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ウォークスルー テリトリー  作者: 傘の下


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007 近づけさせない

辺りがだんだんと薄暗くなっていく道中で、今日はどんな言い訳をして会いに行こうか思案しながら歩いていると、いつの間にか自分が目指すオフィスの出入り口付近まできており、良い考えが浮かばないまま中の様子を伺うと、そこから柔らかな明かりを背にした女性が髪をかき上げながら出てきて、下を向いた顔をすスマホの明かりが照らす、その美しさにセツキは息をのみ、心臓が高鳴り、運命を感じた。


その思いのまま、意図せず「う、美しい。」と、声が漏れ出てしまったセツキ。

これは運命の出会い以外の何ものでもない!と、迷いもせず、その美しい人に一歩、また一歩と近づき、影が重なるほど近寄ったところで、「こんばんわ」と声を掛けかると、ハッとした女性はすぐに横によけてくれた。

セツキは自分を訝しげに見るマシロの視線を、自分を見つめる熱い視線と受け止め、さらに、彼女も自分に運命を感じ俺に横に立ってほしいのだろうと、曲解し、自己紹介をしようと前のめりになったところで、何故か突然目の前を背の高い男に割り込まれ、知った顔だと油断していたら、さらに女性を後ろに隠されてしまった。

愛想のよい笑顔で自分の前に立つ男の名前は思い出せないが、確かヨウキと一緒にいた男だから、同じオフィスで働いているはずで、ということはこの美しい女性とも知り合いだろうと予測したセツキは、あわよくば女性を紹介してもらおうと思ったのだが、目の前の男が近すぎてさらに背も高く、肝心の女性がセツキからまったく見えなくなってしまった。


後ろに隠された女性に近づこうと大きな体を左右に動かしてみるが、セツキが右側に寄ると、タクトもまるで鏡にうつっているかのように誤差なく重なって同じ方向に動いて、後ろの女性へのセツキの視線を遮った。

セツキが左に寄るとやはり誤差なくセツキと重なるように反対にタクトも移動する、ということを何回も繰り返している。


「おい、いい加減にしないか、俺は、その後ろの美しい女性と話したいんだ。

さっき目があったとき、俺のことを熱く見つめてくれたんだから、女性もお前のことを迷惑に思ってるんじゃないのか?」

憤慨したセツキがタクトの肩を押すが、その行動を予期したタクトは体を前に倒して体重をかけ、無言で押し返してくる。

「ううぅぅ。

お前思ったより力があるな、腹立つからその薄ら笑いやめろ、そして俺が大人しくしているうちに、そこをどけ。」

額に汗をたらし、苦虫を噛み潰したように口を曲げるとタクトを押していた手を離して胸の前で両手を組み、全く自分の前から動こうとしないタクトを正面に見据えて足を広げて仁王立ちになった。

路上の街灯がすべて点き、並ぶオフィスビルから出てくる人たちの注目を集めていることなどまったく気にしていない。


「後ろの女性は俺の運命の人だ!俺の直感がそう言っている。

運命の二人を割く無粋な真似をして、馬に蹴られて死んでも知らないぞ。」


「いえ、その言葉、そっくりそのままお返しできますよ?

あの人は俺の恋人なので。」


「はっ!はははははっ、そんなはずはない、その後ろの女性に聞いてみろ。

俺に運命を感じているはずだ。」

組んだ腕に力を込めたセツキは、足を一歩力強く踏みだし、眉を上げた下からタクトを見上げ威嚇した。

セツキの威嚇する態度を気にすることでもなく、ふっと息をついたタクトは自分の後ろを確かめもせず余裕の笑みを見せた。

「後ろの女性?

もう、いませんよ?」


「何を言ってるんだ、お前が後ろに隠してるだろ、どけっ!」

セツキは組んだ両手をほどいて勢いよく振り上げ、タクトの肩に向かってブンッと音を鳴らして振り下ろしたが、その分かりやすい行動をよんでいたたタクトに難なく躱され、空を切った腕の勢いに体をもって行かれ前のめりにつんのめった。

「えっ?うわっと、っとっとっ!」

倒れかけた体を支えようと、数歩足を前に出したが間に合わず、よろけ倒れて両手、両膝を地面につけて四つん這いになって体を支えたセツキは、両手と両ひざの痛みに呻いた。

「うう、くぅ、俺に膝をつかせるなんて、お前やるな。

運命の女性の前で膝をつくなんて、情けない。」

痛みをこらえて顔を上げたセツキだが、運命の女性がいるはずの場所をみると、本当に女性はおらず消えていた。

「いない?消えた?

神のいたずらか?」


「いえ、いたずらでなくてですね?

俺は背中に気配を感じてましたが、自分の意志で、セツキさんに見えないようにそっと、ここから離れてましたよ?


地面に手を付いているセツキに向けて伸ばされたタクトの手を掴み、支えにして立ち上がったセツキは歩道を通る人たちを見回し、その中に女性がいないことを察して呆然とした。

「俺の運命の女性は?夢だったのか?

いや、そんなはずはない。」


「えっと、聞こえてますか?

念のためにもう一度言いますけど、あの人は俺の恋人です。

そして、自分の意志で立ち去っていましたよ?」


「いや、それはお前が言ってるだけだよな?

直接聞くまで俺は信じないぞ!

