第12話:帰郷の知らせ
風の谷に戻る道のりは、行きとは全く違う気持ちで歩いていた。
アルトとセレス、そしてガルムの三人は、重大な使命を果たした充実感に満ちている。
空には時折、遠くから飛来する竜たちの姿が見え、新しい時代の始まりを実感させてくれた。
「じいちゃん、村の人たちは驚くでしょうね」
「そうじゃな。竜が再び現れたという知らせは、大きな話題になるじゃろう」
ガルムは満足そうに髭を撫でている。
「しかし、それ以上にお前の成長ぶりに驚くかもしれんな」
確かに、アルトは出発前とは別人のように変わっていた。
竜語りとしての自信と責任感、そして何より深い決意の光が瞳に宿っている。
『アルト、あそこに煙が見えるわ』
セレスが前方を指さす。
確かに、谷の向こうに白い煙が立ち上っている。
「風の谷の煙ですね。みんな、普段通りの生活をしているんだ」
しかし、普段通りと言っても、世界は確実に変わり始めていた。
忘却の霧が消えたことで、各地で封印されていた古い記憶や力が蘇っているのだ。
村に近づくにつれて、何か騒がしい様子が感じられた。普段の静かな風の谷にしては、妙に人の声が多い。
「何かあったのかな?」
村の入り口に到着すると、その理由がすぐに分かった。
村には見知らぬ人々がたくさん集まっていたのだ。
商人らしい服装の者、学者風の老人、そして何より驚いたのは、美しいローブを身にまとった魔法使いたちの姿だった。
「あ、アルト!」
村の子供の一人がアルトを見つけて駆け寄ってきた。
「本当に帰ってきた!みんな、アルトが帰ってきたよ!」
瞬く間に人だかりができた。
村人だけでなく、見知らぬ人々もアルトを興味深そうに見つめている。
「アルト君」
人混みの中から、薬師のマリアが現れた。しかし、その表情には困惑の色が浮かんでいる。
「お帰りなさい。でも、今村は大変なことになっているの」
「どうしたんですか?」
「三日前から、王都の魔法学院や各地の学者たちが次々と村にやってきて...」
マリアが説明しているうちに、立派な服装をした中年の男性が近づいてきた。
「君がアルト・ウィンドブレイカーかね?」
男性は威厳のある声で話しかけた。
「私は王立魔法学院の院長、マーカス・ストームウィンドだ。君に緊急で話がある」
『この人...とても強い魔力を持っているわ』
セレスがテレパシーで警告する。
「何のご用でしょうか?」
「君が竜語りだという報告を受けている。そして、最近起きている異常な魔力現象との関連を調査したい」
アルトとガルムは顔を見合わせた。
「異常な魔力現象?」
「そうだ。三日前から、全国各地で古い遺跡が光を放ったり、封印されていた魔法装置が勝手に作動したりしている」
マーカス院長の説明に、アルトは心当たりがあった。
それはおそらく、忘却の霧が消えた影響だろう。
「それで、竜語りの君に協力を求めに来た」
その時、空から美しい鳴き声が聞こえてきた。
見上げると、ゼファーが風に乗って降りてくるところだった。
村人たちがざわめき始める。多くの人が竜の姿を見るのは初めてだった。
「あれは...本物の竜?」
「まさか...伝説が本当だった?」
ゼファーが優雅に着地すると、マーカス院長の顔が青ざめた。
「こ、これは...風竜ではないか」
『アルト、大変じゃ』
ゼファーが急いでテレパシーで話しかけてきた。
『王都で緊急事態が発生している。君の助けが必要じゃ』
「緊急事態?」
『古代の封印が次々と解けて、制御不能な魔法現象が起きている。このままでは王都が危険じゃ』
マーカス院長も同じことを言っていた。
「やはりそうか。君たちが忘却の霧を消したのは素晴らしいことだが、同時に予期せぬ副作用も生んでいる」
「副作用?」
「古代の魔法装置や封印が、霧と共に安定していた部分があるのだ。それが突然解除されて、各地で混乱が起きている」
アルトは責任を感じた。
自分たちの行動が、新たな問題を生んでしまったのかもしれない。
『でも、私たちがやったことは正しかったはずよ』
セレスが慰めるように言う。
『問題があるなら、私たちが解決すればいい』
「そうですね。僕たちに何ができますか?」
マーカス院長は安堵の表情を見せた。
「ありがたい。実は、君の父上とは旧知の仲でね。トーマスからも竜語りの責任について聞いていた」
「父をご存知なんですか?」
「もちろんだ。彼は学院の特別顧問も務めていた。古代魔法の専門家として」
ガルムが驚いた表情を見せる。
「トーマスが王立学院と関わりがあったとは...知らんかった」
「彼は表立った活動は避けていたからね。しかし、影で多くの重要な仕事をしていた」
マーカス院長は古い書類を取り出した。
「これが君の父上が残した『魔力暴走対処法』の研究資料だ。今まさに必要な知識が詰まっている」
アルトは父の資料に目を通した。
確かに、現在起きている現象への対処法が詳しく記されている。
「父さんは、こんなことが起こることを予想していたんですね」
「トーマスは先見の明があった。そして、息子である君にその意志を託していたのだろう」
『アルト、決めなければならない時が来たわね』
セレスが真剣な表情で言う。
『私たちは調和の使者として、責任を果たさなければならない』
アルトは決意を固めた。
「分かりました。王都に向かいます」
村人たちがざわめいた。
「アルト、危険じゃないか?」
「でも、僕にしかできないことがあるんです」
マリアが心配そうに近づいてきた。
「気をつけてね、アルト。あなたは村の宝物よ」
「ありがとうございます。必ず戻ってきます」
ガルムも息子のような決意を見せた。
「わしも一緒に行く。お前一人では心配じゃ」
「じいちゃん...」
「家族じゃからな。当然のことじゃ」
マーカス院長が満足そうに頷いた。
「では、明朝一番で王都に出発しよう。馬車を用意している」
『私たちも空から護衛するわ』
ゼファーとセレスが申し出る。
その夜、村では歓送の集いが開かれた。
小さな村から旅立つ青年とその仲間たちを、村人総出で見送る温かい夜だった。
しかし、アルトの心には新たな不安もあった。王都で待ち受けている試練は、風の谷での冒険とは比べ物にならないほど困難かもしれない。
『大丈夫よ、アルト』
セレスが彼の不安を察して慰めた。
『私たちの絆があれば、どんな困難も乗り越えられる』
「ありがとう、セレス。君がいてくれて本当に良かった」
窓の外では、満天の星が二人の新たな出発を祝福するように輝いていた。
第12話 完




