069 ブレイクタイム
ゲームをログアウトしたココアとニコは昼食を取った後、オフィス5階のカフェルームに来ていた。
「ゲームテスト中は休憩がランダムになって、他メンバーと時間がずれるから、テーブルが空いてるわね。」
長いストレートの黒髪を後ろに流し、口にしたストレートティーのカップをテーブルに置いたココアが、いつもより人の少ないカフェルームを見回した。
「そうね、最近はテーブルごとに設置されたキャラ目当てで長居する人もいれば、カフェスタッフロボを見に来る人もいて。
ドリンクと言うよりは、癒しを求めてオフィスメンバーが集ってるという感じだったから、いつもの時間なら人が多いわよね。」
ココアとニコがカフェルームに入ったとき、いつも1/3程度は埋まっているテーブルが、窓際の端のテーブル1つとサーバーに近いテーブル1つが使用されているくらいだった。
ニコが巡回しているカフェスタッフロボットに手を振ると、丸い目を緩めてアームを振り返している。
「人が少ないと、障害物が無いからこういう動作もスムーズにできるのね。」
カフェルーム中の動く物体の認識ができ、人の行動パターンを学習しているカフェスタッフロボットは、手を振る動作に手を振り返すこともしてくれる。
「ログアウトしたときに、カーラに私を乗せて和風温泉のモブのログインポイントまで行くように言っておいたから、もうそろそろ、着いてるかしら。」
ココアがテーブルの上に置いたスマホを確認すると、ログアウトしてから30分以上たっている。
「あちらでは2時間以上たってるから、たぶんついてると思うけど、モブのログインポイントなら、基点カメラの映像で確認できるわね。
もう着いていたら、私は直接、和風温泉のモブのログインポイントにログインするようにするわ。」
「どんな写真が出来上がっているか楽しみだわ。
タクトにしてはサービス精神旺盛じゃない?」
「そうね、本人はそんなつもりなかったのしても、楽しみだわ。」
ココアとニコがお互いの顔を見合わせて笑っていると、カフェルームの入り口に2つの人影が近づいてきた。
「あれはマシロとヨウキだわ。
2人もこれから休憩みたいね。」
カフェルームに入ってきた二人に向かってココアが手招きをすると、マシロとヨウキはすぐに気がつき近づいてきた。
「二人ともログアウトしてたんだな、昼食は食べたのか?」
テーブル中央にいるホログラムの二頭身執事キャラにドリンクオーダーをしたヨウキは、ココアとニコに確認を入れる。
「食事の心配してくれるの?
ニコと一緒に1階で食べてきたわよ、ヨウキ母さん。」
からかい交じりに言うココアに、ジト目を向けるヨウキと笑いをこらえるマシロ。
「誰が母さんだ、で、ゲーム進行はどうなった?」
「あまりカードの種類は試せなかったけど、サブプレイヤーとしての役割としてはまあまあだったんじゃないかしら。
今回は、システム室とやらでゲーム内の様子を見てなかったの?」
ココアはテーブルに置いたストレートティーの紙コップを持ち直すと口を付けた。
「今朝はプログラム修正項目を打ち合わせでシステム室には行ってないんだ。
だから、ゲーム進行の様子は把握できてない。」
肩をすくめたヨウキに、隣のマシロが捕捉を入れる。
「私と開発メンバーと一緒に、プログラム修正項目を打ち合わせをしていたの。
ゲーム内に配置している基点カメラの数や配置角度の修正ポイントとかもね。
基本的には映像は固定場所からの配信になるんだけど、それだけじゃなくて録画するポイントも追加するから。」
そこまで説明していたが、ヨウキとマシロがオーダーしたコーヒーをカフェロボットスタッフが運んできたことに気づき、ドリンクを乗せたトレイに手をのばした。
「ありがとう、ご苦労様。」
カフェスタッフロボットの黒い瞳の中の目が弧を描く。
「カフェルームは騒がしいという前提で、音声を付けてなかったけど、こういう時は音声を返してほしくなるね。
どうしようかな。」
同じくコーヒーを受け取たヨウキが、肩をすくめた。
「当面はこのままでいいんじゃないかしら、音声を付けると会話したいという次の要望に繋がると思うし。
会話をすると時間もかかって作業に弊害が出たり、ヒト相手だと会話の応答によってはトラブルになるし。
学習はすると思うけど、このテーブルのキャラとは違って性格固定では無いから、どのような学習をさせるか吟味してからの方がいいと思うわ。」
マシロがテーブル中央にいる二頭身の執事を指で弾く真似をすると、スマートに一歩下がって避けた執事キャラは「お戯れはほどほどになさってください」と笑みを浮かべる。
「そうだね、また次回考えるよ。
ところでニコはスタッフID使ってログインしてただろ、想定内のことはできてたのかな?」
「ん?そうね。
テスト項目はまだ入力して無いのだけど、全部OKだと思うわ。
ログイン場所の自由度、属性カードの取り扱い、移動速度にゲームプレイヤーへの影響度。
この休憩の後もう一度ゲームにログインするから、それが終わったらチェック項目を入力しとく。」
ニコは項目を指折り数えているが、挙げた項目の中にさらに小チェック項目があるので、すべてのチェック項目数は指で数えられる範囲ではない。
「よろしく。
それで、ココアの方はどうだった?」
「タクトにテリトリー攻略されちゃったわよ?」
「もう?俺のテリトリーを出てから1日くらいしか経ってないんじゃないか?
