しかし今は、あちこちから魔法の光が噴出し、建物の一部が空中に浮遊している異常な状態だった。
「信じられない...」
アルトが息を呑む。
城門は閉ざされており、王国軍の兵士たちが厳重に警備していた。
しかし、その兵士たちも魔法の異常現象に振り回されて、右往左往している状態だった。
「何者だ!」
門番の隊長が一行に声をかけてきた。
「王立魔法学院長のマーカス・ストームウィンドだ。緊急事態の対処のために戻ってきた」
「院長!」
隊長の表情が安堵に変わる。
「お帰りをお待ちしておりました。状況は刻一刻と悪化しています」
「分かっている。こちらは竜語りのアルト・ウィンドブレイカーと仲間たちだ」
隊長がアルトを見て驚く。
「竜語りですか?それは心強い...どうぞ、お急ぎください」
城門をくぐると、都市内部の混乱がより鮮明に見えた。
大通りには光る水たまりができていて、触れると空中に浮き上がってしまう。
商店街では看板が勝手に踊り回り、市民たちは建物の中に避難している。
「これは...」
『まるで魔法の実験室が爆発したみたいね』
セレスが呆然と呟く。
魔法馬車で王宮に向かう道中、様々な異常現象を目撃した。
石畳から青い炎が噴出する箇所、重力が逆転して物体が天井に向かって落下する区域、時間の流れが遅くなって人々の動きがスローモーションになっている場所。
「各古代装置が勝手に起動して、それぞれの魔法が干渉し合っているのだ」
マーカス院長が状況を分析する。
「このままでは都市全体が魔法の混沌に飲み込まれてしまう」
王宮に到着すると、そこは更なる混乱の中心だった。
宮殿の一部は空中に浮遊し、庭園では植物が異常成長して建物に絡みついている。
「院長!」
宮殿の入り口から、若い魔法使いが駆け寄ってきた。
「レイチェル・サンダーボルト助手だ」
マーカス院長が紹介する。
「状況報告を」
「はい。現在確認されている暴走装置は八基。最も危険なのは地下の『時空制御装置』です」
レイチェルは二十代半ばの女性で、銀髪を後ろで束ね、青いローブを身に着けている。
その表情には疲労と緊張が色濃く表れていた。
「時空制御装置?」
「はい。時間と空間を操る古代の装置で、これが暴走すると都市全体が時空の歪みに飲み込まれる可能性があります」
アルトは父の研究資料を思い出した。
「父の記録にもありました。最も危険な装置の一つだと」
「そうです。しかも、他の装置の暴走を誘発する中核的な存在でもあります」
『つまり、それを止めれば他の装置も安定するということですか?』
ゼファーが確認する。
「理論上はそうですが、装置へのアクセスが困難なのです」
レイチェルが困った表情を見せる。
「地下施設への通路が時空の歪みで封鎖されています。普通の方法では近づけません」
『我に任せよ』
ガーディアン・マグナスが前に出る。
『古代の施設なら、我が知っている別のルートがあるかもしれん』
「本当ですか?」
「ただし、そのルートは非常に危険だ。古代の罠や守護魔法が残っている可能性が高い」
アルトは決意を固めた。
「やります。このまま放置するわけにはいきません」
『私たちも一緒よ』
セレスが肩に止まる。
『みんなで力を合わせれば、きっと大丈夫』
マーカス院長が心配そうに言う。
「君たち若者だけでは危険すぎる。私も同行しよう」
「でも院長、他の装置の監視も必要では?」
「レイチェル、君に任せる。何かあれば魔法通信で連絡を」
「分かりました。皆さん、気をつけて」
一行は宮殿の奥深くにある古い階段を降りた。
石造りの階段は螺旋状に地下へと続いていて、壁面には古代文字が刻まれている。
『この文字...警告文だな』
ガーディアンが翻訳する。
『「許可なき者の侵入を禁ず。古代の力に触れる者は覚悟せよ」』
「物騒な警告ですね」
『しかし、我々には選択肢がない』
地下に降りるにつれて、魔力の密度が増していく。空気がピリピリと肌を刺し、竜心石の光もより強くなった。
『アルト、この魔力...とても古くて強力よ』
セレスが警戒する。
『千年以上前の魔法が、今も生きているみたい』
やがて、巨大な地下空洞に出た。
そこには信じられない光景が広がっていた。
中央に設置されているのは、建物ほどの大きさがある巨大な魔法装置だった。
無数の水晶と魔法陣で構成されており、その周囲では時間と空間が目に見えて歪んでいる。
「あれが時空制御装置...」
装置からは規則的に光の波動が放射され、それが触れた場所では時の流れが早くなったり遅くなったりしている。
『近づくのも危険だな』
ゼファーが上空から偵察する。
『装置の周囲に時空の罠がいくつも仕掛けられている』
その時、装置の前に人影が現れた。
しかし、それは生きている人間ではなかった。
『古代の守護者か』
ガーディアンが身構える。
現れたのは、光でできた古代魔法使いの幻影だった。
威厳のある老人の姿をしており、杖を持って装置を守護している。
『何者だ。この神聖なる場所に何の用だ』
幻影が荘厳な声で問いかけてくる。
「私は竜語りのアルト・ウィンドブレイカーです。暴走する装置を停止させに来ました」
『竜語りか...』
幻影がアルトを見つめる。
その瞳には古代の知恵が宿っている。
『証を見せよ。真の竜語りならば、古代の印を持っているはずだ』
アルトは竜心石を取り出した。
石は幻影に反応して、これまでにない輝きを放つ。
『これは...完全体の竜心石か』
幻影の表情が驚きに変わる。
『そして、蒼竜の気配も感じる。まさか、真の調和者が現れたのか』
『調和者って何ですか?』
セレスが尋ねる。
『人間と竜族を完全に結ぶ存在。古代の預言にある救世主だ』
幻影がゆっくりと杖を下ろす。
『ならば、装置の制御を任せよう。しかし、気をつけろ。一歩間違えれば、都市全体が時空の彼方に消え去ることになる』
「方法を教えてください」
『装置の中核に竜心石を接続し、蒼竜の力で制御回路を安定させるのだ。しかし、その間、お前たちは装置の記憶の中に引き込まれることになる』
「記憶の中?」
『そうだ。装置が記録してきた千年分の記憶。その中で道に迷えば、永遠に戻れなくなる』
アルトとセレスは顔を見合わせた。
危険な任務だが、やらなければならない。
「やります」
『では、始めよ。我が魔法で道筋を作ってやろう』
幻影の魔法により、装置への安全な通路が開かれた。
アルトとセレスは手を取り合い、時空制御装置の中核へと向かった。
運命の時が、ついに始まろうとしていた。
第15話 完




