076 偶然
セツキがシステムに強制ログアウトされ、そのまま一泊されても困るヨウキはセツキのもとに向かった。
寝入っていたセツキを起こすと時間制限について聞かれたので説明すると、一応の理解はしてくれたが、ペナルティについては全く納得しなかった。
納得しようがしまいが、既にシステムに組み込まれた時間でペナルティを変更することはできない。
多くのユーザーを対象とする以上健康面の配慮が必要でペナルティを受けたくなければルールを守ればいいだけだと懇々と説明した。
つい先日のことだが、思い出すとどっと疲れが戻ってきたような気がする。
ゲーム自体は、ここまでのテストは順調と言えば順調で、システム的にもプレイヤー的にも大きな問題は出ていない。
「今日はシキがログインすると言ってたな。
この後のミーティングが終わったら、俺もログインして参加するけど、どうなることやら。
そうだ、その前にシステム室にいるアオバに差し入れでも持って行くか。」
ヨウキは椅子を引くと、オフィスに来る前にテイクアウトした袋を持って、自分専用ルームを後にした。
ーーーーー
「あれ、もしかして、翼のある馬が空を飛んでる?」
ブランは、遠くの砂の上で影が動くのを見つけ、手のひらで影を作りながら空を見上げた。
タクトがブランの見ている方を見ると確かに馬が飛んでいる。
「本当だ、背中には、、、スコープアイ。
あれは、セツキテリトリーのボスを乗せているね。
あと、誰か知らないけど女の子が1人?」
赤毛のツインテールの女の子をお姫様抱っこしてペガサスに跨るセツキの表情はかなりご満悦だが、逆にペガサスはうんざりした表情をしているように見える。
つい先日乗ってきた幌馬車を引いていた馬が、馬留でブランに向けた甘えた表情と比べると雲泥の差だ。
「セツキテリトリーのボス?
じゃ、あの馬がサポートキャラってこと?
どこに行くんだろう?
眩しすぎて、目で追えない。」
砂漠と言うだけではないだろう、セツキテリトリーの太陽はかなり力強くその明るさを主張している。
「ブラン、ココアたちからカードを沢山貰っていただろう?
その中に黒い眼鏡とかは無かった?」
ココアたちのことだから、多種多様な装飾アイテムの中にサングラスくらいは入れていそうだと思ったのだが、ポシェットのカードを確認したブランは首を振った。
「うーん、無いみたい。
ところでこのカードは、何に使うんだろう?」
ブランが出してきたのはトンカチカードだった。
「何でそんなものくれたんだ?
装飾にしては変だな。」
タクトも首を傾げたが、頭をよぎったのはAIタクトから共有された先日乗った幌馬車を襲ったモグラたちの姿だった。
「まさかね。」
ニコが交換カードをチャナに渡すために、適当にハトバが持っているカードをサーチして交換したのがトンカチカードだった。
それを気まぐれでブランに渡すカードに紛れ込ませだけで、ブランのポシェットにトンカチカードがあるのはただの偶然だ。
トンカチカードを直し、再びペガサスを見ようとしたブランは、ついさっきまでなかった異変に気がついた。
「タクト、何だか変だよ。
あの茶色の塔の近くを見て、砂埃が立って、でこぼこになって盛り上がってるように見える。」
ブランが指しているのは、セツキテリトリーの砂漠の中央にあるギルドの塔だ。
ギルドより更に南、このセツキテリトリーの中心にあたるところには起点の城があるのだが、そちらからギルドに向けて砂ぼこりが押し寄せているように見える。
「あれは、何かの大群が砂ぼこりを立てながら突進している?」
砂ぼこりが立つ中、空をかけていたペガサスはギルドの塔の鋸壁で囲まれた屋上に降りていた。
「あの砂ぼこりの正体が何なのか分からないけど、とりあえず行ってみよう。
砂ぼこりの中をさすがに歩いて突っ込むのはやめた方がいい。」
タクトは体を拡大してブランに背に乗るように羽で手招きをした。
ーーーーー
ギルド付近が砂ぼこりで覆われる少し前、セツキテリトリーの中央にある起点の城付近にトウリとアオバがいた。
「エンジさん、遅いですね。」
「さすがにあの三人乗り自転車を漕いでくるのは時間がかかるのじゃないかしら。」
どこが入り口かも分からない半円のドーム状の城の前に2人が立っていると、三人乗りの自転車の一番前に乗り力任せに車輪を漕いでいるエンジが見えた。
金髪碧眼の美女が二人に向かって手を振っている。
「ひどいですよ、二人とも、私を置いて行くなんて。