テスト項目分チェックできているなら、早く終わってもらうにこしたことはないんだけど。」
ココアはマシロを見ていたずらな笑みを浮かべた。
「何かしら、ココア?」
「今回のタクトは何だか、変に主人公に情を寄せてるみたいよ。」
ココアと同じようにニコもいたずらな笑みを浮かべて同意した。
「私もそう思う。
今回の主人公って、既存リリース済みの1人用ゲームの主人公で、しかもタクトがテストしてた時のキャラ持ってきてるから、それでだと思う。」
「「瞳の色がマシロに似てる主人公ね。」」
ニコとココアが揃えた声に、ヨウキが思わすマシロを見ると苦笑している。
「あのゲームのテストが終わったころに2人付き合い始めたようだけど、それが何か関係あるのか?」
立場上あまり私的なことに踏み込まないようにしていたヨウキだが、思わず聞いてしまった。
「あら、ヨウキは気がついてなかったのね。
ゲームの開始とか関係なく、最初からタクトはマシロを特別視してたじゃない?」
「あー、うん?そうなのか?
最初から特別視と言われても、俺は気がつかなかったけど?」
やれやれ、とヨウキに呆れた視線を投げかけた後、ココアはマシロに挑戦的な笑みを向けた。
「マシロはどう?
少しは気がついてたんじゃないの?」
「うーん、タクト?
初めて会ったのは、青稀さんにテスター候補の学生バイトだと紹介されたときで。
最初は他の子たちとは違うなって印象くらいだったかな。
ぎり十代のタクトだけど、その頃から可愛かったわよ?」
ココアに向けて首を傾げるマシロに、ココアが何を言っているのかとジト目を返す。
「私たちや、マシロだって大学出たてで、少ししか歳変わらなかったのに、何言ってんのよ。」
「でも社会人と大学生ってそれだけで違わない?」
マシロの発言にヨウキは目を点にしている。
「当時から背の高かった、あの身長の男を初対面でマシロは可愛いと?」
「聞きたいのは、マシロの感想じゃなくて、タクトの挙動よ。
きっと本人無自覚よ、でないと告白されるたびに他の子と付き合ったりしないでしょ。
ニコも気がついてたわよね。」
「そうね、ほとんど皆に平等に接しているように見えて、ただ一つだけ他とは違ったのは。」
「他とは違ったのは?」
ヨウキは思わずニコの言葉をリピートしてしまった。
「マシロにダケ、弱音を吐いてたってところ。」
ニコは、どうだとばかりにビシッと人差し指をマシロに向けた。
人差し指を向けられたマシロだが、腕を組んで首を傾げ、んー、と考えこんでしまった。
「弱音、というよりは、プロジェクトチームで食事に行ったりしたら、タクトの私的な話を聞いてたから、そのこと?
