085 思ったよりも楽しい
「ペガサスには手のひらを返され、戦っていた相手は突然消える。
はぁ、俺の常識には無かったことだな。」
セツキは黒髪を乱暴に掻くと乱れた髪を気にもせずその場で胡坐をかき、かた肘をのせて頬づえをついた。
「俺はややこしいのは嫌いだ。」
セツキの目の前には、ほんのついさっきペガサスがセツキのために出した鉄の大剣が転がっている。
無造作に転がっている剣は、その重みで剣心が半分以上砂に埋もれている。
「条件によって180度変わるのなら、それでもいい。
だが、駄馬とは言え、俺の希望を速攻で叶えるくらい懐いていた奴が、何の予告もなく嫌うのは、違うんじゃないのか?」
柄をに手を伸ばし大剣を片手で持ちあげると、被っていた砂が流れ落ちた。
太陽の光を反射した剣先がキラリと光る。
鉄色の武骨な剣の突起に、金の光が細く十字に長くのびた。
「えっ?嫌われはしないですよ?
180度変わると言ってもそういう変わり方ではないです。
さっきもサポートキャラが言ってたでしょう?
最優先が変わるだけです。」
セツキの声に張りがなく気落ちしているように聞こえたタクトは、思いがけず焦ってしまった。
「ん?そうなのか?」
「そして、これはさっきも言ったようにゲームなので。
やりようによっては、また、味方につけることも可能ですし、消えた相手が復活することもあります。」
セツキは自分を慰めようとしているヒヨコの顔を見るために、斜めにして自分の肩の方に顔を向けたが、さすがにフワフワの毛で覆われたヒヨコの顔からは感情が読めない。
しかもヒヨコの黒い瞳は、自分を見ずに銀髪の少年が消えた場所を眺めている。
その横顔を見ていると、セツキは突然あることを思い出した。
「そうだ!ひよこ!」
肩に乗るヒヨコを掴み、両手を伸ばして自分の目の高さに合わせたセツキは、ヒヨコのキョトンとした可愛らしい顔を見て眉間に皺を寄せた。
「おい、おまえ、俺の女神を恋人よばわりしたやつだろ?
違うか?」
何を言われるのかと思ったが、セツキの行動はやはり突拍子がない。
タクトは思わず笑ってしまった。
「おい、何を笑ってるんだ、俺の聞いたことに答えろ!」
先ほどとは打って変わったセツキの声に、タクトも挑戦的な声を出した。
「俺の恋人を女神と呼ぶセツキさんは見る目のある人だと思いますよ?」
その答えを聞いたセツキが、眉を吊り上げあからさまな敵意を見せるので、タクトも目を吊り上げて鋭い視線を返しておいた。
「ふん、いっちょ前に俺に挑戦するとは、その度胸は褒めてやろう。」
セツキとタクトの様子は、遠目にみると、体の大きな大人の男性が、小さなヒヨコを脅しているようにしか見えない。
その2人の頭上を、リズムに乗ってタップを踏み、行きつ戻りつするペガサス。
「あの2人、と、サポートキャラのペガサスは何してるんでしょう?」
空の上からは、AIアオバとトウリが見降ろしている。
「もう、ほっといてもいいんじゃないかしら?
タクトは余裕そうだし、どちらかと言うとセツキさんに好意的で?
エンジは誰もいないところで阻害認識をかけたまま、サソリに頬ずりしてブツブツ言ってるみたいだし。」
「そうなんですけど。
セツキさんの様子も気になるんですよね。」
AIアオバは、リアルアオバからの情報をシェアしているため、セツキの思い込みが激しく、自分の考えを押し付ける性格を知っている。
「あ、見てください。
セツキさんがいきなりタクトさんに切り付けました!」
「また、この刃を避けるとは、ヒヨコのくせにやるな。」
隙をついて叩きつけた剣を避けられて、セツキは悔し気に眉を寄せている。
「うーん、この世界で俺に勝てる人はいないですよ?
セツキさん、さっきブランに全く歯が立たなかったじゃないですか?
俺は、ブランより強いチート設定ですよ?」
「うるさい!チートだろうが何だろうが、美しい女性のために戦うことを迷うことは無い!」
セツキが大剣をブンッと縦に振ると、タクトがその剣を頭突きで返す。
「ほら、まともに剣をあてられたけど、俺よりそっちの剣の方が打撃を受けてるでしょう?」
「うるさい!チートとはいえ、剣に刃こぼれを起こさせるとは、石どころか、お前の頭は何でできてるんだ!」
大剣を縦に横に振るセツキの体は隙だらけである。
「なんだか、タクトさん、楽しそうですね。
ペガサスよりリズムに乗ってる気がするんですが。」
「そうね、楽しそうにみえるわ。」
AIアオバは立ち見もなんだからと、魔法陣を雲の上に広げて、2人は雲の上に寝そべって下を覗き込む姿勢になっていた。
「タクトさん、ヒヨコの羽を剣代わりに打ち合いだしましたね。
あ、セツキさんの大剣を弾きました。
ヒヨコの羽で。」
「器用よね。」
「ヒヨコのくせに、剣まで使えるとは、それがチートと言うことか!
ヒヨコのくせに、可愛くないぞ。
ヒヨコのくせに!」
セツキは急いで、後方に弾かれた剣を追って拾い、また、剣をタクトに向けた。
「ヒヨコのくせにって、そう、何回言われても。
ここはゲームの世界なので、姿形は関係ないんですってば。」
タクトはもう1本羽を抜くと、上と斜め前に二刀流の構えを取った。
「俺は負けても、何度でもお前に挑む。
女神は俺のものだ、誰にも渡さん!
