072 ドーン
「そういえば、モグラモンスターで思い出しました。」
白いお城の白く長い階段の前で、ハトバは腰のポシェットを開けて1枚のカードを取り出した。
「すっかり忘れてました、このカードをチャナさんに渡して欲しいって頼まれてたんでした。
金髪長身で上級冒険者風のIDプレイヤーの女の人から。」
「そう言えば、そんなもの受け取っていたわね。
女性のハイクラス冒険者風で、たぶん中身はそれなりの部署の偉いヒトっぽい人に。」
チャナはハトバが取り出したカードを見て、「おおぉぉ」と小さく声を出し両手を口元に添えた。
「か、かわいい、硬そうなのに、丸くて愛嬌があって、その尻尾の先は針じゃなくて鉛筆?
先のとがりは黒芯ね。」
「そうなんですよ、可愛いからチャナさん好きかなって思って。」
「両手の鋏が丸っこいのもキュート!
丸い白眼の中に黒丸の瞳で、リアルなら怖そうなのに、この愛らしいぬいぐるみ形状で愛されキャラになってるわ。」
お城の階段の前で立ち止まり、カードに魅入る三人。
「でも、ハトバがこれをモグラモンスターで思い出したのはよく分からないけど?」
アンズはカードを見て首を傾げる。
「いえ、土と砂の繋がりと言うか、モンスター繋がりと言うか、何となくですね。
それで、渡してきた人曰く、これを、セツキテリトリーのお城の近くで使ってほしいそうです。
チャナさんに。」
セツキテリトリーと聞いてチャナの顔は一変し、悲壮感を漂わせた。
「えーーー、あそこに行くの?
嫌だなぁ。
話通じそうにないし。」
ドン引きするチャナにアンズは”ふふんっ”と得意げに鼻を鳴らした。
「別に、近づかなければいいんじゃないの?
カードを使って欲しいって言われただけだし、それにほら、折角託してくれたことだし使わないともったいないわ。
あと、ここに小さく楽しそうなことが書いてあるわ。」
「なにが?」
「砂の上に限りキャラを出す数に制限が無いって。」
アンズがカードの端に書いてある小さな文字を指すと、チャナはカードに顔を近づけて文字を確認し、「良し!」と背筋を伸ばした。
「わかったわ、じゃぁ、行きましょう!
砂のセツキテリトリーをこの愛されキャラの、丸っこいサソリで、一杯にしましょう!」
「そうですね、あそこ砂漠だしちょうどいいです。」
「そうと決まれば、、、早速行こう!」
おー!とチャナは片手をあげて、踵を返した。
「待ってください。
お城は?女神さまは?
チャナさん、目の前まで来て、寄って行かないんですか?」
ハトバはカードを出すタイミングを間違えたと肩をがっくりと落とし、その肩に軽く手を乗せたアンズが首を振った。
諦めようと。
ーーーーー
セツキテリトリーの鉱山で赤毛のツインテールのお嬢さんのために、宝石を掘り当てようと大きな鍬を構えると、セツキの目の前に白くて大きな文字が浮かんだ。
<ゲームプレイ時間が超過したため強制ログアウトします>
<警告アラートをすべて無視したためペナルティとして強制ログアウト後24時間ログインできません>
何のことかと理解が追い付かないまま、セツキは強制ログアウトさせられていた。
少し前から目の前に白い文字が現れていることに気がついていたが、セツキの世話を好んで行っている三人のAIキャラに聞いても「何も見えない」と言うので、自分以外の誰にも見えないのなら気のせいだと片づけていた。
白い文字が消えると視界はテストルームの天井を見ていた。
呆然としながらテストルームに居座ること数十分、セツキはテストルームの四隅にあるカメラに気がつき、モニターされていることを思い出した。
「ヨウキ、24時間ログインできないとはどういうことだ。」
テストルームのデスクチェアのに座り、椅子をクルクルと回しながら部屋の東西南北にあるカメラを順番に睨みつけている。
その膝の上には、黄色い塊が回転する椅子に合わせて揺れているが、おきあがりこぼしのようにユラユラと左右にフラついているだけで落ちない。
ヒヨコの頭を抑えて、カメラの一つを指差し、何の返事をしないヨウキに兄としての威厳をもって命令する。
「モニターを見ているのは分かってる、さっさとログインさせるんだ。」
実際、ヨウキはモニターでセツキの様子を見ているが返事をする気はない。
「ログアウト警告が何度も出ているから、何事かと思って見に来たら強制ログアウトまで行ったんだ。」
モニターの中のセツキはまだ何か言っている。
「あのヒヨコにヘルスチェックさせてるのか、いい仕事してるじゃないか。」
ヨウキの隣にいるのは、長兄の青稀だ。
「うん、セツキは絶対のめり込むと思ったから。
セツキがログオンしたら、ヒヨコがセツキのお腹の上に乗るように設定しといたんだ。」
ヒヨコセンサーでプレイヤーのヘルスデータにアクセスし、空腹含めて体調不良と判断した場合、ゲームシステムに警告を依頼してくれる。
システム的には、警告を受け取るか、または連続6時間以上のログオン状態が続いた場合、ゲーム内のプレイヤーに一定時間間隔で警告を数回行い、それを無視した場合に強制ログアウトさせる。
そして、警告を無視した強制ログアウトの場合は、ログアウト後24時間ログインできないというペナルティーが設けられる。
「本当に、あいつは昔から変に体力がありすぎるから、際限なく無茶をする。
こうなることが分かってるから、あいつをこっちの業界にこさせたくなかったんだ。」
ショウキはモニターから離れると、緩めていたネクタイを結び直してドアに向かった。
「それは、ごめん。」
ヨウキが軽く頭を掻くと、ショウキは持っていた上着を羽織りながら首を振った。
「責めてないって。
疲れを疲れと自覚しないから、数値で判定してくれるあのヒヨコの機能はちょうどいいと思うし。
それに、災い転じて、なんとななるかも知れないってことなんだろ?
