093 タイミングが良いのか悪いのか
「ヨウキさん、こんな感じでどうでしょうか?」
黄雅が葉稀に確認しているのは、天井から吊るされた複数の透明なシートに映し出された映像だ。
シートのサイズはすべて異なり、最大で高さ200cm、幅350、最小で高さ30cm、幅90cmのものがプロジェクターを囲んでいる。
「このプロジェクターの360度方向にあるカメラで設定したスクリーンに映像を映し出します。」
黄雅が腕につけたバングルを触ると、コントロールスクリーンが浮き上がり、その中から基点カメラとスクリーンを選択し、どのナンバーの基点カメラの映像をどのナンバーのスクリーンに映すのかを選択した。
最大のスクリーンサイズに映像が映し出される。
「プロジェクターから、スクリーンの間にある物体を感知、分析して光の反射で影を打ち消すようにしています。
ですので、プロジェクタの前を人が通っても、スクリーン映像が影で邪魔されることはありません。」
「うん、希望通りだ。」
「音も基点カメラのナンバー指示でだせます。
複数選択した場合は、モニタリングしている人の前にあるスクリーンの音が強調されるようになっています。」
黄雅は複数ナンバーを選択し、大小様々なスクリーンに映像を投影させ、選択したナンバーの音を全てオンにした。
「今、どのスクリーンの音が一番大きく聞こえていますか?」
「これかな?俺の正面にあるスクリーン。」
葉稀が自分に一番近い位置にあるスクリーンを指している。
「私には、私の正面にあるスクリーンの音が聞こえています。」
黄雅は葉稀とは異なるスクリーンを指した。
「複数のスクリーンから音は出ていますが、その人の一番近いスクリーンの音以外の音を阻害するようにしている結果です。」
「ほんとだ、他のスクリーンの正面に移動すると正面にあるスクリーンの音が大きく聞こえる。」
「この複数の映像は、基点カメラからの映像なので、映す場所は固定ですが、こちらに切り替えると。」
「なるほど、1つの基点カメラの360度映像に変わるのか。
これは、先日設定したカメラからの映像だな。」
「はい。
ヨウキテリトリーのサポートキャラを基点にした映像です。」
コントロールパネルの音をオンにした黄雅。
「ただ、この場合はどの音を強く、弱く出すのかをこちら側で操作するようにしています。
でないと、サポートキャラの動きや声が大きく、周りの声や音が小さくなるので。
IDプレイヤーやAIキャラの声を自動的に優先するモードをデフォルトにしていますが、周りの気配などを知りたい場合など、見ている側が優先したい情報があれば、それはこちらで操作するようにしています。
もちろん、見ている側がデバイス機器を装着すれば、脳内の動向を感知してオートコントロールも可能です。」
かなりのドヤ顔で話す黄雅|は、前回ヨウキテリトリーでジェットコースターに乗っていた時のアバターの表情をしている。
「うん、希望通りだな。
ただ、予算的なものもあるから、今期はここまで。」
「はい!分かってます!
つぎは、ゲーム内のストリームをホログラフィ、ホログラムに、いわば配信する機能ですね!」
「うん、今はリアルとの3倍速時間の時差があるから、見てる側が忙しいだけだけどね。
時間間隔の調整をしたときの違和感とか、そのモニタリング検査もあるから、スケジュールはかなり調整しないと。」
スクリーンに映し出されたヨウキのサポートキャラ視点の映像の速さに、葉稀は苦笑いをこぼした。
「この速さを延々と見ていられて、しかも理解している碧葉はすごいよ。」
「葉稀さん、ほら、タイミングよく、あそこに黄禾がいます。」
「あれ?」
黄禾のアバターである子どもが、ヨウキテリトリーの牧場を歩いているのが見えた。
空を飛ぶ鳥を基点にした映像は、牧場の広い範囲を映し出している。
「あの辺って、獰猛な牛とか羊とかいた場所だよな?」
ーーーーー
赤稀は近くの自動販売機で買ってきたコーヒーを焚透に渡すとその隣に座った。
「時間超過だとか何とか、また葉稀が俺に向かって怒るんだよ。
その上にペナルティだとか。
どう思う?」
「たぶん赤稀さんのことを心配してるんですよ。」
昨日から外部のテストルームに居座っていた赤稀は、朝早くやってきた葉稀に外に連れ出され、その上ペナルティを告げられた。
仕事に戻るからと早々に葉稀は去ってしまい、途方に暮れた赤稀が呆然と歩いていると、見知った顔を見つけたので、捕まえてオフィスの前にある公園のベンチに連れてきた。
それが焚透だった。
ちなみに焚透が早く来たのは、先にマンションを出た蒔白を追ってきただけだったのだが、タイミング悪く赤稀に捕まってしまった。
オフィス街にある公園の早朝は人が少なく、2人の男性がベンチに座る姿は割と目立つ。
「紫稀への接近制限とか、ログイン時間制限だとか、あいつに会うたびにペナルティが増えるような気がするんだ。」
「・・・葉稀さんも、弟想いですしね。」
「そうか、しかし、俺としては兄想いにもなって欲しいところだな。」
「兄想い、ですか?
