089 追い打ち
チャナがテリトリー内に構築した白く美しい城から、数メートルも離れていない位置に、ゴツイと言う表現がぴったりの岩フォント書体のガーンの字を模る建造物が、白い城と同じ高さ、同じ横幅で並んでいる。
さらにその横に並ぶバーンの文字を模った建造物がある。
空の上からバーンに視線を落としたAIアオバは、黒いマントのを掴むと口元に当てた。
「チャナさんの案、有り、ですね。」
「それって、さっき言っていた、「もう一度サソリの文字に」ってこと?」
「はい。
ちょうどいい感じに、アンズさんがサソリの子を連れていますし。
あの、明朝体フォントのバーンなどは、筆文字がとても剥がれやすそうです。」
澄み渡った空の青さが、弧を描く目を隠すために黒いフードを目深にさげたAIアオバの姿を浮き立たせた。
魔法陣に敷いた雲から下界を覗き込んでいため、その姿は地上からは見えないが、主要な音声も拾っていたAIアオバたちにはチャナとセンヤの会話は筒抜けだった。
「セツキさんのお城で受けた言葉だけでは、威力があまり発揮されなかったみたいですしね。
その上、文字のストップ条件を満たす前に逃げられましたから、もう一度と言うのはいい案だと思います。」
「うーん。
サソリが怖いと言うことを学んだだけ?のようで、追い打ちかけても、どうかなとは思うんだけど。
効果出るかな?」
同じくセンヤとチャナの会話を聞いていたトウリは、果たしてセンヤに文字効果があるのかと疑問に思えてきていた。
AIアオバ的には、効果のある無しよりも、アオバが盲目的に尊敬するシキに暴言を吐いたセンヤに、とにかくダメージを受けて欲しいと言うのが本音で、小さな魔法陣を足元に書いて、一歩踏み出した。
「俺、あの文字の建物をコーディングしてきます。」
AIアオバは風でマントが翻えるのも気にせず、足元に書いた小さな魔法陣を浮遊させて、バーンに向かった。
もちろん、認識阻害のカードを使用してチャナたちに気取られないようにしている。
地上では、チャナとセンヤがお城のことで言い合っていた。
「こんな誰が見ても、意味のない効果音的な文字でしかないお城を建ててるようじゃ、ね。
センヤがサブプレイヤーに選ばれる日はかなり遠いと思うのよ。
私のお城を見て!
有名な、とあるお城の外観のこの再現性を!」
ジャジャーンと、口で効果音を出して、少し遠いが白いお城に向かって両手を広げたチャナは、自分の城を参考にしたらいいと言いたかったのだが、センヤには全く通じなかった。
それどころか、自慢をされたとしか思っておらず眉を吊り上げて、怒りを露わにしている。
「うるさい、お前のは、どっかのテーマパークにある城のコピーだろ?
コピーならチャナじゃなくても、そ、そんなことくらい、誰だってできる。
全く苦労してないくせに、努力もしてないくせに、サブプレイヤーに選ばれたからって、いい気になってるんじゃないのか?」
センヤは、言うだけ言って横に並バーンの前まではしると、両手を頭上高くあげ、左右に広げた。
「見ろ、このツルツルのピカピカを!
