第14話:ミドルタウンの混乱
ミドルタウンの宿屋「翠風亭」は、普段なら旅人で賑わう活気ある場所のはずだった。
しかし今夜は、避難準備に追われる住民たちの不安な声で満ちている。
アルトたちが部屋に落ち着くと、宿屋の主人ロバートが心配そうな表情で詳しい状況を教えてくれた。
「三日前の夜中から始まったんです。王都の方角に異常な光が見えて、それから魔法的な現象が次々と...」
ロバートは五十代の恰幅の良い男性で、長年この宿屋を営んでいる。
彼の話によると、町でも様々な異変が起きているという。
「井戸の水が光ったり、古い石像が勝手に動き出したり。昨日なんて、町の中央広場の時計塔が空中に浮上したんですよ」
「時計塔が?」
アルトが驚く。
「ええ。幸い一時間ほどで元に戻りましたが、下敷きになった人もいて...」
『これは相当深刻な状況ね』
セレスがテレパシーでアルトに話しかける。
『魔力の暴走が広範囲に及んでいるみたい』
マーカス院長も深刻な表情で頷いた。
「予想以上だ。このペースでは、王都だけでなく周辺都市も危険にさらされる」
『我が偵察に行こう』
ガーディアン・マグナスが申し出る。
石の騎士は宿屋の外で待機していたが、窓越しにテレパシーで会話に参加していた。
『古代の魔法装置なら、我にも感知できる』
「お願いします。でも危険すぎる場合は無理をしないでください」
『承知いたした』
ガーディアンが町の偵察に向かった後、宿屋の食堂で夕食をとりながら、アルトたちは今後の対策を話し合った。
「問題は、どの魔法装置が最も危険かということだ」
マーカス院長が父親の研究資料を広げる。
「トーマスの記録によると、王都には少なくとも十二の古代魔法装置が封印されている」
「そんなにあるんですか?」
「王都は古代エルドラン王国の首都でもあった。魔法技術の中心地だったのだ」
ガルムが興味深そうに資料を覗き込む。
「どのような装置があるのじゃ?」
「『時間制御装置』『空間転移門』『気象操作器』『精神波増幅器』...どれも強力で危険なものばかりだ」
その時、食堂に一人の女性が慌てて駆け込んできた。
町の住民らしく、顔は恐怖で青ざめている。
「大変です!北の森で魔物が大量発生しています!」
食堂にいた人々がざわめいた。
「魔物?」
「はい!光る目をした狼のような生き物が何十匹も...こちらに向かってきています!」
アルトは立ち上がった。
「僕が見てきます」
「危険だ、アルト」
マーカス院長が止めようとしたが、アルトの決意は固かった。
「人々が困っているんです。竜語りとして、見過ごすことはできません」
『私も一緒に行くわ』
セレスがアルトの肩に止まる。
『ゼファー兄さんにも連絡しましょう』
ゼファーは町の外れで休息していたが、セレスのテレパシーですぐに呼び寄せることができた。
「状況は?」
『北の森から魔物の群れが接近している』
「分かった。すぐに確認しよう」
三人は町の北門に向かった。
既に町の自警団が集まっているが、その表情は不安に満ちている。
「あ、旅の方々...危険ですから避難してください」
自警団の隊長らしい男性が声をかけてきた。
「僕たちも手伝います。アルト・ウィンドブレイカーです」
「ウィンドブレイカー?まさか、あの伝説の竜語りの...」
「はい。父の跡を継いで、竜語りをしています」
隊長の目が希望の光で輝いた。
「本当ですか?それなら...お願いします!」
北の森を見ると、確かに無数の光る目が木々の間を移動しているのが見えた。
魔物たちの唸り声も風に乗って聞こえてくる。
「あれは...シャドウウルフですね」
マーカス院長が合流して説明した。