初めて会ったときに、運命を感じたんだ。」
大剣を構えてじりじりと酔ってくるセツキの額に汗がにじんでいる。
「”渡さん”と言われても、あの人は物では無いので。
初めて会ったときに運命、ですか。」
呆れて細めた目で、じーっとセツキを見るタクトは、ふっと軽く息を吐いた。
「俺も、今思えば、初めて会ったときにはすでに、あの瞳に心を奪われていたんですよね。
あんなことを俺に言ってくれたのは、あの人が初めてで、戸惑った自覚も無かったんですよね。」
はぁ、と無念な思いで息を吐くヒヨコに哀愁が漂っている。
「は?何言ってる?
独り言は寝て言ってろ。」
「いえ、それ、独り言じゃなくて、寝て言うのは、寝言ですって」
タクトが言い終わらないうちに、セツキは振りかぶった剣を縦に振り、横に飛んでよけたタクトに向かって、十字を切るように横に振りきった。
ガッ、と剣に当たる音がしセツキは歓喜の声をあげた。
「やったか、手ごたえがあった!」
「あ、おかえり!」
遠くでタクトの声が聞こえ、我に返ったセツキの前には馬の蹄があった。
「えっ、当たったと思ったのは、ペガサスの足?」
横に振りきったセツキの剣は勢い余って、タップを機嫌よく踏みながら、ちょうど横を通りかかったペガサスの樋爪をかすっていた。
「元ボス!何してくれてんの。
元ボスじゃなきゃ、ボクそのまま蹴り飛ばしてるとこだったよ。
蹄が伸びすぎてたから、ちょうどよかったけどね。
ププッ。」
「おまえなぁ、って、ヒヨコはどこだ!」
「ひよこ?あそこにいるよ、ほら、ボクの新しいボスが返ってきたとこだ。
なんか、メガネをかけたサソリと白い蝙蝠も一緒にいるけど。」
声の方を見ると、ペガサスが蹴り飛ばしたハッチの上に主人公が立ち、タクトに熱い包容を行っていた。
「い、いつの間に、あんなところに?」
剣を打ち合っているうちに城に近づいていたため、ハッチまでの距離は50mは開いているのだが、ヒヨコは瞬間的に移動していたようだ。
「さっきの、おかえりは、主人公に言っていたのか。」
「あれ、いないと思っていたら、シキとカーラも?一緒に行ってたのか。」
「うん」
シキは頷いたが、カーラは首を振った。
「ワタクシはマスターのポシェットから出ることができずにもがいているだけでした。
行ったことにはなりませんね。」
カーラがポシェットから出した顔に”がっかり”と書いてあるような気がしたのは気のせいではなかったようだ。
カーラとは裏腹に、タクトとシキを強く胸に抱き抱えるブランは、目を瞑っているが笑みを浮かべている。
「シキ、あっちではどうだった?」
「あっち、ああ、赤い霧の向こうだな?」
「そう。」
「おい!俺を無視するな!
戦いの途中だ!」
ブランとその仲間たちの空気は、セツキの怒号によって壊された。
「おじさん、まだいたんだ。
俺、ほとんどのこと思い出したから、さっきより強くなったよ?」
「ん?そう言えば、おまえ、そんなに背が高かったか?
顔もちょっと、変わったんじゃないのか?」
自分の前に立てた剣の柄に両手を添えたセツキが、首を捻った。
「おれ、さっきまで、15,6歳だったけど、今は18歳になったからね。」
「なんだそれは?」
「仕方ないから教えるけど、俺はこことは違う世界では一国の王の血を引く子どもで、名高い剣士たちに鍛えられた剣士なんだ。」
「なんだそれは?
ハッ、そうか、分かるぞ!
沢山のノベルを読んで予習してきた俺にはよくわかる。
そうか、お前は転生者だったんだな!
いや、この場合は、転移者になるのか?」
「まあ、そう言えなくもないか。
設定では、どちらであっても、ゲームをクリアしたら、元の世界に戻る設定だから。」
「ん?そうなのか。
そこのサソリはゲームに詳しそうだな。」
「・・・・・・・」
セツキに声をかけられたが、シキはなんと返事をしてよいか分からず黙り込み、代りにタクトがセツキに声をかけた。
「セツキさん、このサソリはプログラマーです。
こいつが作ったこのゲーム、思ったよりも楽しんでますよね。」
「ああ、そうだな。
思ったよりも、まあ、楽しいな。」
セツキは、前かがみになって剣によりかかり、自分が構築した城とサソリが残る砂漠を見回した。
「セツキさん、楽しいってさ。
シキ。」
ブランに抱えられているヒヨコが、隣で一緒に抱えられているサソリに伝えると、目を見開いたサソリが丸い頭をコテンと下げた。
「そうか、楽しいのか。」
「シキ?どこのシキだ?
俺の末の弟と同じ名前だな。
あいつは、俺が面倒見ないと何もできない奴だけど、この世界を作ったやつは、
ああ、そこのサソリだったな。
まあ、すごいんじゃないか?」
ブランの腕の中で羽で口を抑えて笑いをこらえるタクトとは裏腹に、セツキに初めて褒められたシキはフリーズしてしまった。
「なんだか、変なこと言ってますね。」
空の上から見物していたAIアオバとトウリ。
「知らないっていうのは、と言うか、知ろうとしないということは、こんなにも人を錆びさせるものなんですね。
後で、リアル本人に共有しておきます。」
「そうね、リアルアオバに聞いてほしかったけど。
もう、戻ってきそうにないわね。」