白さや滑らかさのような材質だけなら、こっちの方が何倍もましだろ!」
「っ、危なかった。」
バーンの外側にコーディングをしていたAIアオバの後ろに、急に走り寄って来たセンヤが立ち止まり頭上に挙げた両手を左右に動かしたので、危なく体にあたるところだった。
認識阻害のカードを使ってはいるが、触られたり、ぶつかったりすると効果が無くなる。
「都合よく、こっちに来てくれたの良いけど、ぶつかるところだった。
慌ただしい人だな。」
黒いマントで口を抑えて小さく声を出したAIアオバは、バーンの外観にAIキャラやモブプレイヤーには認識できないコーディングを施し終わると、念のためにとアンズに抱えられたサソリに向けて微かな風を起こした。
僅かな風反応したサソリの子は、アンズの胸元で鋏を振って尻尾を振って、体をもぞもぞと動かし出す。
「ん、どうしたの、どこかかゆい?」
アンズがサソリの子を抱く力を緩めると、サソリの子はその手からするりと抜けて土の上に落ち、すぐさまシャキーンと鋏を鳴らすと、バーンの城まで一直線に走り出した。
「どうしたの?待って。」
止めようとしたが、逆に走るスピードを加速させるサソリの子の後を、アンズも急いで走り出すと、隣にいたハトバもつられて走り出した。
「どうしたんですか、アンズさん!」
「わからないけど、急にはしりだしたから!」
その様子をチャナの白い城の出窓から見ていたブランには、認識阻害を使用しているAIアオバもバーンの文字のコーディングも見えていないため、サソリの子が、何故いきなり走り出したのか分かっていない。
不思議がるブランにタクトは窓の外の空中に目を向けるように促した。
「ほら、あそこ、黒いマントが見えるだろう?
バの文字の上前方だな、いると思って見たら見えるから。」
タクトが認識阻害中のAIアオバのいる場所をブランに教えると、ブランの目にも黒いフードに金の刺繍の入ったマントを着ている男の子が魔法陣に乗っているのが見えた。
「ほんとだ、いると思ったら、黒いフードマントが見えた。」
「アオバがバーンの文字にイベントキャラの活動用のコーディングをしたから、サソリの子が反応して走り出したんだ。」
そのサソリの子が向かう先には、手を広げたセンヤがいた。
自分に向かってサソリの子が近づいてきていることに気がついたセンヤは、「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げて、チャナの背中に隠れた。
その時間にして0.01秒。
「うわ、いつのまに!人の後ろで何してんのセンヤ?」
「お、おまえ、あれが見えないのか?
サソリだぞ、またあのサソリが何か俺にひどいことをしようとしてるに違いない!」
と、言っていた、センヤの横を通り過ぎたサソリの子は、勢いをつけてバの斜めになったカーブする壁に登り始めた。
これ以上登れないところまでくると、尻尾を伸ばして、先についていた墨を筆に変えた。
それを見て慌てたのが後を追ってきたアンズだった。
「ま、待って、サソリちゃん!
その文字を書いてしまったら、そして、文字を飛ばしたら、あなたが消えちゃうんじゃないの!」
アンズはセツキの城に文字を書いていたサソリたちが消えて行ったことを思い出して、顔を青ざめさせた。
「そうでした、、、ボクもあの時、聞きました。
墨が切れると消えてしまうんですよね?」
「うん、そうなんだけど、私イベントキャラだから、イベントを起こさないと存在している意味がないし。」
「そんなことないって、いるだけで可愛いってことが存在意味だから!」
「そうですよ、サソリさん。
アンズさんに可愛がられているだけで、存在意味的には充分大丈夫です!」
ハトバも背伸びをしてできるだけ手を伸ばすが、サソリの子にはわずかに届かず、当の本人であるサソリは首を振っている。
「やっぱり、わたしイベント起こしたいわ。
私が消えても安心して!」
「どういうこと?」
「イベントカードは消えていないはずだから、出てきたサソリが全部消えたら、また使えるようになるはずよ。」
サソリの子は自信満々に言っているが、アンズは更に顔色を悪くし、ハトバはスンとした顔に変わった。
墨が切れたサソリが消えて数も減ったのは確かだが、セツキテリトリーを去るときにはサソリはまだ数千単位で残っていたのでは?
あれをどうやって消せと。。。
しかも、もう、文字を書いて貫く相手がいないのであれば、消えずに砂漠を彷徨っている可能性もある。
「とうしても、カードから出てきたサソリが全部消えないとだめなの?
ちょっとくらい残ってても大丈夫なんじゃないの?