「闇の魔力で生まれた狼型の魔物だ。通常は群れを作らないが、強い魔力の影響で異常行動を起こしているのだろう」
『数が多すぎるわ。三十匹はいる』
セレスが上空から偵察した結果を報告する。
「普通の武器では太刀打ちできないな」
その時、ガーディアン・マグナスが戻ってきた。
『主君、魔物の発生源を発見しました』
「発生源?」
『森の奥に古い祭壇があり、そこから闇の魔力が噴出しています。おそらく古代の何らかの装置が暴走しているのでしょう』
「祭壇を止めれば、魔物も消えるということですね」
『その通りです。しかし、祭壇は魔物たちに守られています』
アルトは作戦を立てた。
「みんなで連携しましょう。ゼファーとセレスが上空から魔物の注意を引き、その隙にガーディアンと僕が祭壇に向かう」
「危険すぎる」
マーカス院長が反対したが、アルトの決意は揺らがなかった。
「大丈夫です。竜心石の力があります」
『私たちがついているもの』
セレスも励ます。
作戦が決まると、一行は森に向かった。
自警団も後方支援として協力してくれる。
森に入ると、シャドウウルフたちの威嚇する声が響いた。赤く光る目と鋭い牙を持つ恐ろしい姿だが、アルトは恐怖よりも使命感を感じていた。
『始めるわよ』
ゼファーとセレスが空中で風の魔法を発動。竜巻を起こして魔物たちを撹乱する。
『今よ、アルト!』
アルトとガーディアンは魔物の包囲を突破して、森の奥へと駆けた。竜心石の光が道を照らし、古い祭壇への道筋を示してくれる。
祭壇は古代の石で作られていて、中央の魔法陣から黒い霧が立ち上っている。
明らかに異常な状態だった。
『この装置は...』
ガーディアンが驚きの声を上げる。
『「悪夢の祭壇」じゃ。古代王国でも封印されていた危険な装置』
「どうすれば止められますか?」
『純粋な光の魔法で浄化するしかありません』
アルトは竜心石を握りしめた。
しかし、その時、祭壇から巨大なシャドウウルフが現れた。他の魔物とは比べ物にならないほど大きく、強力な闇のオーラを放っている。
『ボス級の魔物ね』
セレスが上空から警告する。
巨大シャドウウルフがアルトに襲いかかってきた。ガーディアンが盾で受け止めるが、その衝撃で石の騎士もよろめく。
「強い...」
『主君、急いで祭壇を!』
アルトは竜心石の力を最大限に引き出した。
蒼い光が祭壇の黒い霧と激しくぶつかり合う。
『セレス、力を貸して!』
『もちろん!』
竜語りと蒼竜の力が合わさり、祭壇の闇を押し返していく。
しかし、巨大シャドウウルフが最後の攻撃を仕掛けてきた。
その瞬間、ゼファーが風の刃で魔物を切り裂き、ガーディアンが聖なる剣で追撃した。
『今よ、アルト!』
アルトは全力で光の魔法を放った。祭壇の闇が完全に浄化され、魔物たちが次々と消滅していく。
森に静寂が戻ると、町の人々から歓声が上がった。
「やった!魔物が消えた!」
「竜語りさま、ありがとうございます!」
アルトは疲れ果てていたが、人々の笑顔を見て心が温かくなった。
『お疲れさま、アルト』
セレスが優しく声をかける。
『また一つ、平和を守ることができたのね』
宿屋に戻ると、町の人々が感謝の宴を開いてくれた。
しかし、アルトの心には新たな決意が芽生えていた。
「王都でも、きっと同じような人々が困っている」
「そうじゃな。我々の使命はまだ始まったばかりじゃ」
ガルムが孫の成長を誇らしげに見つめる。
『明日は必ず王都に到着しましょう』
マーカス院長が地図を確認しながら言う。
「最後の一日が最も困難になるかもしれないが、君たちなら大丈夫だろう」
その夜、アルトは深い安らぎの中で眠った。
仲間たちがいれば、どんな困難も乗り越えられる。そんな確信を胸に抱きながら。
第14話 完




