068 記憶の続き
胸に当てた手を硬く握り、作った拳で胸を抑えたブランは静かに目を瞑った。
グレーの宝石があしらわれた立派な剣はきっと俺が持つべきものだったのだろう。
「だから、あの剣を受け取らなければいけなかったんだ。
なのに、俺の心がそれを拒んだ気がする。
その理由は成長した俺が知っているのかもしれない。」
その場から動けず、立ち尽くすブランに明るい声がかけられた。
「あ、ブラン君、おかえりー。
いきなり消えちゃったけど、どこに行ってたの?」
目を開けるとオレンジの霧は無くなっており、ブランは先ほどまでいた広間に立っていた。
固く拳を作るブランめがけて、ディナーテーブルの上にいたタクトは高くジャンプし羽ばたかせブランの頭の上に止まった。
「おかえり、ブラン。
記憶を取り戻して気分はどう?」
姿は見えないが頭の上から聞こえた声にブランは妙な懐かしさを感じた。
「ただいま、うん、母さんや友人の名前を思い出したよ。
それに、俺の名前も、俺がお腹の中にいる時に母さんが父さんの声を聞いて付けた名前だって分かった。」
この世界で初めて出会ったはずのタクトの声に感じる懐かしさは何故だろう。
頭の上のヒヨコを両手で持ちあげ、それを顔の前まで下ろしたブランに向かって、何度も頷くヒヨコの顔は何となく感慨深げで自分に愛おしさを向けているように見えた。
まるでずっと前からそれを知っていたような。
「他にもいろいろ今までのことを思い出したけど、、、」
「けど、、、?」
言い淀むブランにその先の言葉を促そうと、タクトはその語尾を繰り返した。
「けど、今までのことだけじゃなくて、俺の記憶はまだ続いているみたいなんだ。」
霧の中で金髪碧眼の男性二人が差し出してきたグレーの宝石がついた剣、きっとあの剣を使う先の未来がある。
「たぶん、15歳よりもっと先の記憶がある。」
「あー!そう言えばブラン君背が伸びてる。
髪も肩より少し延びて、ちょっとだけなら後ろで括れそう。」
「あら、ほんとね、私が括ってあげるわ。」
ココアが素早く取り出した赤いリボンに向けて、嘴を開いたタクトから怪光線が発射された。
「そういう件はもういいから、ブランの記憶の話に茶々を入れないでくれないかな。」
ココアが焦げたリボンの端を持って揺らすと、察した執事が素早く横に立ち、ポケットから出したハンカチで受け取り、丁寧に包むと胸ポケットにしまった。
「俺の背、伸びているの?髪も。」
信じられない思いで片手を後頭部にあて、そこから首の後ろまで髪をなぞると、確かに以前より長く感じる。
「そうだね、少しだけ成長したみたいだ。
次のテリトリー攻略で、成長した分の記憶を取り戻せるんじゃないかな。」
すべての記憶を取り戻せていない事実に改めて不安を抱いたブランだったが、タクトの言葉に多少不安が薄れた。
そんな2人を見ていたチャナは、ここぞとばかりに身をのり出したテーブルに片手をついて、もう片手を元気よく上げた。
「はい、はーい!
私たち着いて行きます。
ブラン君の成長を見守り隊を作って着いて行きます!」
「「私たち?見守り隊?」」
温かい目で見守っていたアンズとハトバだが、チャナの発言に驚き背筋を伸ばした。
「チャナ、それ違うから。」
「チャナさん、名前を変えて宣言しても駄目です。
見守るだけならともかく、着いて行くのはストーカーって言うですよ。」
「ええ、そうかなぁ。
公式として認めてもらえたらストーカーじゃないんじゃないの?
ただの、追っかけってことで。」
タクトは羽を×にしてチャナに向けて見せた。
「見守り隊は個人の自由だけど、ついて来るのはNGだから。」
「分かってますって、タクトさん。
私は自分の欲望のままにやって行けばいいんですよね。」
緑のフワフワポニーテールの可愛らしい系のはずのキャラであるチャナが、クックックッと怪しく笑いだした。
「ああ、うん。
もう、いいよ、それで。」
羽を広げてブランの手から離れたタクトは、飛びながら「マップオープン」と唱え、ブランと自分の間に直径30cmの地球を出した。
現在地は元ココアテリトリーの拠点の城。
「次はセツキテリトリーを目指そうと思うから、、、。」
「えっ!セツキさんのテリトリーに行くんですか?
やっぱり、着いて行くのやめます。」
セツキテリトリーと聞いて、チャナは腰が引けている。
「あの人、やばいですよ。
セツキさんのギルドに誘われたんですけど、結局行くのやめたんです。
あれ以上、話すことも無かったし。」
チャナはセツキにタクトの人柄について色々言われたことを思い出すと、怒りが再燃した。
タクトのことを薄ら寒いとかAIのようだとか言っていたとはとても言えないが、瞳に赤い炎をたて、とりあえず自分が怒っていることだけは伝えたい。
「タクトさん、あの人こそ、本当にコテンパンにしてくださいね。」
「あ、ああ、うん。
何があったのか知らないけど、攻略はできると思うから心配しないで?」
フンスと力を入れるチャナの両隣でアンズとハトバも力強く頷いているのを見ると、よほど何かがあったのかとかえって不安がよぎる。
気を取り直してマップに目を向けると、移動しているAIキャラに気がついた。
「また、移動を繰り返している青い文字のAIキャラがいる。
どうもモブのログインポイント間を行ったり来たりしているようだな。」
ブランも地球を覗き込むと、確かに北半球から南半球方面に移動している青いAIの文字があった。
「これ、キャラ攻略アイテムを持ってる人だよね。
歌のお兄さんかな?」
「どうだろう、違うかもしれない。
以前に歌のお兄さんから攻略アイテムを入手することに失敗したときに、唯一移動していた青い文字のAIキャラがいただろう?