それってどんな?」
「そうだな、もっと俺の意思を尊重するとか、言うことを聞くとか、俺に反論しないとか、気安くペナルティを追加しないとか、もっと融通を利かせるとか。」
うんうんと腕を組んで頷く赤稀が言っていることはすべて、俺に逆らうな、と言うことに繋がるが、本人は意識していなさそうだ。
「赤稀さんは、分かりやすくていいですね。」
「そうか?俺は、いいか?」
分かってくれるのかと白い歯を見せて喜ぶ赤稀は本当に分かりやすい。
「はい。
俺の兄も赤稀さんのように分かり易い人だと良かったんですが。」
もらったコーヒーのキャップを開けて一口飲んだ焚透は、降ろした腕の先にあるコーヒーに視線を向けている。
「なんだ、そうか、お前の兄は分かりにくい奴なのか。
それは厄介だな。」
赤稀の言葉に、口元を抑えた焚透は、珈琲を飲み込んでおいてよかったと思った。
「厄介、ですか?」
「そうだ、何も言わない奴が一番厄介だ。
俺の弟の紫稀もそうだから、分かるぞ。
そういったやつにはちゃんと言葉と行動で示すように言ってやらないと、、、」
赤稀が言葉を途中区切り、いきなりベンチから立つと、公園前の歩道まで駆けだした。
その進む先を追うと、黒メガネをかけた2人の男性が歩いているのが見えた。
「紫稀と、碧葉か。
俺もだけど、タイミングが良いのか悪いのか。
2人は人の少ない時間帯を選んで来ているし、仕方ないのか。」
さすがにアオバはベンチに2人で座る目立つ男性たちに気がつき、シキに速く行こうと促していたようだが、赤稀のいきなりの登場にシキは足を止めてしまった。
「紫稀が2人?
いや、こっちの丸みの無い黒メガネをかけた方が紫稀だな。」
「赤稀兄さん?えっと、おはよう?」
「おお、やはりこっちが紫稀だな。
で、こっちは、ん?こっちも見たことがあるような?
どこかで会ったことがあるか?」
「いえ、初対面です。」
無表情で即答する碧葉。
赤稀を追いかけてきた焚透の疑問符に気づいた碧葉は小さく答える。
「何度あっても顔を覚えていない人なら初対面でいいでしょう?」
「おまえら、今からあそこに行くのか!
俺も一緒に行ってやろう。」
赤稀が指す先にはオフィスの入り口がある。
「いえ、無理です。
それじゃ、俺たち急ぐので。」
前を塞ぐ赤稀の横を通り抜けようとしたが、すぐに道を塞がれてしまった。
「遠慮するな、俺も一緒に行ってやるから。」
「赤稀さん、まだ俺の話の途中でしたよ。」
タクトが、アオバを見た後、オフィスの入り口に目をやると、アオバも察して目だけを頷かせた。
「ああ、お前の厄介な兄の話だったか、今は忙しいから、今度連れてこい。
俺が言い聞かせてやろう。」
「連れて、ですか?それは難しいですね。
もういないので。」
「いない?どういうことだ?」
「その言葉通り、この世にいないということですよ?」
そう言ったタクトは平然とした顔をしていいて、セツキの方が顔を歪めた。
「・・・そうか、なんか、悪いこと言ったな。」
「いえ、全く気にしてないので大丈夫ですよ?」
「大丈夫ってお前の兄が死んでるってことだろう?
気にしてないなんて、お前の兄に申し訳ないとか思わないのか?」
「?、それも分からないですね。
赤稀さんのように、分かりやすい人だったら良かったんですけど。
俺には理解が難しい人だったので、そんな感情を持ちようがないというか。
ですが、まったく気にならないことを申し訳ないと思うべきでしょうか?」
「むっ、そうだな、俺の方こそよく分からなくなってきたが。
俺としては、俺が死んだら弟にはめいいっぱい、兄想いでなかったことを後悔して欲しいし、悲しんで欲しいぞ?」
「そうなんですね。
ハハハ、やっぱり赤稀さんは分かりやすくていいです。
セツキさんのような人だったら、俺も悲しめたかも知れません。」
「むっ、笑い事じゃないだろう?
紫稀もそう思うだろう!
なっ!」
赤稀は紫稀に同意を求めようとしたが、前にいたはずの黒眼鏡をかけた2人の男性の姿はすでに無かった。
「紫稀たちなら、もうオフィスに入ってしまいましたよ?」
「なに!いつのまに!」
通りすがりの人が、赤稀の大きな声に驚いて一瞬肩をびくつかせたが、すぐに何ごとも無かったように通り過ぎた。
周りにはちらほらとだが、通勤する人が増えてきている。
「赤稀さんと話できて面白かったです。
俺もそろそろ行かないといけないので。」
「くそ、またお前にしてやられた!
女神といい、ゲームといい、紫稀といい、今度は絶対負けないからな。」
息まく赤稀だが、背筋を伸ばして自分より少し背の高い焚透の目を真っ直ぐに見た。
「だが、お前に俺を兄と呼ぶことは許してやる。」
「・・・考えときます。」
興味の無い人の名前も顔も覚えないし、本当に自分勝手で厚かましくて、優しい人だと思いつつ焚透がオフィスに向かうと、赤稀はもう一緒に行くとは言わず、「じゃあな」と手を振った。
オフィスに入り1階のエレベータの前に行くと、ちょうど1階についたエレベータから蒔白が降りてきた。
「紫稀から聞いて、様子を見に来たんだけど。
変な顔してるよ?」
蒔白は自分の片方の頬を指して、焚透に眉を下げた笑顔を見せた。
「変な顔ですか。」
「うん、ほら、おいで。
慰めてあげるから。」
蒔白が両手を広げると焚透はその肩に顔をうずめた。
焚透の背に回した腕で蒔白が力の限り抱きしめると焚透から笑いが漏れた。
「俺の変な顔を見ただけで、そんなことしてくれるのは、蒔白さんだけですよ。」




