071 幌馬車の御者
青いAI文字のイベントキャラを追いこして、モブのログインポイントまで飛んだタクトは、入り口にある鳥居のような大きな木枠から中に入ると、ブランと一緒に馬車乗り場を探していた。
入ってすぐの煉瓦の敷かれた円形の広場には、頭上にAI文字の浮いたキャラが疎らにいるだけなので、今回は注目を集めずに済んだようだ。
広場からは街の沿いに続く通り、町中に続く通りといくつかの通りに分かれていた。
「この場所って、最初にきたお店が沢山あった場所に似てるね。」
街中に続く通りの奥を見ているブランが、キッチンカーが数台並んでいるのを見つけてソワソワとしだした。
「そうだな、ここもチャナテリトリーに近いから、似たようなイベント、屋台やキッチンカーとか、出店要素の強いポイントになっているみたいだね。」
「セツキテリトリーじゃなくて、チャナテリトリーに近いの?」
「そう、最初に入ったポイントは、こことは道沿いに真っすぐ行った反対側にあるね。」
ブランが目覚めた場所から、遺跡を登って出てきた森、そこから抜けたところにあった最初に入ったモブのログインポイント。
そこからチャナテリトリー沿いに反対側にあるのが、今いるモブのログインポイントだ。
「最初に入ったところと同じイベント要素のポイントなの?
だったら、苺クレープ屋さんあるかな?」
思わぬブランの子どもらしい発言に、タクトは内心目が点になった。
なるほど、ソワソワしていたのは、苺クレープが目当てだったらしい。
「あるんじゃないかな?
まだ幌馬車が到着するまで間があると思うから、飛んで上から探してみようか?」
「いい、自分で探してくる。
待ってて。」
返事を待たずに広場の奥に駆けだしたブランの背中を、待てと言われたタクトは近くの木の枝に止まって見送った。
15歳までの記憶を取り戻したから、不安が減って、自分のしたいことを口に出すようになったのかもしれない。
「15、6歳と言うと、リアルでは中三くらいか。
食べ盛りだな、確かに。」
タクトが幌馬車が来ないか入口を気にしていると、苺クレープを両手に持ったブランが戻ってきた。
「はい、これタクトの分。」
差し出された苺のクレープはヒヨコの大きさでも持てるハーフサイズだ。
「そう言えば、これ、何と交換してきたんだ?」
クレープを受け取ったタクトが、交換できるものを渡していなかったことに気づいてクレープ越しにブランに聞くと、一口目を食べていたブランがニッと笑った。
「ココアさんの城を出る時に、沢山カードをもらったからそれと交換してもらった。」
「ああ、そう言えば、そうだったな。」
ブランは片手に食べかけのクレープを持ったまま、腰のポーチを開けて見せた。
そこには、ココアやニコから渡された洋服カードや装飾カード、属性カードがびっしりと詰まっていた。
タクトは、その時のココアの様子を思い出し、何もない空中を見つめた。
「是非これらを着て、旅を続けて欲しいの。」
などと言いながら渡されたのは、動物着ぐるみセットや女装セット、セーラーにブレザーの学生服等々のカードだった。
更にアクセサリーなどの装飾カードに、変な属性カードも。
「変とは失礼ね。
この増殖カードは、籠に入れて高貴な方の血の数滴を滴らせることで、籠の中のものを籠に入るだけ増殖させることができる、貴重なカードなのよ。」
「高貴な方の血って、そんなカード使わないよ?
絶対ブランにはケガさせないからね?」
「籠の大きさに制限はないんだけど、生き物は制限されてダメなのよね。
ブラン様に使ってみたかったんだけど。」
と、タクトの言葉をスルーした上で、是非使ってね、と渡されたものだ。
「俺の出したクローゼットの中の服を見て、ありきたりだとか、芸が無いとか、色々言ってたけど。
ブランにとっては、小食品より、苺クレープの方が魅力的だったな。」
「タクト、意地悪な笑い方してるけど、苺クレープじゃない方がよかった?」
クレープを抱えたまま動かないタクトをブランが心配そうに覗き込む。
「いや、苺クレープで良かったよ。
ココアとニコから交換できるカード沢山貰えて良かったなって、思ってね。」
「うん、あと、そうだ。
クレープ屋さんに馬車乗り場の場所聞いたんだけど、ここからお店の並ぶ裏道の奥にあるって言ってた。」
苺クレープを買うだけではなく、しっかりと目的を忘れず、聞き込みを行ったブランにタクトは感心し、頭を撫でた。
素直に頬を赤くして笑うブランに、こみ上げる嬉しさを隠さずタクトは笑みを返した。
ヒヨコの姿の自分がこう思うのもなんだけど、反抗期は終わったらしいと密かに思う。
クレープを食べ終え、ブランがお店の人に聞いた場所に行くと、先ほど追いこしたキャメルの幌馬車が、ちょうど、馬車乗り場に入って行ったところだった。
幌馬車の御者が手綱を引くと、馬は大人しく止まり、御者は足場にするステップを抱えて馬車から降りてきた。
幌を開けた場所の下にステップを置くと、乗っていた客がステップを踏みながら降りていった。
御者は頭に乗せていた小さなシルクハットを取って、乗客1人1人に丁寧にお辞儀をして見送っている。
「シルクハットの下に青いAI文字が浮いている。
やっぱりあの馬車の御者がイベントキャラだった。」
肩幅は広いが、背はさほど高くなく、恐らくブランと同じくらいだろうか、乗客の全員が去ってしまうと、御者は馬車から外した馬を馬留めに連れて行った。
馬留に馬を落ち着かせると、御者は茶色の顎髭を撫でながら、近くにいたAIキャラに干し草と水を餌桶に入れるように頼んでいる。
どうやら、2頭の馬に餌を与えて休ませるようだ。
馬が落ち着いて餌を食べだしたころを見計らって、ブランは御者に声をかけた。
「こんにちは、御者のおじさん。」
馬の鼻を優しくなでていた御者は、横から話しかけてきた少年の頭からつま先まで視線を動かして目元を緩めた。
「やあ、こんにちは、君は、剣士見習いかな?