移動をし続けているからそっちじゃないかな。」
青いAI文字は北半球にあるチャナテリトリーから南半球側に位置するセツキテリトリーの方角に移動している。
「ちょうど通り道だな、先にそっちに会いに行こう。」
「その前に、飴細工師のお兄さんが城壁にまだいるかもしれないから、お礼を言っておきたい。」
「じゃあ、先に城壁だな。
ヒフミヨイとカーラはどうする?」
シャンデリアに止まっていたヒフミヨイは、ケッと一声啼き「適当に合流してやるよ!」と窓の外に飛びだしたが、カーラはその場で首を傾げている。
「ケケケ、ご主人様のご命令は無いのですか?」
「ああ、そうか、ヒフミヨイは自分の意思でこっちに来たからある程度自由意思で行動できるけど、カーラはアイテムで強制的に忠誠を反転させたから自分の意思より現ボスの命令が優先なんだったな。」
タクトはココアに視線を投げた。
「ココア、カーラ預けても問題ないか?」
「あら、いいの?
攻略アイテムの入手先であるAIキャラがはっきり分かってるから、飴細工を手に入れて、カーラに食べさせるかもしれないわよ?
そうしたら、私のテリトリーを奪還ってことになるけど?」
にっこり笑うココアに、同じくヒヨコの笑みを返すタクト。
「少なくともしばらくは無理だろう?
青い文字のAIキャラは、攻略アイテムを相手に渡したら、入手失敗のときと同じく、一定期間はAIの文字から青さが消える。
その期間は攻略アイテムを入手できないからね。」
ヒヨコの笑みに、余裕の笑みを返すココア。
「それまでには、セツキテリトリーを攻略するってことね。
で、その後にカーラを迎えに来ると。
そうね、いいわよ。
ただ、こちらにカーラがいるなら、ちょっとやってもらいたいことがあるから、私の言うことを聞くようにしておいてちょうだい。」
にこやかな余裕の笑みを、「どうするの?」とでも問うようないたずらな笑みに変えたココアに警戒感を抱かない訳では無いが、タクトはココアの要望を了承した。
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「タクトさんたち行っちゃいましたね。
ココアさんたちはこれからどうするんですか?」
王座の椅子の後ろの階段から一旦城壁に向かったタクトとブラン。
その後、ブランを背に乗せた大きなヒヨコが城壁から飛び立つのを窓から見送ったチャナはココアを振り返った。
「一旦ログアウトして、リアルのお昼を食べに行こうと思ってるわ。」
ニコを振り向いたココアに、頷き返した。
「そうね、お昼を食べに行きましょう。
その後だけど、ログインしたら、チャナがさっき言っていた浴衣屋さんのショーケースにあるっていう写真を見に行きたい。」
「それはいいわね。
貸し浴衣屋さんって言ってたかしら。
チャナ、場所はこの近くのモブのログインポイントだったかしら?」
「和風温泉のモブのログインポイントです。
そこの大通り沿いに川が流れていて、その川沿いにある貸し浴衣屋さんです!
是非見に行ってください。
ちょーかわいいですよ、なんたって、女性ものと男性ものの浴衣のブラン君とタクトさんが並んでいて、、」
チャナが周りに花を飛ばしながら二人に写真の良さを語り出すと、アンズとハトバが止めに入った。
「チャナさん、先に全部のコンテンツをばらすのはNGです。」
「そうよ、チャナだって人づてに聞いてから見るより、できれば何の先入観もない状態で見たいと思わない?」
「時と場合による。」
2人に止められてシュンと下を向いたチャナが上目遣いにココアを見ると、ココアからウィンクがとばされ、また周りに花を散らしだした。
「大丈夫よ、チャナお勧めの写真を見た後は、そうね、ヨウキテリトリーに行ってみようかしら。」
「そうね、セツキテリトリーをタクトが攻略した後は、最後のヨウキテリトリーに行くはずだものね。
カーラも一緒に行きましょう。」
ニコが相変わらずシャンデリアの上に止まったままのカーラに手招きをすると、カーラは素直に降りてきてニコの肩にとまった。
「ココアはログアウトしてもAIプレイヤーに置き換われるから、カーラはAIココアと一緒に行ってね。」
「ケケケッ、はい。そうします。」
「スタッフIDの私はログアウトしたらキャラそのものがこの世界からログアウトしちゃうから、途中合流になるけど。」
「チャナ、私たちも一旦ログアウトして、その後どうするか話しましょう?」
「そうですよ、代理とは言え元チャナテリトリーの管理者なんですから、そちらの様子も見た方がいいと思います。」
「そう言えば、茶畑はどうなったのか気になってきた。
うん、一旦戻って見ることにする。」




