077 セツキテリトリーの客
まるでクジラの汐吹きのように勢いよく出続ける噴水の上で、ウサギモンスターが手に持つカードから出てきたサソリは、勢いよく飛ぶと、砂の上にピタッと着地し、片方に硯を挟んだまま、両方の鋏を上げて「10点満点」と丸い目を光らせた。
「「「おー、!」」」
パチパチパチパチパチ、×3
サソリのオリンピックの体操選手さながらの着地の見事さに、拍手を贈ったのはAIチャナ、アンズ、ハトバの3人だ。
ウサギモンスターはというと、噴水で遊んでいる子もいれば、お茶の飴を取り合ったりと、出てきたサソリにまるで無関心だ。
「誰がスリだ、人聞きの悪いこと言わないでくれないかな。
落ちてたから拾ってやっただけなのに。」
カードを持っているウサギにしても、サソリが出てきたことより、AIチャナに「ベテランのスリ」と言われたことが気に障ったらしく、カードを振り回して怒っている。
砂の上で着地ポーズを決め終えたサソリは、カサカサと噴水周りにできた砂山を下ると、周りの砂を尻尾で奇麗に均し始めた。
3人が興味津々に見ていると、サソリは振ってきた水しぶきを器用に尻尾で受けて、平らにした砂の上に硯を置いて磨りはじめた。
そこで、アンズはハタと気がついた。
「この尻尾の先、鉛筆の芯かと思ったけど、実は墨だったのね。
尻尾の先で硯を磨ってるということは、このサソリは書道を嗜むってこと?」
驚くアンズの横で、AIチャナが尻尾の先を触ろうとして、サソリから「邪魔するな!」と威嚇された。
「威嚇する姿も可愛いから、全然怖くない。」
チャナがケタケタと笑っていると、ハトバから焦った声が聞こえた。
「チャナさん、あれ、見てください。
カードから次のサソリが出てきてます。」
噴水の上で、前歯を見せて笑い、楽しそうに水しぶきに合わせて体を上下しているウサギモンスターが持つカードから、次のサソリが鋏を覗かせている。
「ほら、飛び降りて、次の子がまた鋏を出して、と思ったら、3匹目、4匹目、5匹目、、、」
カードから次々と発生し続け、砂の上に飛び下り散らばるサソリに、ハトバは数えるのをやめた。
1匹目と同じように丸っこい体形のサソリたちが、カサカサとチャナたちの足元を行きつ戻りつして、その数を増やしている。
「あれ見て、あの子、触覚の先にハートがついてる。」
「こっちの子は、眠そうな目をしてるわ。」
「このサソリ君は、眉毛が太いですね。」
AIチャナ、アンズ、ハトバは砂の上に広がるサソリたちを見て、声を弾ませてその特徴を語り合った。
そう、カードには小さく砂の上の場合は数に制限が無いと言うようなことが書いてあったと思いだした3人は、すでに周り中を可愛いらしいサソリに囲まれた状態で、ウサギモンスターからカードを取り戻す気力もなく、現実逃避をすることにした。
「見て、この子、私の足の上に乗ってきてる。」
中には人懐っこいのもいて、砂色のサソリの前に膝をついてアンズが座ると、膝の上に鋏を置いて頭をもたげてきた。
アンズが自分の膝の上に乗せてやると、落ち着いたのか、どこからともなく硯を出し、尻尾を硯に当てて墨を磨り出した。
「墨を作ってるのね。」
アンズが声をかけると、膝の上のサソリがアンズを見上げて答えた。
「あのね、わたしたち、水しぶきを浴びたらカードから出てこれるの。
何故かというと、水を使って特別な文字を書くための墨を作るためにね。」
「あら、喋れるのね?文字を書くの?」
「そう、特別な場所に特別な文字を書くの。」
幼女のようにゆっくりとした喋り口調のサソリと、アンズの会話をAIチャナとハトバは周りにピンクの花を飛ばしながら和やかに聞いている。
そんな会話で3人が現実逃避している間にも、サソリはどんどんと増えて、増えすぎたサソリたちは、一部集団を作って砂漠の中央に向かって進みだした。
セツキテリトリーの城である要塞の最上階では、アオバが要塞の出入り口であるハッチのロックを解除して上に押し上げようとしていた。