いつまでも、シキからセツキを遠ざけられるわけでもないしな。」
頷くヨウキに笑顔を返したショウキは、自分のオフィスに続くドアを開た。
「様子見におまえの部屋に寄って良かった。
セツキとシキのこと頼むな。
俺はまだしばらくはマーケティングメンバーと外出が続くから、オフィス内のこともヨウキに任せてばかりで悪いけど。」
「うん、大丈夫、任せといて。」
閉じられたドアの向こうで慌ただしく荷物を持つ音がして、その後足音が遠ざかって行った。
「災い転じて、か。」
ヨウキがモニターに向かうと、セツキが膝の上にいたヒヨコを顔に乗せて眠りに落ちていた。
「やっぱり、寝不足で、疲れてたんじゃないか。
というか、あのまま朝までテストルームのゲーミングチェアの上で寝られても困るんだけど。」
仕方ない、と呟きながらヨウキは遠隔でヒヨコのアラーム機能をセットした。
ーーーーー
セツキテリトリーの鉱山では、マッチョな体にタンクトップととび職の伝統的ズボンであるニッカポッカを履いた黒髪ダンディなAIセツキと、赤いツインテールのセンヤが、宝石を求めて作業を続けていた。
AIセツキは、リアルセツキが振り上げた鍬を勢いよくおろして、岩を砕き散らし、飛び散った中にあった琥珀色のかたまりを拾い上げるとセンヤの目の前に出した。
「ほら、この石はどうだ?
琥珀色で中に面白い虫が入ってるぞ。」
「虫なんかいらないんで、もっと、奇麗でドーンっと、感じるような宝石とかがいいんですぅ。」
センヤは、両手を胸の前にだすと人差し指と中指でハートの形を作って見せた。
「なるほど、ドーン!な。
わかった!」
セツキの世話をするために周りに控えていたAIキャラたちは、大鍬を振るAIセツキから離れた位置で2人を見守っていた。
「虫入りの琥珀と言えば、あれですね。」
「はい、物にもよりますが希少価値が高い物件ですね。」
「しかも、拳くらいの大きさの琥珀の中の中央に、奇麗に羽の形まで鮮明に見えているようで、ああいうのをドーンというのではないでしょうか?」
「ドーン、ですか?
しかし、あのお嬢さんは”虫なんかいらない”と仰ってましたよ。」
「あのお嬢さんがおっしゃったドーンというのは何のドーンなのでしょう?」
「すごくきれいで大きな物が現れたときのドーンでは?」
「それとも、美しさのあまり激しいショックを受けたときのドーンかもしれないですね?」
「意表をついて、今は起こり得ないような、奇麗な宝石が意志を持って押し寄せて来たなんて時のドーンというのはどうでしょう?」
「なるほど、なるほど。
起こり得ないような、ですね、それは可能性大かも知れないですね。」
AIキャラたちはそれぞれに仮説を立てて頷き合っているたが、センヤの今までにない叫び声を聞き、その方向を見て大きく頷いた。
「セツキさん、この前から言ってるじゃないですか!