飛べるなら飛べると先に教えてください。
そしたら私もそれなりのものを用意したんですよ。」
聞くと砂漠を避けて、鉱山のある西側の平野から自転車を漕いできたらしい。
困った顔をして笑うトウリに、冷笑するアオバ、アオバにグッと親指を立てるエンジは置いて行かれたことを既に忘れている。
「さあ、チャナたちがもうすぐこっちに到着する見たいだから、準備しましょう。」
「そうですね、マップを見る限りでは、このセツキテリトリーにIDプレイヤーはほとんどいません。
ギルドにセンヤさんらしきIDプレイヤーがいるくらいです。」
「ほとんどのモブIDプレイヤーは、何故かヨウキテリトリー近くのモブのログインポイントに集まってるみたいね。」
「まあ、このテリトリーにIDプレイヤーがいない方が好都合ですし、しかもターゲット2人だけがここにいますからね。」
冷笑から、悪い笑みに変わったアオバにさらに、両手で親指を立てるエンジ。
「アオバ様、黒いフードに金の刺繍の魔法使いの衣装にその悪い笑み、最高です。
どこぞかの、魔法省で誰にも解けない魔法陣を作って、世を滅亡させようと企む魔法使いのようです。」
「エンジさん、ここには魔法省なんてものは存在しませんし、俺は世を滅亡させようなんてメンドクサイこともしません。」
「うん、エンジがアオバに夢を見るのは自由だと思うけど、やることをやってしまいましょ。」
妖精風トウリがパンパンと手を叩くと、エンジは背筋を伸ばした。
「そうでしたね、シキ様のために頑張らねば。」
3人はセツキのドーム状の城に向き合った。
アオバは腰に差しておいた青紫の杖を持つと小さく咳払いをして、杖を小さく何度も振った。
ツルツルと滑りやすく銀色にコーディングされていたセツキの城は、アオバの杖から繰り出されて繋がっていく魔法陣に覆われた。
「これ、出入り口はドームの頂点にある円形状のハッチみたいです。
潜水艦の出入り口で、蓋を持ち上げて開けるタイプの。」
アオバは、城の出入り口を残して、魔法陣ですべてを覆うように計算していた。
構造や空気の流れで自動的に出入り口を判別し避けるようにプログラムしていたため、出入り口が頂点にあるハッチであることが分かったのだ。
「頂点のハッチ?どうやってそこまで行くのかしら?」
「飛んで行くんじゃないですか?
俺やトウリさんみたいに、何らかの手段を用いて。
サブプレイヤーだからそれくらいはするでしょう。」
「そうね、普通はそうよね。」
3人はうんうんと頷き合っているが、セツキはドーム状のこの城の出入り口まで根性で上り下りしている。
「それにしても見事な魔法陣ですね。」
「これで、落書きし放題ですね。」
「後は、念のために中にも同じ仕掛けをしておきたいんだけど。」
「そうですね、中にも同じ魔法陣を仕掛けましょう。
ドーム状なので中がどんな風になっているのか分かりませんけど、とりあえず入ります。」
エンジはセツキの起点の城を見上げて頭を振った。
「では、飛べない私はここでカードを持ったチャナさんたちが来るのを待つとしましょうか。」
トウリとアオバがセツキテリトリーの頂上から中に入ったところで、エンジは遠方から白く大きな鳥がプテラノドンを乗せて近づいてくる姿に気づいた。
「何でしょう?あの大きくて白い蝙蝠のようなものは。
背中に乗せているのは恐竜に見えますが、、、。」
かなり距離のある位置から視認できるその姿にエンジは恐怖を覚えた。
「どうしましょう、とりあえず姿を隠して様子を見た方が賢明のような気がします。」
エンジはセツキの要塞に近づくとカメレオンカードを取り出すと、自身の体を認識阻害の保護色に変化させた。
「ケケ、見えてきましたよ。
セツキテリトリーの中心の起点の城が。」
見えてきた城はチャナの想像とは全く異なるものだった。
「あれなに?卵?」
「違うでしょ、ドーム型の、一応お城じゃない?」
AIチャナとアンズはセツキテリトリーのドーム型の要塞に唖然としていた。
「何だか思っていたのと違いますが、必ずしもお城の形にこだわる必要はないですからね。
セツキさんはきっと戦闘ものとか、要塞系のものがお好きなんですよ。」
前回セツキテリトリーの境界線上で出会ったセツキは、アバターとは言え、ガッシリとした体格に脳筋そうな言動をしていたことを思い出したハトバは妙に納得していた。
「じゃあ、あのお城?要塞の砂漠に近い方に降りてもらっていい?
