070 伝達手段
ここは和風温泉風のモブのログインポイント。
北半球の表と裏に位置するココアテリトリーとヨウキテリトリーの間にあり、ヨウキテリトリーの近くに位置している。
オレンジ色で緩い巻き毛を後ろで一つにくくり、おくれ毛を耳元で揺らし、白いワイシャツに黒のスーツ、色のついたメガネで瞳の色を隠すココア。
「流石にドラキュラ衣装では目立ちすぎると思ったのだけど、多少はモブらしくなってるかしら。」
「ココア様、お城での衣装に比べると、”はるかに”地味な装いになっています。
ですが、そのオーラは隠しようがないかと。」
要するにモブらしくない、ココアの希望に添えていないと、ココアについてきたメイドが悔しそうに拳を作っている。
「ココアテリトリーに自分たちの意思で来ただけあって、カーラに乗ってきたココアにもう追いついているのは、流石だと言わざるを得ないわ。」
直接この場所にログインしたニコが、ココアとカーラを見つけたときには、すでにこの場にAIキャラの三人がいた。
しかも実は、AIココアを乗せて城から飛んできたカーラがモブのログインポイントである和風温泉の大通りの手前にある馬車置き場についた時には、メイド、執事、ギャルソンまでその場所に到着していたのだ。
「衣装カード、装飾カードは一通り揃えておりますので、他の衣装を試して見られますか?」
メイドが両手で扇形にずらっと並べたカードをココアに見せ「モブらしい御衣裳は、、、」と吟味をはじめると、執事は内ポケットから大風呂敷を広げ、その上に応接間セットを並べた。
「ココア様、ニコ様こちらに座ってお待ちください。」
ココアとニコがカウチに座ると、すかさずギャルソンが胸のカードを使い、手元にお盆を出して和風ティーセットを準備する。
「こちらは、元チャナテリトリーで交換できるようになりました、良品種の緑茶でございます。」
温めた、梅の枝に鶯がのる絵柄の白い丸みを帯びた湯飲みに、コポコポとお茶をつぎ茶宅をもって2人の前に差し出すと、緑茶の上品な香りとともに湯気がたった。
それを遠目に見ているほかのモブプレイヤーたちがざわつき始めているのも気にせずにお茶をたしなむココアとニコ。
「いい香り、元チャナテリトリー、いい仕事してるわね。」
「本当に、落ち着く香りだわ。」
「あのモブらしからぬ人たちは、もしかして、ココアさんとニコさんでは?」
「どうしてこんなところに、まさか、タクトさんに、て、テリトリー攻略を?」
ざわめきの中、喜びと悲哀の言葉が飛び交う。
「タクトさん、何てことを、いや責めるのはお門違いだ、それは分かっている。」
「だがしかし、ココアさんに支配される世界も見たかった。」
「さすが、タクトさん、次々とテリトリー攻略、次はどこだ?」
「残りのテリトリーは2つ、ヨウキテリトリーとセツキテリトリー?」
「「ところで、セツキテリトリーのボスって誰?」」
「ココア様、これなど如何でしょうか?
没落貴族風の衣装です。」
メイドが差し出したのは、薄いオレンジのシャツで前ボタンの両端にレースがあしらわれ、袖もとに銀のボタンがついたついたシャツに、体にピッタリ下黒のズボン、裾にはオレンジ色で蔦の刺繍が入っている。
「ええ、これでいいわ。」
ココアは湯飲みを置いて、衣装カードを受け取ると頭上に高く掲げた。
「「「お似合いです、ココア様。」」」
ココアとニコがカウチから立つと、メイド、執事、ギャルソンは口を抑えて悶えていたとは思えない素早さとスマートさで、茶器や家具を元に戻した。
まるで何もなかったかのように歩き出す2人の後を3歩下がって歩き出す三人のAIキャラ。
「カーラ、いらっしゃい。」
ニコが手を上げて呼ぶと、馬車置き場の屋根にぶら下がっていたカーラは羽を広げておりてきた。
「それじゃ、チャナお勧めの写真屋さんに行こうかしら。」
「はい、事前に場所を調べておりますので、私がご案内いたします。」
執事は、ココアの斜め前に1歩進み出て頭を下げると、ざわついていたモブプレイヤーたちの方に足を向けた。
貸し浴衣屋までの道はモブプレイヤーで埋まっていたが、ココアたちに気がつくと一斉にモーゼの滝のように左右に分かれたため、執事先導の元で花道を歩いているようになった。
しかも、両脇からココアやニコに向かって声が飛ぶため、メイドとギャルソンがSPよろしくニコとココアの両端を固めガードし始めた。
「あ、あの、ココアさんですよね。
そのお隣の幼女はニコさんですか?」
「ええ。よくわかったわね。」
「そんな、どんな姿をしていても、その半端ないオーラを出す人を見分けられないモブIDプレイヤーは、潜りです!!」
両脇をガードしていたメイドとギャルソンも完全同意の意を表し、叫んだモブIDプレイヤーにグッと親指を立てると、モブIDプレイヤー一同は大きく頷きを返した。
「あら、ありがとう。」
「ココアさんが手を振ってくれた。」
「ココアさん、その男性姿も似合ってます。」
「ココア様、ニコ様、こちらが例の貸し浴衣屋のショーケースでございます。」
ショーケースの中に並ぶ写真を目にしたココアとニコは思わず口を抑えた。
「こ、これは、チャナの気持ちがすごくわかるわ。
これを固定させているなんて、なんて悪どいのかしら。」
「そうね、私もそう思うわ、ココア。
それならいっそ、こんな写真誰にも見せないようにしてたらいいんじゃないかしら。」
「わざわざ見せびらかしておいて、誰にも入手不可とするなんて。」
2人の様子を見ていたモブIDプレイヤーたちからも声が上がる。
「わかる。
その気持ち痛いほどわかります。」
「このスチルは、ブラン様推しには、キューンとたまらないところです。」
「男物浴衣姿のヒヨコを肩に乗せて、朝顔の開く白い可憐な浴衣に、綿あめを持ったまま、後ろの帯のリボンを気にするブラン様。」
「紺に花火が開くヒヨコとお揃いの浴衣で、赤い鼻緒の切れた下駄を片手で持って、顔を見合わせるお二人の姿も良いです。」
「ヒヨコのひまわり柄で赤い帯に対して、宿屋の浴衣に甚平を羽織ったブラン君がからかい半分に笑ってる笑顔も捨てがたいし。」
モブIDプレイヤーが次々と写真の良さを語る様に、ココアとニコは頷きを返していたが、すべてを聞き終えたココアはカッと目を見開いた。
「確かにこの写真群は良いでしょう。
ですがここには、着崩れた浴衣で困る様子のブラン様がいないわ。」
「そうね、それは重大な要素だわ。」
「これは、解決しなければいけない課題ではないかしら。」
「そうね、それをもって、リアル配信に進めるよう努力しましょう!」
おおおおおぉぉぉ!