大鍬を振り回すのはやめてくださいといってるでしょう!」
ガッ、スンッ、ボコッ、ガラガラ、、、
「スンッ?ボコッ?ガラガラ?」
AIセツキが岩壁に向かって大鍬を振るった先の岩が砕かれ、大きな穴となりその周りがどんどんと崩れて落ちた。
「おや、暗い鉱山の中に一陣の光が差してきたようです。」
「なるほど、奇麗ですね、あのお嬢さんの表情を見るにきっと、この瞬間が”ドーン”なんですよ。」
「奇遇ですね、私もそう思います。」
AIキャラたちが感心して見ているセンヤは愕然としていた。
セツキテリトリーに来てから、採掘坑を広げ掘り続けたために鉱山の反対斜面まで掘り進めたようで、突き当りに穴が開き、トンネルが開通してしまった。
「あ、ああああ、別の方向に掘り進めればよかった。
いや、そんな問題じゃない、あんな大鍬で何日も掘り進めたせいだ。
俺の宝石が岩の斜面に転げ落ちていく。」
「おお、本当だ、ここから降りて行ったらすぐに拾えそうだな。」
「何を言ってるんだ、こんな傾斜が90度近い崖を降りて行けるわけないだろ。」
下を覗き込み振るえる声を出したセンヤに、セツキは太い腕を90度に折って、親指を立てた。
「大丈夫、これくらいなら飛び下りるさ。
ところでセンヤ嬢は、どうして宝石なんか欲しがったんだ?」
「・・・とりあたま。」
(三歩歩けば忘れるの意)
ーーーーー
和風温泉のモブのログインポイントでは、貸し浴衣屋の店主が伝書鳩に託す手紙を書いていた。
「拝啓、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
先日は当店の浴衣での写真撮影にご協力いただきまして誠に有難うございます。
おかげさまで当店は連日盛況となり、予約も殺到し、お客様方には大変感謝しております。
ショーケースに飾らせていただきました写真ですが、こちらを見学に訪れる方も少なくはなく、毎日のように通う方もおられます。
そしてこの写真を入手したいというお客様が多数おられ、大変な人気ぶりでございます。
もちろん、写真は複製、移動できないよう固定状態を保っておりますのでご安心ください。」
「さて、この後をどのように書いてお知らせすべきか。
この後に続けて、写真をリアル配信したいという有志が集い始めたことをお知らせしたいのだが。」
店主が書きかけの手紙の続きを迷っていると、後ろからオレンジ色の緩い巻き毛を後ろで括った男性が近づいてきた。
「店主、その手紙を、その籠にいる伝書鳩で届けさせようとしているのかしら?」
驚いた店主は、思わず書きかけの手紙を握りしめてクシャクシャにしてしまい、周りの店員から残念な生き物を見る視線を受けてしまった。
「は、はい、そうですが、しかし、無事届くかどうかは、ところで、何かご入用で?」
店主はクシャクシャにしてしまった手紙を両手で握りしめ、オレンジ色の髪の男性を見上げると、その肩に白い小さな蝙蝠が止まっていた。
「もしよかったら、この子に届けさせてはどうかしら?
サポートキャラは、主人の現在地をいつでも把握することができるから、必ず手紙を届けてくれるわ。」
オレンジ色の髪の男性が肩にとまっている蝙蝠に人差し指を近づけると、蝙蝠がわずかに横を向いて威嚇しているように見える。
本当に大丈夫なのかと、店主は袖で額の汗を拭うと男性の顔色を窺うように覗き込んだ。
「サポートキャラの主人と言いますと?」
「あら、ご主人が今手で握りしめている手紙の宛先に決まってるじゃない。
ようするに、外のショーケースの中の写真の2人よ。」
コロコロと笑う男性に店主の少しばかりの警戒心が解け、手紙を握りしめた手を緩めて、片方の手を皿のように広げると、ポンと手を打ってならした。
「あー、なるほど!
それはこちらとしては願ったり叶ったりです。
しかし、対価はどのようなものがよろしいでしょうか?
勿論、ショーケースの写真は交換できないのですが。」
オレンジ色の髪の男性は、人差し指を口に近づけ、赤い唇でニッと笑う。
「そうね、対価は、すぐに開けそうな浴衣を作ること、と言うのはどうかしら?」
思いもよらぬ対価に主人は拍子抜けしてしまった。
「はぁ、すぐに開けそうな浴衣ですか、本当にそんなものでよろしいのですか?
うちとしては、とても安価で作れるのでありがたいですが。」
「ええ、勿論。
たとえ安価であっても、その価値を決めるのは私だわ。
交渉成立かしら?」
使用用途など気にしない貸し浴衣屋の店主と、自分の欲望に忠実なココアは良い笑顔でお互いを見つめ、ドンッ背景に太字の文字を背負い、固い握手を交わした。