馬車に乗りたいのかな?」
御者はブランが腰に下げていた剣を見て、剣士見習いだろうと推測して、「そうだよ」という返事を期待したが、少年からは予想に反した答えが返ってきた。
「俺は剣士だ。
見習いじゃないよ。」
柄に手を置いて、背筋を伸ばし胸を張って答えた少年に、御者は更に目元を緩めた。
「そうか、それは、それは失礼しました。
もし馬車に乗りたいのなら、馬車は夕方にならないと出発しないよ?
馬を休ませないといけないからね。」
御者は、餌を食べるのに夢中になっている馬の首を軽くなで、いたずらの笑みを浮かべて軽く片目をつぶった。
「ほら、君も馬を撫でて見る?」
ブランは頷くと御者のおじさんがなでていた馬の首を同じように首から肩へと優しくなで、その毛並みの柔らかさに目を細めた。
「思ったより柔らかい、茶色い毛並みの立派な馬、おじさんに似てるね。」
ブランが御者の顎髭を見て言うと、2、3回瞬きをした御者は、ほおを緩めて顎髭を掴んでゆっくりと手を滑らせた。
「嬉しいことを言ってくれますね、それに馬の扱いも慣れているようです。
ほら、馬が気持ちよさそうに目を細めているでしょう?」
褒められたブランが、頬を染めて「そうかな?」といいつつ馬の顔を覗き込むと、馬はブルルルルと小刻みに口を動かした。
「ほらね、この鳴き方は甘えているんですよ?」
「甘えてくれてるんだ。」
ブランは甘えて顔を近づけてきた馬の顔を両手で持ち、馬の瞳を見たまま御者に尋ねた。
「夕方もこの馬たちが馬車を引くの?
馬車は今度はどこに行くの?」
「南の方にあるポイントまで行くけど、移動には1日かかりますから、着くのは明日の夕方ですね。」
「南の方にあるポイント、移動に1日か。」
幌馬車で行くより、確実に自分で走って行った方が早いんじゃないかと、ブランが考え込んでいると、御者のおじさんはポンと両手を叩いた。
「そうそう、もし幌馬車に乗ってくれるのなら、特典をあげますよ。」
御者は腰につけている巾着袋の紐をほどくと、中から小瓶をいくつか出した。
「お客さんに渡しているものなんだけどね、ほら奇麗でしょう?」
小鬢にきらきらした粉が入っている。
「持って陽に透かしてごらん。」
御者は手のひらに小瓶をいくつか乗せると、好きなのを持つようにとブランの前に差し出してくれた。
小瓶を摘まみ目の高さより上にして覗き込むと、砂と宝石が混じったような大きさの違う粒が揺れてキラキラと輝きを放っている。
「これ、どこかで見たことあるような?」
幌馬車の御者のおじさんが、興味津々で小瓶の中の砂を見つめるブランを見て、にっこりと頬を緩めて口を開いた。
「君が持ってる瓶に入っているのは、灰色の粉ですね。
揺らすと色が変わるでしょう?
今見ている色のときに、特別なものに振りかけると、色を奇麗な白に変えることができる。
これはそんな魔法の粉なんです。」
「色を白に変える?」
「そう。
君の目がその砂と同じ色で、小瓶の中と同じようにキラキラしてるから、特別に使い方を教えてあげましょう。」
「使い方?」
「小瓶の上下を人差し指と親指でもって、ゆっくり1度だけ揺らして、ピタッと止める。」
「あ、瓶の中の砂の色が変わった。」
「そうです。
揺らす回数で砂の色が変わるので、目的の色に変えて、特別なものに振りかけます。」
「幌馬車に乗ると、これ、もらえるの?」
「そうです、お客さんに渡す特典ですからね。」
ブランが馬留の上に止まっているタクトを見上げると、タクトは頷き返した。
タクトの頷きでブランは、これがこのイベントキャラからもらえるサポートキャラ攻略のアイテムだということを確信した。
御者のおじさんの大きく開いた掌に小瓶を乗せると、おじさんを真っ直ぐ見たブラン。
「おじさん、夕方また来るよ、だから幌馬車に乗せてくれる?」
「もちろんです、特に剣士は大歓迎ですよ。」
おじさんの屈託のない笑顔に、ブランは?を浮かべた。
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「ねえ、アンズ、和風温泉のモブのログインポイントに行った時に、幌馬車に乗ったじゃない?」
元チャナテリトリーに戻ってきたチャナたちは、手を振る街の人たちに挨拶を返しながら、お城を目指していた。
「それがどうしたの?」
「あの時特典の小瓶をもらった?」
チャナの質問にアンズとハトバが顔を見合わせた。
「特典なんてあったんですか?」
「もらってないわよ?」
「おじさん、特典とか言ってたけど、やっぱり、戦うお姫様である私がモンスターを倒したからもらえたのよね。」
「ああ、あの時チャナは、幌馬車を転ばそうとしていた、モグラモンスターを倒したんだっけ。」
「そうなんだけど、色を変えられる魔法の粉ってだけで、何が特別なのか聞いてなかったと思って。
説明書もないし。
お城の女神様なら使い方知ってるかなぁ、説明書だし。」
「そうですね、聞いてみた方が早いと思います。」
チャナとアンズとハトバは、左右に広がる茶畑の間のあぜ道を、のんびりと城に向かって進んで行った。