だが、何かに抑えられているようで全く動かせない。
「トウリさん、ハッチの上に何か重いものが乗っているようで、開かないです。」
「重い物?確認できる?」
「はい、大丈夫です。
透過率をあげます。」
リアル世界のアオバはシステム室から自身がコントロールするゲーム世界のアオバの視野に入るセツキの要塞の透過率をあげた。
「透過率80%で、十分外の様子が分かりますね。
・・・、ちょうどハッチの取っ手の部分に、何故か、プテラノドンが止まっているようです。」
アオバの淡々とした口調にはわずかに驚きが含まれている。
「もしかして、チャナが連れてきたのかしら?」
「分かりませんが、ここから見る限りではその可能性が高そうです。」
アオバは透過率をあげたまま、セツキの要塞の周りを見回した。
「すでに、チャナさんたちいますし、しかも要塞の周りは、渡したイベントカードから出てきたと思われる、特殊文字作成サソリで一杯になってます。
チャナさんの意外性に期待してカードを渡した甲斐があったと言う感じですね。」
アオバとトウリの後ろでは、頂上から階下に折り返すポールの音がウィンウィンと響いている。
「それはいいけど、ここから出られないのは困ったわね。」
「最悪、このハッチを壊すか、この周りにある外に向かう砲台を壊すかで、出れなくもないですよ。」
どうせ、セツキさんの要塞ですし、と言う言葉は飲み込んだ。
「出入り口がここしかないっていうのも困ったものね。
ここの真下に戻って、女神様の水鏡を使わせてもらうことにしない?」
「ああ、その手がありましたね。
・・・」
下に向かおうとしたアオバの動きが止まり、トウリは首を傾げた?
「アオバ、どうしたの?」
「すみません、一旦離脱します。
俺のアバター、今からAIコントロールに切り替えますね。」
「うん?」
トウリが返事をする間もなく、目の前のアオバはAIアオバに変わっていた。
「大丈夫です、トウリさん、情報シェアできてますので、女神のいるところまで戻りましょう。」
何事もなかったようにアオバは魔法陣を足元に敷くと、要塞の中心にある吹き抜けから階下に向かい、勿論トウリも、昇降用のポールを使うことなくその後を追った。
一部集団になったサソリたちは、セツキテリトリーの起点の城と砂漠の中央にあるギルドを結ぶ1本の道の上、ではなく、道路を避けて挟んで、その道沿いの砂の上を二手に分かれて進んでいた。
このまま進めば、セツキテリトリーの砂漠の中央にあるギルドに行きつくことになる。
カサカサカサカサと、大きな鋏を振りながら進んでいたサソリたちだが、砂漠に元々生息していたサソリやトカゲモンスターたちと出会うと、意気投合して一緒に進みだした。
最初は、ワイワイガヤガヤ、カサカサと賑やかに勢いをつけて進んでいるだけだったのだが、コモドドラゴン風のモンスターが勢いよくダッシュをかけると、それに負けじとサソリたちもダッシュをかけ、そのようなことを繰り返すと当たり前なのだが、砂が舞い上がる。
サソリの数はすでに数千にも及ぶ、舞い上がる砂は遠目に分かるほどの粉塵になっていることは言うまでもない。
鉱山からギルドの塔を目指していたセツキは、塔に迫りくる粉塵を目撃し、ペガサスに粉塵が到着する前にギルドに行くように発破をかけた。
「なんだあれは、竜巻ではなさそうだが、風もないのに砂漠の上をギルドに向かって砂ぼこりが流れてくる。」
ギルドの塔の頂上に降り立ったペガサスから降りたセツキは、城に繋がる通路を避けて砂上一杯に進むサソリの集団を、鋸壁から身を乗り出して見ていた。
「ボス、あれはただの砂埃じゃなくて、サソリやトカゲモンスターたちが集団移動しているんだ。」
ペガサスがブルルルルと体をふるわせ、鬣を揺らしているのはサソリが怖いからではなく、赤毛のツインテールを背中からおろしてせいせいしたからだ。
「なんだと、サソリやトカゲモンスターたちの集団移動だと?