お願いだから、大丈夫だと言って。」
アンズは思わずサソリの子に懇願したが、サソリの子は黙って首を振った。
「あの、全部消えてもらったとして、カードから君が出てくるのは何番目なのかな?」
サソリの子とアンズの会話に入るのも気が引けたが、これは絶対に聞かないとダメな奴だと思ったハトバは、小さく手を上げて遠慮がちにサソリの子に聞いてみた。
「わたし?順番は決まってなくて、わからないの。
だって、出てくる順は、完全ランダムなのよ。」
「ランダム!!!無理ーーーーー!」
ランダムと聞いて、アンズの顔には絶望しかなかった。
数千、下手したら数万のランダム、ありえない。
「そんな人でなしのサソリなんかに、しがみつこうとするなんて、まったく、気が知れない。
アンズたちも、あんな、訳の分からん文字で貫かれてみたらいいんじゃないか?
少しは俺の気持ちが分かるから。」
アンズがサソリの子に懇願する様子に苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「それ、センヤが言う?」
サソリの子が怖くて背中に隠れているセンヤにチャナはあきれ果てた。
そんなセンヤの言葉に喜々としたサソリの子が、センヤの言葉を繰り返した。
「人でなし、気が知れない。
有よね!」
「ダメダメダメ、無い無い無い。」
アンズが首を大袈裟に横に振るとサソリの子がかわいく困った顔を向けた。
「文字を書きたいの。」
「うっ!そんなに瞳をうるるさせるなんて。」
「おい、文字なんか書くなよ、俺を殺す気か?」
「いや、このゲームの世界じゃ死なないから。」
チャナが笑って手を横に振って見せたが、センヤはサソリが自分を殺すと大まじめで言っている。
アンズがセンヤを振り返ってにらむと、その隙にサソリの子はさらに上まで登って行ってしまった。
「たくさん、言葉があるから何を書くか迷っちゃうわ。」
笑顔のサソリの子がピンと筆を振ると、サラサラサラと文字を書き連ねた。
「それ飛んでイケー!」
叩いた文字が壁から浮き、センヤに向かってまっしぐらに飛び進み、盾にしていたチャナごとセンヤの体を貫いた。
驚き避ける間もなく貫かれ強く目を瞑ったチャナは、すぐに硬くしていた力を抜いた。
「ん?なにこれ、別に何ともないけど?」
チャナはいたって平気で、足、腰、胸を自分で触って何の怪我もしていないことを確かめた、が、後ろにいたセンヤはそうではなかった。
胸元を両手で抑え、足元をよろけさせているその顔は、青ざめるどころか蒼白となっていた。
さらに追い打ちをかけるように次の文字がセンヤの体と心を貫くと、背中を丸めて震え出し、自分に返ってきた言葉を呟く。
「お、俺が人でなしなのか、しかも空っぽ、伽藍洞なのか。」
センヤに見向きもせずに次の文字を叩こうとするサソリにアンズが叫ぶ。
「センヤのことなんかどうでもいいから、サソリちゃんもうやめて、消えちゃうじゃない!」
「アンズさん、楽しかった。
イベント起こせてよかったぁ、また、カード使って私を出してね。」
「も、勿論よ!」
尻尾の先から消えていくサソリの子が振る両手の鋏に、涙目で力なく手を振るアンズにハトバも目を潤ませている。
「う、裏技とか、なにか作ってもらえないかなぁ。」
取り乱す所などほとんど見たことが無かったアンズの力なく項垂れる姿に、チャナは震える手で胸を抑えて思わず口走っていた。
「裏技ですか、今回はそう言うの入れてなかったですね、そういえば。」
空の上のトウリのいる魔法陣まで戻ったAIアオバは目を細めて、そう呟き、白い城の中でブランの胸に抱かれているシキも「裏技か。」と呟いていた。
「シキに裏ワザとか入れられる前に、テリトリーの奪還に向かおうかな。」
ブランの肩に乗っていたタクトは、裏技の言葉をかき消すように羽をパタつかせた。