確かに、他メンバーにそういうことを言ったりしてるのは聞いたことないし。」
困ったように笑うマシロに、ヨウキは口を抑えて考え込む。
「当時のタクトが誰かに私的なことをか。
それは珍しいというか、確かに思い浮かばないし、マシロに話していたのなら他と違うな。」
「ヨウキさん、そんなに考えこまなくても。
内容は言わないけど、いつのまにか自然に隣にいて頭を垂れる大型犬のようでほっとけなくて。」
「「マシロだけだわ、タクトのこと頭を垂れる大型犬とかに例えるのは。」」
「ああ、なるほど!」
ヨウキはかなり納得した表情をすると、持っていた紙コップをテーブルの上に置いた。
「大型犬が纏わりついている、その通りだ。
キャラ変とか言われているけど、飼い主の前だと態度が変わる犬だと思えば納得できるな。」
ニコとココア、マシロまでそれに同意して大きく頷いた。
「俺は、自分の仕事をきちんとこなしてくれるし、タクトのマシロへの態度もマシロの仕事の邪魔にならなければそれでいいし。」
「あれだけ器用に何でもこなしてれば、誰も文句は言えないわよ。
しかも、最近ヨウキがタクトを連れまわしてるから、猶更誰も文句言わないわ。」
「というより、みんな面白がっていると思う。」
ニコが目の前の二頭身執事キャラに「ねえ」と同意を求めると、「もっともでございます。」と会釈を返してくれた。
「確かに、それは言えてるな。
タクト本人は周りからどう見られようと気にしてないから誰も害をこうむってないからいいとして。
というか、マシロも気にしてないよな?」
「そうね、タクトがここで纏わりついてきても気にならないかな。」
「ここと言えば、以前チャナがマシロに、ゲームテストのことでタクトが負けることを心配じゃないのかとか聞いてたじゃない?
彼氏が負けるの嫌じゃないかって、それはどうなの?」
「嫌とかの前に、テストの結果でそうなったら仕方ないと思うけど?」
「まあ、そうだよね、普通に。」
マシロの答えに同調したのはヨウキ。
「何言ってるのかしら、この2人は。
ほら、このテーブルの執事も頭に?を浮かべてるわよ。
負けたタクトが落ち込む姿を、マシロは見たくないんじゃないかって話なの。
攻略された私が言うのもなんだけど。」
「そう、単純に勝ち負けだけの問題じゃなくて、チャナ的には悔しくないのかってことを聞きたかったんだと思うわ。」
ココアとニコの説明でマシロは以前にチャナに受けた質問の意図を理解した。
「それで、チャナはあんなことを聞いてきたんだ。
私は何故チャナがそんなことを聞いてくるのか、理由が分からなくて困ったんだけど。」
納得したようにそれでいて申し訳なさそうに笑うマシロに、ココアは呆れて困った笑みを返す。
「そんなプロマネ思考を披露されても許せるのは、マシロがクールでプロポーション抜群で可愛いからだわ。」
「あら、ココアもそうよ?」
とは、ニコ。
確かに、と頷きつつ、時間を確認したヨウキはスマホをポケットに直した。
「もうそろそろ俺は戻るよ。
午後は俺もゲームにログインするから。」
「私たちも、行かなくちゃ。」
ココアがテーブルの上のスマホを取り、飲み干したカップに手をのばそうとすると、マシロがそれを止めた。
「みんなのコップ片付けておくから先に行って。」
「助かる、ありがとう。」
「ありがとう、先に行かせてもらうわ。」
ヨウキ、ココア、ニコがカフェルームを出ると、マシロはカフェスタッフロボットに手招きをした。
テーブルの上のカップを1つずつカフェロボットが差し出したトレイの上に置きながら、呟く。
「ほんとにタクトは無自覚に色々話してくれたのよ?
彼女の話を聞くたびに、ちょっとずつ胸の痛みが強くなって。
だから、付き合う前に少し誤解するような意地悪をしたのは仕方ないわよね。」
カフェスタッフロボットの黒目が弧を描いたので、満面の笑みが返ってきたような気がした。
ーーーーー
「シキさん、明日ゲーム内にログインされるんですよね?
どこにログインするか決めてるんですか?」
アオバはシステム室でゲーム内から出力され永遠と流れるログ画面を見ながら、ゲーム内マップである地球を挟んで隣にいるシキに問いかけた。
「明日の朝のタクトの現在地ポイントを確認してから決めようと思ってる。」
「どんなアバターかも決めてるんですか?」
「一応決めてるけど、人じゃない。」