それであんなにでかい砂ぼこりが立っているのか。
ということは、あいつら、このギルドの塔に用があるということか!」
「ボス、その腕でいまだにお姫様抱っこしてる中身男な女の子を落とすんじゃないかな?
それ以上身を乗り出すと。」
ペガサスは、「別に落としても構わないけど。」とは言わず、体を木馬サイズに小さくしながらププププッと笑いでごまかした。
「おお、そうか、すまん、すまん。」
セツキの腕の中で体を小さくしていたセンヤは、やっとセツキここから降ろしてもらえると思ったのだが、セツキはセンヤを腕に抱いたまま鋸壁の上に仁王立ちになった。
「えええええ?何してるんですか?
は、早く中に入りましょうよ。
というか、降ろしてください。」
「ああ、この塔の屋上にはなかへの出入り口が無いんだ。
だから、塔の外側から降りて、途中の窓から中に入るんだ。」
「はあ?何でですか?
頭悪すぎませんか?
いくらゲームでも屋上への出入り口くらい作るでしょう?」
センヤは驚きのあまり、つい素になって、いつものように自覚の無いまま余計なことを口に出している。
「ムム、お嬢さん、そんな言葉遣いをしてはいけない。
頭の良し悪しはこの場合関係ない。
大丈夫、落とさないからしっかり捕まっていなさい。」
セツキはセンヤを片手で担ぎ直すと、屋上から飛び降りた。
「わー、待って、待って!」
センヤが落ちる衝撃に身を固くすると、数メートル落ちたところで、セツキはギルドの最上階の窓をガッと手で掴んみ足をかけた。
「はっはっは、まあ、任せなさい。
ほら、ここから中に入れるから。」
セツキが勢いをつけて1回転し窓を越えて中に入ると、その衝撃でセンヤのポケットに入っていた数少ない宝石たちが塔から落下していった。
「ま、また、このパターン?
お、俺のこれまでの苦労は、いったい。」
ギルドの塔の最上階の窓から入ったセツキは、センヤを抱えたまま中央にある螺旋階段まで行くとその勢いで1階まで走り続けた。
「俺が一体なにしたっていうんですか!
いいかげんに放してください。」
ジタバタと手足を振るセンヤ、それをものともせずに2段飛ばしで螺旋階段を降り続けるセツキ。
高さ100m程ある塔の1階に着くと、受付カウンターの奥の喫茶店のソファー席で、AIキャラたちにお茶をついで貰った木馬サイズのペガサスが、ソファーの上で寛いでいた。
「ボス、先に休んで、お茶してたよ。
ププププッ、ボスも飲む?」
「なんだ、お前の方が早かったのか、ふむ、階段ではなくギルドも最上階まで直通で行けるポールでも作るか。」
顎をさすりながら、お茶はいらないと手を振るセツキの代わりに、センヤにお茶を進めるペガサス。
ニヤニヤしているペガサスに唖然として喋る気力もなく口をパクパクしているセンヤ。
センヤが何を言いたいのか、代りに口にしたペガサス。
「何故、最初に1階に降りなかったのか?
いやー、ボスに頼まれれば、一緒に降りてこなくもなかったんだけど、ボスが塔の屋上にって言ったでしょ?
サポートキャラだから、ボスには逆らえないんだよね。プププ。」
お茶のカップを蹄の間に器用に挟んで、湯気から匂い立つ爽やかな香りを楽しみながらお茶を飲むペガサスに、センヤは涙目を向けて我に返った。
「おまえ、さっきだって急にザーッと屋上に降りて、ポンッなって、サーッとして、今だって、1人だけホカホカなって、絶対性格悪いし、絶対わざとだろ?」
ペガサスがお茶を飲み干し、センヤにカップを向けて乾杯のゼスチャーをすると、ギルドの塔の周りが俄かに騒がしくなった。
「おい、砂ぼこりが入り始めた、お客さんが到着したみたいだ。」
セツキの喜々とした声に、ペガサスがニヤニヤと笑みを浮かべ、センヤはまた顔色を悪くした。