モブIDプレイヤーたちから歓声が上がる。
貸し浴衣屋店内でも外の騒ぎに気がついていたが、店員たちには外の騒ぎをおさめるための成す術はない。
「店長、これ、どうにかしなくていいんですか?」
「AIキャラである私たちにはどうすることもできないよ。
とりあえず、ご本人たちに知らせの伝書鳩でも飛ばしておこうか?」
「伝書鳩ですか、届きますかね?」
「我々AIキャラからIDプレイヤーへの伝達手段は無いからねぇ。」
「そうですね。」
ーーーーー
ブランを背に乗せ飛ぶタクトは、マップを移動する青いAI文字のイベントキャラを追っていた。
テリトリー外にあるAIキャラたちの街を繋ぐ道を、数台の馬車が土埃を立てながら行き交い、道の脇を商人らしきAIキャラが荷物をもって歩いていく。
大きなヒヨコの影に気がつき空を見上げた商人が、笑顔で手を振ってくれるので、風に銀の髪をなびかせながらブランもそれに手を振り返した。
「ブラン、イベントキャラがいるあたりのマップを拡大してみてくれないか?
ちょうど下に見える道を南に向かっているはずなんだ。
移動速度から、馬車か、馬のどれかに乗ってると思うんだけど。」
ブランは胸に抱いていた地球を手に取り、青いAI文字付近を指して、拡大画面を表示させた。
「あそこだ、あの南に向かうキャメル色の幌馬車の御者がアイテムを持つ人みたいだ。」
「わかった、移動中に近づくのは危なそうだな。
幌馬車が止まるまでこのまま並走して飛んで様子を見よう。」
「うん。
幌馬車の御者か、どうやったらアイテムもらえるんだろう?
御者なら、馬の世話を手伝ったりしたら、アイテムをもらえるのかな?」
キノコはぼくちゃんに生き返る方のピンクのキノコを食べる手伝いをしたことで入手でき、薔薇の飴細工は、飴細工師が望む飴細工の橋を作ることで入手できた。
歌うお兄さんからの入手は失敗したが、上手に歌を歌えれば多分入手ができるのだろう。
馬車を操る御者からアイテムをもらうにはどうしたらいいのかと思案するブラン。
「実際に会ってきいてみるしかないのかな?」
タクトも飛びながら首を捻る。
残りのアイテムは2種類。
どちらも、ブランが自力で入手しなければいけないため、タクトが攻略方法を教える訳にはいかないが、しかしその前にタクトにも入手方法は特定できない。
ゲーム自体は、単純に考えればアイテムやカードを駆使しての陣取り合戦のようなものだが、絶対的な攻略方法は設定されていない。
一番確実なのは、主人公がサブプレイヤーのサポートキャラを篭絡することで、そのためにイベントキャラから攻略アイテムを入手するのが、最も手っ取り早い攻略法だ。
といっても、どのタイプのイベントキャラが発生し、どのテリトリーボスのサポートキャラのアイテムを持つかの割り当てはランダムとなるため、アイテムの種類、入手方法は青いAI文字のイベントキャラに会うまで分からない。
「幌馬車の御者か。
御者タイプのイベントキャラの性格とアイテム、組み合わせだけで256種類くらいあったかな。
もう少し絞り込み条件が分かれば、入手方法も事前に分かるんだけど、悩ましいところだな。
条件探って絞りこむより、ここまで来たら直接会ってみた方が早い。」
「タクト見て、幌馬車の行き先に賑やかな場所がある。」
ブランは南に向けて走る幌馬車から更に丘を2つほど越えた場所を指した。
「あそこは、セツキテリトリーとチャナテリトリーの間でも北半球寄りのモブのログインポイントか。
もしかしてあの幌馬車は、モブのログインポイント間を移動している乗り合い馬車みたいなものなのかもしれない。
先回りして待っていよう。
ブランは念のために、マップで幌馬車の移動経路を注視しといて。」
「うん、分かった。」
タクトは高度を上げると丘を越えた先にあるモブのログインポイントを目指した。