カーラ。」
「ケケケ、勿論いいですよ。
ワタクシの最初のマスターであるココア様とは正反対のお城ですね。
やたらのっぺりと明るすぎて、テリトリーボスの性格がうかがい知れますね。
ケケケッ。」
ズンッと地面を揺らして着地した反動で、カーラの背から飛び散ったウサギモンスターたちはクルッと一回転して見事な着地を決めていた。
アンズとハトバは何とかしがみつき、落ちるのを免れたが、その横で、背中から落ちていたのはAIチャナだった。
「いったー、、くは無いけど、もう少し丁寧に降りて欲しかったわ。」
砂を払いながら立ち上がったAIチャナ。
「まあまあ、チャナ、せっかくここまで乗せてくれたんだし、お礼を言わないと。」
カーラから滑り降りてきたアンズがチャナを宥めていると、今度はプテラノドンが落ちてきて、ここはどこだと確かめるように辺りを見回している。
着地を決めたウサギモンスターたちがやってきて、プテラノドンを蹴り始めた。
「こいつ、寝てたみたいだ。」
「締めとこうか?」
ウサギモンスターに囲まれたプテラノドンは、焦って飛び上がるとセツキテリトリーの頂上のハッチの取っ手に止まった。
「あいつ、逃げやがった。」
「ケケケ、ではワタクシはこれで。
今のマスターにお届け物をしなければいけませんからね。」
「そうか、そうよね。
ちょっと落ちたくらいなんでも無かったわ。
乗せてくれてありがとう、助かったわ。」
チャナにお礼を言われたカーラは、砂漠の中央にあるギルドに向かって飛び去った。
「さて、このイベントカードって、どうやって使うのかしら。」
チャナはハトバから受け取ったカードをポシェットから出した。
「砂漠に関係があることかしら。」
「砂漠と言えば、ラクダ?水?蜃気楼?」
認識阻害の保護色になりセツキの城にピタリと背を付けて様子を見ていたエンジが、チャナにカードの使い方を教えなければと姿を表そうとすると、その足元でウサギモンスターたちがもめだした。
「おまえ、今何か埋めただろう?」
「いや、なにも。」
白々しく、明後日の方向を見てピーピーと口笛を吹く一つ角のウサギモンスターを他のウサギたちが囲みだした。
「あの白い蝙蝠に乗ってる時からお前の動き怪しかった。」
「さっきここを掘ってただろ、よし、掘るぞ!」
「あーー、やめてくれ、お茶飴なんか埋めてないって!」
「何!お茶飴?」×(ウサギの数ー1つ角ウサギ)
お茶飴と聞いてAIチャナがポケットに手を置くと、後で食べようと残しておいたお茶飴が無くなっていた。
「あー、私の分のお茶飴が無い!」
それを聞いたウサギモンスターたちは、我先にと一斉に砂を掘り出し、あっという間に穴の中に見えなくなった。
どこまで深く掘っても飴が見つからないウサギモンスターたちは、それぞれの穴から顔を出すと1つ角ウサギモンスターを睨んだ。
「無いぞ?どこに埋めたんだ!?」
「何だって、そんなはずはない、さっきこの辺に埋めたんだ。」
一つ角ウサギモンスターは、他のウサギモンスターたちが掘った穴を順番に見て回ったが、まったく見つからない。
「おまえな、冬眠前のリスじゃないんだから、餌を埋めた場所を忘れるなよ。」
「チャナ、ウサギさんたち、可愛そうだよ。
お茶飴もう無いの?」
アンズが、どこまでも穴を深く掘り進めるウサギたちを気の毒に思いチャナに確認するが、チャナはポケットの中身の布を出して、空っぽアピールを行った。
「ほら、空っぽ、ううう。」
30匹のウサギたちが、一斉に掘った穴の砂が山となって積み重なり高くなっていく。
チャナが砂山から穴を覗き込むと、穴の奥からウサギの叫び声がする。
「おーい、でるぞー!」
その声とともに、勢いよく水柱がたち、水柱に押し上げられる形でウサギモンスターたちが地上に戻ってきた。
キャッキャッ水の吹き出し口で、飛び跳ねて遊ぶウサギたち。
その中の1つの水柱では、一緒に緑の飴も跳ねている。
「ううう、お茶飴を他のウサギモンスターたちに取られてしまった。
こんな砂の入った小瓶しか取り戻せなかった。」
一つ角のウサギモンスターは、体の毛皮の中に小瓶を閉ってガックシと耳を垂れた。
ウサギモンスターたちは、キャッキャッと水の上を飛び跳ね、周りのチャナたちにまで水をかけ出した。
「ぬれちゃう、けど、こんだけ太陽が燦燦としていれば、すぐ乾くか。」
AIチャナはぬれた手を見て、先ほどまで持っていたはずのキュートなサソリが描かれたカードを持っていないことに気がついた。
「ちょっと待って、どこに行ったの、カード。」
焦るチャナに、アンズが「あれ!真ん中のウサギ」と指す方を見ると、水遊びをするウサギモンスターがカードを持っている。
「あった!
すごいプニプニの肉球のくせに手腕がすごいわ、ベテランのスリみたい。」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、見てください、チャナさん、アンズさん。
ウサギモンスターが持ってるカードから何か出てきます。」
水しぶきを浴びたカードから、丸い頭、丸い体の二頭身に団子が三つ繋がった尻尾の先に黒いとんがりのついたサソリが、大きな鋏を振りながらカードから出てきたのが見えた。
「お、水があるな、ちょうどいい、硯らせてもらおうか。」