それにそれが本当だったら、俺はおまえと勝負して、運命の人を奪い返して見せる!」


「いえ、勝負はしませんし、奪うものでもないでしょう?」

「なんだ?俺に負けてあの美しい人を俺に奪われるのが怖いのか?

そんな奴に俺の運命の女性の恋人を名乗る資格はない!」


「価値観の相違というか、あの人をセツキさんのというか誰かと誰かの賭けの対象にするっていうことがあり得ないと思ってますけど?」

「ハッ、逃げ腰の奴の言うことなど、俺が聞く価値もないな。」

困った様子のタクトをセツキはせせら笑った。

例え自分であってもマシロを賭けの商品扱いすること良しとしないというのがタクトの意図なのだが、セツキには通じず、自分に自信がないので逃げていると思い込んでいる。


少し離れた路上のベンチに腰を下ろしてタクトとセツキのやり取りを見ていたアオバには、セツキとタクトが鏡像のように動いている間に、タクトに任せたとばかりにオフィスに戻っていくマシロの後ろ姿がしっかりと見えていた。


「セツキ、さん、か。

思い込みの激しい人のよう。」

おろした足に肘を立て両手で顔を抑えながら二人を観察しているアオバから、十数メートルは距離があるのに耳に入る声を出すセツキは、絶対に自分も近づきたくない、めんどうくさいタイプの人間であることを悟りつつ、それでも赤の他人ならともかく、兄弟間でシキに近づけたくないヨウキの意図を測りかねていた。

それでなくてもアオバは一人っ子なので兄弟の確執なんて全く分からない。


「そう、一度思い込むと、そのイメージがこびり付いてしまって剥がせないんだよね。

わが兄ながら、かなりめんどくさい人なんだ。」

先ほど突然再開した男を押し付けてきたはずなのだが、いつの間にかベンチの背に手をかけて自分の隣に座ったヨウキは、がっくりと頭を下げている。


「さっきの、頭フワフワの茶髪のお兄さんはどうしたんですか?」


「頭フワフワの茶髪のお兄さん?

ああ、さっきの、そう言えば、名前知らないな、興味ないから聞いたことなかったし。

そこにいるよ。」

自分たちが座るベンチ後方にある街灯を差したヨウキの指先、さらに街灯から数メートル距離のある公園の入り口前で、うなじより長い茶髪に軽いパーマをかけた頭を石碑にもたれさせて項垂れている男性がいた。

アオバは男性を一瞥すると、視線を手元に戻して何も見なかったことにした。

「こびり付いて剥がせないって、焦げそのものですね。

ヨウキさん、シキさんが言ってた焦げ付きって匂いじゃなくて、性格てことでいいんでしょうか?」

「シキに聞かないと本当のところは分からないけど、たぶん、それでいいんじゃないかな?」


オフィス入口から離れた場所だったため油断していたヨウキは、セツキの声がだんだんこちらに近づいてくることに気づき、顔を上げた。

「ユダンシテタ。

タクトのやつ、手に負えなくなって俺たちを巻き込むことにしたのか?」


消えた女性がオフィスに戻っていると知らないセツキが勝手に周りをうろつきだし、そうこうしている間にヨウキを見つけて走り寄ってきただけだったのだが、ヨウキは、そのセツキの後ろから歩いてくるタクトを非難の目で見てしまった。

「おい!ヨウキ、こんなところにいたのか!

おっ!隣にシキもいるじゃないか、お前こんなとこで何してるんだ!」


「え?シキさん?」

アオバは思わず周りを見回したが、シキなどどこにもいない。

ドカドカと足音を立てて近づいてきたセツキが自分の前で止まると、ようやくアオバは自分がシキと間違えられていることに気がついた。

「いや、いくら何でも、暗いからといっても。」

人違いであることにまったく気がついていないセツキは、アオバに向かってやれやれとばかりに肩をすくめた。

「おまえ、また、ヨウキに世話やかれてるのか?

しょうもないヤツだな。」


ベンチに座ったまま戸惑うアオバに向かって、今にも腕を取って連れて行こうとするセツキの間に割り込んだのはヨウキだった。

「なんだ?今度はお前が邪魔するのか?」


「セツキ、勝手にこいつを連れて行かないでくれるか?」

額にアンガーマークを浮かべて、笑うヨウキのこぶしは震えている。

ヨウキの後ろから、怒りに震わせているこぶしを目にしたアオバは、逆に冷静になりまだ解けていない「解」のことを思い出した。

「自分の弟と他人の区別もつかないから、NGってことかな?

それは、弱いな。」


「ヨウキ、お前が甘やかすから、そいつは何もできない大人になっただろ?

だから俺がシキのことを全部決めてやったんじゃないか。

ほら今も、何も考えずに、お前の後ろでただ座ってるだけだろ?」

お兄ちゃんはとても悲しいぞ、という生易し気な目を向けられたヨウキは、手の力を抜くと髪をかき上げた。


「はぁ、逆だ。

セツキはある意味良いヤツだよ、リーダーシップもあって、行動力もある。

だが、自分の意に沿わない奴の意見にはまったく聞く耳を持たずに、こいつはこんな奴だからと決めつける。

そんなセツキが、シキを閉じ込めて、ダメな奴だと否定しながら飼いならして、シキの可能性を潰してきたんだ。

これ以上、シキを潰させないために、あんたを近づけさせないと決めたのは、俺とショウキ兄さんだ。」


アオバはヨウキの背中を見上げながら、解を見つけた。

「ああ、それは、NGだな。」

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